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2015
06.30

収穫もあり (blog,224p)

Category: 畑を味わう
今回の村の家滞在7日間中3日間全日と半日、ちょうど半分雨降りでした。
さすがは梅雨空です。おかげで野良仕事は非常に困難でした。雨が降らない日でも畑の土はたっぷり雨を吸い込んでいて鍬にも鎌にも軍手にも直ぐにベタベタ泥がくっ付いて雪ダルマのようにベッタリ溜ってしまうので、農作業はまともに出来ません。

それでも雨が降らなければ畑に出ました。やることがたくさん溜まってしまっているのです。
もの凄くなるばかりの雑草を引かなくちゃならないし伸びてきたトマトやキューリの茎にはぼつぼつ補助を当ててやらなければなりません。追肥も土寄せも次々に必要になります。
       2015_06 19_6月の収穫・1
ジャガイモの茎がすっかり枯れ始めてきたのでまだ成長がうまく出来ていない感じでしたが掘り上げました。結果はやはり今一の感じでしたがそれでもこれ以上土の中に放置して腐れ病になったり虫に食われたりしたら勿体無いので今回植えた3種類全ての芋を掘り上げました。
上の写真のさつま芋のような皮の色のお芋は「シェリー」と言う名前でなんでシェリーなのか分かりませんでしたがちょっと一般的な種類と違うのも一つ植えてみたいと思って選んだ種芋でした。確か500グラムかあるいは1キロ分の種芋だったか、そんなもんだったと思いますが収穫量はぼくの人差し指の第一関節の先位の本当に小さいのまで入れて5キログラム少々ありました。
      2015_06 20_6月の収穫・2
こちらの写真が今回育てたジャガイモ↑ ↑の全収穫量です。上の緑色のプラ笊箕にあるゴロンゴロンとした丸っこいのが「男爵芋」でその下側の緑と赤とピンクの丸い入れ物の中の長いのがみんな「メークイン芋」そして左側の赤い皮の分が「シェリー芋」です。
男爵とメークインはそれぞれ10キログラムづつはあると思うので全体でざっと25キログラム程の収穫。と言うことは凡そ種芋の重さの10倍前後に育ってくれたことになるわけで、まあ素人の無農薬半有機農法で栽培した結果としては及第点には達しているのかもしれません。
       2015_06 19_6月の収穫・3
これは「タマネギ」です。↑ ↑写真では比較できる物を横に置かないと実態が分かり難いのですが今年のタマネギは昨年初めて自分で育てて収穫した巨大な物と比べてあまりに小さくて悲しい気持ちになってしまうほどでした。
去年すごく大きくて美味しいタマネギが採れたので昨秋の作付け時には去年の2倍の数の苗を植え、今年はたくさんの友人知人に贈ろうと目論んだのですが完全な敗北でした。
収穫出来た数量は玉にならなかったぼくの手の親指の先ほどしかない大きさの根っ子まで入れても去年より少ない位、つまり半数以上が冬の寒さか病気か虫にやられたか何らかの理由で育つことが出来なかったということになります。そして平均して一個の容積が去年の大タマネギの1/4~1/8位しかありませんから重さの合計で言うとざっと去年の5分の1か6分の1程度の収穫しか得られなかったことになります。悲しい、、、

         2015_06 21_6月の収穫・5
次は「夏大根」です。↑ ↑これは前回まだごく小さかった分を丁寧に間引きしたのが功を奏したようで健やかに育ってくれていました。と言ってもスーパーで売られている青首大根の太いのとは比べられません。長さが15センチから最大でも20センチ、太さも6~8センチ位しかありません。が、それでもちゃんと立派な大根です。美味しそうです。
          2015_06 21_6月の収穫・6
「ピーマン」と「しし唐」も採れました。どちらも未だ茎は細くて枝ぶりも広がってはいないしもっと全体の形が整ってから実が生ればいいのに、何を焦ってかもう実が成り出しました。
どう見ても食べ頃の大きさですから放っておいて帰ってくるわけにもゆきません。採って帰っていただくことにしました。
        2015_06 21_6月の収穫・7
そして今日の写真の最後は「セロリ」です。セロリは去年何本も植えて世話をしたのにとうとう一回も食べることが叶いませんでした。どうしてもみんな萎れたり消えたりしてしまって成長してくれませんでした。ところが今年の春先に雑草たちが伸びてきた中に一株だけセロリの生き残りが命を永らえていたのを見つけました。
それでもしかして土が合わなかったかなと思い、少し離れた別の場所へ移植して見たところ、春の間にしっかり根付いて背丈も伸びて花が咲き、今回行ったら畑の隅でもう倒れて花も枯れ始めていました。
背丈が伸びた分、茎の筋も強くなってとてもサラダなどで食べることはできそうにありませんが、シチューやスープの香り付け、滋養加増の目的で使うことは出来そうなので根の上で切って持ち帰りました。

  ( 2015・6/30 )
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2015
06.28

倉庫改造記録帳〔22〕 (blog,223p)

簡易な処置で薄いモルタルが敷かれていた床面の対重圧強度が心配でしたが、大工さんがこうしておけば大丈夫ですよと言ってセメントの束基礎を造りその上に束柱を立ててアンカーボルトで大引きを固定して行きました。
 2015_06 21_資料室現状・1 2015_06 21_資料室現状・2
もう一つ心配だった「もしも豪雨などで床下に水が溢れて溜ってしまったら困る」という件についてはぼくの提案で斜めの坂状態になっている床下(地面)モルタルの一番低くなる位置に排水用の塩化ビニール管をセットして床下に水などが溜らない工夫をしました。

しかしそれでも「もしも」床下に異変が起きた場合に備えて60センチ四方位の『床下への出入りが出来る非常口』というのでしょうか、そういう部分を作ってもらうことになりました。
       2015_06 21_資料室現状・3
「大引き」というのは柱のような太い材木を基礎の支えの上に配置固定した構造材です。その言わば背骨のような太い真っ直ぐな構造木材の上に床板を水平に張るための構造材「根太」がたくさん貼り並べられて行きます。
下の写真で長い部屋のほぼ中央を真っ直ぐに伸びているのが「大引き」で、その太い角材の上に左右に伸びてたくさん固定されて行くのが「根太」です。それはちょうど動物の骨格にすると背骨とあばら骨の関係に似ています。
        2015_06 20_資料室現状・4
この下の写真で見ると「束石(セメント)」の上に「束柱」が立ち、その上に「大引き」が固定された更にその上に「根太」が張り並べられている構造が一目瞭然というわけです。
      2015_06 20_資料室現状・5
そしてその根太の並ぶ間隔に合わせてスタイロフォームの断熱材がセットされて行きます。
この部屋の根太の設定は30センチ間隔にしてくれました。
床が張られたらその上に何トンもの荷物が載ることになりますのでこの位しっかりした骨組みでないととても将来に亘って床の水平が保てないだろうと思います。
    2015_06 21_資料室現状・6
この資料室、兼・ぼくの仕事部屋は今までのギャラリー・カフェスペース工事に比べてずっと早い工事の進み具合だなあと思います。
そのことは嬉しいのですが、ただ一方で工事の進み具合を自分の目で確認できない内に幾つもの工程が完了して見えなくなってしまうことはまた心配なことでもあります。
(ぼくが町の家へ帰っている間、村の家の工事現場からは何の連絡もない。でも行ってみると工事は進んでいる。ここは相談したかったなあと思うことも時々あるが仕方なしにそのまま進めてもらうことにならざるを得ない)
そういう時ぼくは口に出しては言いませんがちょっと現状に悩むこともあるのです。

