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2015
08.31

普段は掲載しないこと (blog,番外編)

今日のブログはちょっといつもとは違う内容で書いてみたいと思います。だから『番外編』になります。

ぼくは子どもの頃から学校の勉強が嫌いで漫画ばっかり読んでいました。
大人になってもちゃんとした社会人にはなれなくて絵に画いた餅を食べるようなあるいはカスミを食べて生きるような、ささやかな夢を見てはその夢を追いかけて周囲の人々に笑われる。そんな暮らしでした。

その大好きなマンガを読んでいる時が一番幸せでしたが同時に自分が読んだマンガから素朴な哲学や思想を形成してきたのでした。人間としてぼくの最も大事な哲学と思想は【自由】と【平等】の時代の実現です。
それは単純で素朴な分、骨となり血となって幼年時代から現在に至るまでのぼくの社会観、世界観を決定付けています。
     2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・1
それでぼくは【自由】と【平等】に反することが人間社会、世界でまかり通って『不自由』と『不平等』が当たり前のように人々の暮らしを圧迫している現実に怒り、憤り、嘆き、反発、反抗して日々を送ってきました。
      2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・2
そして時々は直接、社会の理不尽や政治の暴虐に立ち向かう行動も取ってきました。
若い時代には相当に過激な運動や闘争と呼ばれた出来事にも加わったりしていましたがそれは10代の終り頃から20代初めまでのごく短い期間で終焉しました。
自分では純粋に社会変革に参加したつもりだったことが現実の人間の社会を決して改良する結果に繋がらないことだったと行き詰まっていったん自己を批判、否定するしかありませんでした。
      2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・3
その後も若い頃と同じ精神(自由と平等の希求)は大事にしていますがそのために自分の採る行動はすっかり穏かな(拍子抜けするほど平和的な)ムーブメントへの参加という形になっています。
若者時代のぼく自身から観たら「そんなことで社会の不合理や世界中の戦争の不条理を糺せるわけがない!」と唾棄していた選挙にも行くし市民集会やデモにもたまに出掛けて行きます。
2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・4-1 2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・5-1
昨日8月30日には日本列島津々浦々の町や村や大都市で(日本政府が無理矢理ぼくたち民衆を戦争経済体制へ引きずり込み追い込もうとしている)現在の危機的状況を押し留めようとする抗議集会やデモがたくさん実行された日でした。

東京の国会議事堂前は安倍政権の戦争政策に怒り抗議する12万人の人々で文字通りまさに「埋め尽くされた」そうです。
でもぼくが参加した集会、デモはたった1000人規模の本当に穏やかなものでした。
     2015_08 30_京都で戦争立法反対デモ・6
ぼくは今、改めて〔子どもの頃に大好きで読み耽っていたマンガから読み取ったはずの〕素朴な正義感に従って人間の【自由】と【平等】を侵犯する政治・権力の横暴に抗議することを自分のマンガや音楽と同じ『生命力に裏打ちされた思想、哲学の表現』として自分自身で確認して行こうと思っています。

以上、いつもとちょっと違う内容のブログ『番外編』でした。明日からまたいつもの調子に戻ります。

  ( 2015・8/31 )
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2015
08.30

迎えてくれるもの (blog,258p)

Category: 村の家にて
今回の村の家行きは8月17日夜中から出掛けて先程29日深夜(30日になる寸前)に帰宅するまで12日間の長い滞在になってしまいました。
雨の日が多かったので畑仕事がなかなかできず已む無くダラダラと長逗留になってしまったというわけです。(本当に雨が多かった。その上台風15号の襲来まであった)
           2015_08 18_迎えてくれた畑・1
先ず18日の早朝に村の家へ到着して直ぐに畑と庭を一巡りしました。
前回町の家に帰ってから12日振りに行ったので畑の僅かな野菜たちがどうなっているだろうかと案じていたのです。
キュウリはやはり大きくなり過ぎていました。しかし去年のような豊作ではなくてほんの2,3本太ったのが実っただけでした。(今年は夏前に8本か9本苗を植えて収穫は合計10本も無かった。大不作だった)
       2015_08 18_迎えてくれた畑・2
トマトは去年より大きい実が採れてくれたし味も美味しかったのですが、前回行った時も今回も収穫期を逸してしまったようでせっかく防鳥網を二重にかけて野鳥の食害からは防げたのに熟れ過ぎて落ちていたり食べられなくなっていた分が多くて残念な結果でした。
今のように遠くの町から通って農業の真似事をしている限り(農薬を使ったり温室や水耕栽培のような管理農法でない)現状のような結果になってしまうのは想定の範囲内と納得するしかないでしょうね。
でも来年からはいよいよぼくはこの村の住人になるので野菜ももっとずっとたくさんの種類を育てられるようになるでしょう。
       2015_08 18_迎えてくれた畑・3
畑でぼくを迎えてくれるのは野菜ばかりではありません。というか野菜以外の植物や昆虫や野鳥や正体のはっきりしない獣などの方がずっとすごいのです。
中でも圧倒的な存在は何といっても「雑草!」です。上の写真はたった2週間位ですっかり雑草の海になってしまった『さつま芋畑』です。(こんなんでお芋は収穫出来るだろうか?)

