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2017
09.20

信州を思い出す (blog,539p)

Category: 信州のこと
時々信州のことをこのブログで書いています。

10代の頃から何故だか漠然と信州が好きで、中学で教科書に載っていたカール・ブッセの短い詩「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う、、、」という短文を知って以来、よく城跡の山の天辺へ行っては一人でその暗記した短詩を口ずさんだりしていました。

「山のあなた」の詩と信州が何の関係があるのかと思われる方が多いだろうと思います。
一般的には何の関係もありません。
ただぼくが勝手にその詩と信州の山を空想の中で結び合わせていただけなのです。
ぼくの故郷の県は長野県の南隣りに位置しています。それで自分の住んでいる町から北の方を眺めても直接見ることはできませんでしたが、幾重にも重なる山塊を越えて北へ進んだ遥かな向うの方に自分にとっての幸せが住む場所があって、それが信州という土地なのだと勝手に思い込んでいました。

その信州の親しい牧場から昨日、今年の『牧場祭り』の案内状が説きました。

    滝沢牧場祭り・2017
1990年代のおよそ10年間を、毎年ゴールデンウイーク頃から夏休みが終了して早い秋が訪れる9月中旬まで、ぼくは上の写真にある『滝沢牧場』という観光牧場に長期滞在する日々を送りました。
その牧場の敷地内に海上コンテナを芯にした手作りの小屋を建てさせてもらって、その中で小さな自分の手作りの人形やアクリル画や版画やいろいろなものを並べて販売するギャラリーショップを営んで過ごしていたのです。

その頃に牧場のオーナーが自分の観光牧場の宣伝と近隣の人々との親睦を兼ねて誰もが楽しめるイベントをやろうと計画したのがこの牧場祭りのはじまりでした。
ぼくも最初から第10回位まではいろいろな形で参加していたのですが、遠く離れて仕事をしていてなかなかお手伝いも参加も出来なくなってもう10数年が経ちました。

それでもぼくはたった4年前までは、いつか信州のどこかへ引っ越して、そこで農業とマンガと絵と音楽のある生活が出来るといいなと夢を見ていました。
しかしいろいろあって、このブログに書いている通り、信州とは反対の方向にある太平洋沿岸近くの平野部へ、近いうちに引っ越して暮らすことになりました。
けれども事ある毎に信州を思い出し、また行きたいなあと思っています。
でも信州は遠いのでなかなか行く機会がなくなって久しい年月が経ってしまいました。

( 2017・9/20 )
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2014
06.07

番外編・信州シリーズ,3  (blog,77p)

Category: 信州のこと
さて、いよいよ今回の信州行きの最終目的地、長野県南佐久郡・野辺山へ行きます。
そこへ行くコースは八ヶ岳西麓の蓼科高原を走り、南麓の富士見高原、山梨県小淵沢から清里を回っておよそ1時間半60キロメートルの全工程高原道路の爽やかなドライブです。

八ヶ岳西側の山麓各地には歴史時代を遥かに遡る太古から原日本列島人の一類であったと言われる「縄文人」が多数暮らした形跡が遺跡となってたくさん残されていて、現在の茅野市原村から富士見町辺りにかけての複数の遺跡からは貴重な遺物の発掘が続いています。
中でも尖石(とがりいし)遺跡で発掘された豊満な女性を『豊穣の女神』としてシンボライズしたのではないかと言われているいわゆる『縄文ビーナス』と名付けられた土偶は、日本の考古学史上また比較人類学史上の学術的意味が重要でこの一帯は考古学ファンにとっては一種のメッカとなっていて、多くの小説や映画やマンガなどのドラマの中にも頻繁に取り上げられている所です。
            39-2014_06 02_チェルトの森近くの地蔵さん
そんなに古い時代まで辿って愉しむ趣味が無い人にとっても信州は例えば江戸時代以降も絶えず歴史上に重要な土地柄として登場し記録され続け文化的にも注目されて来ました。
ぼくはマンガと並んで歴史民俗学と分類される学術的論文や紀行文、記録(古文書は読破出来ないので現代に出版される資料文)が大好きで書物も割合よく読むのですが一時石仏や木彫仏などにも興味を強く寄せたことがありました。
関西各地の修験霊場や仏教文化伝播エリアと並んで中部山岳地帯にも非常に多くの木彫や石仏が創出、安置され日常的な祭祀、荘厳、帰依、崇拝の対象となっていたことが知られています。
同じ信州の北部アルプスに近い安曇野の田園風景の中に点在する道祖神は観光スポットとしても人気がありとても有名ですが、石仏は無名な物ほどいい感じがするというのがぼくの持論です。

