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2019
10.21

図書館通い (blog,726p)

村の家へ引っ越してきても(連れ合いがとにかく本が好きなので)京都に暮らしていた頃と同じように、よく図書館へ通っている。(ぼくも本は嫌いじゃない方だ。)
行きつけの図書館が二つあるのだが、その片方の図書館が、年に一度の書架(書庫)整理で、不要になった本を、昨日と今日(19、20日)の二日間、利用者に払い下げてくれる日だった。

 図書館の払い下げ本・1
ぼくたちは昨日も今日も通って、気に入った古本をいただいてきた。(二日間でいただいた本や雑誌は、合計五十冊以上になった。)
図書館では、収蔵しきれなくなった大切な本が毎年たくさん廃棄処分されるそうなので、こういう機会にめぐり遭えたのは嬉しいことだった。

        図書館の払い下げ本・3
公立の図書館は、行政の予算で年度毎に必要な本や雑誌を購入して、住民への閲覧、貸し出しサービスをしているのだが、自前で購入する本だけではなくて、多くの寄贈本も受け入れている。
そうした本の中には、残念ながら一度も書架に並べられる機会がないまま年月を経過して、いつか廃棄されてしまう本も多いらしい。

         図書館の払い下げ本・4
それぞれに「この世に現れた動機も理由も意味も同じではない本たち」が、一時、一つの図書館の書庫や書架で並び合い、居合わせて、やがてそれぞれの本の宿命の下に、ある本はボロボロになっても図書館で人々の目に触れ、手に取って読まれ続ける一方で、ある本はついに誰に読まれることもないまま、他の本たちと別れて廃棄処分されて行く。
ぼくが今回の図書館本頒布で受け取った本たちの中にも、そういう本が何冊か混じっているようだ。
ぼくは自分が選んでいただいてきた本は、出来る限りすべて読んで、大事にしたいと思う。

          図書館の払い下げ本・2-1
それと、図書館では一定の役割を終えて消耗品として廃棄されて行く本でも、ぼくたちにとって、その内容が決して古くなったり無意味になったりすることのない、大事なテーマや論やデータが記録、展開されているものも少なくない。
そうした出版物は、ぼくの場合、自分が人としてこの世に生まれてきて、生きていることを支えてくれる「自由を希求する精神のための糧(衣食住)」であるような気がしている。

たくさんの人々が本を書き、たくさんの人々がそれを読むことができる時代に生まれ合わせたことは、ぼくにとってはたいへんに幸せで嬉しいことだ。

 ( 2019・10/21 )
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2019
10.18

災害列島、秋 (blog,725p)

台風19号は中部地方、北陸、関東、甲信地方、東北地方の広大な範囲に、記録的水害の被害を及ぼして北海道東の海上へ去って行った。

ぼくたちの家は、幸い今回の台風では殆ど被害を受けずに済んだけれど、我が家からたった十数キロ離れた伊勢神宮の近くの住宅地が、川の洪水で、ひどい浸水被害を受けたという。

自然が荒れ狂えば人間の力では歯が立たないことを、台風や地震に襲われるたびにイヤというほど思い知らされるのに、過ぎてしまうと、自分が直接被害を受けずに済んだら、なかなかしっかり覚えていられない。
人の心は余りに刹那的にできているようで、これではいけないのではないかと思う。

          月夜に・1
そう思いながら、一方ではやはり、季節の移り変わりについつい心を奪われ、風物を楽しむこともやめられない。(被災地の方々の苦しみは続くのに、こういう心の状態を倫理的に罪深いというのかもしれない。)心が痛む在り様だ。

しかし、自分たちの暮らしの中で、日々に味わう細やかな喜びや楽しみを押し殺して過ごすことも、やはり正直とはいえないだろう。
今、庭の様々な雑草に混じって、萩の花が咲いているのを連れ合いが見つけ、大きい花瓶に一輪挿しにして、おはぎを作ってくれた。

         月夜に・2
おはぎの中には、裏山で採れた栗の実が入っている。(今年は栗も不作だが、自分たちで秋を味わう分ぐらいはなんとか調達できた。)

       月夜に・3
台風が北東方向から太平洋上へ、温帯低気圧に変わって消えて行った後、ギャラリーの建物の横手から登って来た満月?が、庭に残ったまばらなススキや、庭木の枝の間を透かして、大きく、明るく見えていた。

昨日、今日と、夜中はだいぶ涼しくなってきた。

 ( 2019・10/18 )
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2019
10.14

台風19号、前後記 (blog,724p)

「猛烈に巨大な台風19号がやってくる」
10月9日、10日、気象情報が刻々と危機感を伝えていた。
ぼくらが住んでいる地域は、台風の直撃を受けやすく、過去に度々大型台風で被害を受けていることを知っている。(ぼくがこの家へ通い始めた7年前からだけでも、我が家ではかなり大きい被害を何度か受けてきた。)