このブログでもよく書いているように子どもの頃からぼくは雑草が心に生い茂っているような素朴で経済効率の良くない生き方を選んで暮らしてきました。そして今や本当に雑草が次から次へと生えてくる土地に居所を定めようとしているわけです。
           2015_08 20_迎えてくれた畑・4
本日最後の写真はご存知ユリの花です。百合は品種が多いらしくて(村の家の庭に毎年勝手に咲いて目を楽しませてくれている)この百合の固有の名前をぼくは知りません。固有の名前は知りませんがユリは今ではめったに会う機会もない幼馴染を思い出す花です。(その人の名前はユリでも百合でもなくて平仮名のゆりと書く)

めったに会うことがない友達ですが一昨年は3回会う機会がありました。それまで20年か30年、いやもっと長く会うことがなかった幼馴染やクラスメートたちと会う機会がたまたま続いたのでした。
でも残念なことにぼくが一度でも会えたら嬉しいと思っている一時期は親友だった人とは会えませんでした。その人の消息を知っている人は誰も居ません。元気で幸せに暮らしていて欲しいといつも思っています。

  ( 2015・8/30 )
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2015
08.23

遺跡発掘現場だ! (blog,257p)

Category: 村の家にて
今回の村の家滞在中のことでした。
いつも行くスーパーへ午後3時前に車で行ったのですが、その途中に2年前には山林原野地だった一角が数軒の建て売り住宅に変わって行った場所がありました。
その直ぐ隣の空き地が何やら地面を掘り返して調査のようなことをやっている様子だったので『これは遺跡(埋蔵文化財)の調査発掘をしているんだな』と思いました。
      2015_08 04_遺跡発掘・1
そこで車を停めてちょっと現場の方へ歩き、念のためにそこにいた年配の作業員の人に「埋蔵文化財の発掘でしょうか?」とお訊きしてみました。するとその通りでした。
      2015_08 04_遺跡発掘・2
それで「ちょっとだけ見学させていただいて何枚か写真を撮らせていただきたいのですが」とお願いしてみました。するとその人があっちの人に言うようにと教えてくれていたところへ首にタオルを巻いたもう少し若い人がやってきました。
今度はその人に同じことをお尋ねしてみると快く了承してくれて、ちょうど3時の休憩時間になったのでその人が作業員の人たちに「休憩しよう!」と声をかけて改めてぼくを誰も居なくなった作業現場へ案内してくれました。
      2015_08 04_遺跡発掘・3
そして手短にこの現場の状況を説明してくれました。
その説明によると、この一帯は大昔からの遺跡がたくさん集中している地域で発掘された遺構や遺物から縄文時代、弥生時代、その後、奈良、平安、鎌倉時代の遺構、遺物などがあちこちで発掘されていて(近世なので遺跡とは言えないが生活跡としては江戸時代まで)延々続いたらしい人間の生活圏が確認されてきているという話でした。
      2015_08 04_遺跡発掘・4
それでこの現場では実際に何が確認出来るのですか?と質問してみると『掘立柱の構造物(多分当時の一般的な竪穴式住居)』が集中しているのが分かっていて、基礎の柱穴が積層して発見されるので『相当長い時代に亘って同じ土地に人が住んでいたらしい』ということ、そして地上部分が(盗掘のためと思われる掘削?)崩壊してしまっていて完全には確定できないが『おそらく古墳の墳丘だろうと推定される場所がある』ということでした。
      2015_08 04_遺跡発掘・5
ぼくは中学一年生の時、社会科クラブというのに入っていて友達と何度かどこかの古い地層が残っている場所へ行って鏃(やじり)などを掘り出して部室へ持ち帰り、先輩と形や石材について調べたり話し合ったりしていました。
その後は民俗学への興味が強くなって古墳時代以降の歴史時代、中でも中世前後からが俄然面白くなっていろいろ読むようになったのですが紀元前からこの地域一帯に人が暮らし続けてきたことを知るとまた有史以前への興味も湧きそうで何だか楽しい気分になりますね。
      2015_08 04_遺跡発掘・6
ご自分の休憩時間を使って親切に現場を案内してくれたその人は役場の文化観光課の方でした。
役場の中で仕事をすることもあるが現場で作業していることが多いということでした。
そして、よかったら次の金曜日にここで現地説明会をやるのでどうぞ参加して下さいと誘っていただいたのですが、その日は町の家へ帰っていろいろ忙しく出掛けている予定だったのでお礼を言って車に戻りました。
それじゃこの説明会用のプリントを持って行って下さいと言われて戴いてきた2枚のリーフが手元にあります。

そんなわけでこの村の土地もなかなか面白そうです。引っ越して来るのが楽しみです。

  ( 2015・8/23 )
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2015
08.21

夏の陶器市・続き (blog,256p)

Category: 町の家にて
ちょっと原稿アップが前後してしまいますが、先日の『陶器市見物に出掛けた話』の続きを書きます。
凡そ千年以上の伝統を持つと言われる日本列島の焼き物の歴史の中で最も早期に今で言う陶器(釉薬を塗って仕上げた焼き物)が作られたのは奈良の飛鳥の地で飛鳥時代のことだったという話です。(1400年位前のこと)

