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2015
07.30

雑草天国 (blog,242p)

Category: 畑のあれこれ
台風11号(7月14~18日)の来る前のことです。
畑作業はひたすら雑草との悪戦苦闘に過ぎて行きました。初夏から梅雨時期を通過して秋が終る頃までの長い期間、畑の雑草は油断しているわけではなくても手が回らないところは2週間か一ヶ月で作物の葉や茎を覆い隠すほどに成長してしまいます。
    2015_06 27_雑草ニンジン・1
上の写真、手前に見える大きい葉っぱの一群は「夏大根」の採り残しで、今日の話題はその畝の向こう側(写真中央の位置)に見える雑草群です。いや、その雑草に取り囲まれて葉っぱを伸ばしている「ニンジン」のことを書きます。

アップで見るとこうなっています。真ん中部分の切り紙細工のようなシャキシャキした背の高い葉っぱがニンジンの葉っぱです。↓  ↓  ↓
        2015_06 27_雑草ニンジン・2
前にもこのことは書いたかもしれませんが今回のニンジン栽培は始めから失敗していました。最初に種を蒔く段階で2メートル少々の短い畝を作ったのでおそらく50~60粒の種を蒔けばよかったはずなのですが、ぼくは農業屋さんから買って来た種(一袋=千数百粒!)をサラサラッと全部この一畝に蒔いてしまったのでした。

多分、袋の説明をよく読まなかったのだと思います。それで何か勘違いしていたのだとしか考えられません。暫くしてものすごくたくさん発芽して来ましたがどうにもお手上げでした。
それでもほんの20センチ幅分程の苗を、別に一畝作って移植してみましたがまだ葉も根もひ弱で絡み合っていてとても難しい作業でした。(そうして移植した物がちゃんと育つのかどうかも分からない)
        2015_07 15_雑草ニンジン・3
今回そのニンジンの畝の雑草を軍手で引き抜いていて、間違って一本ニンジンを引っこ抜いてしまいました。
太さ2センチ足らず、糸根ではない部分の長さ4センチ位、とても収穫して食べる時限の話ではありません。しかし後でよく水洗いして薄く皮を剥いて生でそのまま食べてみました。

すると!これがもの凄く甘くておいしかったので「感動モノ!」でした。
ニンジンは赤い野菜ですが普通幾分青味がかった味がします。でもこのニンジンには全く青味がかった味わいがありませんでした。本当に皆さんにも食べていただきたい程の美味さ、野菜の中では抜群の甘さを感じました。(スイカの甘さに近かった)

  ( 2015・7/30 )
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2015
07.29

台風と自然界の掟? (blog,241p)

Category: 畑のあれこれ
7月15,16,17,18日までの4日間、台風11号の襲来に関して村の家はずいぶん強い風の影響を受けました。
ぼくが12日に雑草を引いていてアシナガバチに手首と顔を刺された現場の辺りに突き立ててまとめておいた作物補助用の竹竿が倒れたり家の前に束ねておいたたくさんの段ボールが広い範囲に飛ばされたりしていました。ただ、幸いなことに今回の台風では大雨の被害はありませんでした。
    2015_07 17_台風11号・1
なので直接作物がなぎ倒されたりする被害が無ければ良しとするしかないと思いながら畑を見て回りました。
しかしやっぱり被害は出てしまいました。一番大きい被害を受けたのはトウモロコシでした。
       2015_07 04_台風11号・2
上の写真は台風の来る2週間前の7月4日に写したものです。この時点では台風の影響よりも段々成長してきたトウモロコシの実が野鳥に食い荒らされないように用心して10数本の茎の周囲を完全に防鳥ネットでガードして地面との接地部分は裏山で伐採した竹を置いてヒモで何カ所も括りつけておきました。茎の周りの雑草も鎌できれいに刈っておきました。

そして下の写真が凡そ2週間後の7月17日台風の余波で強い風が吹き荒れる中、雨の合間に畑を見回ってショックを受けて記録した写真です。
強風で防鳥ネットはバリバリによじれ地面は雑草が再生して伸びまくり、重しにしたはずの太い竹も風か何かで動かされ縛りとめた紐もあちこちで切れてしまっていました。
          2015_07 17_台風11号・3
その結果まともに立っているトウモロコシの茎は1本も無くなっていて、せっかく長さ20センチ位まで大きくなって来ていた若いコーンは一つ残らず何者かに食い散らかされてしまっていたのです。
去年は2種類のトウモロコシを上の畑と下の畑に別々に植えたので片方が動物の食害を受けて全滅した後、もう半分だけは収穫まで育てることが出来たのでしたが、今年は全滅です。
         2015_07 17_台風11号・4
昔から人の話や本や映画の物語りなどでよく「苦労が水の泡になる」という話を見聞きしてきましたが今や自分自身が季節ごとに苦労が水の泡になる体験を繰り返すようになりました。
残念だし悔しいし食べられたり奪い去られたりする度に何者か分からない犯人に憤りも抱きますが、一方これこそは自然界の摂理であることを身を以て理解せざるを得ません。

仮にもしぼくが野生動物(生物)だったら同じことをするに違いないだろうと思えます。
いや、もしぼくが今この場で生きる人間でなくて、もっと先天的な旅する民族であったとしてもどこかで誰かが育てた作物を貰って食べてその日を生きて行くようなことをしたのではないかと思ってしまいます。(無論そんなことが無条件で許されるかどうかは時代と社会の掟によって違うけれど)
         2015_07 17_台風11号・5
カラスなのか?ハトなのか?ムクドリなのか?あるいはタヌキなのか?
その内分かる時が来るのでしょう。今はこのぼくの苦労(畑の労働)を水の泡に帰した相手の何者かが、せめておいしい物を腹いっぱい食べられたと喜んでいるかまたはそれによってその生き物たちの子どもが元気に育つ手助けになってくれたのならと想像して諦めるしかありません。
そして仕方が無いから今年はまた誰かが育てたトウモロコシを(隣町の温泉へ行くついでに)ファーマーズ・マーケットへ買いに行くことにしましょう。

  ( 2015・7/29 )
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2015
07.28

倉庫改造記録帳〔26〕 (blog,240p)

昨日のページで完成一歩手前まで見ていた工事の工程のことを書きました。
それが今日のご報告です。

度々書いている通りぼくにとって最も大切な「物」は『マンガ及びその関連物』です。
この村の家で準備中のマンガ・ギャラリーでは、ぼくの勝手な思索や発想による「収集マンガ及びその関連物の展示」を計画しているわけですが、現在住んでいる町の家では生活空間に置き切れないほどのマンガ本や資料が溜まり過ぎてしまってもう保管スペースの限界を遥かに超えてしまっています。
    2015_07 12_資料室、本棚1
それで村の家でぼくが必要としたのは物置き兼資料本棚のスペース確保でした。
最初、そのために母屋北側裏にある大きい鉄骨倉庫を改造改築してもらって広い兼用アトリエを作る案でしたが建築会社の設計士さんと相談する中で現在の工事へと変更して来ました。

元々あった物置き小屋をすっかり作り直してもらったこの細長い部屋に、当初の計画に在った資料室兼アトリエをもってくるに当って、基本的に設備してもらいたかったのが「大量の本を置いていつでも取り出せる大きい本棚を作ってもらうこと」と「その本や資料の重さに耐えるしっかりした床下構造」でした。
        2015_07 15_資料室、本棚2
ぼくは心配性なのでとくに床下の構造について大工さんと話し合うことが度重なり、棟梁はこれで大丈夫ですよという手当てをしてくれたということでした。
そして今月半ばにいよいよ待望の大きい本棚作りが始まりました。
本棚の材料は床に使われたものと同じ立派な杉の厚い無垢板で同じ杉材の部屋壁に作り着けられて行きます。移動はできません。
        2015_07 15_資料室、本棚3
     棚板の幅(奥行き)も各段の高さも少しづつ違う寸法でお願いしました。