前置きが長くなりました。
目的地の八ヶ岳『野辺山高原・滝沢牧場』へ到着です!

ここは八ヶ岳東麓の『人と自然と動物が触れ合う場所』として自分の夢を託して様々な人たちの心のオアシスを建設しようというオーナーの決意のもと、昨日のブログでご報告した『白樺湖のホープロッジ乗馬牧場』と同じように最初はオーナー独りで開拓農地の高原野菜のキャベツ畑に自力でヒュッテを建てて喫茶店を開業し、その前に馬を一頭繋いでおいて
「普段はキャベツやレタスを育てて出荷しながら喫茶や乗馬のお客がやって来ると畑から作業着のままで小屋へ上がって厨房でコーヒーを炒れたり野菜畑の中をお客を乗せた馬を引いて歩いたりしていたんだよ」
と言うお話をオーナーから直接お聞きしたのがもう今から24,25年前のことになりました。
   2014_06 02_牧場・全景
(写真は牧場のほぼ全景を入口の駐車場エリアから見た感じ。実際には全体の広さが10万㎡=約3万3千坪もあるのでカメラのフレームに収まりきれない左右スペースが存在する。
中央右側に見える建物群の向こうには野菜畑、牛の放牧場、牧草地が幅150メートル、奥行き数百メートルに亘って展開している)
   18-2014_06 02_牧場入園通路
(駐車場から牧場施設内へは未舗装の大地を歩いて訪ねるようになっている。駐車料金無料!牧場入場料も無料!この方針は創立以来ずっと変わっていない。すごい!
写真には写っていないが左手には林があってその中は林間キャンプ場になっている)
   19-2014_06 02_フロンティアー前広場
(中央右手に写る赤い三角屋根の山小屋風建物が最初にオーナーが自分で作った根拠地の
『フロンティアーハウス』ここが今でも牧場施設全体のヘッドオフィスを兼ねる受付であり、創設当時の姿のままの喫茶スペースでもある。ただしちょっと両翼部分が増築されている)
          20-2014_06 02_馬つなぎ小屋・入り口近く
(乗馬のお客さんを待つ馬たち。 馬は全部でたぶん10数頭いると思う。ぼくも昔時々乗っていた。でも乗馬の腕も技術も一向に上達しなかった)
       22-2014_06 02_馬小屋イン(正面)
(大型の馬小屋=馬房、骨組は重量鉄骨躯体だが2階部分は木質建築のイン=宿泊部屋になっていて今回もぼくはそこに泊めてもらった。素泊り1泊¥2,500円!夜中じゅう馬がガタンゴトンと音をたてるので神経質な人には眠るのが難しいけれど、話の種にはぜひお薦め。ぼくはもう何度も泊って慣れている)
        23-2014_06 02_馬房の中
(これが馬房の内側、懐かしい場所、昔この牧場で友達になった若い夫婦の大切な馬がいて
ぼくもその馬に時々乗せてもらっていた。その馬は居なくなり、若いご夫婦は別れたと何年か前に知らされた。 ここにはいつも動物の好きな若者たちがやって来て働いている。ぼくはそういう若者たちと1990年代の初めから終わりまで足掛け10年一緒に過ごす機会を持った)
       24-2014_06 02_丸馬場と角馬場
(手前の円形の柵と向うに見える四角い柵の内側が馬場で乗馬客が指導員についてもらってレッスンをする所、時々馬たちを数頭ずつ中へ放して出来るだけ自由に体をほぐさせている。 ぼくは20年以上前に未だ古い馬場の柵を恰好良く飛び越えて見せようとして失敗!腕を怪我して暫くおとなしくせざるを得なかった苦い思い出がある)
      30-2014_06 02_ティピテント
(アメリカインディアンの人々が植物や布や動物の毛皮を巻きつけて家として使っていたティピーテント、ぼくも時々この中で若い仲間たちと飲んだり歌ったりして遊んだ。内側はかなり広くて快適に出来ている)
       21-2014_06 01_フロンティアハウスの中
(ヘッドオフィス兼喫茶スペース『フロンティアハウス』の中、中央部分に牛にお辞儀をして挨拶する少女が写っている。この写真を撮ったのはぼくで写っているのは当時7歳になるかならぬかのぼくの娘、1996年夏休みのこと。偶然の場面だった。この写真はある大きい公立動物園の主催するコンテストに入賞した)
       25-2014_06 02_野外の牛
(かつて滝沢牧場の牛舎には大体30頭位の育成牛と搾乳牛がいた。今も同じような規模のようで、昼間はその中の何頭かが八ヶ岳の主峰、赤岳と横岳の残雪峰をバックにのんびり外で過ごしている。