ぼくが暮らしてきたこの町も陶器の一大生産地、消費地でしたがその歴史はせいぜい戦国期・室町時代から安土桃山時代辺りに始まった産業の様で、町の古さから考えるとそれ程古いものでも無さそうです。
とは言えまあざっと500年位の歴史を持つ伝統産業ということはできるので町のあちこちで面白いものに出遭うことが出来ます。
      2015_08 10_陶器市・神社・4
とくにこの町の陶器市会場になっている長い坂道の界隈は記録に残っている確かなところで江戸時代の早々には既にたくさんの焼き物の窯が築かれて相当大量の陶器、磁器が焼かれていたことが知られています。(とくに様々な茶器が有名だった)
ぼくたちは今回その坂道の途中にある神社へ寄ってみました。そこはいわゆる武運の神様、八幡宮でしたがさすがに焼き物の町にあるということでしょう。境内におかしな焼き物が幾つも奉納されていました。
       2015_08 10_陶器市・神社・3
先ず一番上の写真の牛が面白い感じでした。何となく牛というよりガマガエルみたいなボッテリ感です。うん、でもやっぱり本当に牛はこういう格好で座っていたかもしれません。
ただ何となくこの牛は焼き物ではなくて石を削り出して作られた彫刻のようにも感じました。
二枚目の写真はこれは鍾馗(しょうき)さんでしょうかね。だとすると前にいる小さいなんか眷属みたいな二人は一族の者や家来ではなくて【鍾馗に追い払われる疫病神】の像形化された存在かもしれません。
2015_08 10_陶器市・神社・1 2015_08 10_陶器市・神社・2
次のこの2体の動物はなんでしょう?神社で本殿?の左右にいますので普通なら「狛犬」なのですがどうもイヌ属の様でもなさそうです。顔は何というか獅子顔で胴体はペルシャ風というかエジプト風というか、あんまり見ませんね、こういうマッチョな形は。
陶工の技能の到達点なのか陶芸作家の遊びなのか、由来も知らないし説明もありませんでしたので勝手に拝見して勝手に想像して楽しませてもらいました。
あ、今こうしてよくよく写真を見ているともう何十年か昔に日光東照宮へ行った時にキンキラキンのガンギラギン装飾をたくさん見た時に感じたおかしなエネルギーというかパワーを感じるような気もするですね。フム、なかなか良いなあ。
2015_08 10_陶器市・作業場 2015_08 10_陶器市・作業倉
この町の陶器作り、窯業は1970年代に当時の公害防止法の一つ「大気汚染防止法」で薪を焚いて焼き物を焼くことが出来なくなり、いろいろ焼き物作りには条件が厳しくなって街中から南へ直線距離で10キロほど離れた山間地に新しく陶芸団地を作って大規模に移転して今に至っています。

その後この町は陶器の生産地ではなくなりましたが、ギャラリーや商いの部分は全体の何割位かは分かりませんが今も続いていて、窯元があった所には倉や作業場の名残りの建物や焼かれて捨てられた陶器らしいものがビルの間に散見出来ます。(上の左右2枚の写真)

今回ちょうど江戸時代に築かれて44年前の法律で焼き物を焼くことが出来なくなったまま埃にまみれて残された『登り窯』の一つが研究対象として整備中で、一般公開されていたので中へ入って見学させてもらいました。
2015_08 10_陶器市・登り窯・1
ぼくも家人もこういう手仕事に触れることが好きなので若い頃から所々の窯元や窯業地へ遊びに行ったりしています。ぼくは自分のマンガデザインでコーヒーカップや灰皿などを商品として作ったこともありました。(もうずいぶん昔のことになった)
2015_08 10_陶器市・登り窯・2
今ではこの窯のある地域には高速道路が通っていたりマンションやビルがたくさん建っていたりしてもうこの登り窯が火焔を呑んで焼き物を生みだすことは多分永久に無いわけですが、帰りがけに主催者から貰ったレジュメによるとこの窯からはずいぶん膨大な数の日用食器や工芸陶器、陶芸作家たちの作品などが長い年月に亘って焼き上げられていったのだそうです。

こういう物を焼いていたんですよという見本の人形や器や道具類が展示されていました。
奇抜な物もありふれた物も、どれも何とも言えずユーモラスなものでした。
陶器作りの世界はもの凄い厳しい徒弟制度が生きていて下働きの者にはたいへん過酷な肉体労働が強いられてその仕組みが焼き物の商品としての独占生産流通を支えていた期間が長かったと本で読んだことがありますが、そこに並んでいた数々の焼き物からはそうした厳しさは感じられませんでした。
昔の工人たちはもしかすると顔で笑って心で泣いていたのかもしれません。

  ( 2015・8/17記、21,UP )
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2015
08.20

倉庫改造記録帳〔29〕 (blog,255p)