        2015_07 17_資料室、本棚4
      段々出来てきました。嬉しくてついつい顔がほころんでしまいます。

写真ではスケールがハッキリしません。セルフタイマーで自分を入れて写せば一目で感じが分かるようにできたのですがその時には急いで撮っていたのでそこまで考えませんでした。

数字を書いてもイメージし易いかどうかですが、壁に見えるアルミサッシの小窓の枠の下までの高さが1メートル93センチあります。
この上の写真手前に見える窓を棚板が囲んでさらに本棚が手前に伸びて下の写真のようになりました。
        2015_07 20_資料室、本棚5
そして一応全体の高さと長さが分かるところまで出来てきました。棚板の天辺までの高さが2メートル34センチ、全体の長さが約5メートル40センチになります。
ぼくが今まで作ったり購入した本棚の中の大きいのを8本合わせた程の容積になります。
          2015_07 17_資料室、本棚6
棚板の厚さは3センチ強、通常出版された本であればどんな本でも楽々並べて軽々ホールドするのに十分です。

しかし、じつはぼくのマンガ本といろいろな資料本類を合わせるとこの巨大な本棚が更にもう2倍(合計3倍の容積)ないと完全には整理しきれないほどあるのです。

我ながら何とたくさんの本を集めてしまったものかと思っていますが集めてしまったのですから有効に活用しながら出来る限り整理して行くしかありません。
取敢えずこの部屋の反対側の壁に沿って町の家から本と一緒に木の本棚とスチールの本棚を7,8本持ち込んで出来る限り収集本を並べてみるつもりです。
        2015_07 20_資料室、本棚7
もう昨夜になりましたが、ツイッターである優れたイラストレーターの方と通信しました。
その方が新作を高級な絵の具と筆と紙を使って描かれていて、その手描き作品も大変腕の良い絵描きさんであることを証明していました。ぼくはその方がネット上でたくさん見せて下さっているコンピューターグラフィック技術を使った批判精神に溢れた作品のファンです。

ぼくも若い頃にかなりたくさんの高級な絵の具類やいろいろなキャンバス生地や画用紙を購入した経験があるのですが、どんな画材を使うかもさることながら「何を描きたいのか、画くのか」こそが根本的な問題なのでした。(その命題は今でも全く変わっていない)

つまりどんなに立派な本棚を作ってもらおうとどれほど大量の資料を集めようと自分の描くもの、描くことに意味が無くてはせっかくの環境にも道具にも何の意味もありません。
だから自分を鼓舞して研鑚して畑仕事にも精出しながら、自分の描きたいものを描ける限り画きたいと思っています。

まあそうは言ってもこの大きい作り付けの本棚がぼくの一生の宝になることは間違いありません。

  ( 2015・7/28 )
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2015
07.27

倉庫改造記録帳〔25〕 (blog,239p)

畑ではいくつも「災難!」が重なった今回の村の家滞在でしたが、マンガギャラリーの工事の方もちょっと間が空く容(かたち)になりました。
暦では連休が入っていて棟梁の予定もあり、3日間ほどお休みになったりでちょっと完成を見たかった部分がもう1日か2日滞在しないと見られないところで一旦町の家へ帰宅したのでした。

しかし目に見えて変化して行くばかりではなくて一歩づつ着々と完成に近付いて来ていることは確実です。
    2015_07 12_工事状況・1
その一つがギャラリースペースの鉄骨を木でカバーするリペアー工事で、ついに室内外の鉄骨むき出し部分が完全に木質感に包まれました。

下の二枚の写真・左側、天井と板壁と梁の出合い部分の下に2ヶ所の四角い黒い部分が見えます。これが最後にむき出しで残されていた鉄骨ジョイントの支えでした。
 2015_07 12_工事状況・2 2015_07 21_工事状況・3
それが右側の写真で分かる通り壁から木の梁の下受け支えが出ているような形に変わりました。(写っているのは2ヶ所だが実際には合計8ヶ所中6ヶ所がこうなった)

これで、おそらく相当経験を積んだ大工さんや建築士さんなどがプロの眼で見ない限り、あるいはもう一度わざわざ壁や天井を引きはがさない限りはここが古い鉄骨構造の農業倉庫であったことを簡単に看破出来る人は居ないでしょう。(勿論、近所の人たちはぼくよりずっと昔からこの建物の元の姿を知っているから例外)
      2015_07 13_工事状況・4
まだ屋根屋さんの工事がしてもらえないので資料室の屋根の雨対策はブルーシートで覆われただけの状態でしたがそれでも15,16,17,18日と台風の影響が続いたので助かりました。
このブルーシートの掛けられた屋根の下の細長い部屋(元は地上に直接、間伐材丸太を柱にして建てられた簡易な掘っ立て小屋の物置きスペースだった)がこれからぼくのマンガの資料室、兼仕事部屋になるのです。本気で仕事をして何十年ものブランクを出来るだけ取り返してみたいと思いながら嬉しくてワクワクしています。

さて、工事は今日のブログの最初に書きかけたように劇的に進んだ部分もあるので明日はそのことを書こうと思います。

  ( 2015・7/27 )
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2015
07.26

初収穫もあり (blog,238p)

Category: 畑のあれこれ
昨日、一昨日のブログで記載した通り、今回の村の家滞在では畑でショックな出来事が続いてぼくの(身の回りの状況変化の影響を受けやすい)性格にとってはかなりの打撃を蒙ってしまったのですが、辛い(シンドい)ことばかりだったわけではありません。
譲り受けて2年になる畑はまだまだ家庭菜園の域を出ませんが今回もわずかな収穫の喜びも味わってきました。
      2015_07 12_初収穫もあり・1
大根の種を鳥に食べられてしまったりアシナガ蜂に手と顔を刺されたり(これは後日まで相当体調に響いた)で落ち込まざるを得なかった7月12日、畑の野菜の周りは先月切っておいたはずの雑草がまたすっかり伸びてしまって苗を包み隠さんばかりの繁茂ぶりになっていました。
その中に、ほんの一つ二つですが作物を実らせているものがありました。
先ず三種類の苗を植えた「トマト」が4個だけ赤くなっていました。(上の写真)
直ぐに食べられそうなのはその内の2個で残りの2個はもう数日すれば美味しくなりそうな感じでした。(去年、鈴生りになった赤い実を片っ端から何者かに取られてしまった経験から今年は一応「防鳥網」を架けている)

それから8本位苗を植えたキュウリの内、何とか消えずに伸びて来た3本の蔓の中の2本にもうちょっと採り遅れになって大きくなり過ぎたキュウリが2本ありました。
 2015_07 12_初収穫もあり・2 2015_07 14_初収穫もあり・3
(7月12日、キュウリが↑↑一番手前の葉っぱとその上の葉っぱの間に1本だけ見える。右側の写真は14日になってまた雑草を引いた後)

そこでトマトときゅうりを大事に採ったのですがまたおかしな現実に直面しました。というのはこのトマトはどう見てもマッチ箱より小さいいわゆる「ミニトマト」です。

ぼくは去年も『大きい実が生るトマト』という苗を数本買って植えたのですが育ったのはいずれもミニトマトばかりでした。(苗の購入から時が経っているので販売店に文句を言うのも言い難いわけでこの場合どうしたものかと悩んでしまう)
どうも苗を生産出荷する過程で取り扱いに混乱が生じているようです。ぼくのような素人には苗を見ただけではやがて育つ実が大きいものなのか小さいものなのか(ラベルや説明書きを信ずる以外には)予測も判断もつけようがありません。農業系の業者はくれぐれも素人を混乱させないように製品としての種や苗を育てて管理してもらいたいものですね。
        2015_07 12_初収穫もあり・4
ま、ともかくこの日ぼくは小さい2個のトマトを食べ、それは何とも甘くて美味しい味でした。
それからキュウリは1本を3分の1づつ3回に別けて塩もみして食べ、1本は冷蔵庫で10日間保管して町の家へ持ち帰り酢の物で食べましたが味は既にキュウリというよりも「瓜」その物の様になっていました。
それで、去年は苗の育ちが良くて収穫量も多く、ぼくの腕ほど大きくなってしまったキュウリをたくさん食べたことを思い出しました。