昔たまに牛のお産に立ち会わせてもらったが仔牛が産まれるところはかなり迫力があった)
       26-2014_06 02_畑の農機
(たくさんの農業機械があちこちに置いてあって今ではぼくが居た頃より少しまた畑の面積が広がっているように見えた。都会の学校から小、中学生が団体で牧場体験ツアーにやって来る。その中に野菜収穫体験もあるので、農協等への出荷用作物ではないという)
       28-2014_06 02_カーボーイ君と畑で記念撮影
(ぼくがこの牧場にお世話になっていた頃には年間を通じて一人で牛の世話をしていた牧場一番の力持ち、英語が得意の通称カーボーイ君も落ち着いた風貌になりつつあった。
彼は今では牛舎ではなくて畑の野菜作り全般を担当していて、これから来客が増えて来て忙しいシーズンになるとこの畑の手前、カメラを置いた側の林に作ってあるダートコースでバギー車の貸し出し係もやっているとのことで相変わらず逞しい)
       27-2014_06 02_畑から馬房を見て
(いつ行ってもこの牧場は本当に広い!10万㎡=3万3千坪と言っても周りは林が囲んでいて、観光牧場としては土地全体の3分の1=1万坪も使っているかどうかでこの広さなので少人数で働いている人たちは大したもんだといつも思う。
ぼくが今般開設する予定の『マンガのある農園』は家屋敷、畑も山も含めてたった700坪と少々、それでも今はまだぼく一人ではとても畑の全部は耕しきれない位なので幼年時代の実家のことを思うともう少し広さが欲しいとか願っていたけれど齢を重ねた今のぼくにはそれが程々なのかもしれないと思えてきた)
31-2014_06 02_ぼくの小屋・正面 32-2014_06 02_ぼくが手作りした小屋
ところで1990年代の約10年間、この滝沢牧場に出入りしてぼくが何をしていたかと言うと上の写真に写っている小さい小屋で絵や版画や絵葉書やピエロの人形やステンドグラスや銀製品のアクセサリーなどを自分で描き、プリントして手作りしてこの小屋をミニギャラリーにして並べて売って生活をしていたのです。
実はこの縦横およそ6メートル四方の小屋はぼくがそこで暮らすために2ヶ月かけて自分一人で作った物です。物を作るのが好きな方なので今までに数件の物置やミニギャラリー店舗を建築したのをはじめ、生活に関わる諸々の道具や品物、絵を描くためのキャンバスやたまには絵の具にする画材そのものなどを自分で手作りしてきました。
(上の2枚の写真、左側が小屋の正面、約2メートル奥行きのテラスつき、写真右側は裏側の自分の居住部屋。ぼくは毎年3カ月位滞在してこの小屋に寝泊まりしていたけれど今ではよその人が使っている。裏側に少し炊事場が拡充されたのと色が塗り替えられている以外の設備、構造はぼくが建てて住んで居た頃のまま)
       33-2014_06 02_ロングコンテナの小屋
(そしてこちらはぼくの小屋を長く引き伸ばして木材も電柱丸太などを使ってオーナーと当時の若者スタッフが手づくりしたコンテナ小屋。20数年前に、まだぼくが通っていた頃の秋口から冬場の建造でぼくも2日間だけお手伝いした記憶がある。ぼくの信州暮らしの経験と生き方は一口で言えば『作れるものは何でも自分で作りながら暮らす』ということになるかと思う)
       35-2014_06 02_本館前の木梨・満開
信州は山国なので基本的に寒いです。それでハウスで育てたりしない限り温暖な海に近い平地のように冬でも花が咲き野菜が収穫できるということはありません。
それは岐阜県の飛騨地方などでも同じですがその代わり遅い春から初夏に至るまでの木の花、草花が満開になる時の感動は格別です。ただ、霜や凍結に突然襲われて地植えの花などが萎れてしまっては困るのでプランターも大切な花壇の補完の役割を果たしてくれています。
(上の写真、右手奥に見える満開の白い木花は木梨=コナシの花でしょうか)
   36-2014_06 02_フロンティア前で滝沢さんと記念撮影
勿体ぶってここまで登場を引き延ばした(^-^)というわけではありませんがご紹介します。
上の写真、自ら建てた『フロンティアハウス』の前でぼくと並んで笑っている左側の人物
この方が牧場のオーナーの滝沢さんご本人です。(笑顔健在でした!)