  ( 2015・6/28 )
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2015
06.27

フォーク!ロック!ブルース! (blog,222p)

今日はちょっといつものブログとは雰囲気の違う書き込みをしようと思います。
というか、今日の書き込みのような話題や書き方がぼくの普段の暮らしの中では半分を占めているのですが、このブログにはそちらの半分を書き込む余裕がまだ持てないのでなかなかぼくの生活の隠れている部分が現われてこない状態でここまで書いて来ています。

それで今日はちょっとだけぼくのもう一つの日常が見える書き込みをしてみます。
           オールマンブラザース・3-1
先日、アメリカの黒人ブルースミュージシャンで世界中のブルース音楽、ロック音楽好きな人々に非常に大きい影響を与え続けた“Mr,BluesMan” の B.B.King(B・B・キング)氏が亡くなられたことを書きましたが、ぼくは幼年時代に年齢の離れた兄たち(若年労働者)が自分で働いた賃金で月賦(分割払い)で買った『ポータブル電蓄』(簡易スピーカー内蔵式レコードプレーヤー)で聴いていたエルビスプレスリーのシングルレコード(45回転のドーナッツ版)から海外のポップ・ロックミュージックに触れ始めました。
今でもその頃聴いて意味が分からないまま真似して口ずさんだ「ハウンドドッグ」や「ラブミーテンダー」や「ジェルハウスロック」などの曲が時々口をつくことがあります。

ぼくは世界中でいつでも戦争ばかり起こして金儲けのために他所の国へ攻め入って爆撃や人殺しばかりしている米国などの軍隊や政府は大嫌いですが、そんな非道な米、英国で若者たちが多くの民族や人種の壁を乗り越えながら創り出し、演奏し歌い続けてきたロックやブルースが大好きで、町の家でも村の家でもその音楽を聴かない日はありません。
         オールマンブラザース・9-1
      〔ここからが普段のぼくのもう半分の自分スタイルの書き方です〕
             ↓             ↓
ぼくも大好きだったアメリカ、サザンロックの雄 ザ・オールマンブラザースバンドが去年2014年10月のファイナルコンサート(彼らの思い出深い本拠地の一つビーコンシアターにて)をもって40年以上の長いキャリアに終止符を打った。

デュアンオールマン(兄)亡き後にボーカルでキーボード担当のグレッグオールマン(弟)を軸にしてロックの本道を紆余曲折を経ながらもたゆみなく歩いた史上最高のギターバンドだったと思う。
(バンドの音を生み出し、決定的にしたかと思う間もなく僅か24歳の若さで早逝したスライドギターの名手デュアンオールマン↓グルーブ感ウェイブ感では今でも彼の右に出る者は無い)
 オールマンブラザース・10-1 オールマンブラザース・7-1
ぼくがたった一度彼らのステージを観た時のリードギタリストは創立メンバーでデュアンの盟友、最強のツインリードの相棒ディッキーベッツだった。(ディッキーベッツは現在 Dickey Betts & Great Southern を率いて全米各地で演奏活動を行っている。)
             オールマンブラザース・11
            (1970年代の↑ ↑ディッキーベッツ)

       オールマンブラザース・2
(創立時のメンバーが揃ったレコードジャケット等の写真↑ ↑はファンにとってはどれも既に見慣れた物ばかりになっている)

ベッツがバンドを離れて以降グレッグを支えて『新生オールマンブラザース』を背負って立ったのはベッツの旧友ウオーレンヘインズと創立メンバーのドラムス・ブッチトラックスの甥でまだ少年だったデレクトラックスだった。
           オールマンブラザース・5-1
        (写真左↑がデレクトラックス、右がウォーレンヘインズ)
オールマンブラザースは一貫してシンプルでストイックで真摯にライブ音楽の素晴らしさを追い続けぼくらに示してくれた宝石の原石集団だった。
           オールマンブラザース・8-1
今のところ本国アメリカでもラストコンサート全体の模様は動画ではどこにも公開されていないらしい。(1曲演奏分の数分単位の動画は幾つも公開されている)これはラジオの特別放送を録音した人がyoutubeに投稿してくれている素晴らしい音源で、何と3時間半もブッ通しで彼らの音楽に浸ることができる。(ぼくはもう何度も繰り返し聴いている)グレート!!
             ↓             ↓
       https://www.youtube.com/watch?v=MWSlVlsBWN0 
『The Allman Brothers Band - Final Show (AUDIO ONLY) - Beacon Theater Oct 28, 2014』
(https:~ のアドレス、または『 』の中をコピーしてyoutubeで検索すると簡単に約3時間半に亘るラストショーの全音源を聴くことができます。)

さて、デュアンオールマン亡き後、40年以上に亘って何度か解散、分裂、再結成しながらザ・オールマンブラザースは続いてきた。それはいつでもメロディーメーカーでありメインボーカリストでありセルフプロデューサーでありキーボードプレーヤーであり優れたギタープレーヤーでもあるグレッグオールマンが居たから出来たライブ活動だったに違いない。
今後また独特の音の波をうねらせるあのオールマンブラザースサウンドが復活することになるのかどうか、海の向こうの動静に注意を傾けていたいと思う。
 オールマンブラザース・6-1 オールマンブラザース・12-1
(上の写真、左はキーボードを弾くグレッグオールマン、右はギター演奏中のグレッグ、彼のアコースティックギターブルースは珠玉だ。元々グレッグが13歳位の頃に兄のデュアンオールマンにギターの奏法を教えてデュアンのギターが急激に進歩したという噂もある)

  ( 2015・6/27 )
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2015
06.25

倉庫改造記録帳〔21〕 (blog,221p)