先日、故郷の小学校の同窓生から電話があってお話ししました。先生やクラスメートがぼくの村の家が出来上がったら遊びに来ることを楽しみにしてくれているということでした。
ぼくとしてもぜひ一度『マンガのある農園』が完成次第、いろいろ楽しいことを考えて同窓会を主催してみたいと思います。
その他にも随時、友人知人に遊びに来てもらえるようにしたいと思っています。

ここで今回の村の家滞在中の工事の進行過程(順を追って撮った写真)をUPします。
ギャラリーの工事が段々スピードアップしてきましたのでぼつぼつ完成までの日数をカウントダウンする感じになって来ています。
    2015_08 03_テラス工事・2-1
    2015_08 04_テラス工事・2-2
太いがっしりした構造材(柱や梁や軒桁やモヤ)に垂木(タルキ)が打たれ、屋根の下地が出来上がって行きました。(写真上下)
    2015_08 04_テラス工事・2-3
その上に丁寧に杉板が張られました。その杉板の上にもう一度垂木が揃えて打ち止められて行きます。          ↓         ↓ 
    2015_08 06_テラス工事・2-4
この上に構造合板が張られて屋根張りが完成します。その上に防水紙を貼ったら次は屋根屋さんの金属瓦張り工事の段取りです。(いつになるのかは聞かせてもらわなかった)
    2015_08 06_テラス工事・2+
     (構造合板も張られた。 ↑  ↑ あとは屋根屋さんを待つだけ)
今回ぼくが見ていたのはそこまででした。今度行ったらもうかなり様相が変化していると思いますがどこまで進行しているか楽しみでもあり、地面部分の工事などがどういう段階になっているかが心配でもあります。
    2015_08 06_テラス工事・2-5
というのは写真で見てお分かりの通り、この建物(元・軽量鉄骨農業倉庫)はかなりの傾斜地に建っていますので高い方(北側=この写真の手前側部分)が大雨の降る時には水嵩を増しながら南側へ流れ下ってきます。
そこで相当の雨が流れた場合でも建物への影響が無いように(雨水が建物の地下部分に染み込まないように)軒下から本体のとくに北側地面と西側地面を50,60センチ以上は掘り取ってちょうどベタ基礎を打つようにメッシュを敷いてコンクリート打ち、セメント工事をしっかりやってもらう話をこれまでしてきました。
どうしても建物を取り巻くように雨水を除ける地面作りをしておく必要があります。
その地面の工事がいつ始まるのか、今度行ったら具体的な細かい打ち合わせをしなくちゃと考えています。

  ( 2015・8/20 )
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2015
08.18

お盆の送り火が済み、古本市も終った (blog,254p)

Category: 町の家にて
前回のブログで書いたお盆の送り火の行事が16日夜に終わりました。
市内の町を取り囲む山々にいろいろな文字や船の形に松明(たいまつ)の薪を積み上げて宵の空へ向かって一斉に火が放たれて、しばしその火に見とれてぼくたちは暑さを忘れるのです。
お盆で地上へ里帰りしていた祖先や親しかった人々の霊魂が迷うことなく精霊の世界へ無事に帰って行けるように願い送る行事です。
        2015_08 16_大文字・1
          (写真下方に写った↑↑ピンクの光は交通信号)

ぼくが生まれ育った田舎の町にはこんな大掛かりな送り火の行事はありませんでした。
銘々の家々がそれぞれ松の木を割って手頃な松明を作り、自分の家の前から隣の家との境界までそれぞれの家族の手で夕暮れの後、夜が遅くならない内に火を燈して祖先の精霊に帰る場所を間違わないようにと、お盆の1週間か10日位前から毎日迎え火を焚きました。(最後の日の松明焚きがそのまま送り火になった)
      2015_08 16_大文字・2
そしてお盆が過ぎるとナスやキュウリやニンジンやカボチャで作った野菜の牛や馬やカワラケ(素焼きの小さい食物容器)に盛った実際の食物などのお供え物をワラダ(藁で編んで作った大きいお皿のようなもの)に載せて近くの川原へ持って行き、心を籠めて優しく水の流れに浮かべて流したものでした。
そういう行事はだいたい各家庭の子供たちが手伝って進められた、というより子供たちが主役でもありました。(子供たちはお祭りや年中行事への参加実労を通じて地域共同体の仕組みと伝統を身につけて育った)

この町の送り火の日の16日はぼくの大好きなイベント、6日間続けられた『納涼古本まつり』の最終日になっています。
今年は期間中、土砂降りの雨にも見舞われず毎日たくさんの人出があってなかなか素晴らしい古本市でしたが最終日だけは昼間、午後に相当の雨が降ってしまいました。
お店屋さんは大変だったと思います。お盆の送り火を観に行った帰り、自転車で神社の森の中を抜けて帰宅しました。
      2015_08 16_古本市終了・1
そうしたら広い境内のそこ此処にまだ営業しているような感じでテントが並んでいました。売り物の大事な本の束もそのままになっているテントも多くありました。
最終日で雨も降ってしまったし片付けは途中までにして業者さんたちはみんなで打ち上げの晩さん会にでも行っているのかもしれません。そうであれば楽しいことですね。
      2015_08 16_古本市終了・2
この夜のテントが並ぶ光景は何とも温かみのある思い出を反芻しているような嬉しい心情を与えてくれます。
何だか映画を観ているような気がします。子どもの頃にはたまに観に行く街の映画館もその映画館で上映される3本立て55円(子供料金)の映画そのものもみんなぼくにとっては非日常感覚で見つめるドキドキする世界でした。
      2015_08 16_古本市終了・4
自転車を停めて、まるで昔どこかで見た懐かしい町へ時を遡って還って行くようなそんな気分で歩き回りながらカメラのシャッターを押し続けました。
      2015_08 16_古本市終了・3
長い暑い夏がやっと曲がり角を曲がる時になったようです。
まだ暑い日々はしばらく続きますがもうこれからの暑さは季語でいう【残暑】です。段々涼しい風が吹く方へぼくたちは移動して行くわけです。
やがて村の家の畑がまた忙しくなります。さあ、ぼつぼつまた村の家へ行かなくちゃ。