今回再会するまではぼくが牧場に出入りするようになって最も長年月・間が空いてしまっておそらく7,8年振りのお訪ねになると思いますが、お会いしてみれば(お互いに歳はとりましたが)昔度々お会いしていた頃とちっとも変らないものだとホッとするような嬉しいような気分になりました。(電話では年に一度か多くて二度くらい短い会話をすることがありますが、やはり実際の距離が離れていますので簡単に行き来は出来ないものでした。ただしその間にぼくの息子がキャンプに行ったり噂をきいたりはしてきました)

旅行代理店や学校関係者などの来客や仕事の電話が次々と入るお忙しい中でコーヒーを炒れて下さったり電話対応をしながら手ずから特製ソフトクリームを作って下さったりとずいぶん歓待していただいて恐縮でした。
昔、ぼくがやがてどこかで自分のやりたい施設を作れる時が来たら『タキザワブラザース』を名乗ってもいいですか?とお訊きした時、何かいい仕事をする時にはどうぞどうぞ名乗って下さい、結構ですよ!とお返事を貰ったことがありました。

今般の計画ではブラザースを名乗りこそしませんが、自分としては生き方の在り様として今回の信州往復で再会した方々のまさに【フロンティアースピリッツ】と自分の生きざまを重ねて見たり鏡に映してみたりしながら心の中でホープブラザースを思いタキザワブラザースを想定して自分なりに人生の(多分最終コーナーを)走り続けて行きたいと思っています。
37-2014_06 02_厨房でお母さんと記念撮影 38-2014_06 02_牧場受付の恵美ちゃん
1泊2日(夕方着いて翌日昼過ぎには発ったので実質1泊1日)の短い滞在でしたが15年前まで暮らした野辺山の懐かしい感覚はすっかり甦り、牧場の近所に暮らしている親しかったクラフトマンの家にもお訪ねしてぼくより少し若いご夫婦とも短時間ながら旧交温め直して来ることが出来ました。

