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2018
07.25

身辺変遷情況 (blog,633p)

二週間前、村の家へ行く少し前に、東京の(若い頃から)仲の良い友人から、突然、
「腎臓を患ってステロイド治療のために向う一ヵ月間の予定で入院中」という連絡を受けて、取敢えずお見舞いのメールを返信してから村の家へ向かった。

7月初旬の大雨洪水災害で、全国的に甚大な被害がもたらされた直後の、一転して一滴の雨も降らない酷暑の中、村の家の畑作業と土木作業を続けていた。

日昼だけでなく、深夜になっても夜明け近くになっても、ぼくが暮らすエアコンのない部屋は、温度が33℃以下に下がらない猛暑が10日間以上続いていた。(今もきっと、村の家のギャラリー棟資料室では同じ暑さが続いているだろう。)
食欲が湧かず、お茶やソーダ系の飲料を毎日3リットル以上飲みながら、何とか少しでも作業の進捗をはかっておきたいという思いだけで労働を続けていた。
そうしてちょうど十日目に、町の家で過ごしている家人(伴侶)が体調を崩してしまったと電話で聞き、予定より一日早く労働を切り上げて町の家へ帰宅した方がいいかなと思案していたら、翌日の朝になって、90歳を超えている家人の母が部屋で転倒して、救急車で去年(同じ大けがで)手術を受けた病院へ入院、再び手術を受けることになったと知らされた。

それでもう、猶予無し!
すぐに作業に一段落付けて、夜中に町の家へ帰ってきた。
それが7月22日未明のこと、そして仮眠して、昼には息子たちとみんなで病院へお見舞いに行き、今日は家人と二人で手術の前からまた病院に詰めていた。
「右大腿骨裂骨折。人工関節骨(チタン金属製)埋め込み手術」は去年の左側に引き続いて幸い成功した。(手術後、直ちに執刀医師からレントゲン写真を前に経過の説明を聞いて、一安心できた。)

そのあと少しの間(ICU室で)家人と二人、経過観察中の看護師さんの横で、義母の現状を見ていて、看護師さんから「今日はもう自分たちがお世話するから心配しないで、明日になったらまた来てあげてください」と言われて帰宅した。(それが一昨日7月23日のこと)

そして昨日24日も、家人と一緒に1時間程、病室を見舞ってしばらく話し込んで帰ってきた。
今のところ術後の経過は順調が維持されていて、体力的にも精神的にも気力が持続しているので、また自力で立って歩けるところまで回復してくれる希望が持てて喜ばしい。

東京の友人の治療状況が気になっているけれど、まだその後の経過を訊ねてもいない。
元気でいてもらいたい。
みなさーん、お互いに心身を大切に毎日を暮らしましょうねえー!

 ( 2018・7/25 )
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2018
07.10

下劣な政権と自然災害 (blog,629p)

6月は、11日から村の家へ行って、物置のコンテナを置く場所の土地造成工事と、畑の世話をやってきた。(26日夜中に町の家へ帰宅)
しかし、なんといっても梅雨時なので、雨が多くて畑も土木工事も、作業はなかなか捗らなかった。

そして、町の家へ帰ってきてから12日間が過ぎたが、その間ほとんど雨続きで、しかも、九州、四国、本州の中国地方、近畿、中部地方から関東まで、全国的に豪雨による災害が続出していて、その被害は甚大で、人々の生命と暮らしが惨状を呈している。
身近な地域でも、猛烈な降雨によって、かなりの被害が出ているニュースをネットで見聞きしながら、なんともやるせない気持ちに苛まれる気分になる。

それなのに、日本政府のバカな首相、安倍晋三は連日料亭通いを続け、閣僚や芸能人たちと飲めや歌えの狂乱を繰り広げて、災害の被災者に対する思いやりなどみじんもないようだ。
我が世の春を享楽しているつもりなのか、行政の責任を果たそうともしない。
奴は戦後最悪の、腐敗堕落した政治権力者の、腐れきった姿を世界中に曝している。
これほど低脳愚劣な、恥知らずの安倍晋三など、とっとと権力の座から転げ落ちて、逮捕されるなり死んでしまうなりすればいいと、ぼくは本気で、怒りを以て願っている。

人々がだれもかれも、他人の不幸に関心や同情を寄せることもなく、社会の歪みを正そうという声に耳を貸さず、自分さえよければ世の中で何が起きようが関係ない、という薄情で残虐な時代を望んで受け入れているように感じられて恐ろしい。
本当に、なんというオゾマシイ社会になってしまったのだろう。

今や、日本列島と、そこに暮らすぼくたち庶民大衆の命運は、文字通り「破滅のふち」に追い込まれているのだが、愚かなぼくたち庶民は、迫りくる自分たちの絶対的危機に対して『見ざる、聞かざる、言わざる』の姿勢で、狭い精神の牢獄に、自ら閉じ籠っているのではないか?!