大工さんが(これから作ってもらう資料室の)床下になるモルタル敷きの上に「束柱」を立てるためにその部分のセメントの厚さを調べたところ、何とたったの1センチ位しか塗り敷いてないことが判明しました。
これでは全く床を支える頑丈さは確保されません。床を張るための土台(大引き)用束柱が立てられず、もし無理して束を立てて床を張ってしまったらその上に置く本の重みでたちまち土台が下がってしまって建物全体を作り直さなければならない状態でした。
      2015_06 17_束柱用の基礎・1
      (簡単に割れて穴があいてしまうモルタルセメントの地面)
そこでこうしてセメントをある程度の広さに割り崩して穴を開け、束柱を立てる位置に先ずセメントの基礎束が作られることになりました。
じつをいうとぼくはこの部分だけの対処で大丈夫なのだろうか?と心配なのですが、大工さんはもう心配しなくて大丈夫です!と言われるので「そうかなあ、大丈夫だと良いけどなあ」と今も思っています。
          2015_06 17_束柱用の基礎・2
例えばこの部屋の壁ぐるりの基礎部分はブロック積みですが、このブロックも全て同じ薄いモルタル敷きの上に直接積まれたわけで、その上にこれから重い壁材(サイディングボード)が張られて荷重は増えて行きます。
そして完成したら室内に何トンもの重い本や鉄の銅版画用機材などを山ほど運び込むことになります。いやあ心配です。本当に安心していていいのでしょうか。
      2015_06 17_束柱用の基礎・3
と言う臆病なぼくの心配をよそに、工事は段々スピードアップして進んでいます。

  ( 2015・6/25 )
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2015
06.24

倉庫改造記録帳〔20〕 (blog,220p)

            〔 改築現場の新展開 〕
昨日のブログのラストに「建築現場で新しいことが始まっている」と書きました。

それは、いよいよぼく個人の本来の仕事部屋であるマンガ本資料室、兼・図書室、兼・絵画材料物置、兼・仕事部屋の小屋が建造され始めたのです。
     2015_06 17_資料室・1
こんな風に列記すると大層な大きさのように思われるかもしれませんが上の写真の通りで出入り口のタタキも入れて畳にして約14畳ですから実質6畳2間位の感じで、しかも幅が狭くて細長いのでうまく使わないとただの物置きになってしまう恐れがあります。
       2015_06 16_資料室・2
それと、この部屋は元々最初の軽量鉄骨農業倉庫に付随して元の住人の方が(多分ご自分で)作ってあった屋根付きの物置きスペースをぼくが工事開始以前に解体したあとを利用して再生させる物なのでちょっと難しい条件がありました。

最大の問題はこの部分の地下に雨水や手洗い水の排水溝と排水用塩化ビニール管埋設があることです。その古い粗雑な排水溝の上にぼくの仕事部屋を作って床を張ろうというわけです。
もしも排水溝が集中豪雨や土砂の流入などで詰ったりオーバーフローしたら床下から浸水して部屋中が水浸しになる心配があります。そういうもしもに対する備えを怠るわけには行きません。      (古い排水溝 ↓ ↓ には流れ込んだ泥が一杯溜っていた)
         2015_06 17_資料室・3
この付帯工事は当初は自分でやる予定でした。その場合には工事費用の大幅な圧縮を設計士さんにお願いしていました。
しかし実際にギャラリー・カフェ部分の改築工事が進むのを目の当り見ていて、これはせっかく腕の良い大工さんが見事なお仕事をしてくれているのにその建物の横っ腹に掘立小屋のようなぼくの手づくりの部屋を作っては大工さんのプライドを傷つけてしまうに違いないと思いました。
それとぼくがどう頑張ってみても今までの自分の建物作りの経験から考えてぼくにとっては何より貴重な大量数千冊のビンテージ・マンガ本の保存、整理部屋がDIYで完全に作れるかどうか心配になってしまった(自信喪失)こともあって結局当初の予算を充てる覚悟でプロに作っていただく決心をしました。
そして工事は順調に進んでいます。

  ( 2015・6/24 )
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2015
06.23

村の畑も町の家の庭も (blog,219p)

前のブログの日付は17日になっていますが書いたのは15日でした。(深夜に書いて予約投稿しておいて慌てて村の家へ出掛けて行った)

それから昨日22日の午前2時頃町の家へ帰宅するまで1週間、また村の家で過ごしてきました。
前回行ってから11日間、間隔が空いたのですが畑はまたしても『雑草天国』になっていました。
予想はしていたことですが実際に見る度に限りない草々の生命力に驚嘆するばかりです。
       2015_06 17_2015・6月畑の雑草・1
畝といわず通路といわず木々の根方といわず隙間に土さえある場所ならばどんな所にでも雑草たちは自分の居場所を作りだし、コロニーを形成します。そして出来る限りの能力を発揮して雑草同士の共存を図ったり覇権を争ったりしています。
その様子を眺めながらぼくは生命の摂理が動物も植物も菌も(多分ウイルスも)みんな大して違いがないのだといつも思います。『沈黙の春』という公害告発ドキュメンタリー本で有名なレイチェル・カーソン女史の『海辺』という本にはその生命の発生や歴史や将来に亘る様々な営み、現象が海辺の生命の活動をレポする形で面白く興味深く記述、論考されています。
       2015_06 17_2015・6月畑の雑草・2
栽培植物(ここでは主として野菜)は雑草に比べると相当に弱い存在です。一生懸命世話をして2週間前にはきれいに雑草を引いて、畝はきれいに整って野菜の苗だけが並んでいたはずの畑は、去年も同じことを書きましたが文字通り雑草の『緑の海』(畝は緑の川)と化していました。
       2015_06 17_2015・6月畑の雑草・3
今回村の家でのぼくの最重要の仕事はこの緑の海から栽培植物の野菜たち(雑草の海に溺れてしまっている状態)を救出することと成育状況を見て時機(時季)の作物の収穫を開始することでした。
ところが行ったその日16日は一日中雨が降り畑を見て回るのが精一杯でとても野良作業ができる状態ではありませんでした。それで滞在日程がどんどん狂ってしまって当初は3日間で一旦町の家へ帰って来て用事を済ますはずだったのが結局1週間も滞在して、なおかつ作業は中途半端で町の家へ戻りました。

町の家へ戻って家族から聞いた話です。
町の家には10数坪ばかりの小さい裏庭があるのですが、今年もその庭に野生動物のイタチが出没していて、どうやらまだ子供らしい5匹のイタチが人が見ていても一向にお構いなしで遊び回っているのです。(ぼく自身も先週、夜に騒ぎ廻って遊んでいる彼らの写真を撮ったのだが5匹も子どもたちが居たとは知らなかった。下の二枚の写真は家人が撮ったもの)
       2015_06 19_町の家も村みたいだった・1
もしかするとこの下の写真右端の一匹が他の4匹より一回り身体が大きい感じで母親かもしれないのですが、娘が撮ったスマホの動画で見ると全員同じようにじゃれ合っているので成長速度に個人差(個体差)があるだけなのかもしれません。
       2015_06 19_町の家も村みたいだった・2
ぼくは今までも大体こんな環境に暮らしていたのでこれから村の家へ移住するのにもほとんど抵抗がありません。

さて、今回滞在中に工事現場には新しい展開がありました。
明日はその工事のことを書きます。

  ( 2015・6/23 )
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2015
06.17

過疎地域が増えて行く現実 (blog,218p)