帰る寸前になって牧場の厨房へ行ってみるとオーナーの奥様(上の写真左側の3人の真ん中)が昔と変わらぬ気さくな人柄で古い気心の知れたスタッフの方と仕事をしておられましたのでちょっとの間、仲間に入って笑い、記念写真を撮って今回のお礼をお伝えして車へ荷物を積み込んでフロンティアハウスへ戻りスタッフのEちゃんの写真(右)を撮り、滝沢さんに再会を約すお別れのご挨拶を済ますと彼がこれを持って帰ってみんなで味わってくれと特製の品々を持たせてくれました。
   40-2014_06 02_see you again 八ヶ岳
帰路は高速道路で急がずに一般国道を走り通して倍以上の時間をかけて時々駐停車も休憩もしてゆっくり風景を楽しみながら戻って来ました。
その帰路で一つ残念だったのはある食堂で信州そば定食を食べようと考えていて、足を延ばしてその店へ行ったのですが“ただ今準備中”となっていて食べられず、仕方なしに行き過ぎてその後で休憩することにした「道の駅」で望んでいなかった特製メンチカツ定食を食べる羽目になったことでした。
       41-2014_06 03_ミルクと牧場プリン
滝沢牧場のオーナーが持たせて下さったお土産は搾りたての牛乳たっぷり、と牧場の特製生プリンたっぷり、でした。家に持ち帰って直ぐに家族で美味しい美味しいと言い合って戴き、牛乳もごくごくと飲んでしまって後になって「しまった、写真に撮ってブログへ載せようと思っていたのにすっかり忘れて食べて飲んでしまった!」ということになってしまいました。
既にプリンが後2本、牛乳が後1本になってしまいましたがそれでも1枚も撮らないよりはましだろうと思い、最後の写真になりましたがここに掲載して感謝をお伝えしたいと思います。
滝沢様、この度の突然のご訪問では本当にいろいろありがとうございました。
『マンガのある農園』が活動を開始しましたらどうぞぜひこちらへも遊びに来て下さい。

以上でこの度の信州2泊3日往復旅行の番外ブログ記述篇を終了します。
(次回からはまたいつもの『村の家と町の家の往復記』に戻る予定です)
それでは明日以降へ続きます。

  ( 2014・6/6~7 )

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2014
06.05

番外編・信州シリーズ,2  (blog,76p)