  ( 2015・7/26 )
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2015
07.25

大根の種育て、失敗 (blog,237p)

Category: 畑のあれこれ
今年の春のことです。冬から育てて春にたくさん収穫して友人知人親戚にもお届けして食べた大きい大根が3月下旬には皮の部分がすっかり繊維化してしまって(白い糸で編んだ網で巻かれたようなものになって)食べられなくなり、大変勿体無かったのですが50,60本の内20数本を処分せざるを得なくて残念な思いをしました。(せっかく収穫したけれど食べずに再度村の家へ運んで畑の隅へ堆肥にする雑草と一緒に捨て置いた)
        2015_07 14_大根の種、全滅・1
その時点でまだ畑には10数本の大根が立派に根付いていました。
そこで何本か引き抜いて堆肥場へ捨てましたが、何となく全部を一辺に引き抜くことに気が引けてそのままにしてありました。

2カ月後の5月下旬になって大根の葉はどんどん背が伸びて茎になり、白い可愛い花がたくさん咲きました。(5月24日付ブログに記載)それで数本の大根を掘り上げ、葉っぱと花を切り取って町の家へ持ち帰り家族に見せて「活花として観賞用に花器に盛れないだろうか」と考えたのですが、やってみると野生に近い花ですから咲き切ると直ぐに散ってしまって眺める暇があまりないことが分かりました。
 2015_07 12_大根の種、全滅・2 2015_07 12_大根の種、全滅・3
しかし花が咲いて畑を明るく飾ってくれていた大根を見て、ぼくはこれは花の季節の終った後に種がつくのではないかと思ってそれらの大根を引き抜いて処分するのをやめ、その後の経過を写真に撮りながら観察していました。

予測は当り、花が終った後の葉っぱの先にたくさんの菜種の莢(さや)のような形の膨らみが出て来ました。これはすごい!遺伝子(種)が採取出来れば今年の立派な大根を自家栽培することが出来る!というわけで楽しみと期待が膨らみました。
しかしぼくは種採りは初めてですからいつ頃に種として採集したらいいのか分からず、まだもう少し枯れて来てからの方がいいかなあなどと思いながらうっかりそのままにしてしまいました。
           2015_07 12_大根の種、全滅・4
そして今回12日の朝、畑に行って「しまった!遅かった!」ということになりました。
多分スズメかヒヨドリかハト等の野生の鳥に食べられてしまったのだろうと思いますがまともな種は完璧に無くなってしまっていました。ほんの数粒残っていたものは例外なく成長不良の種とカビた種と黒く病変した種ばかりでした。健康な種は見事に全て食べ尽くされてしまっていたのです。

ああ、こんなことなら前回の滞在中に採れるだけ種を採取しておけばよかったなあと悔やんだのですが今さらどうにもなりません。次の機会にはもっと慎重に対処しなくちゃと思って諦めるしかありませんでした。そしてやっと思い切って畑に残していた大根10本を引き抜き、堆肥場へ捨てました。それが今日のブログの最初の写真です。

じつはぼくは昔から【諦める】ということが一番苦手で何事もずっとクヨクヨ思いを引きずって生きて来たけれど農業の真似事は天地自然との関係です。今まで都会の暮らしの中で欲求不満や自分の非力を克服できず、中途半端な生き方で物事に諦めも出来なかったわけですが、この頃は少し悔いが無い生き方を身につけられるかもしれないと思い始めています。

大根の隣りの畝にはもうまるで野菜とは違う植物に「変身」したブロッコリーの茎もそのままにしてありましたが、取敢えずその中の3本を引き抜いて堆肥場へ捨てました。
           2015_07 14_大根の種、全滅・5
でもこれがなかなかユーモラスな格好に太っていて何だか日本全国津々浦々で村起し、町起しの人気合戦を繰り広げている「ゆるキャラ」みたいに見えて来て〔ブロちゃん〕と〔コリーちゃん〕なんていう農村ゆるキャラになりそうな感じがします。

ぼくは近い将来ここへ引っ越して来たら『リアルタイム・農村ものマンガ』を描こうと思っているので野菜のような登場人物は当然画く予定ですが、元々ぼくの絵柄は『劇画』と呼ばれた範疇のものだったので「ゆるキャラ」というほど柔らかいデフォルメが出来るかどうかは分かりません。
でも今後ぼくは『劇画』ではなく『マンガ』を描こうと決めていて既に1980年代後半からそのための下書きやメモはたくさん溜まっています。早ければ今年中か遅くとも来春にはぼくの実験的新生活が始まります。

  ( 2015・7/25 )
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2015
07.24

最初のアクシデント (blog,236p)

Category: 畑のあれこれ
畑はどこもここもすっかりまた雑草が生い茂ってきました。いつも書いているように初夏から秋までは切っても刈っても2週間位で雑草は確実に再生して、1ヶ月放置したら草の海が出現してしまいます。
こうなると畑とは言えません。原野みたいな感じです。

畑面積全体の30~40%位は野菜を育てる手が回らずこの土地を譲ってもらってから2年間、作付けしたことが無い部分があり、作付けした畑でも昨秋の収穫終了以来一度も土起しをせず草引きもまばらにしか出来ていなかったところがあちこちにあります。(下の写真もその一画)
    2015_07 14_畑で蜂刺され・1
そんな一角では2年越しの野菜の茎枝や根が枯れたものや雑草が太い茎に育って枯れたものなどが群れ成していて、先ずそうした太い茎の枯れた物や大きく育った根っこなどを引き抜かないと耕運機が掛け難いのでいつものように先ず軍手をはめた自分の両手で直接根を引っ張り抜くようにしています。

12日は良いお天気でした。ぼくはあちこちの畝の周りの雑草を手鎌で刈り払った後、4メートルばかりの長さの3本並んた畝の雑草を引き抜いて行きました。
そうして真ん中の畝の中程まで進んだ時突然!雑草の根元の辺りからバラバラバラっと異様な音がしてきたかと思う間もなく叢(くさむら)に伸ばしていたぼくの右手首に激痛が走り、次の瞬間、黒いような黄色いような何者かがぼくの左目をめがけて飛び込んできました。

その瞬間にぼくはそれが「蜂」の攻撃であることを悟って咄嗟に軍手をはめていた左手で目を覆い、その手を細かく振り動かして蜂を払い除けようとしたのですが、ほんの短い時間のぼくの手の動きの隙を狙って執拗に目を襲ってきてアッという間もなく左目の直下1.5センチの部分を刺されてしまいました。
 2015_07 12_畑で蜂刺され・2 2015_07 12_畑で蜂刺され・3
ぼくは直ぐに一旦部屋へ戻り、台所の水道の流水で暫く刺された手首と目の下を洗い冷やし、虫刺され対応の薬を塗って「事件現場」へ戻り(普段は殺虫剤を使用しないぼくだが)用心のために叢のごく狭い範囲に殺虫剤をスプレーして2,3匹の見慣れた姿の蜂を追い払い、叢の中の枯れ茎に造り着けられていた蜂の巣を発見して取り除きました。