そして今回は『スーパー台風』だと事前のニュース、気象情報が伝えていた。
なので、連れ合いとぼくは心して10月11日までに「台風被害防御」の準備をしていた。
先ずは家の周囲の強風に飛ばされそうなものを片付けたり、ヒモで結んで吹き飛ばされたり倒されたりしないように固めておいた。
それから停電に備えて、ポケットトランジスタラジオや、ローソクや、電池式の明かりや、ライターやマッチ類を居間や寝室に置き分けた。

       台風19号
連れ合いは大きいブドウパンを焼いてくれた。(台風の非常食でなくても、このパンは美味しい。)
     台風19号・1
台所のジャガイモとタマネギは、自分たちで育てたものだが、もうこれでストックが終わることになった。
       台風19号・3
今年は、我が家では大半の農作物が不作だったが、柿はこの頃になって少し採れているのが嬉しい。(毎日、ヨーグルトをかけたり、そのまま齧ったりして秋の味わいを楽しんでいる。)今回の台風では、この柿が本当の意味で「非常食」と言えるだろう。(真ん中のは、先月採った名残りのレモン)
        台風19号・2
そして、ネットの情報で、いよいよ台風の暴風雨圏が近づいてきていると見聞きして、この家へ引っ越して暮らすようになってから初めて、すべての窓の雨戸を閉めておくことにした。

気圧=925ヘクトパスカル、進路=紀伊半島南の海上を北北西へ進み、やがて北へ向かい、最後は北北東に曲がって行くという予報。中心付近の最大風速=50メートル/s、瞬間最大風速=70メートル/s、そのまま直撃を受けたらとても家が耐えられないのではないかと思える規模だ。
ベランダへ出入りする大きい掃き出し窓の雨戸を閉めた時、網戸の外側に、小型の赤とんぼが避難してきているのが見えた。

          台風19号・4
続いて厨房の窓の雨戸を閉める時に外を見ると、近くの電線に『モズ』が来て鳴いている。(モズはたくさんの鳥の鳴きまねが得意で、自分より強い鳥の真似をして身を守ったり、勘違いして近くへ寄ってきた小鳥などを襲うようなことをするらしい。)
人間でも「二枚舌」というのがいるけれど、モズはもっともっとたくさんの舌を使い分けるからというので『百舌鳥(もず)』と名付けられたらしいことを知った。

          台風19号・5
夕方遅くにすっかり雨戸を閉め切って、真っ暗な中で夜を過ごすことにしたが、ぼくは結局いつもと同じように、朝まで起きていた。
刻々伝えられる情報で、最初に、ぼくたちの住む村の隣町の一部が、1メートル以上の浸水被害になっていて、亡くなられた人も出ていることを知らされた。(そこは普段なら、ぼくらの家から自動車でゆっくり走っても、20分前後で行ける距離だ。)

段々時間が経つほどに、東海地方、中部地方、関東甲信越と、非常に多くの河川氾濫の、重大な被害が増えて行った。(ぼくの郷里の隣町でも、町中を流れる川の堤防が決壊して氾濫したと伝えられていた。)
情報を見聞きしながら、ぼくらにはどうしようもないが、何とか各地の被害が少なくて済むようにと祈るような気分でいた。

10月12日の夜遅くになって、ぼくらが住んでいる地方が少しづつ台風の降雨範囲から外れて行き、台風の「眼」はやがて伊豆半島へ上陸するだろうという予報が当たりそうだった。そしてその通りになった。
その時間になると、太平洋岸から日本海側まで、ものすごい勢いで雨が降り積み、各地で数十の河川が氾濫して、洪水被害は甚大なものになっていた。

     台風19号・6
台風の後はいつも同じ光景を見るように思う。
あれほど甚大な被害を出した台風が、過ぎ去ってしまうと、直接「衣、食、住」環境が、目に見える被害を受けなかったエリアでは、まるで何の異変もなかったかの如き天候に恵まれて、一気に爽やかな空と空気に包まれる。

13日の日曜日、ぼくらの村の自治会では、住民総出の「雑草刈り」(通称「草刈り出合い」)が実施されて、ぼくも朝の8時前から草刈り機で近所の雑草地をきれいに刈り払い、10時過ぎからは村の広場で村人こぞって飲んでおしゃべりする集いに参加してきた。

そして午後に数時間、昼寝をした後、夕方になってからちょっと使いに出たのだが、その時に見えた、丸い大きい月が村の森の上へ昇って行く光景が、幻想的なほどきれいだった。

今回の台風では、ぼくらの村は運良く、大きい被害を受けなくて済んだ。
今は、隣り町で浸水被害を受けた人々も、ぼくの郷里の隣の町の人々も、全国で甚大な台風被害を受けた人々が、少しでも早く回復できるようにと祈る気持ちでいる。

 ( 2019・10/14 )
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2019
10.07

栗を味わう〔2〕 (blog,723p)

Category: 畑を味わう
前回ブログにも書いたように、今年の果樹の出来具合は例年と比べるとずっと少なくて、いつものように何キロも友人知人に贈ったり届けたりすることは、残念ながら全くできなかった。
けれども、少ししか収穫できないとはいえ(自分たちで食べる分には)不足して困るということもないようだ。