Category: 信州のこと
6月1日(日)の朝9時半過ぎに(楽しく歓談させていただいた)辰野市の三浦久氏の家を発って有賀峠越えで先ず諏訪盆地に向かい諏訪地方を通過して茅野市から蓼科方向へ、白樺湖へと進みました。 この写真の辰野市の田園地帯が標高700メートル位ではないかと思います。目指す白樺湖は標高1400メートル以上あるでしょうか。
   2014_06 01_辰野から白樺湖へ
今から50年前に、京都から一人の青年が白樺湖を少し登った山へやって来てパワーショベルもクレーンもダンプカーも何もない状況で自分の体力だけを使ってゴロタ石と大岩と雑木と雑草に覆われた山の斜面を開墾し、通路をつけ、整地してテレビや映画で観て憧れたアメリカ西部劇に出てくるような牧場作りを始めました。
青年の名前は川村 嘉彦氏、ぼくらは酋長と呼んでいました。
彼自身アメリカインディアンの人々の逞しく優しい生き方に憧れて自らクレージーホース(スー族の戦士、弱い者の味方として部族内で信頼をおかれたが酋長ではなかった)と名乗っていました。
     2014_06 01_川村酋長の言葉
酋長・川村氏の自分自身の為にも他人の為にも労働を惜しまない逞しく優しい生き方は彼と接する多くの人々、中でも若者たちの圧倒的な信頼を得て一緒に寝食を共にしながら労働を通じた生き方を学ぶ人々も増え、5年、10年と牧場作りが進められて次々に宿泊用の建物(ロッジ)と馬の数も増えて行きました。
      2014_06 01_ホープの旧ロッジ
川村酋長はそうした自由で独創的な生き方をしながら例えば日本映画の『敦煌』(井上靖原作)や『天と地と』(海音寺潮五郎原作)などでたくさんの馬が撮影される時には馬事指揮(ホースディレクター)を務めて無くてはならない人になって行きました。
ぼくが初めて酋長にお目にかかったのはその開拓時代よりずっと遅く、もう1990年代になってからで、この下の2枚の写真に写っている大きいログハウスの建築工事をしておられた頃でした。
     2014_06 01_ホープロッジ・メインログ
ホープのスタッフ経験もなく正式の会員でもない言わば部外者のぼくなのにいつお訪ねしても酋長も奥様も大変親切に応対して下さって恐縮しました。(それがもう20数年前の話です)
「晩飯はまだなんやろ、一緒に食うて行けばいい」と言っていただいて長々とお邪魔したことも有りました。その頃川村ご夫妻から伺った牧場創生期の楽しいお話は後に酋長が出された本『日本の酋長・クレージーホース』と言う本にも書かれることになりました。
       2014_06 01_ホープ・メインロッジ正面
と言うわけで今回ホープロッジをお訪ねしたのは、この地が川村酋長一人で開拓され始めて『ホープロッジ』となってから50周年のお祝いの会が催されたから、その集いに参加したくてやって来たのでした。ただ、残念ながらこの50周年の集いの中心にいるはずの酋長は10数年前に冬場のサイロ作業中の事故が元で病気を併発して長い闘病生活の後に亡くなられてしまっていて、その牧場を残された奥様・川村瑛子さんとたくさんのスタッフ、そして現在の社長である息子さん英之氏ご夫妻が守り育てて来られたのでした。
2014_06 01_ホープの若社長ご夫妻 2014_06 01_ホープの馬場と馬房
(上写真・左=お祝いに参加した300人近い人々に感謝のあいさつをする若社長ご夫妻)
(上写真・右=初期につくられた馬房、スタッフ宿泊棟)

(下写真・左=最初期のログハウスとそれを作ったスタッフたちと酋長の奥さんと一緒に一人だけ部外者のぼくも入れてもらって記念撮影)
(下写真・右=酋長が入院時代に献身的にお世話をした当時のスタッフ・大田さんと一緒に。 酋長が一時入院していた関西の病院へぼくがお見舞いに伺った時も太田さんが付き添いをしておられた)
2014_06 01_ホープ初期のスタッフと奥さん 2014_06 01_ハセヤン、太田さんと一緒に
上の写真の左端にいる“ハセヤン”は原村で有名な『カナディアンファーム』というレストラン施設を主宰して手づくりの家や建物を作り、畑で作物を育て、料理を提供している川村酋長譲りの生き方のオーソリティーで、テレビや雑誌ではよく知られた人、昔ぼくが暮らしていた別の牧場へ彼が自分で作った石窯で焼いたゴッツい通称ハセパンを持って来てくれたことがあったのですが、途中車の中で自分の子供たちと騒いで遊びながら運転してきたのでクッション代りにお尻の下に敷いていてぼくが貰った時にはペッタンコだったことがありました。(それでも美味しかった楽しい思い出、あの頃のハセパンは今や伝説の一品です!)
右の写真、ハセヤンの右隣に立っている女性・太田さんは東京で『遥象(うたかた)』というバンドをやっているミュージシャンですが、ぼくが彼女と知り合ったのは左の写真にある草屋根のログハウスにあった喫茶コーナーでスタッフだった彼女にコーヒーを入れてもらった時でした。以来彼女とは親しい友達になれて今でも2年に一度位どこかで出遭うことが続いています。彼女はピアニストでもありますが、実は若い頃にはヨットのディンギー競技で全日本チャンピオンにもなったアスリートでした。(ぼくも若い頃にほんの少しディンギー乗り「遊び」をしていた時期があった)
    2014_06 01_野辺山へ向かう
このページの一番最初の写真、辰野市の田園風景が標高およそ700メートル位だろうと書きました。
そしてこの上の写真が八ヶ岳西麓、原村の少し上辺りで標高およそ1300~1400メートル位に位置していると思います。何となく雰囲気、空気感が違うのがお分かりでしょうか?
このどちらの雰囲気もぼくは大好きです。 若い頃から憧れて長年通った信州にはぼくの生命にとって何か分かりませんが根源的な存在の基のような脳なのか神経なのか何か仕組みというか構造というか必要な要素が隠れているように感じます。(ぼくがこう言う非弁証法的、非唯物的な言辞を発するのは変なのですが何か解明できない自分の思索に関わる秘密があるような気がしてなりません)