Category: 村の家にて
6月3日に海を観に行ったことを先日のブログで書きました。
その時にぼくが見物に行った小さな美術館は休館日だったこと、その湾の隣り湾はかつて日本最大の養殖産業商業地で、海岸リゾート地域でもあった時代を持つ有名観光地であることも書きました。

ぼくはその湾の内側のある港で「地域の現実」を目の当たり見て来ました。
港の直ぐ沖合を一艘の観光客船らしい船が航行して行きましたがぼくの眼で見た限りでは観客の姿は確認できませんでした。
     2015_06 03_湾の風景・1
もしかするとその船は営業航海ではなかったのかもしれません。しかしこの小さな湾内を午後まだ遅くも無い時間帯に営業と無関係な客船が航行するものかどうかもぼくには分かりません。

ショボショボと雨の降る海を客の居ない観光船が通過して行ったこちら側の陸地は、じつはおそらくほんの数年前まではあの観光船が寄港したのだろうと思われる(今は無人の)船着き場があり、簡易な造りながら船客送迎用の割合大きい建物が建っていました。
この大きさから推測するにきっと地元の海産物などを土産品として並べたりこの港界隈の人々のちょっとしたサロンの役割も持っていたのではないかなと思いました。
       2015_06 03_湾の風景・2
その建物の海に近い先端部が『観光定期船乗り場、兼、乗船券売り場』だったようです。近くに誰か人が居られたら何かお訊きしてみたかったのですがぼくがウロウロしていた15分間位にはどなたにも遭いませんでした。(内陸寄りの車道を車は何台か走っていた)
壁にはこの湾の観光案内図が描かれていてこの場所も1時間半位の湾内周遊コースの寄港地の一つになっていたようです。そのイラスト地図には今まで来たことがないぼくでも名前だけは聞いたことがある観光スポットが幾つか記されていました。
       2015_06 03_湾の風景・3
風光明美な土地でした。海の幸も豊かだろうと思われます。しかし人が少ないのだろうなあと感じました。
日本中にこういう場所、地域、村や町がどれほどたくさんあるのでしょうか。

ぼくはちょっと真剣な気持ちで考えていました。
4年前の2011年3月11日の東日本大地震、大津波で家族を失い、家も仕事も失い、福島原発の放射能拡散事件によって生活環境全てを放射能に汚染されてしまった人々に、全国の環境は素晴らしいのに住む人々が居なくなってしまった地域の自治体や残された住民の方々が手を差し伸べて集団で避難移住してもらってお互いに大変でしょうが助け合って地域を活性化して行く新しい生活作りを実践して行けないものなのでしょうかね。

政府は今、世界中へ大バカな首相が出掛けて行ってはぼくたち納税者に一言の相談も無く勝手にあっちで数百億円!こっちで数千億円!戦争推進の軍事予算はついに五兆円!!という無駄なお金をばら撒き、浪費し続けています。

一兆円あれば東日本大震災の被害を受けて苦労している方々の内、五万世帯の家庭に2千万円づつの生活再建支援金が提供できる計算です。軍事予算の五兆円を一年凍結するだけで一気に25万世帯の人々が生活再建資金を準備できるわけです。
そうして全国の「環境は良くて生活物資の生産や獲得に適しているのに住む人が少なくなってしまっている地域」の再生も図ることは文字通り全国津々浦々が賑わい、身の上に起きた不幸を克服して幸せを得られる人々が増えるということにはならないでしょうか?

風邪引き頭で書き始めた時には、今日は短いブログにしておくつもりでしたがついついまた日頃の考えが出て来て長い書き込みになってしまいました。長文にお付き合い下さった皆様に御礼とお詫びを申し上げます。

  ( 2015・6/17 )
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2015
06.16

ダイコンの間引き始め (blog,217p)

Category: 畑のあれこれ
ニンジンの畝です。ものすごく発芽率が良くてたった3メートル足らずの短い畝に、もしかすると1千本も苗が育っています。
無論そんなに狭い場所にたくさんの苗が出て来てしまっては決して根菜であるニンジンになることは無理だと思われます。これはぼくの大きい失敗の結果です。
種を蒔いた後で気がついたのでした。つまり、3メートル足らずの畝にならばせいぜい50~60粒程度の種を指先でつまんでパラパラと播けばよかったのに何を勘違いしていたのかその時ぼくは1千粒以上の大量の種を蒔いてしまったのでした。
       2015_05 28_間引き、ニンジン
それで今、たった10センチ四方当り数十本ものニンジンの苗が出揃ってしまいました。少しだけ別の畝へ小分けにして植え替えてみましたがそちらは直ぐに萎んでしまってとても育つことはできそうにありませんでした。今後どうなって行くのかぼくには分かりませんが世話だけは続けます。

大根の方はニンジンほど種を蒔き過ぎはしませんでしたが、こちらも発芽率が高かったので早くも間引きの時期が来ました。
それで間引きしました。プクプクした人間の赤ちゃんの手(腕)のような小さくて丸々した可愛い大根の子供がたくさん穫れました。全部で20本以上間引きしましたが、次に行ったらまた次の間引きをすることになるでしょう。
       2015_06 04_間引き、ダイコン
町の家へ持ち帰って食べたら生でサラダにしても味噌汁に入れても美味しい大根でしたが、大人の指3本分程の太さしかないので皮を剥いたらとても大根おろしには出来ませんでした。

これが前回町の家へ持ち帰った収穫野菜の全部です。写真にするとちょっと立派に見えますが、大根の長さが10センチ前後、左のニンニクの直径が5,6センチ前後、そして右下に見えるタマネギの一番大きいのでも直径6センチ位(小さいのは4cmばかり)ですから未だとても「食料」を収穫したとは言い難いところです。
       2015_06 04_間引き、ダイコン・他
まあしかし、野良仕事で働いてやっと育ち始めた野菜の食べられる実感を味わえただけでも嬉しいことです。
早く体調を回復して、また村の家へ行かなければなりません。前回定植したたくさんの苗のその後の様子が心配です。

  ( 2015・6/16 )
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2015
06.15

倉庫改造記録帳〔19〕 (blog,216p)