この巣の形や大きさから判断して多分蜂の種類は「アシナガバチ」で間違いないと思います。
巣の大きさは直径が凡そ9センチ前後、ハニカム構造の巣穴の数が110室前後、よく観てみるとその個室の半分程の穴には丸々太った幼虫が居て、空(カラ)に見える穴にも殆どに白い小さい米粒のような卵が産みつけられていることが判りました。
     2015_07 12_畑で蜂刺され・4
ぼくはその蜂の巣を取敢えず畑の脇の石の上に置いてまた少し雑草引きを続けた後、ふと見ると幼虫たちが何匹か巣を這い出して石の上に出ていました。
その理由は写真にはうまく写っていませんが黒いアリと赤いアリが来て巣の中の幼虫を襲っていたのでした。
自然界に生きる野生の全ての生命はそれぞれが遭遇するアクシデントが多くの場合生物の個体の生命を左右する重大な別れ道になってしまうことが分かります。

人間も数千年か一万年前まではそうした自然界の野生の生き物の一種類に違いなかったでしょう。
しかしなぜかは解りませんが人間だけが他の野生の生物たちと違う生き方をするようになり、人間になりました。(これはホモサピエンスになった時のことを論じているのではない)ぼくの意識の中の最大の問題は【人間はなぜ人間になったのだろうか?】という自分の哲学の根本命題、人間としての自分の存在の原初の問いです。

近い将来、村の家へ引っ越してからの自分の生涯の残り全部はその根本命題とともに過ごしたいと思っています。
 2015_07 14_畑で蜂刺され・5 2015_07 14_畑で蜂刺され・6
(被害状況説明写真↑↑我ながらちょっと病人風。顔は普段の頬っぺた、顎の輪郭より3割方膨らんで右手は普段の腕、手首の太さより2,3割膨らんでしまった)

あ、哲学はともかくとして現実は2015年7月12日の午後にぼくは畑の叢でアシナガバチの巣があることを知らなくて彼らのスクランブル攻撃を受けて右手首と顔面左眼の下を刺されて強い痛みと腫れを体験した(微熱も)というアクシデントの顛末でした。

  ( 2015・7/24 )
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2015
07.23

台風11号襲来 (blog,235p)

Category: 村の家にて
昨日も書いた通り今回7月11日~21日までの村の家滞在では次から次へと体力的にも精神的にも平生の心持を挫かれるアクシデントが続きました。
まあぼくも勿論たくさんの試練を経験して年をとって来たのですからその日暮らしの中で幾つかショックを受けたからと言って落ち込むほどの軟(やわ)な人ではないはずですがそれでもいろいろありました。

行って早々の12日に先ず最初の出来事が起きました。(そのことは明日以降に書く予定)
そして続いてぜひ見たかったものが見られないということがありました。それから台風が襲来しました。その結果、畑に思わぬ被害が起こりました。
というようないろいろな変異があったのですが、16日、四国へ台風が上陸したとラジオが報じている中を隣町(山近くの村落)の田園の中にあるいつも行く町営温泉へ行きました。
   2015_07 16_弘法温泉・1
『町おこし』で開発、掘削されて実際に掘り当ててそこの土地に上モノ(施設全体の建物と環境整備)が作られたという温泉(上の写真左側半分に見える白い壁の建物にある)と地元の農業産品が販売されるファーマーズ・マーケット(右手奥のベージュの壁の建物)と、通りを隔ててちょっと離れたところに立つ地元のお米と米製品の販売宣伝コーナーからなるちょうど『道の駅』のような施設です。
行政区名で言えばここはM県W郡T町ですから『町の駅』と呼ぶことも出来るでしょうが、この町にはどこを走って見ても『町』がありません。だから実態から言うと『村の駅』が一番相応しいように思えます。
 2015_07 16_弘法温泉・3 2015_07 16_弘法温泉・4
地元のお年寄りの方々が管理運営を行っておられる清潔なエントランスホールにはいつもたくさんの観光パンフレットや催し事の案内チラシがパネルに張られたポスターとともに並んでいます。

温泉は正面ドン突きの受付番台の左右に分かれて右が男風呂、左側が女風呂の入口になっています。ここの特徴は営業終了時間が早いこと。午後八時で終りですから7時半頃までには入館しないとちゃんと温泉に浸かることが出来ません。
浴場はどちらかと言うと小振りな方です。
この頃は本当の温泉じゃなくて町場の郊外のスーパー銭湯でも大きい浴場で幾つもの浴槽を配置して露天風呂とサウナ風呂がついていてゆったりした休憩用広間やアスレチックコーナーやレストランやコンビニストアーまで組み込んで深夜営業とか終夜営業しているところも多いので、それと比べるとここは非常にシンプルな感じがします。
      2015_07 16_弘法温泉・2
そして入浴客も観光客など全くいなくて(ぼくはここと別のもう二ケ所のスーパー銭湯にも行くことがあるしそう頻繁に行くわけではないが)いつ行っても誰か前回も居た人と顔を合わせます。それで普段ぼくは不愛想にしていますがごくたまには短い言葉を交わすこともあります。
お天気がいい日の夕方には上の写真の庭の緑地では子どもたちが遊んだり近在の人などが憩ったりしているのですが、台風が来ている日の雨風の合間だったので誰も外へ出てゆっくりしている人などいません。雨に濡れて風に吹かれて写真なんかとっているのはぼく一人でした。
この地方への台風の影響はこの後から(今回は雨はそれほど土砂降りではなかったが)風が長時間、もの凄く吹き荒れました。

  ( 2015・7/23 )
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2015
07.22

やっぱり!! (blog,234p)

Category: 畑のあれこれ
今回は11日から昨夜21日遅くなって帰宅するまで丸10日間、村の家に滞在して来ました。

途中台風で3日間畑仕事が中断され、他にもアクシデントがあって野良作業がちゃんとやれたのは4日間位しかありませんでした。
まあ、雨風が強くない限り毎日畑には出ていたので7日間は土に触れ雑草と格闘し野菜の面倒を見てはいたわけですが、今回の滞在を一口で言うと「徒労」に明け暮れた日々でした。
      2015_07 12_熟したブラックベリー、鳥に食べられる・2
前回(16日付)のブログに書きましたが、ブラックベリーが大分大きく育って来ていました。
それで期待していたのですが、ライブハウスで2度目に顔を合わせた方から「実が着いて大きくなってきたら網とかでガードしとかんと鳥なんかに食べられてしまうんと違う?」と言われて心配になった話の続きからです。

結論から言うとその方の言われた通りになりました。
今日の写真は12日の撮影です。つまり前回のブログ写真から2週間後の同じ場所です。
すっかり食べられて減ってしまっていました。もうとてもジャムを作れるほどの分量は残っていませんでした。熟して黒くなって食べ頃になった分は既にみんな食べられて、後半日か一日したら食べ時になる分やまだ赤くてこれから完熟する分だけが少し残っているだけでした。
      2015_07 12_熟したブラックベリー、鳥に食べられる・1
そして台風が来て、今回は村の家の地域では雨の被害は幸いありませんでしたが(数十キロ離れた川は氾濫したし、内陸側へ数十キロ離れた山村でも沢山避難する人たちがあった)もの凄い強風が丸2日間以上、台風が日本海上へ抜けたと言われた後まで吹き続けました。

それでブラックベリーは春の雑草に負けて枯れてしまったかと思っていたのが助かってくれただけでも嬉しかったので、せっかくの結実果が鳥に食べられてしまったのは悔しいですがまあ蔓枝は元気に育ってくれているし来年は注意して美味しいジャムやケーキを食べられるようにしたいと思います。