さて、ホープの酋長のことはまだまだ思い出すことがありますので今後も折に触れて信州の話題の中で書いて行きたいと思います。お訪ねして酋長がぼくの顔を見る度にかけてくれた優しい言葉についても次の機会に書きたいと思います。

そしてここから今回の2泊3日の信州ツアーの最後の訪問地、野辺山へ向かいます。
そこはまたぼくの信州暮らしの経験の中で最も長期間お世話になった牧場がある村なのです。
(以下、次回へ)

  ( 2014・6/5 )

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2014
06.04

番外編・信州シリーズ,1 (blog,75p)

Category: 信州のこと
えーと、突然ですが今日から数回に亘っていつもの村の家と町の家を往復する『農業見習い報告』をお休みして一年振りで訪ねた信州のことを書きたいと思います。

先ず始めは諏訪湖のある諏訪盆地を山塊一つ南西へ越えた伊那谷の北の端にある辰野市を目指して高速道路を走りました。 ぼくの住む町の家からほぼ300キロ、中央自動車道・伊北インターを降りて辰野の町中を流れる天竜川にほど近い場所にある音楽喫茶オーリアッド(OREAD)をお訪ねしました。
そのお店の噂はもう30年近く前から聞いていたのですが実際にお訪ねしたのは今回が初めてです。行ってみると実に素晴らしい環境でお店もすばらしいところでした。

そのライブ喫茶オーリアッドのオーナーは大学の先生をしながらフォークソングを歌っているシンガーソングライターの三浦久氏で、ぼくは1980年代から直接彼の歌うステージを観て来ました。
知る人ぞ知る『七夕コンサート』と言うイベントがあるのですが、ぼくはかなり古くからのそのコンサートの観客の一人です。(当初はコンサートが終わると直ぐに帰る静かな客でした)その出演メンバーの中の豊田勇造というミュージシャンの方とはまた別の知人でシバというブルース・フォークシンガーのライブで楽屋へお邪魔した時に初めて話をするようになったのが1980年代の後半でしたが、歌は聴いていたのですが三浦久氏と直接話をしたのは1990年代の初めになってからでした。(それも音楽会場で、ではなくてこの後書き込む予定のある牧場でばったりお会いした時でした)
     2014_05 31_辰野市、オーリアッド全景
(昔の二つの信州往還、三州街道と伊那街道に挟まれた古い交通路の要衝だった辰野市中心部の外れにあるカントリーフィーリング溢れるウッディーなMusic Cafe・OREAD)

さて、今回ぼくがなんでその音楽喫茶オーリアッドをお訪ねしたのかというと歌を歌うためでした。と言っても誰かに頼まれたとか呼んでもらったと言うのではありません。(ぼくを呼んで歌わせてくれる人などいません(^;^)このオーリアッドでは毎週土曜日の夜、歌いたい人や演奏したい人たちが自由に参加できる Freedom Concert をオーナーの三浦氏ご夫妻が開催されていると聞いて知っていたのでいつか機会があったらぼくも参加させてもらいたいと思っていました。
そして今回、5月31日の土曜日の夜にもその集いが開催されることをホームページで確認して当日のお昼頃に2回、参加希望のお電話をかけたのですが通じなかったので取敢えず行ってみれば何とかなるかと思って出発しました。