最初に村の家の改築計画を相談した段階で、設計士さんから屋根の一部にソーラーパネルが載せられることを前提にして光熱エネルギーを「オール電化」方式で考えましょうか、と提案されていました。
ぼくらも一定の利便性があり、且つ経済成果が上がるのであれば電源の自力生産という意味から意義があるかもと考えて賛成したのですが、どうも母屋は古い瓦屋根で屋根の下地材があまりソーラーパネルの設置に適していないことが分かり『阪神淡路大地震』や『東日本大震災(地震+大津波)』のような大規模災害に際して「被災地域に於ける電力確保が困難な場合がしばしば起きている」ことも考えると、ほぼ使用量に見合う自力電力生産が出来ないのであればやはり従来の電気、ガス複合エネルギー利用の方が良いだろうという結果になりました。
 2015_06 01_電気、ガス配線・1 2015_06 01_電気、ガス配線・2
それで一応、母屋は基本的にオール電化にして、ギャラリー・カフェの方は熱源はガスを使い灯りは電気で配線することにしました。その電気とガスの配線が進みました。
 2015_06 01_電気、ガス配線・3 2015_06 01_電気、ガス配線・4
屋根裏も壁の中も床下にも電気の配線が施され外壁にはガスによる湯沸かし機能と室内厨房への熱源用ガス管が施設されました。
         2015_05 27_電気、ガス配線・5
この地域には都市ガスは来ていません。(公共下水道も来ていない)それでガスはプロパンガス会社に依頼して配管工事が終りました。
       2015_05 27_電気、ガス配線・6
あとは厨房内にセメントで排水溝を作りながら床を上げて行く工事を待ってガス代やシンクや調理台などの什器を設置するばかりになりました。本当に待ち遠しいです。
厨房内の壁はレンガ積みの感じに仕上がる予定です。楽しみです。

  ( 2015・6/15 )
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2015
06.14

虫が元気に生れてくる (blog,215p)

Category: 畑のあれこれ
冬が終って春になると先ず眼についたのは雑草と小さい羽虫たちとそれから聞こえてきた何種類かの野鳥の元気な声でした。

そして梅雨時になってもう畑は雑草と虫の楽園になりました。1ヶ月の半分だけ滞在するぼくがどんなに頑張って雑草引きをしようが土を耕そうが1週間か10日経って次に行くとその間に短い早い成長サイクルの雑草や虫たちは一生を生きて次世代の生命を生み出しています。

前回、蝶々がヒラヒラと集まって何匹も舞っていた姿がきれいだなあと思いながら写真を撮ったブロッコリーやキューリやジャガイモの葉っぱが、今回行くとすっかり羽虫やテントウ虫や蝶々の幼虫に食い尽されて葉っぱの繊維の筋だけになっているという経験も、去年に続いて2回目になりました。
 2015_06 02_梅雨、畑の虫たち・1 2015_06 02_梅雨、畑の虫たち・2
(上の写真左 ↑ ブロッコリーの葉っぱにモンシロチョウの幼虫の青虫。 写真右 ↑ は
 キューリの葉っぱが食べられている。多分カメムシの幼虫がついたのだろう)

ジャガイモ畑では ↓ 大量に発生して一株分の葉を一気に食い尽してしまう虫が現れました。
 2015_06 02_梅雨、畑の虫たち・3 2015_06 02_梅雨、畑の虫たち・4
近くの元気なジャガイモの葉っぱに15個以上も星があるテントウ虫 ↑ が何匹も居ました。
それで写真左の虫はたぶん右写真のテントウ虫の幼虫だと思い、町の家へ帰って図鑑で見たらニジュウヤホシテントウ(28星!)という、ジャガイモやナスなどのナス科植物の天敵とも言うべき恐ろしい食害昆虫だと分かりました。

しかし今年はぼくもただ手をこまねいてこの被害を見過ごしているだけではありません!
いろいろ本を読んだりネットで先人の経験を読んだりしてきてその中に「コーヒー液を薄めて散布するとある種の害虫やダニに効果がある」という記述があったので試してみました。
 2015_05 28_梅雨、畑の虫たち・5 2015_05 28_梅雨、畑の虫たち・6
その本ではコーヒーを立てて普段飲むものを10倍とか20倍に水で薄めて散布するとあったのですが、ぼくは勝手に解釈して自分が普段ドリップしているコーヒーの挽き粉を何回分かとっておいてそれを幾つかまとめて鍋で煮込んでみました。(つまりアメリカンコーヒースタイル・出枯らし版というところ)
それを細かい透かし網で濾してジョーロに移し、3倍位に薄めて先ずキューリとジャガイモの虫にかけて翌日観察すると、8割方、虫の数が減っていました。効果があったのだと思います。
それで2日後にまた同じように液を作って今度はブロッコリーの青虫にもかけてみました。
こちらも半分位に減ったように感じましたが相変わらず元気よくムシャムシャと食べているのもけっこう居ましたので青虫に対する対策はもっと研究が必要ですね。

ところで予定では今日辺りまた村の家へ行くはずでしたがまだ町の家に居ます。
今月9日の夜に知人たちのライブを観に行った翌日から急に喉が痛くなり、今頃ひどい風邪をひいてしまって自由が利きませんでした。熱も少し高くなりました。それで仕方なしに用事は済ませましたが外出もできるだけ控えておとなしくしていました。

やっと昨日の夕方には町の家の裏庭の高さ6,7メートルもある大きい枇杷の木の枝切りやライラックの木の太い幹を剪定(切断)など労働をして体調の様子見をした段階です。

  ( 2015・6/14 )
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2015
06.12

梅雨に入った。 (blog,214p)

Category: 村の家にて
今年も梅雨に入りました。
その第一日目だった6月3日、野良作業を休んで村の家から約30キロ位離れた場所の半島の先の海を見に行きました。
そこに小さい現代美術館があると観光案内パンフレットで見ていたので行ってみようと思ったのです。

村の家を出て一旦峠道を登ってそれからずっと海の方へ下って行くのですが、方向としてはだいたい南へ行く道程で、25キロを超える途中までの道は非常にスムーズに走れて何の障害もありませんでした。その内十字路やT字路で道が別れて少し細い道になりながら海辺の方へグネグネと走った先にその小さい美術館はありました。
       2015_06 03_雨の日に海へ・1
美術館と言うとぼくたちは大都市にある大きい公園エリアの巨大な建物を思い浮かべますが、ここは(多分)個人の美術コレクターの人か或いは都会のギャラリーの経営者か、または事業で成功したお金持ちか、真実は知りませんがそういう誰かが自分の趣味を昂じて建てたのではないかなあと思って眺めました。

小規模とはいえ美術館になるぐらいですからぼくが村の家で農業倉庫を改造して作ろうとしているマンガのギャラリーに比べれば何倍も大きい建物で、その上すぐ隣に別館も建っていてそちらは現代彫刻作品が展覧できるスペースだそうですが、じつは残念ながら両方とも見物できませんでした。
その美術館は毎週 ≪火曜と水曜日が定休日≫ で、6月3日は水曜日だったのです。
       2015_06 03_雨の日に海へ・2
辺り一帯は古くからの漁村だったのだろうと思います。日本列島の中では比較的大きい半島の海べり、東南に位置するこのエリアは昭和初期からはいろいろな養殖産業が盛んな土地柄で、ここでは一年を通じて牡蠣の養殖などが漁業の主産業のようです。
       2015_06 03_雨の日に海へ・3
直ぐ東隣の湾一帯はかつて世界的にも有名を馳せた真珠の養殖で栄華を極めたことがあるリゾート地としても知られた地域です。
今では真珠の価値がどれほどの物なのかぼくは知りませんが、半世紀前のぼくが子どもだった頃、高い真珠は一粒が何十万円もするのだと聞かされて何だか不思議な思いにとらわれたことを思い出します。
でもぼくはその頃も今もそういうことに全く興味がありません。莫大な富を独占しようと腐心したり高価な品物で着飾って人間に貴賎があるかのような錯覚を楽しむ生き方が嫌いなのです。