 ( 2018・7/8記、7/10,up )
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2018
01.19

世の中は、、、 (blog,582p)

ぼくのブログも公開を始めて5年目になりましたが、今日は【今までで最も社会的な書き込み】をしたいと思います。
理由は一つです。ぼくは自由で平等な精神が生きる社会で一生を送りたいからです。

今、世間では安倍首相を首領とする卑怯下劣な政治権力犯罪者集団が自己の欲望を満たすためだけの犯罪政治を繰り返しながら、責任逃れの策謀で国会を無視、ないがしろにして芸能人と会食したり外国へ遊びに行ったりやりたい放題のバカな祭りごとに明け暮れています。

        安倍友、別荘・1a

        安倍友・2a
本来なら(ヨーロッパの先進国は勿論、お隣の韓国でも)こんな犯罪行為を続ける政治権力者とその癒着人脈は国民の怒りを買って司直も動き、逮捕されたり投獄されて当たり前です。

         安倍友・3a
                 ↑      ↑
   (取り巻きの中には安倍首相の紹介本の著者でレイプ犯人の山口もいる。眼鏡をかけたヒゲの男)

それが安倍首相本人は言うに及ばず癒着業者さえ逮捕も責任追及もされないということは異常事態なのです。つまり現在の日本は民主主義国家の体をなしていないということです。

         トランプの奴隷、安倍・1

民主主義のない国が進む道は決まっています。それは独裁者を生み育てて、やがて戦争へと突き進む軍国主義への道です。
日本の戦後憲法を捨て去って本気で隣国とでも戦争をしようという国です。

         安倍ヒットラー・1a
           安倍ヒットラー・2a
これは現在の日本列島を覆っているぼくたち民衆の無気力で無責任で世の中の変化に対して無関心なままの【事なかれ主義的生き方】が権力者とその取り巻き共のデタラメを許してしまっている結果なのです。
         安倍・放射能拡散・1
                 ↑      ↑
 (福島原発から放散し続ける放射能が、今現在も子供たちの成長にとって危険だと告発している風刺イラスト)

こんな間違った社会の在り様に抗議の意思を持たず、疑問さえ持てずに黙認していることは「ぼくたち庶民自身が政治権力者や巨大資本の犯罪行為に加担しているのだ」と厳しく自分を戒めるべきだとぼくは日頃から思っています。
-------------- 今日、ここまでの写真とイラストはすべてネットの自由素材を使いました。----------------

( 2018・1/19 )
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2017
08.21

東京往復〔その6〕 (blog,529p)

9ヵ月振りの上京のレポを書いてきましたが今日の書き込みで一区切りとするつもりです。

今回の上京に際しては昼間の時間の過ごし方について考えた結果、何十年も前にぼくが暮らしていた場所と環境を訪ね歩いてその現在のありようを自分の記憶と照らし合わせてみようと意識して出発しました。
その結果、ぼくはちょうど物語の中の浦島太郎になったような気分を少し味わってきたのでした。

それが8月7日のことで東京は大変蒸し暑い日でした。
この日の夕方からの催しで旧知の人々に会うためにぼくとしては「お洒落」のつもりで新しいTシャツを着て行ったのに、昼間のあちこちを探訪する徒歩の旅を通じて二度も三度もすっかり大汗をかいてしまい、エアコンが効いたスペースで一休みしてやっとTシャツが乾いたら黒地のシャツ一面に汗の塩分が浮き出ておかしな模様になってしまいました。
それでもやっと夕方になって、人々が集まっている友人の出版祝賀パーティー会場へ到着しました。

 〔今日のブログページの会場写真は加工して全ての人物の鮮明度をボカシてあります〕
三宅さん・1 三宅さん・2
既に参集されていた人々の間にぼくも入れてもらって知人とは挨拶を交わし、本を出した友人には祝福を伝え、やがて開会時間になって乾杯をした後は数人の方々から出版を祝す言葉が寄せられる中、ご当人を含むそれぞれ知人や顔見知りの人たちが主としてマンガに関わる話題を巡ってあちらこちらで楽しく歓談するいつもの光景になりました。