ぼくはものすごい方向音痴で、しかも10数年乗っている古い車にはナビもつけていないのですが昔から憧れて頻繁に通っていた信州ということもあって幸い迷わずに行き着けたのでした。
       2014_05 31_三浦氏とぼく
それも何とか明るい内に到着出来たので、開店準備中の三浦氏(左側の背の高い方)と並んで記念のスナップ写真をパチリ!(奥様がシャッターを押して下さりました)
2014_05 31_オーリアド・ステージ 2014_05 31_オーリアド・店内
主としてアコースティック・ミュージックのライブには十分な環境が用意されている店内の感じです。(ぼくも『マンガのある農園』で、とてもこれほどしっかりした物にはならないでしょうが、たまにミュージシャンに来てもらって音楽の実演などもできるスペースを必ず作りたいと思い願っています)
     2014_05 31_皆でステージスナップ
そして当夜のライブが終了した後で(電車時間の都合などで先に帰った方々も有りましたが)残った演奏者と参加者みんなで記念撮影をパチリ!(これも撮影は三浦夫人でした)君はここへと言う三浦さんのご指名で晴れがましくも真ん中へ座って写りました。
ギターリフは間違うわハープ吹奏も狂うわで恥ずかしかったぼくのステージの方は持参したカメラでは写真を撮ってもらうのを忘れてしまい『三浦久』氏のホームページ・オーリアッド日記(Facebook)で紹介していただいている分だけになりました。
   2014_06 01_三浦久ご夫妻
こういう次第で突然お邪魔したのに大変ご親切にしていただき、翌日(6月1日、日曜)はわざわざ迎えに来て下さってご自宅の畑に作られた藤棚の下で美味しい朝食をご馳走になり時間が経つのも忘れていろいろ話が弾み、ぼくのその日の予定があったのでたいへん名残惜しかったのですがあっという間にお暇(いとま)する時間になってしまいました。
それでここでも話に夢中になっていて抜群のロケーションだったのに全く写真を撮るのを忘れていて、もう失礼する時になって車の中から立派なご自宅をバックに三浦氏ご夫妻を一枚だけ写させていただきました。

三浦氏のご自宅での暮らし方は何となく米国ボストン郊外辺りの大学人のような感じにお見受けしました。(行ったことが無いので想像ですが、じつは親戚の親しい人々が何人かハーバード卒のボストニアンで時々彼らが我家へ遊びに来るとよく暮らし方の話になります)
     2014_06 01_辰野(田園からの眺め)
(辰野市内の田園風景、写真中央部分山並のシルエットの上に少し白い部分が見えるのはたぶん数十km彼方の八ヶ岳の残雪だろうと思います)

未だ帰宅して最初のブログを書いているところでお礼のお便りもしていませんので、先ずこのページでご夫妻に御礼を申し上げたいと思います。
「三浦久様、奥様、本当にご親切ありがとうございました。来月にはまた恒例の【七夕コンサート】を聴きに行きます。今年は悲しい会になってしまいますが参加者全員で東野さんの歌の思い出を共有できることを願っています」
それではどうぞお元気で毎日をお過ごしください。
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なお、現在ぼくのブログでは自分の名前や顔写真を完全公開してはいません。それはまだ『マンガのある農園』が準備段階であり、基本的にプライベートなブログであるという扱いをしているためで今回も音楽家として公開活動をしておられる三浦氏だけはぼくの判断で顔写真も店名も公開させていただいております。またぼく自身のことも完全に匿名と言うわけではなくて、自分のwebアカウント以外の他所さんが公開されている分には時々登場していますがその点については殆ど全く非公開を要請することはありません。

  ( 2014・6/4 )

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