  ( 2015・8/16記、18UP )
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2015
08.17

古本市の楽しみ・続きの続き (blog,253p)

Category: 町の家にて
古本市はぼくにとっては本当に嬉しい催し、まさにお祭りです。
日頃気に入っていてもなかなか直ぐには買えない本がホイホイと買えるのでついつい楽しくて気が大きくなり、うーん、これは読まなくてもいいかなあという本まで買い込んでしまうこともあります。(しかしそういう本は大体1冊100円!なので普段の生活でペットボトル飲料を1本我慢すればいいだけ)多くは買い込んだ分だけずっと楽しめる世界が増えるのです。

それから古本市は何といっても珍しいものに出遭える機会でもあります。
下の写真は4枚の絵葉書を上下に二枚づつ並べてスキャナーで取り込みました。ぼくたち夫婦の古い年長の友人で画家で絵本作家だった木葉井悦子(きばいえつこ)さんという人の絵です。
家人が最初の日に古本市のお店で見つけて買ってきました。
   IMG 古本市2-6
絵描きの木葉井さんは今から40数年前の若い日にアフリカへ一人旅に出掛けたのですが、当時20歳前後だったぼくと家人は羽田空港へ見送りに行ったのでした。(その時の飛び立ってゆく飛行機の写真が今もぼくたちの手元にある)そして悦子さんはその旅からの帰国後に絵本を描き始めました。
アフリカで受けたカルチャーショックが彼女の新しい表現活動のきっかけになったのでした。最初の絵本は『あかいめのしろヘビ』という作品です。
           IMG_0001・絵本、あかいめのしろヘビ
その後時々彼女が用事でこの町へ来た時ぼくたちが彼女の宿泊先のホテルまでお会いしに行ったりぼくが上京した折に小金井市のご自宅をお訪ねしたりしたものでした。(大きい“クロ”という名前の犬が家族だった)

彼女は今からちょうど20年前の夏に闘病の後、亡くなられました。

しばらく後になって彼女の夫のSさんから何度か長いお電話をいただき、悦子さんの画いた絵や絵本の原稿や様々な画材や作品を一括してぼくたちに譲るから管理してもらえないかと打診され依頼を受けました。
しかし当時のぼくたちには彼女の作品をお預かりする空間的余裕も経済的な能力もなく、たいへんに忸怩たる思いでしたが「どこかのギャラリーか絵本美術館などへご相談なされた方が作品を散逸させずに済むと思います」とお詫びとお断りを申し上げたのでした。(今なら自信を持って引き受けられる。が、もう遅過ぎる)

その後の悦子さんの作品の行方もSさんの消息も分かりません。悦子さんが十分に生きられて作品も描かれていたらと時々家でぼくたちは話をしています。実際、亡くなられる直前まで奈良のある有名寺院の何十枚もの『幡』(ばん=幟のような布織物、荘厳品)に絵を描く仕事が決まっていたのですが残念ながら実現しませんでした。

今、このブログを書き込んでいる我家の居間の壁には悦子さんが描いた楽しい緑色のフクロウの絵の石版画(リトグラフ)が架けてあり、ぼくたち家族は毎日眺めています。
              ↓           ↓ 
      2015_08 16_フクロウ・リトグラフ
いつだったかまだ病気が発見されるよりずっと以前にぼくたちの暮らすこの町の近代美術館へポール・デルボーの展覧会を観に来た時に悦子さんから直接プレゼントしていただいた作品で、ぼくたちはずっと大事に額に入れていつも身近に飾って見ています。

そうした思い出や感慨を受けたり懐かしんだりしながらの古本市ですが、もう20数年続くこのイベントにぼくは少なくとも10数回は通っていると思います。(家人は殆ど全部行っているかもしれない)ぼくの方が7,8回位回数が少ないだろうと思うのはかつてぼくは夏のお盆の頃は殆ど一人で信州へ行って暮していたからです。
        2015_08 12_古本市4-5
ここ数年は主催者の古本研究会がお客用に毎年デザイン違いのイラスト入りの可愛らしい団扇を用意してくれるので暑い中でお店のテント巡りをするのにはたいへん助かります。