問題は野菜でした。
今日は暑い畑で正味半日作業をして荷物の片付けをして3時間以上車の運転をして帰宅してから3時間たって草臥れてきたので取敢えず休んで、いろいろあったことを明日から毎日続けて書き込みたいと思います。
勿論ショックなことばかりではなくて嬉しいこともありました。(でもやっぱりショックなことが多かったなあ)

  ( 2015・7/22 )
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2015
07.16

ブラックベリーの現在 (blog,233p)

Category: 畑のあれこれ
3週間前のブログに「ブラックベリー」の実が着いていたことを書きましたが、今回(6月26日~7月3日)畑へ行ってみるとあのブラックベリーの実がかなり色付いて来ていました。

       2015_06 27_ブラックベリー成長・1
まだもう暫く経って色が濃くなって Black とは言わないまでも深い赤紫に変わるまでうまく育ってほしいと思いながら前回と同じアングルで比較できるように写真を撮りました。

        2015_06 27_ブラックベリー成長・2
おいしいジャムを作りたいと期待が膨らんで来ていました。ところが先日、毎年恒例の同じ出演者による『七夕・ライブコンサート』を観に(聴きに)行って一年振りに会場でご挨拶を交わした方から「このまま熟すのを待っている間に鳥か獣に食べられてしまうんとちゃう?!」「網かけたりしてやった方がいいと思うわ」「わたしが鳥やったらこんなん食べたくなるもん」と言われて急に心配になってしまいました。

確かに!です。
もしもぼくが野生動物だったらこんな木の実・草の実はもの凄く美味そうで今日か明日かと食べられる時を計って待ち遠しくて仕方が無いに違いありません。
次に行く時まで無事に育っていてくれることを祈るしか仕方がありません。(ああ、もしも鳥に食べられてしまっていたらショックだろうなあ、、、)

  ( 2015・7/16 )
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2015
07.14

インスタントデスク (blog,232p)

Category: 村の家にて
村の家へ通うようになって2年が過ぎ、この家に宿泊滞在して野良仕事や自炊をするようになってもう1年10カ月が過ぎました。
その間、ぼくは机を使っていませんでした。
書き物はだいたい床畳に座って食卓で書くか、ソファーで膝の上に画版(メモ用バインダーボード)を置いて書いてきました。しかしペン先に墨汁を浸けてマンガの落書きなどをしようとすると普段の姿勢と違うので非常にやり難い思いをしていましたが、家の改築が完成したらすっかり何でもできる道具やポジションが得られるのだからもう少しの辛抱だと一日延ばしに過ごしてきました。
        2015_07 04_簡易の机・1
けれどもいよいよ2年が経過した先月になって、あと数カ月でそういう新しい仕事部屋なり仕事場なりが実現することはほぼ確実な状況になりましたがどうにも机で物が書きたくて仕方が無くなりました。
一旦思い始めるとそればかりが気になって夜中まで落ち着かず、何か上手い方法がないかと(動物園の檻の中に閉じ込められた熊のように)家の中をウロウロ歩きまわり、元の住人の方が使っておられた衣装小物入れのデザイン違いのプラケースを2本並べてその上に町の仕事場でストックしておいた簡易(組み立て)机用の天板を置いてみると、どうやら使い勝手がよさそうです。
それで早速今まで床座りの食卓に置いていたあれこれをこちらに移動して落書きやメモを始めました。快調です!
        2015_07 04_簡易の机・2
ぼくは元々子供の頃から「メモ魔」です。
夏休みの宿題で(休暇が終る3日前ぐらいになって)唯一やれた宿題が「絵日記」をつけることでした。(遊びの要素が強い工作物も提出してだいたい金賞か銀賞を貰っていたけれどそれも勉強や研究の内ではなかった)まあとにかく今でもメモ魔は続いていて、どこにいても必ず自分の行動や物見遊山の感想を眠る時間が減っても書き続けています。

筆記用具は鉛筆やシャープペン、ボールペンや浸けペン、何でもいいし大抵の文房具は自分が行く場所へはどこにでも持ち込み置いています。
紙なんかも全然ピカピカの新品である必要はありません。広告紙やカレンダーや包装紙や封筒の裏紙で十分です。(勿論マンガ作品の清書用には自分専用の画稿用紙が用意してあるが、それもごく普通の模造紙に過ぎない)
この2枚の写真は先日、机をセットしたその日、直ぐに書き出した落書きとメモの一部です。
もうじきぼくの人生で最大スケールの自分の仕事場(と言ってもそれは本棚、物置部屋の一部に安物の食卓テーブルか何かを買って来て机として置くだけのこと)が出来上がるまでここがぼくの仕事机になります。
もうこの上で食事もしてるしティータイムもやっていますが『作品が出来上がること』は多分なさそうです。

  ( 2015・7/14 )
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2015
07.12

雨の合間に機械で草刈り (blog,231p)

Category: 村の家にて
ぼくの母親の実家は長く続いた水田と野菜畑をもつ農家でした。
それでぼくが子どもだった頃には時々母に連れられて隣町の母の実家へバスに乗って行きました。母は実家の田植えなどを手伝いに末っ子のぼくを連れて帰省して、帰りに母の長兄が家督を継いでいた実家から(おそらく)いくらかのお金や畑の野菜などを貰い受けてぼくらの家へ戻っていたのだと思います。

昭和30年代半ば、当時は田舎の町の働く者の家庭では今ほど物に囲まれた生活ではなくて食料も素朴な地産地消が当たり前でした。
両親は絶えず何かしら働く工夫をしていても現金収入が乏しい我家では、母が家の裏の畑や家から2キロほど離れた山地の斜面を借りて栽培する少しの野菜がいつもぼくたち5人の子供と両親と祖母、合計8人の大家族の胃袋を保つための基本食料でした。
ぼくは小学校2年生頃、畑で採れたキューリやジャガイモやタマネギをスライスして自分で卵黄と酢と塩を混ぜてマヨネーズを作り野菜サラダを作る手伝いをしたことが何度もありました。

その頃、母の実家へ行くと母の兄がよく「百姓は草と闘っているのだ」と言っていましたが、あれから半世紀以上が過ぎて今、ぼくはその言葉を毎日思い返し、実感しています。
 2015_07 01_草刈り(機械)2 2015_07 01_草刈り(機械)1
母の兄は朝早くから(前夜の内に刃を研いで切れ味を鋭くした)数本の草刈り鎌と研石を持って畑や田んぼへ出掛けて行って昼飯時になるまでひたすら雑草を刈っていました。
刈った草は全て大きい背負い籠(ショイカゴ)へ入れて家へ持ち帰って牛の餌にしたのです。
まだいわゆる発動機式耕運機がそれほど普及していなくて牛が田んぼの土を耕す労働の主役でした。
そんな親の世代、祖父母の世代に比べれば今では何と労働が軽減されたことかと思います。

エンジン草刈り機(正式名称は草払い機と言うらしい)の先の丸ノコを用意してあった新品に着け替えました。ぼくもまた草刈り開始です。
この家と家の周りにはそこら中に石と鉄材がゴロゴロ置いてあったり隠れていたりするので相当注意深く機械を制動して使用していてもかなり頻繁に石に刃先が当り、鉄に当りしてどんどん刃先が欠けて切れなくなって行きます。
 2015_06 27_草刈り(機械)3 2015_07 02_草刈り(機械)4
(最初の内は左の↑雑草畑↑が右のように簡単に切れる。なのでこれなら↑楽々↑だと思う)

真新しいノコ刃を着けて草を刈り始めてから2時間位はけっこう上手に雑草の中に潜む石などの障害物の気配も感じて微妙に避けながらスピードも軽やかに草を刈り払って行けるのですが、なにせ切っても切っても2週間か1ヶ月で復活を果たしてしまう「大地の王者・雑草」が相手です。
その内に段々疲労を感じ始めて注意力が減退して来てついつい長い草刈り機のアームを左右に振り進む角度が大きくなり、目測の行き届かない右端や左端の雑草の中に隠れている石やコンクリートや鉄材にうっかりギギインと刃先を接触させてしまう回数が多くなってきます。
        2015_06 27_草刈り(機械)5
 (少し草臥れて来てもこういう庭の状態↑↑を30~40分で↓↓こうすることが出来る)