御茶ノ水・8の1 御茶ノ水・7の1

上の写真・左に写っているお二人の内の左側の人がこの日の主役・本の著者の宮岡蓮二さんで、彼はこのペンネームの外に本名でも長くマンガ評論などの原稿を書いてきましたし、編集者、デザイナーとしても仕事をしておられる方です。(ぼくはもう忘れるほど昔からの知人でいつの頃からか彼の部屋に泊めてもらったりする友人になった)
日本の主として戦後の漫画状況に関する考察を論じる評論誌『貸本マンガ史研究』という雑誌の編集も彼の献身的な労に負うところが大きいようです。(その雑誌にはぼくもこれまで時折短いコメントを寄せてきたが、ぼくには論は書けないので今のところあくまで論外のコメントのみになっている)

同じ写真で著者の宮岡さんの隣でぼくのカメラに笑顔を向けてくれているのはマンガ家のつげ忠男氏です。
当夜、ぼくはつげさんにお会いしたのは何十年振りかだったのでご挨拶の言葉も交わさず失礼しましたが、お元気そうだったのは嬉しかったですね。(ぼくが忠男さんに初めてお目にかかったのはまだ18歳のある日のことだった)
お兄さんのつげ義春氏とも長くお会いしていませんが、忠男氏の方は時々新作マンガも発表されることがあっていつも楽しみに読ませてもらっていましたので久し振りで直接お元気な姿を拝見して本当に良かったです。

本・1 本・2
        ↑                    ↑
こちらが今回友人の宮岡蓮二(ペンネーム)氏が出された新本です。(写真・右側は本の内容の一部)
タイトルは『 APARTMENT :木造モルタルアパート 夢のゆくえ: REQUIEM 』(ワイズ出版、¥2750)となっていて、内容は約370ページにわたって大量の建物の写真が載っている「普通紙に印刷された写真集」です。

戦後の昭和20年代から40年前後に建てられた新建材と在来工法の組み合わせの建物、外壁をセメントモルタルで塗り均して簡易の防火建築方式だったいわゆる『木造モルタル』建築物を「プライベートに撮りためてきたデジタル写真データ」を掘り起こして整理した「プロフェッショナルではない人が撮った写真」の集成ということになります。
こうしたモチーフに対するぼくたち市井の人々の生活感情を共有する時代感覚が包まれた一冊になっていると言えそうです。

この写真集を手に取って見ているぼく自身も自分の前半生はずっとこうした建物の住人として過ごしてきたわけで、戦後の復興期から相当に長い期間、1970年代かあるいは’80年代ぐらいまで、田舎から都会へ出て働き、生きてきた人々の大半が少なくとも何年かはこうしたアパートや下宿の住人であったに違いないでしょう。(あるいは今現在もまだ多くの人々が鉄筋コンクリートの新型マンションや住宅展示場に並んでいるような家々とは無縁な木造モルタル集合住宅で人生の時を送っているのではないだろうか)

       新宿バスタ
帰路は新宿駅にある高速バスセンター『バスタ』(まんまのネーミング!)から深夜高速バスに乗りました。(大型台風の影響でたくさんの欠行便が出ている中でぼくが予約してあった便は運良く運行していた)

いつでもぼくの東京往復は慌ただしい日帰りが多いのですが、今回は特に急ぎ旅の必要に迫られていました。
というのは、このパーティーが7日夜の東京で、その5日後の12日には今度は東京から450キロ以上離れた村の家へ二百数十キロも離れたぼくの郷里の町から小学校時代の先生と級友たちが(まだ未完成の『マンガのある農園』の様子がどうなっているか)見に来るということになっていたのです。

そしてその外にも11日から16日まで開催中の町の盛大な『古本市』の催しにも好きな本を探しに行きたいと思っていました。(つまり村の家で先生たちを迎えて歓談し、無事にお帰りになられたことを確認したらぼくはまた130キロ以上離れた町の家へ飛んで帰って古本渉猟に情熱を燃やす!という算段で行動していた)

そしてそのハードスケジュールの全部を実行実現クリアー!!しました。
詳しくは次回のブログでご報告しまーす。 ヽ(^o^)丿

( 2017・8/19記、8/21,up )
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2017
08.19

東京往復〔その5〕 (blog,528p)