この町では真夏の古本市が終るとお盆の送り火行事の日が来ます。
その送り火行事が済む頃から、本当に逃げ場もないほど暑かった町でも朝晩の風がやっと少し涼しさを感じられるようになってきます。もう少しです。

  ( 2015・8/16記、17UP )
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2015
08.16

古本市の楽しみ・続き (blog,252p)

Category: 町の家にて
町の自宅の近所の神社境内の森で開催中の古本市『納涼古本まつり』のご報告続きです。

今年は天候に恵まれて大変いい雰囲気で古本市が続いています。まる6日間続く日程の今日が5日目、明日が最終日になります。人の出も結構多いようです。
      2015_08 14_古本市2-1
      2015_08 14_古本市2-2
ぼくは昨日までに3日通って自分の興味に副った本を探しました。
少しづつあっちこっちのお店で買い足しながら段々重くなる袋をブラ提げて隣から隣の店へと移動して行きます。そうして今年も家へ持ち帰って並べてみれば結構たくさん好きな本を買い込んだものです。

写真がぼくの購入分です。数えてみたら全部で38冊ありました。家人はぼくとは別に観に行って10冊位買ってきましたので今年は合計50冊に数冊足りなかったという感じです。(明日の最終日に行かなければの話)
    2015_08 14_古本市4-3
ぼくが購入する本の値段は1冊100円、3冊200円の文庫本から1冊1,000円、1,500円位までの資料本、画集などまで様々です。だいたい1冊当りの平均値段は500円以下です。(新刊時に定価で買うことを思えば4分の1か5分の1、あるいはもっと安いかもしれない)

古本の流通についてはかつて東京時代出版社で働いていたぼくとしてはいつも複雑な思いです。なぜなら新本が売れてくれないと著作者や出版社にとっては何の利益にもならないので困るわけですが読者の立場からすると古本市は大変ありがたい存在です。
新刊が出た時には相当興味があって読みたい本、欲しい本でも値段が高いので即座に買うわけにはゆかないのが実情です。それが時が経って古本になると「あの時欲しかった本だ」というのを何冊か買っても新本1冊買うお金でお釣りがきたりします。
今回もそういう本が数冊見つかりました。

この古本市ではいろいろな思い出に繋がるような人やモノと巡り合うことがあります。次回はそんなことを書いてみたいと思います。

  ( 2015・8/15・記、8/16,UP )
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2015
08.15

今月二つ目のライブ (blog,251p)

Category: 町の家にて
昨日から書き始めたブログですがもう8月の15日になりました。70年前のこの日に古い軍国主義国家日本が、自国民3百万人以上の戦死、傷病死、被曝死者数と日本が無法に侵略した諸外国で詳細不明の2千万人を超えるとも言われている死亡犠牲者を出した【日本軍による殺人の重い戦争犯罪を重ねた】揚げ句に敗戦、無条件降伏を余儀なくされた日でした。

今日はブログを書き始めるにあたって、戦地で人殺しをせずに自らが殺された兵士たち(心無くても人を殺してしまった兵士は死んでも罪を負っている)と日本軍によって心身にあらゆる被害を受け、殺された全ての国々地域の方々に対してぼくは日本人の一人として心からお詫びと慰霊の気持を表したいと思います。
そして現在日本が戦後憲法を無視して再び戦争への道を急ぐ政治状況に抗議し、自分が採り得る方法で戦争に反対し続ける決意を新たにします。(以上、ぼく個人の8・15決意と宣言)
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さて、ここ一週間、町の家に帰っている間、出掛けるイベントが続いています。

帰宅して翌晩にライブハウスへ行き、日曜には義母の代参で先祖供養に行き、年に一度の陶器市を見物し、町の内外から数十軒の古本屋さんが集まって開催される夏の古本市へ行き、そして一昨夜はたまたま前回と同じライブハウスで行われた知人のライブへ行ってきました。

 (暗い中でフラッシュレスで撮っているので写真が全てピンボケで…皆の衆ゴメーン!)
2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・1 2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・2
3組の対バン(出演バンド同士のこと)で最初は↑≪I DON'T NO≫↑というギター・ボーカルとドラムスのユニット。

次が20数年来の知り合いのギターマン兼ボーカル・こばやん、とドラムス川本くんのユニット≪CRACKS & RABBITS≫ でした。(彼らは本来はベースも居て3ピースのロックバンド)
             ↓            ↓
        2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・3
        2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・4
             ↑            ↑
      (クラックス&ラビッツ、こばやんのギタープレイはカッコいい)

そしてトリバン(最後の演奏バンド)がこの夜のライブ主催者の ≪CHAINS≫ ギター2本にベース、ドラムス、キーボードの5人編成で優しい歌を奏でるバンド。(かつてメジャーデビューもしていた)      ↓            ↓
        2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・5
        2015_08 13_拾得ライブ、3バンド・6
じつはかつてぼくもこの同じライブハウスのステージで、この夜の出演者の一人・こばやん、にリードギターを弾いてもらって楽しいバンドライブを演ったことがありました。(たくさんの友人知人や知らない人も聴きに来てくれて50人近い観客だった。嬉しかった!)