        2015_07 02_草刈り(機械)6
けれどもそれも刃先が新品でよく切れている間の作業時間のことで、段々と石や鉄やコンクリートなどに当てて切れが鈍くなってくると先ず始めに柔らかい雑草の穂先がうまく切れなくなり出して少しづつ効率が低下して行くのを留めようがありません。

それでも鎌を手に持ってすべて人の手で草刈りをしていた半世紀以上前のお百姓さんたちに比べたら本当に労働は何十分の一にも軽減されて来たに違いないでしょう。
        2015_05 13_草刈り(機械)7
今回は半日づつ2日間草刈りをしました。2日目には」ぼくの身長の肩ぐらいまで伸びて来てぼつぼつジャングル化して来そうだった小さい畑(写真・上)と公道脇の排水路沿いの雑草をすっかり刈り倒しましたが(写真・下)作業中も毎日のように雨が降りますので天気の良い日の作業から考えると1.5倍位の時間が掛ってしまったと思います。
        2015_07 03_草刈り(機械)8
それと雨になって作業を中断した後、切った雑草の片付けが出来ずにそのまま置いて一旦町の家へ帰って来てしまったので今どうなっているのか気掛かりです。なるべく早く行って敷地の外に散らかしっ放しの雑草を畑の方へでも移動しなくてはなりません。

  ( 2015・7/12 )
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2015
07.11

訪問者あり (blog,230p)

Category: 村の家にて
ぼくが通っている村の人口は少なくて戸数も少ないので都会に比べると人口密度が極めて低い地域です。
しかし家にいても畑へ出ても空を見上げても改築工事現場の周りにもいわゆる『生き物』は夥しいほど溢れています。(ただし、ぼくたち人間がそれに気付くことができればの話)

先日もこういう方が現場見学においでになられました。早速デジカメ見学者名簿に記録を撮らせていただきました。
そしてご挨拶です。
          ぼく 「やあ、アマガエルくん、いらっしゃい!」
        2015_06 28_現場へ客人・雨蛙ロング

     アマガエルくん 「だいぶ出来てきたねー、マンガ喫茶やるんだって?」

ぼく 「あ、いやー、国道沿いとか駅の近くにあるあのマンガ喫茶とは違うんだけどね」

アマガエルくん 「ああ、そうなんだ、なんか畑の向こうの道を通って行くおばあちゃんたちがさ、ここはマンガ喫茶になるらしいよって話してたんでね」

ぼく 「なんだかそんな噂も立ってるらしいねえ、でもちょっと違うんだよ、ここはぼくが集めてきたマンガ本や資料を少しづつ展示公開するギャラリー、マンガ展示室にする予定なんだよ」

         2015_06 28_現場へ客人・雨蛙アップ

アマガエルくん 「そっかァ、あのさ、そん中にカエルが出てくるマンガもあるのかなあ…?」

ぼく 「うーん、たぶん幾つかあると思うけどねえ、カエルみたいなのが出てくるマンガはぼくが描くよ、もう下画きはとっくの昔に済んでるからね引っ越して来たら最初に画くかも知れないよ」

アマガエルくん 「ほんと?うわぃ!楽しみだなあ!いつ引っ越してくるの?」

ぼく 「うん、まだハッキリは決まらないんだけどね、家の修理改築が終ったらなるべく早く引っ越して来るつもりだよ」

アマガエルくん 「そっかァ、じゃあ畑のみんなにも話しとくね、カマキリやトンボやモグラやミミズなんかもみんなマンガに出たいって言うだろうなあ、きっと」

ぼく 「そうだねえ、その内みんな出てもらうと思うよ」

アマガエルくん 「わーほんと!?じゃあすぐにみんなに言いに行くね、喜ぶぞ―みんなが!」

ということでアマガエルくんはピョピョーンと畑の方へ帰って行きました。(^-^)

  ( 2015・7/11)
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2015
07.09

ラスト・ライブコンサート (blog,229p)

町の家に帰っている間は時々知り合いの人たちや興味のあるバンドなどの出演するライブコンサートを観に聴きに行きます。
7月4日、5日の2日間、毎年恒例だった『七夕・ライブコンサート』へ行って来ました。(恒例だった、と書いたのには理由がある。後述)
       2015_07 04_七夕コンサート・1
(7月4日フィナーレ、向かって左側から 豊田勇造、中山ラビ、三浦久、古川豪の出演者たち)

この人たち4人(本来は5人)が集まって一つのステージで共演してライブコンサートが始まったのは1973年のことで、今年まで連続43回目の、多分日本列島では最長記録物の連続フォークミュージック・コンサートではないかと思います。(ちなみにぼくのプロ漫画家デビューはそれより一年早い1972年!)

ぼくは1980年代の後半からその43回の内10数回(2日間とも観た年の1日を一回と数えれば20回位?)このライブを拝見し続けて来ました。
その間に出演者の方たちとも何となく親しく話をするようになり、1980年代末に知人のアコースティック・ブルースマン「シバ」と豊田勇造さんがジョイントライブをやった後、飛び入りライブの日にぼくが素人演奏をしていた時、突然勇造さんがステージへ上って来て横で伴奏をつけて下さったり、1990年代には信州のぼくの夏の仕事場があった牧場で偶然三浦さんにお会いしてご挨拶したりしたことがありました。
三浦さんの信州・辰野市のライブハウス『オーリアッド』へは去年オープンマイクの日に初めておじゃまして数曲歌わせてもらいました。(じつは今ぼくが村で作ってもらっているマンガギャラリーの建物の内外装には)去年お訪ねした『オーリアッド』の印象をイメージしている部分があります。
       2015_07 05_七夕コンサート・2
        (こちらの写真↑↑は7月5日のステージ・フィナーレ)
この催しの世話役をずっと続けてこられたのは古川豪さんだそうです。彼らにステージを提供し続けてきたライブハウスのオーナーのお話では「豪さんの尽力無しでは続けられなかったライブコンサート」なのだそうです。

その古川豪さんが昨年のステージで「誰か出演者の内一人でも亡くなってしまったら『七夕・ライブコンサート』は終りにしようと言ってきた。つい先日(2014年5月14日)ひがしのが逝ってしまったのでもうこれがラストコンサートになるはずだけれども、あまりに急だったので今年は(ひがしのひとし追悼の思いを込めて)いつも通りに開催して、来年どうするかをこれから出演者みんなで相談したい」と話されたのでした。

そして今年2015年『七夕・ラストライブ・コンサート』開催が予告され、実行されたので、ぼくは今年も古川豪さんの連絡メールへ2日間通しで予約をして観に行ったというわけです。
昨年のライブの模様はこのブログでレポ記事にして出演者の方々からは事後承諾をいただきましたので覚えておられる方もあるかと思いますが、上記のようにこの七夕コンサートの出演者は本来5人でした。(亡くなられたひがしのひとしさんは大変ユニークな歌唄い人で、ぼくは好きでした)
     2015_07 05_七夕コンサート・3
その「先に逝かれたひがしのさん」が小型のギターを膝にのせて歌う独特の姿を撮った写真が今年も古川豪さんによってステージのピアノ(彼はフィナーレではピアノを弾いた)の上に置かれ、去年に引き続き「ひがしのひとしパネル参加!」で2日間のライブは終了しました。