お休みだった美術館へはまたその内訪ねることにして、海岸線をどこへ行くともなく走って行きました。すると国道の脇に立派な木造の休憩所が設置されていたので、ぼくは途中のスーパーで買っておいたパック寿司弁当を持ってその休憩所の二階展望台へ登ってみました。
       2015_06 03_雨の日に海へ・4
その時、階段を上ろうとして気がついたのですが、何とこの建物の太い柱も厚い床板も全部鉄筋コンクリートで作ってある物でした。(近くでよくよく見なければ判別できなかった)

リアス式海岸線の入江ごとに点在する多くの小島には人は住んでいないのでしょうが養殖いかだや定置網を設置するにはもってこいのきっと良い漁場なのだと思います。
       2015_06 03_雨の日に海へ・5
ぼくも来年からは時々こっちの方へ魚釣りに来れると良いなと思いながら走行していると、気になる看板があちこちで目につきました。
それらの看板には 『海岸や砂浜で勝手に釣りをしてはならない』 『湾内で勝手に船を浮かべたり魚貝などを獲ってはならない』 『自動車を海岸の空地に勝手に駐車してはならない!』 『○○漁業権者組合』 『魚釣り、筏釣り、船釣り、釣り餌、宿泊は民宿○○へ』 と言った内容が書かれていて、中には地元県警察と共同署名をしてあるものまであります。
ぼくは「なんじゃこれは??!!」といういつもの反権力、反利権、自由を我らに!心が湧き起ってくるのを抑えられませんでした。

沖縄では県民の大多数が豊かな漁場、自然の宝庫である沖縄の海を潰して米軍の基地を作るなと抗議、抵抗する運動が戦後70年間一貫して続けられています。その抗議と運動には、沖縄には行ったことも無くこんなに遠く離れた土地で暮らしているぼくも賛同しています。
それは沖縄の人々がこぞって【海は誰のものでもない!海は海に棲む生物と海を構成する自然そのもののものだ!(その中には人間も入る)】と、そして【沖縄の海はある特定の組織や個人や権力者の権益を超えた大切なものだ!】という人間と自然の関係をたいへん素朴に根源的に捉え考えて主張されていることに共感しているからです。

しかるに何ですかこの漁業権者たちのエゴ丸出しの多くの看板は!!??
これほど美しい自然に恵まれた地域で長年暮らし、自分たちの生活の糧を得てきたであろう人々が、海岸線は俺たち漁業権者のものだ!だの、漁獲物は俺たちの所有物だ、金を払わない者は出て行け!勝手に海へ入ったら罰則金を取るぞ!とまで言う狭量な精神にはぼくは決して馴染めません。
そんな最低の主張をするような人々がもしもぼくの『マンガのある農園』に来ても、考えを改めない限り入園をお断りしましょう!
           2015_06 03_雨の日に海へ・6
さて、更に国道を走っていると途中で道が海岸線へ行く道とちょっと山側へ行く広い道に分かれていました。ぼくは当然海岸線へ近付く道を選んで進みました。
するとこの町の歓迎看板が見えました。『ようこそ○○町へ』と書かれた看板にはこの海辺の町が遠洋漁業の町であることが記されていました。
ぼくは「なんだそれなら余計に県外などからやってくる一般の海遊びの人々を、まるで恫喝でもするように≪べからず!べからず!≫なんて言わないでどうぞ気をつけて楽しく遊んで帰って下さい。とか、また来て下さいね!という看板を立てた方がずっといいではないか、と思いながらだんだん淋しくなる道を進んで行きました。
       2015_06 03_雨の日に海へ・7
ぼくの自動車は小型ですが普通車です。それでどんどん目に見えて道が狭まってきたのでこれはおかしいぞと感じ始め、どこかでUターン出来る広さがあったら引き返した方がよさそうだなと思いました。
既にこの上の写真の段階ではボディーの両サイドはバサバサ、ガリガリと草と木の枝に擦られてマズイことになっていました。
それでも進んで行ってあの先にちょっと明るくなっている辺りまで行けば少しは広い道へ通り抜けられるかもしれないと期待して行きました。

しかし、本日2度目の残念ながらでした。(1度目は美術館が休館だったこと)ご覧の通り、道路の中央にガーン!と通行不可能のガードレールが打ち込んであったというわけでした。
       2015_06 03_雨の日に海へ・8
なんとかUターンして元の国道分岐地点へ戻って行く間、眼を皿のようにしてこの道は通り抜けできないとか車両通行不可、とか何かそういうガイドがあっただろうかと探してみましたが、どうやらそうした注意を促す物は全く無いようでした。
まあ、地元の人たちは当然承知だろうし、ぼくみたいな人間がたまに迷い込んでも勝手にしなさいということかもしれませんね。何となくちょっと不親切な街かもしれないという印象を受けて村の家へ帰ってきました。
〔 所要時間=6時間53分、走行距離=125.7キロの小旅行でした。〕

翌日談があります。
毎日改築工事をしてくれている棟梁のTさんに、昨日そういうドライブをしてきたと話したところ「その辺りが自分の故郷で今も毎日そこからこの村の家造りに通って来ている」のだと聞かされました。
そうだったのかァ、毎日遠いところを通っていただいて済みません。
こんな素晴らしい大工さんが居るんならもっと優しい漁民の人たちもいっぱい居るに違いないとぼくは思いたいですね。

  ( 2015・6/12 )
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2015
06.11

倉庫改造記録帳〔18〕 (blog,213p)

           改築の進捗状況・6月前半現在
5月中旬から6月初旬にかけて、改築工事の進捗状況に「外見上」は大きな変化はありませんでした。ドアを仮留めしたり外したりしながらドア回りの枠が拵えられて来ました。
      2015_06 01_進行状況・6月1
建物内部は実質的に順調に工事が進められています。先ず床が完成しました。
床には3.4センチ厚さの奈良県吉野産の立派な杉板が張られました。(その下に2.4センチ厚さの構造合板が張られているので床厚は合計6センチ近いしっかりした足場になった)
        2015_05 27_進行状況・6月2
ただし今は床板の上に養生ボード(保護板)↑ ↑ が敷かれていて床を見ることも歩いてみて暖かみのある風合を実感として味わうことも出来ません。