現在改築工事が進行中の村の家が完成して引っ越すまでに(出来れば)若い頃にこの町へ引っ越して来て暮らすようになってから時々雑誌に発表していたぼくの『マンガ』を何作か集めて100ページ程の薄い本を一冊作ろうと思っています。

それに合わせてこれまでたくさん作って折々に歌って来た自分の曲の何分の一かを録音して一枚のCDにしておこうとも思っています。
それで久しぶりに何人かの人々に声をかけさせていただき、助けてくれる人と一緒に演奏・録音できるまで練習して頑張ってみようとしています。先ずぼくが最も弾いてもらいたいギターのこばやんからはOKをもらいました。ドラムスとピアノの人も以前から参加してくれそうな人たちがいます。
あと、ベースマンとブルースハープやヴァイオリン、ホーンセクションもと欲を出せばきりがありませんがそれぞれの方々のご都合に合わせて一曲でも二曲でもご自由に参加していただければありがたいことです。

何だか幾つになってもこんな風に夢ばかり見て暮らしています。
しかし夢を見ている内にたまに夢のような現実を体験することがあるものです。だから人はみんな生きてる限り夢を見続けていいのではないかと思います。

  ( 2015・8/15 )
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2015
08.14

古本市の楽しみ (blog,250p)

Category: 町の家にて
ぼくが住む町では年間3回の大規模な古本市が開催されて来ました。
『春・5月』と『夏・8月』と『秋・10,11月』の3回です。その中の、今がちょうど夏の古本まつりに当っていてその会場はぼくの住む家から歩いて3分の古い大きい神社の境内です。
     (写真に見える道の向うの家の後方、こんもりした森が神社の入り口)
         2015_08 12_下鴨古本まつり・1
余程忙しい用事や日程の外せない仕事が無い限りぼくは毎年この古本まつりへ遊びに行きます。そして行く度に数冊から数十冊の好きな本を探して買って来ます。
    2015_08 12_下鴨古本まつり・2
ぼくが子ども時代を過ごした田舎の古い小さな城下町には古道具屋さんはありましたが古本屋さんは一軒もありませんでした。
それで高校を卒業後に上京して一番嬉しかったのは東京(とくに千代田区神田神保町界隈)には出版社と本屋さんと古本屋さんがたくさんあったことでした。
        2015_08 11_下鴨古本まつり・3
今住む町へ引っ越して来て、この大掛かりで庶民的な古本市が開催されているのを知った時には本当に嬉しかったことを思い出します。
        2015_08 11_下鴨古本まつり・4
参加の古書店はそれぞれテントを張って思い思いにディスプレイして希少本から週刊誌までいろいろ取り揃えて見せてくれています。見物客は若い学生からお年寄りまでたくさんの人々が集ってきます。(初めて来た頃は若者だったぼくも今では年寄りの見物客の一人になった)こういう時に「光陰は矢の如し」というのでしょうね。
        2015_08 11_下鴨古本まつり・5
毎年この一週間は無闇と暑さが厳しかったり局地的豪雨に見舞われたりして参加古書店の方々の苦労は大変なものだと思います。(境内に普段なら「小川」があるのだが去年は大雨でその流れが氾濫してたくさんの古書店の本が水浸しになってしまった) 
    2015_08 12_下鴨古本まつり・7
写真では木立の中で見物するのも涼しげに見えるかもしれませんが何とも暑くてダルイのです。でも歩くからには少しでもたくさんの本を見たいし気に入ったものが見つかれば嬉しいので団扇でパタパタ扇ぎながら夕方5時半の終了時間までぎりぎり粘って観て歩きます。

ぼくは今年は11日、12日の2回行ってちょうど10冊買い込みました。
今日から後半の3日間です。このブログを書きあげてUPしたら一眠りして、今日もこの古本市へ「宝探し」に行く予定です。

  ( 2015・8/14 )
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2015
08.13

真夏の陶器市へ・Ⅰ (blog,249p)

Category: 町の家にて
ぼくが今まで長い年月暮らしてきた町は、大都市ですが古い「物作りの伝統」が生きていたり町のあちこちで昔ながらのスタイルで各種の「市」が開かれていたりお盆行事や祭りが催されたりしています。旅行雑誌やTV番組が言う『古くて新しい町』の元祖のようなところです。