会場ではステージの上の出演者たちも聴衆からも『七夕コンサート』の来年以降も続行を望む声が発せられ聞こえていました。
しかしぼくは少し違う感想を持っていました。
これはぼくの勝手な感想です。評論家気取りの公器的発言でもなんでもありません。

ぼくはそれぞれにいろいろな感想や思いを持って観続けてきた「多くの聴衆の中の一人」として七夕コンサートをこのままの形で開催し続けるのはここで終焉した方がいいと思います。

社会的使命を終えた後も出演者と聴衆がともに存在を確認し合って来たこの音楽イベントの素晴らしさは勿論その意義も改めて考え検証してみる価値があると思います。
そういうことは重々承知の上でいろいろな思いを含めての感想ですが、やはり『七夕コンサートを終焉すること』の意味が今最も大事なのではないかと思うのです。それがこのコンサートを続けてきた出演者をはじめ、その年その年に聴きに来た聴衆の存在に最も正直な【筋の通し方】ではないかと思うのです。

出演者にとっても聴衆にとっても大事なことはこういうことではないかと思うのです。それは、
1) 欠くことのできないオリジナルメンバー、ひがしのひとしさんの欠員によって
〔第一期〕『七夕ライブコンサート』は一旦ここに終止符を打つ。

2) そして先に逝かれたひがしのさんの持っていた「音楽魂と人の心」を改めて共有し、世代を送り継ぎ、世代を超えて歌い継いでゆく新しい人々の参加を募って
〔第二期〕の『七夕ライブコンサート』を新たに展開する!


ただしそれは東野ソングを懐かしんで歌い継ぐということではなく、スピリットを共有して行く新しいオリジナリティー溢れる「若い」歌い手、演奏者を毎年ことなってゲストに迎えて行くというスタイル、それはちょうどあのB.B.キングやアルバート・キングたちがエリック・クラプトンやスティービー・レイヴォーンを「新しい血」として自分たちのブルース世界に受け入れ、ブルース音楽の世界そのものを広げていったような、またあるいはボブ・ディランが1965年にレヴォン・ヘルム&ザ・ホークス(後のザ・バンド)とともにフォークの心をもってロックへの再生を果たしたような「閉鎖性を乗り越える新たな時代の切り開き方」になるのではないだろうか?


などとついつい「熱い思い」を感想として書いてしまいましたが(本気でそう思っている)去年も書いたとおり、ぼくは個人的に東野さんの了承をいただいた「彼の体験談の一部をマンガに描かせていただく」というお約束がまだ果たせていません。宿題が遅れてしまうのは幼年時代からのぼくの悪い癖であります。(ひがしのさん、出来るだけ早く画きますから待ってて下さいね)

  ( 2015・7/9 )
PS, 『七夕コンサート』を今後どうするのか決めるのは言うまでもなくこのコンサートを主催してこられた【4人(5人)の歌唄い】の方々の問題であり自由であり権利であります。
年に何度かその人たちの演奏を観聴きするだけのぼくは今後も同じようにどこかで彼らのパフォーマンスを観聴きし続けることになるでしょう。
(なお、最初の原稿ではひがしのさんの表記を東野としていましたがステージネームは平仮名でしたので平仮名読みとぼくが呼んでいた漢字読みとを合わせて記載することにしました)
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2015
07.08

倉庫改造記録帳〔24〕 (blog,228p)

昨日はぼくの仕事部屋(メイン建物の付属小屋という扱い)の段々出来上がりつつある室内を時系列の写真でご紹介しました。
今日はその小屋の外観が出来上がって行く様子を時系列の写真でご紹介します。

先ず最初はまだ何もなくて、メインの建物の外壁が見えているだけでした。
この面の外壁は長方形の建物の他の3方(3面)の鎧張り式の壁とは違う室内壁の張り方=本実(ほんざね)張りで仕上げてもらってあります。それは後でこの外壁を小屋の内壁に変える役割があったからです。
        2015_05 01_資料室外観・工事前
小屋として追加する建物の面積は以前からこの鉄骨農舎に付随して作られてあった「物置建物」とほぼ同じ面積です。
といっても元の物置はぼくが半日で解体してしまえたようなすっかり壊れかかった「屋根材と柱材と壁材がむき出しで打ち付けてあるだけ」の本当に簡易な建築物でした。
だから今回の改築工事では以前の物置とは比較にならないもの凄い立派な建物に再生してもらうことになります。
ぼくが自分で作ろうとしていたものも2/4=ツーバイフォー工法の簡易な建物のつもりでしたから計画を変更させてもらってずっと良い環境が得られることになりました。
ぼくはこの成り行きを非常に嬉しく思っています。そしてN建築会社さんのチームに大変感謝しています。
        2015_06 17_資料室外観・1
6月の5日に町の家へ帰って11日後の16日に村の家へ行くとその「付属小屋」の工事が始まっていました。壁から2.4メートルの幅にブロックの基礎が積まれ、壁の芯材と屋根が作られて建物のスケールが見えて来ました。

外壁材は防火性や将来のメンテナンスなどを考慮して窯業系のサイディングボード(外壁材)で仕上げてもらうことにしたのですが、この外壁材の色選びがちょっとだけ(?、?、?)でした。
予め20~30センチ四方位の見本を見せてもらって模様と色を選んだのですが、見本と本物ではかなり色合いの印象が違ったのです。
        2015_06 27_資料室外観・2
と言っても別にこの色が気に入らなかったというわけではありません。ただ単に思っていた感じとはかなり違ったなあ、と言うだけのことです。
        2015_06 29_資料室外観・3
随所にプロの建築工事の技が発揮されて、梅雨空の頻繁に雨が降る下で取敢えず屋根が防水紙でガードされ(まだ金属瓦が葺かれていない状態)外壁張り工事は完了し、内部も殆ど8割方出来上がってきました。
       2015_07 04_資料室外観・4
こちらは北面になります。(この建物は南北に長い)窓も完成し、出入り口のアルミサッシのドア枠も取り付けられましたが、ドアはまだ着かず、臨時でベニヤ板の簡易ドアが取り付けられています。
じつはそれには理由があって、このドアは元々母屋の勝手口、トイレ、ふろ建物への出入り口に設置されているものを外して流用しようとしているのです。それで取敢えずこちらの建物の工事の都合で寸法合わせのためにドア枠だけを母屋の出入り口から外して移設したというわけです。(ドア本体はまだ母屋の出入り口を守ってくれている)

  ( 2015・7/8 )
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PS, 夜になって、フェイスブックに入れてくれてあった身内からの情報で、この春から闘病中だったロックギタリストでシンガーの石田長生(おさむ)さんが亡くなられたことを知りました。(以下はぼくのフェイスブックへの書き込みをこちらへも転載するものです)

>> そうですか、石田長生(おさむ)さんも亡くなられたんですね。
早過ぎますよね。残念です。
去年、大阪の野外音楽ステージで演奏された後、アチャコさんとぼくもご一緒に雨の中で肩を組んで大笑いしながら無茶苦茶踊りをしましたね。
ぼくは石ヤンと直接会話したのはあの日が初めてで演奏もあの日聴いたのが最後になりました。(ライブを観たのも何十年振りかでした。でも観れてよかった)
ご冥福をお祈りします。<<

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2015
07.07

倉庫改造記録帳〔23〕 (blog,227p)

6月28日付の当ブログで【倉庫改造記録帳〔22〕(blog,223p)】までお伝えしていた『マンガギャラリーとカフェ』作りの工事進捗状況のその後をご報告します。

6月初旬に先ず、鉄骨農業倉庫を改造中のギャラリー・カフェ用建物の東側外壁に付帯して(元々この場所にあった素人手造りの物置きのスペースを使って)ぼくの収集してきた大量のマンガ本や資料を保管して整理考察する書庫兼用仕事部屋を作ってもらう工事が始まりました。
 2015_06 16_資料室・1 2015_06 20_資料室・2
建築会社の担当のNさんと設計士のCさんと工事を担当して下さる棟梁のT大工さんと現場で打ち合わせを重ねてぼくの希望を伝え、容積は内幅(東西)約2メートル40センチ x 長さ(南北)約9メートル50センチの細長い建物を作っていただくことになりました。