前回のブログでも書いた通り久し振りに訪ねた『東京都千代田区神田神保町』を1時間半ぐらい彷徨して、そのあと神保町交差点(駿河台下)から御茶ノ水駅のある坂上へ向かって歩きました。
18歳から25歳までのぼくの東京暮らし7年間で、この坂道を何百回か、もしかすると千回以上往復していたと思いますが、今度歩いたのは15,16年振りか20数年振りのことになるかと思います。

駿河台の坂道の両側には日本大学や明治大学の学舎や明大会館(通称学館)があって何かの催しや必要に際して時々構内や建物へも出入りしていましたが、その頃の場所を歩いてみてもぼくの記憶にあった環境も建物もすっかり変わってしまっていてまるで自分が浦島太郎になってしまったような気分でした。

        御茶ノ水・1
通りがかりに眺めるとどの大学の建物も、もの凄いキラキラの高層マンションか高級ホテルか大企業のオフィスビルのように建て替わっていて驚くばかりでした。(上の写真は明治大学の学館があった辺り、ぼくが出入りしていた頃はあちこち壊れかかって薄汚れた古い重たいコンクリートの建物が幾つかあって、高さもせいぜい3階か4階ほどだったように思うのだが今となっては定かな記憶ではない)

        御茶ノ水・2
こちらの写真は『御茶ノ水駅』です。(↑ ↑)この駅も建て替えられたのでしょうか?
駅の規模はぼくが乗り降りしていた頃と同じようなスケール感なのですが建物は昔とは違っているような感じがします。(もしかすると元の駅舎をベースに改築したり色を塗り替えたりしてあるようにも感じられる)

        御茶ノ水・4
駅の脇を流れる川は『神田川』で(↑ ↑)ぼくが通っていた頃はもっと汚くていつも複数の浚渫船が停泊していたような気がします。
川面の水の色は黒緑色でけっしてきれいとは思えませんでしたが何十年も昔の浚渫船が川底をさらい続けていた時代よりは今の方が少しでも水質が改善しているのでしょうかね。

        御茶ノ水・3
この川と線路の上に架かっている橋は『おちゃのみずばし』で橋の向う正面に立っている建物は東京医科歯科大学と病院です。(この病院には40数年前のある時大変お世話になった、というか本当に助けてもらった。でも病気やけがを治してもらったのではなかった。その時のことは別の媒体で詳しく書く予定)

そんなことをいろいろ思い出しながら橋の向う側で信号待ちをしていた時、思いもよらぬ偶然の出来事が起きてビックリしてしまいました。

普通に考えてとてもあり得ないことでしたが、ぼくと家人にとっては東京暮らしの時代からの恩人でもある大変親しい知人と信号待ちの交差点でバッタリ遭遇したのです!(見つけたのはぼくの方で「まさか?」と思いながら声をかけた)
いやあ、本当に驚きました。その方は前回9ヵ月前にぼくが上京した時に共通の知人であり彼の親友である詩人・鈴木志郎康さんのお宅を一緒に訪問したT氏で、去年彼が書いた本が出版された時にも当ブログでは読書感想とご紹介を載せていました。

今回ぼくは全く何のご連絡もせず、しかも今T氏は山梨県の甲府で暮らしておられるとお聞きしていたので、まさかこの日のこの時間にぼくが自分の勝手な思い出の経路を辿ってウロついている途上で出会うなど考えることもできないことでした。

           御茶ノ水・6
ぼくが住む町から東京までは約500キロ離れています。そしてT氏が今住んでいる甲府市から東京もたぶん100キロ位は離れていると思います。
街道筋でいっても全然違う経路にあり、上京の動機も全く違うしどう考えてももの凄い僅かな確率の偶然が重なってこんな遭遇に至ったとしか言いようがありません。
T氏は「何万分の一か、いやあ何十万分の一の偶然だね」と言われましたが、ぼくにはこういう偶然を確率計算する知識はありません。しかしひょっとすると何千万分の一以下の偶然だったかもしれません。(その確率が低いほど楽しい経験ということになるなあ)

というわけで改札口を出てきた知らない乗客の方に頼んでカメラのシャッターを押してもらった写真がこれです。(上)
東京から町の家へ戻ってすぐにまた村の家へ往復していたのでまだこの写真をT氏へは送信してありません。それで今夜からまた村の家へ行くので来週帰宅してからゆっくりとT氏にメールを書きたいと思っています。

さて、東京往復レポートを長く続けてきましたが、次回、友人の出版祝賀パーティーの模様を書いて今回の一連の記事を一区切りする予定です。

( 2017・8/19 )
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