それからカフェエリアとギャラリーエリアを別けるための間仕切り用の壁としてここにもアンティークドアを一枚設えることにしていました。↓ ↓ これはそのための柱です。
           2015_06 01_進行状況・6月3
上の写真では何だか柱が歪んで建てられているように見えますがこれは勿論ぼくの写し方が不安定なアングルだっただけです。心配ご無用!(^-^)

その柱にドアが取り付けられて離れた位置から見ればこれこの通り!ちゃんとパーテーションの役割りを示してくれています。(下の写真、左の方)
しかし厳密に言えばこのドアの右側は全て開放スペースですから完全に間仕切りになっているとは言えません。
あくまでここが仕切り線ですよと峻別するために必要とされた「建築物としての要件」に見合うための【スペース配分の指標】になるわけです。
        2015_06 02_進行状況・6月4
『マンガのある農園』ではギャラリースペースを飲食専用に提供することはできませんが、仕切りを越えて行き来をすることは勿論自由です。
つまりカフェのお客さんがギャラリーの展示を見ることも展覧会に足を運んで下さる方々がカフェで飲食することも自由にできるわけです。本当に完成が待ち遠しい気持ちです。

  ( 2015・6/11 )
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2015
06.10

已む無く収穫 (blog,212p)

Category: 畑のあれこれ
昨日の続きを書いておきましょう。(ニンニクがもうすぐ収穫できそうなところまで畑で育って来たのに、ある日ぼくが知らない間に全体の4分の1位が消えてしまった話)

無論そういう事態について、未だこの村の家に暮らしているのでもなく、長く滞在していても一ヶ月の半分は不在であるぼくには日常的な注意を払うことができません。
それで作物の周りに昨日のブログの写真のようなメッセージを張り出そうかと思いましたが、何と言うか近隣の方々との人間関係がギクシャクするのも嫌だし、実行するのは止めました。
          2015_06 04_已む無く収穫・1
      (理由は不明だがすっかり本数が減ってしまった↑畑のニンニク)

けれどももう一度同じことが起きるのも嫌だし(本当は次回までこのまま畑においた方が成長が進んで作物収穫時期としてはきっといいのだろうが)思い切って残っていた全部を掘り上げてしまうことに決めました。
         2015_06 04_已む無く収穫・2
5本10本と掘り上げて行くとやはりもう少し、せめて後1~2週間位畑に植えておいたらきっとグンと大きくなるだろうなあと感じました。スコップで掘る時にまだひげ根が強く土を抱いていて土中の養分を吸っている最中だと判るのです。

それでこのまま育てればもう一回り大きくなってくれるだろうと思う一方、残念ながらその時点でぼくは「疑心暗鬼」にもとらわれていました。このまま放置して帰って、次回来た時にまた紛失していたらもっと悔しい思いをするだろうと思い悩んだわけです。
         2015_06 04_已む無く収穫・3
些細なことですが本当に悩みながら結局全部のニンニク株を掘り上げてしまいました。
この後、茎を切ってひげ根も落して(少しだけ家族が絵を描くモチーフ用にひげ根をつけたままのもある)段ボール箱に詰めて町の家へ持ち帰りました。
         2015_06 05_已む無く収穫・4
家では早速家人がきれいに外皮を剥いて保存する作業をしてくれました。(去年はこの作業まで村の家で自分でやったけれど、今年は村の家が工事中なので取敢えずあまり作物を保存して置くことに適した環境にない)一粒づつにバラしたビニール袋の分は直ぐに冷凍して置くと必要な分量を新鮮なニンニクとして使えます。

しかし茎の下の方が青くて瑞々しくてまるで青ネギの茎の様なのが、やはりまだ収穫時期に達していなかったと証明しています。(タマネギでもニンニクでも収穫時期が来ると結実部分の直ぐ上まで茎は枯れてくる)

殆どの個体は細い紐で茎根の部分を縛って繋いで直射日光と雨を避けて軒下に乾してカビたり腐ったりしないように保存すればいいのです。それにしても未だあまりに茎が青くて成長途中で切ってしまったことが植物には気の毒に思うし作物としては残念です。
           2015_06 05_已む無く収穫・5
現在はこの写真から数日たって、縛ってある茎の水分が乾燥して細くなり、毎日紐から抜けたニンニクがボテン!ゴトン!と軒下のコンクリートタタキに落下しています。これから改めてギュッと縛り直して吊るし直さないといけません。

  ( 2015・6/10 )
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2015
06.09

ニンニクの怪 (blog,211p)

Category: 畑のあれこれ
ブログ202p(5月20日付)でもちょっと書きましたが村の家では時々異変が起きます。そのほとんどは農作物が紛失することです。

一昨年、ぼくたちがこの村の家を譲り受けてからこれまで果実や野菜が食べ頃を迎えて「これなら来週来た時に収穫できそうだぞ!」という生育状態になった頃に(割と頻繁に)作物が畑から「消える」のです。
無論一ヶ月のだいたい半分しか村の家で寝起きをしていない(その場に居合わせることができない)ぼくにはなぜ作物が消えるのか?その理由が分かりません。
       2015_03 28_ニンニクの怪・1
とにかく事実として畑の世話をしてやっと食べ頃を迎えた作物が紛失してしまうのはやっぱりぼくにとってはショックな出来事です。

今回のショックは「ニンニクの畝」で起きていました。昨年収穫したニンニクの実をほぐして一つづつの実に分け、それを畝に2条植えして冬を越して育てたニンニクの中のどちらかと言えば大きめに育っていた茎が今回5月25日に行って見るとかなりの数「紛失」していました。ほぼ4分の1程が減って(無くなって)しまっていたのです。
        2015_05 03_ニンニクの怪・2
一番上の写真が先月5月の3日に写したものです。そして2枚目の写真は同じ3日に畝の雑草を引き抜き、追肥をして畝と畝間道を中耕し、鍬でしっかり土寄せを済ませた段階です。(翌日4日に町の家へ帰宅)

その一週間後にまた村の家へ行き10日から15日まで6日間滞在して畑仕事も段々本格的になり、帰る頃には目に見えてニンニクの生育も進み、次回来た時にはいよいよ収穫できそうだと楽しみをメモして充実した気分で町の家へ帰ったのでした。

ところがです!
それから10日経って今回5月25日に村の家へ行ってみると、下の写真に写っているような状況になっていました。この写真ではあまり上の2枚の写真との変化が観てとれないかもしれませんが、実際には相当大きい変化があります。
        2015_05 26_ニンニクの怪・3
最初にニンニクの小分け粒を種として定植した時には畝にほぼ2列に並べ合わせるような形で左右に一粒づつ植えて育てたので、順調に育っていた1枚目と2枚目の写真では左右どちら側にもネギのように見える茎が伸びていることが分かると思います。
ところが上の3枚目の写真では手前の列にはあまり茎がないのが見えるでしょうか?(向こう側に見える茎の密度に比べてこちら側にはずっと先まで2,3本置きにしか茎が無くなってしまっている)
     2015_05 26_ニンニクの怪・4
よく分かるように畝の真ん中辺りをアップで写してみるとこんな風になっているのでお分かりになるかと思います。一畝2列植えで約80本位のニンニク栽培でしたが、こういう次第で理由が分かりませんが「消えたニンニク」が約4分の1にのぼり、収穫出来たのは60本程度になってしまいました。