もう既にここまで3ヶ月以上に亘る建築作業をいつも見学してきたので棟梁の建築技能には全面的な信頼をおいています。ただ完成後の部屋としての使い勝手をあれこれ考えるにつけ途中で何度も、例えば土台は頑丈だろうかとか床はこの程度で重い本や資料の荷重に完全に耐えられるだろうかとか、屋根はこれで台風の多いこの地方の天候に耐えられるだろうかといった具合に心配が次々に心に根差してしまうのですが、その都度建築会社さんも設計士さんも棟梁も出来る限りの対応をして下さるので嬉しく思っています。
        2015_06 21_資料室・3
工事が始まって3週間目で躯体構造は完成して床下断熱材が設置され、外壁、内壁、床張りが順序を追って進められて行きました。
下地材は構造合板ですがこの部屋も仕上げ材は全て杉板を張ってもらいます。
        2015_06 29_資料室・4
前にも書きましたが、当初この部屋は自分でDIY(昔の言い方をすれば日曜大工)で外幅2.1メートル x 9メートル位の物置部屋を造る予定でした。ぼくは1991~'92年に信州・八ヶ岳でちょうどそれより一回りだけ小さい(2.1メートル x 6.2メートル程)の山小屋を独りで2ヶ月かけて建てた経験があったからです。
けれども今回、工事開始以来の大工さんのお仕事を見ていてぜひ本件工事全体をこの棟梁が一人で完成する実績にしていただきたいと希望するに至りました。そして今ではそれが正解だったと確信しています。
         2015_06 28_資料室・6
外からの出入り口のタタキ面積は最初90センチ奥行きで横長さは2.4メートル内幅一杯のつもりでしたが、ここからそんなに大人数で資料室へ出入りすることは無いので土間面積を縮めてその分床を増やすアレンジをしてもらいました。
        2015_07 03_資料室・7
北側ドアの横壁に明かり採りとして、また風通し用に開けておける窓も付けてもらいこの部屋は完成まであと一歩になりました。これが7月4日の現状です。

こうして写真を見ると先程書いた昔自分で作った信州の山の小屋と本当によく似た雰囲気が感じられて何か心に嬉しさが湧いてきます。もちろんぼくが作った小屋はとてもこんな立派なものではなかったし材量ももっとチャチで本当に貧弱な代物でしたが、どこか雰囲気が似ているのです。(杉の木の香りと肌触り、細長い室内、そこでは人形を作り、版画を彫り、絵を描き、若者たちとギターを弾いて歌を唄った。夏休みには幼かった息子と娘とカミサンと一緒にバンガローのようなその小屋でキャンピング暮らしをした)

ぼくが手づくりした小屋は東西に長く南壁に中古資材のアルミサッシ窓を着けたものでしたがじつはあれから20数年後の今でも一応ちゃんと建てた場所にそのまま在ってぼくとは別の人々が使っています。

  ( 2015・7/7 )
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2015
07.06

雑草は多分、、、(blog,226p)

Category: 畑のあれこれ
今回は6月26日深夜に町の家を出発して一昨日7月4日の夜のイベントに間に合うように帰宅するまで8泊8日間の村の家滞在をしてきました。

この頃ではついに村の家で過ごす日数の方が町の家で過ごす日数よりも僅かに多いことになりつつあります。
ぼく自身がこの約2年間の村の家往復とその内の1年10ヶ月間になる畑の作業に熱心になれることと、マンガギャラリー・カフェの建築が完成に近付いて来て出来るだけ自分の眼でその工事の様子を確認しておきたいという希望があるので、町の家で特段の予定や用事がない時にはなるべく早く村の家へ行くようにしているからです。
        2015_06 27_雑草・里芋1
今回はまた一週間を超える長い滞在になりましたがその割には畑の作業はまるで捗りませんでした。理由は雨振りでした。何と言っても梅雨ですからね。

村の家がある地方は一年を通じて(本州では)かなり降雨量の多い地方です。
雨が降ると雑草の伸びが早いように感じます。ただその分、雑草の葉や茎は若くて柔らかいので軍手をはめた手で引っこ抜いたり毟り取ったりする作業はカンカン照りが続いて土が硬くなってしまっている時よりも何倍か楽にできます。
とは言え草刈り機(草払い機=2サイクルガソリンエンジン駆動の丸鋸)でバリバリビーン!と刈ってしまうことの効率と比べればものすごく時間が掛ります。
        2015_06 29_雑草・里芋2
上の2枚の写真はこの2週間で伸びてしまった里芋の畝の雑草を手で抜いて土を軽く中耕した前後の写真です。
たった5メートル足らずの畝の雑草を、里芋の根がうまく土の中の栄養を吸収して雑草に土中を支配されないように世話をするだけで1時間以上は優にかかってしまいます。

その上今回の滞在中8日間の中で日昼、日の出から日没までの14,15時間丸々晴れていた日は1日も無いという天候不順の日々でした。
8日間の内5日間は半日以上雨が降っていましたので全く野良仕事が出来なかったかあるいは雨の合間に少しだけ作業をしただけでした。残りの3日間は小雨糸雨ならば外へ出て比較的長時間畑に居ましたが育てている野菜の全てを完全に世話することはできませんでした。

今日のブログタイトル『雑草は多分、、、』が多分何なのかを書かない内に長くなってしまいました。それについては近い内(次に雑草のことを話題にした時)に書きましょう。

  ( 2015・7/6 )
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2015
07.02

ブラックベリー結実 (blog,225p)

Category: 畑のあれこれ
昨年、町の家で家人が友人からいただいたブラックベリーの数本の苗を直ぐに村の家の畑の外周へ移植したのですが、春先の世話が行き届かずにすっかり笛豆(カラスノエンドウ=ぼくが育った田舎の子供たちの呼び名ではC・B・B)やアレチノギクやオニタビラコ等の雑草軍に覆い尽されて命運尽きたかと心配したのでした。

それが先月、一度徹底的に雑草を切り払い引き抜いてみると嬉しいことにブラックベリーはしっかり根を張って生きていてくれたことが分かりました。それで根方の土を中耕して少々有機系化成肥料を施して様子を見ていましたらほどなくして花が咲き、今回行ってみると少しだけですが実が生っていました。
          2015_06 20_ブラックベリー結実・1
去年はこの苗を下さった家人の友人の方がご自分の(古里の畑の)ブラックベリーの実を収穫された時にその実もいただいて美味しいジャムやジュースにして楽しみました。
今年はもしこのままうまく実が熟してくれたら初めて自前のブラックベリージャムやケーキが楽しめるかもしれません。
       2015_06 20_ブラックベリー結実・2
しかしまだ課題が残っています。それは1か月前に段々伸びてきたこのブラックベリーの蔓茎を伝わせるためのポールと棚(または網)をかけてやらなくちゃと思ったのに未だ実行できていないことです。

次から次へとやることが重なってしまって途中で幾つも自分の予定を変更したりキャンセル(自分に対してなので他人に直接迷惑をかけているのではないが残念)せざるを得ないことが起きたりとなかなか順調に日々を乗り切って行くことが難しくて困ります。
それでも毎日新しい今日がやって来て新しい明日へ続いて行きます。
ぼくらは生きて暮らして行く限り、歳をとろうが体調を崩そうが毎日「新人類」になり続けているのです。

  ( 2015・7/2 )
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