ぼくらは去年の秋の終わり近くになって、村の家へ引っ越してきて、家族で暮らすようになったので、ぼく自身はすでに(通い始めた年から数えて)7年目の秋を迎えているのだが、家族にとっては初めて迎える村の秋ということになる。

          栗を食べる・1
連れ合いは毎日、庭や畑や裏山へ出て、花の世話をしたり野菜の種を苗になるまで育てたり、たくさんの昆虫を目にして写真を撮ったりと楽しく過ごしていて、今は少量の収穫でもせっせと栗を拾ってきて、いろいろ工夫して調理をしてくれている。

上の写真は、毎年栗が穫れる今の季節に作ってくれる『栗の甘蜜煮』で、生クリームを載せて食べると、都会のケーキ屋で買うマロングラッセや栗のパフェよりずっと美味しい「特別スイーツ」だ。

        栗を食べる・2
続いてこちらの上下の写真は、ケーキ種の中にもたっぷり栗が入った特製の『栗マフィン』で「ちょっと堅めの焼き上がりだった、失敗かも」と連れ合いは言っていたが、ぼくはこの堅めの焼きは何となく洋菓子のルーツを想像させる(というか、気持ちの中で懐かしさを感じる)素朴な美味しさだと思って喜んで食べた。

          栗を食べる・3
本日最後の写真(下)は、オマケ!
今の季節だからなのだろう、先日こちらの生協の配達で注文してあった栗羊羹が届いて、みんなでお茶菓子に食べた時、パッケージの袋に栗の写真があったので、手元の本当の栗を載せて遊んでみた。           ↓    ↓
         栗を食べる・4
例年なら今頃、大量のイガが地面に落ちて、毎日大量の栗を拾うのだが、今年はもうぼつぼつ栗の収穫が終わりそうだ。
ぼくは、栗ご飯や、蜜煮や栗のケーキを作ってもらって、食べているばかりというのはちょっと気が引ける立場なので、せめて茹で栗の、厚い皮剥きぐらいは手伝うようにしている。
今日も今から、台所の調理台の上に乗っている茹で栗の皮を剥くのだ。 (^o^)

 ( 2019・10/7 )
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2019
10.02

栗を味わう〔1〕 (blog,722p)

Category: 畑を味わう
春から秋が終わるころまで、畑仕事の一番体力を使う部分は「草刈り」である。
なんと言ったって、雑草こそは地上の(生物の)主である。
人間は生きてゆくために、雑草たちから一定の地上面積を借りて暮らしているだけである。
だから人間が地上の管理を怠れば、あっという間にそこは雑草天国になるのだ。素晴らしい!

先月の後半になって、裏山の数本の栗の木の下草を、数日かけて刈り取った。
今年は栗も不作で、例年の1/3も実が生らず、下草刈りが遅れたために、成熟した栗が入ったイガが落ちても気がつかず拾えなかった。それで収穫がさらに少ない結果になった。

        栗を食べる・1
やっと雑草をすっかり刈り取った地上に、新たに枝からいくつか栗のイガが落下してきたのを見つけて、今年も秋を実感できる日を迎えた。(自然界の変化を体感する方法は、もちろん一つ二つの現象に限られたわけではないが、やっぱり食べ物を見て、食べて味わい、季節感を感じられることは何よりの僥倖だと思う。)

        栗を食べる・2
ぼくたちが譲り受けるまで、この家屋敷には100年か、もっと長期間にわたって誰かが住んできた。そして、人の暮らしと土地と自然の環境に合わせて、果樹や畑の作物が育てられてきた。

栗は、日本列島に人が暮らし始めて、定着生活をするようになったいわゆる縄文時代に、初期の栽培作物として植樹されていたことが、20世紀後期以降、考古学の探査研究に遺伝子工学が取り入れられて判ってきている。

今年の作物は不作だが、たとえばこれだけの栗が採れれば、ぼくたちの家族がこの土地で、秋の味覚を楽しむことは十分にできるのだから、文句を言う筋合いではない。(「不作」というのは、欲を言えばの話である。)
いつもの年のようにたくさん収穫出来たら、友人知人にも秋の味覚を楽しんでもらえるのに、残念だなあ、、、ということなのだ。(友人知人の皆さん、こんなわけで、来年の秋をご期待ください。)
        栗を食べる・3
で、まあ、自分たちだけはあれこれ栗がメインの料理、調理を(ぼくは殆ど、作ってもらって食べてるだけでありますが)楽しんでいるという昨今であります。

        栗を食べる・4
『栗おこわ』と、お汁はお澄ましではなくて『ポトフ』ね! まさにシンプルにして豪華!
器は、我が家の文化財・骨董品を使う。(今、買おうとしてもなかなか手に入らないような器が、我が家では結構、日用で供される。)
一方で、同じ食卓に百円均一ショップの食器も並ぶ。それがぼくと連れ合いの趣味なので、どなた様も、我が家で一緒に食事をする時にはどうぞお楽しみください。

 ( 2019・10/2 )
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