正直に言ってちょっと悔しい気持ちですね。
ぼくはずっと自分と家族の暮らしのために身体一つで働いて生きてきた人間なので、自分で働かないで他人が働いた結果だけを収奪しようとする人間や組織や社会の仕組みや政治の在り方が大嫌いです。
村の家の畑で働いて育てた作物をそうしたズルい考えの誰かが持ち去っているとは思いたくないし何か自然現象に起因する理由があるのかもしれません。

しかしこれまでの作物の消え方には「かなり不自然な感じ」を抱かざるを得ないことも事実です。
それで今回帰る日、6月5日に段ボール箱をバラしてボードにしてマジックでこんなメッセージを書きました。         ↓        ↓
           2015_06 05_ニンニクの怪・5
しかし、やはりこの看板は畑には張り出さず部屋の中へ置いたまま、気持ちだけを畑に籠めて帰ってきました。
次回行ってみて、もしも収穫前の世話をしたジャガイモやタマネギに異変が起きていたら、さすがのぼくも多分もうジッと手を拱いているわけには行かなくなるかもしれません。

  ( 2015・6/9 )
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2015
06.08

倉庫改造記録帳〔17〕 (blog,210p)

            鉄骨構造が見えなくなった。
軽量鉄骨構造の古い農業倉庫をぼくの希望するギャラリー・カフェに改造するための工事開始から3ヶ月になりました。
同じ規模の建物を新築することに比べると改築作業に要する時間はずいぶん長くなってしまうようですが、古い物でも使えるものなら使いたいと考える場合には時間が掛ってしまうのはやむを得ないでしょう。
ぼくは工事の進行過程を出来るだけたくさんの写真とメモで記録し続けています。そんな中で今回の滞在中ついに骨組みの鉄骨部分がほとんど全て木で覆われました。
         2015_05 02_鉄骨隠し・1
   上の写真ではまだ屋根構造材の「トラス(横梁と支柱)」の鉄骨が見えています。
   天井の杉板も半分しか張られていませんでした。

その鉄骨の一本一本に構造合板の下地材が張られて行きました。丁寧に鉄骨を全部包み込んで行くのです。 ↓ ↓ こんな風になって ↓ ↓ 更にこんな風になって行く ↓ ↓
 2015_05 27_鉄骨隠し・2 2015_05 27_鉄骨隠し・3
     ↑ ↑ 見ているだけでも正確さと根気のいる作業だと分かります。↑ ↑

そして、まだ下地の覆いの段階ですが鉄骨(金属感)はすっかり木質感に生れ変わりました。この上にこれから杉板が張られたらもう初めから杉の梁や柱で建ててあるようにしか見えなくなるでしょう。
         2015_06 01_鉄骨隠し・4
      (↑ これがギャラリースペースからカフェ・厨房の方を見た感じ ↑)

      ↓ ↓ こっちは反対に厨房側からギャラリーを見た感じです。↓ ↓
     2015_05 27_鉄骨隠し・5
     写真1枚目と4枚目の変化を左右に並べてみると ↓ ↓ こんな感じです。
 2015_05 02_鉄骨隠し・a 2015_06 01_鉄骨隠し・b
かつてこの建物には元の持ち主が付属して作ってあった物置きが附いていて、その建物についてはぼくたちがこの家を譲り受けた時には既にすっかり壊れ果てて柱と屋根の一部が残っていただけでした。(殆どはぼくと大工さんが解体撤去したが簡易柱壁の一部は今も残っている)
その元の物置きスペースを有効に生かして綺麗に造り替えてもらう工事がこれから始まります。

そんなこんななのでこの建物の完成まで、あとどれ位掛かるのか、正確な予定日はありません。もうしばらく掛るだろうと思います。しかしゆっくりではありますが工事は着実に進行しています。だから近い将来必ず完成する日がやってきます。
ぼくは毎回、村の家へ行く度に完成したらこのスペースで何をしようか、何ができるだろうかと空想して愉しんでいます。幾つかやりたいことがあります。何人かの方々がやって来て何かしてくれる予定や約束も出来てきました。
ぼく自身も新たに技能を身につけなくてはならないことがありそうです。

  ( 2015・6/8 )
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2015
06.05

ブラックベリー健在! (blog,209p)

Category: 村の家にて
今回の村の家滞在はまた長くなりました。(5月25日から今日6月5日までの丸11日間)
もう今では村の家へ行く主要目的が『ギャラリー・カフェ』の建物の現場確認と畑(果樹園面積と合わせて凡そ300坪=昔で言えば“一反百姓”で最小規模農民だがぼくにとってはけっこう広い)で野良仕事をすることの両方になりましたから昨年までのように2,3泊でちょっと行ってくるというわけには行かなくなってきました。

前回行った時に「ブラックベリーの蔓がすっかり雑草に負けてしまって、もしかするともう再生できないほどのダメージを受けてしまったのかもしれない」と思いました。
しかし!でした。(^-^)

笛豆(カラスノエンドウ)やスギナやオオアレチノギクやオニタビラコその他、まだぼくは名前も知らない大小10種類以上もの雑草を得意の軍手農法で直接引き抜いてみたら、もう駄目かもしれないと思っていたブラックベリーがちゃんとその雑草たちの内側でまるで野草のようにしっかりと生命を保って蔓枝を伸ばしていたことが分かりました。
    2015_05 28_ブラックベリー・1
これがブラックベリーの花です。↓ ↓(上の写真に見える赤い花は活け垣のツツジの花)
         2015_05 28_ブラックベリー・2
ぼくの生活リズムが朝起き方になれないためになかなか早朝に咲くたくさんの花を見るチャンスを掴めないのですが、時々遅い時間まで咲き残ってくれているのがあってこれはその写真です。
       2015_05 28_ブラックベリー・3
梅雨入り前の乾燥した日々が続く中でもこの生命力だったということは今年こそちゃんと世話をしてやれればもしかすると来年(その時にはもうきっとぼくはここで暮らしている)には実が点いてくれるのではないかとほのかに期待も沸いてきました。(ブラックベリーのジャムは美味いだろうなあ)
      2015_05 31_ブラックベリー・4
などと「文字通り甘い思い」を描きながら蔓枝が縦面積に広がって伸びることができるように鉄とコンクリートのポール(1本50kg前後の重さ)を立ててそれに横棹か金網を張って棚を作る準備を始めました。(やることがたくさんあったので時間と体力が足りなくて今回の滞在ではブラックベリーの世話はここまで。次回行ったらこのポールを立てよう)

  ( 2015・6/5 )
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