今回も町の家へ帰っている間にそうした「市」が開催されているところへせっせと足を運んでいます。
最初に行ったのは何百年かそれ以上の大昔から続いてきたと言われている『陶器市』です。
この陶器市は日本全国から窯元や陶芸家がたくさん出店・出品して例年たいへんな賑わいをみせていたものでしたが、ぼくはここ10年位行く機会が無くて久し振りに行ってみました。
     2015_08 10_五条坂陶器市・1
そして驚いたのは前回行った時に比べてすごく寂しい感じがしたことでした。
以前は広い幹線道路の両側の広い歩道いっぱいに何百軒も出店が並び溢れんばかりの陶器の数々が積み上げられていてそこ此処で元気な遣り取りの声が騒がしく聞こえているのが当たり前でした。
ところが今回は出店者数が少ないしそぞろ歩きの客の数も非常に少ないし一見してガラガラに空いているという印象を受けました。(この日が数日間続いた市の最終日だったので空いていたのかもしれない)
 2015_08 10_五条坂陶器市・2 2015_08 10_五条坂陶器市・3
今は一生懸命粘土をこねて成形造形して焼き上げて陶器を手作りしてもなかなか売れなくなってしまったと聞いてはいましたが、やはり陶器(とくに食器や生活雑器)は巷の百円ショップなどで電子レンジやオーブンなどの用途に対応した商品が簡単に入手できる時代状況になってしまってもう久しいですから、手工芸で生活することは本当に大変だろうなあと思いながら隅から隅まで長時間歩き回りました。
 2015_08 10_五条坂陶器市・4 2015_08 10_五条坂陶器市・5
ここに掲載した陶芸品は全て一番上の写真に写って下さったご夫婦の方たちの手づくり作品です。(勿論許可をいただいた上で写真を撮らせていただいた。お金があれば10点位は欲しい物があった)
焼成温度はあまり高くはなさそうで全て磁器ではなくて陶器だと思いますが、非常に手触りがよくて大きさ厚さもぼくが好きな感じでした。そして線刻描画やレリーフによる絵付けがそのまま絵本のような雰囲気で童話風の優しい物ばかりでした。
 2015_08 10_五条坂陶器市・6 2015_08 10_五条坂陶器市・7
ぼくは思わず「こういう絵柄の絵もお描きになるんですか?」とお尋ねしたところ、「絵も描いていますが音楽もやっています」というお返事でした。
それですっかりお店の営業のお邪魔をして長く話し込み、ご迷惑をお掛けしてしまったのですが『マンガのある農園』ギャラリーが完成したらいろいろな方に呼び掛けて絵や音楽や集会など楽しいイベントをやりたいのでよろしかったらぜひご参加下さいとお話してこのブログタイトルとアドレスをプリントしただけの簡単なカードをお渡しして来ました。

ぼくが自分でお会いしてお話しできた方々とご縁ができて何か面白いイベントが開催できるようになれば素晴らしいと思います。それからまた歩いていたら個性的な陶器を作っている別の方々にお会いしました。

  ( 2015・8/13 )
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2015
08.11

倉庫改造記録帳〔28〕 (blog,248p)

ギャラリー建物(農業倉庫改造)の正面ヒサシ工事の報告に戻ります。
こうして写真で軒ヒサシを見ると普通の家のヒサシ屋根より随分広い面積をカバーしていることが分かってもらえるかと思います。
     2015_08 03_ギャラリーテラス・1
そのヒサシの軒先を支える梁材の丸太も上の写真で見ると、まるで太い一本の長い木が手前の端から向う端までずっと延びているように見えます。(長さ約12.5メートル)
が、これは2本の杉丸太をちょうど真ん中辺りで左右から突き合わせて繋いであるのです。
      2015_08 02_ギャラリーテラス・2
その繋いである部分はこうなっています。 ↑ ↑(正面中心の柱部分で丸太が継いである)

         2015_08 02_ギャラリーテラス・3
                  ↑  ↑
    (これを建物の壁側から見ると梁の丸太と柱との継ぎ目はこうなっている)

いつも書いていますが今回の建築工事に際して、工程やスケールに関する大まかなプランニングスケッチや間取り図面は何度か修正されながら何枚も作られて来ましたが何分《古い建物の改造計画》であるためにきっちりした設計図や工事内容を指定する図面はありません。
工事進行も工法もこれまで棟梁の現場判断と建築技能に頼り切って(当然ぼくは建築会社チームを信頼して)進めてもらっています。

その結果、当初自分で素人工事をしようと考えていた部分も含めて現在のところぼくの希望は全体としてしっかりと叶えてもらえていて、ほんの幾つかの些細な点を除けば何の不満もありません。というより大いに感謝しています。

いろいろ工事途中でのプランニング変更や会社と棟梁の都合などもあって、どうしても完成までの予定が立ち難い現状になっていますが(最初の完成予定よりだいぶ遅くなっている)ぼくは工事期限の遅れについては「已む無し」と認識しています。
もうここまできたら工事期限をとやかく言ったりするよりしっかりと良い工事をしてもらう方が大事です。そのことは建築会社さんにも棟梁さんにも既にお伝えしてあります。

  ( 2015・8/11 )
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2015
08.09

今月最初のライブ・ミュージック (blog,247p)

町の家へ帰っている間はいつもこれから村の家で始める暮らしの準備を少しづつやっているのですが、同時にこれまでの自分の暮らし方も続けられる部分は続けて行きたいのでいろいろなイベントにも出来るだけ出掛けています。

昨夜ははるばる九州からぼくの好きなシンガーソング・ロックマン!の風太郎さんが親しいライブハウスへやって来ましたので観に聴きに行きました。(ぼくは今回その日程に合わせて村の家から帰ってきた)
         2015_08 07_風太郎ライブ・1
前回彼のライブを観に行ったのはもう10年位前になるかもしれません。初めて観たのはその更に10年位前、多分1990年代の早い時期だったと思います。
当時親しかったM少年やEast Snowmanさんから紹介されて聴いて目の輝きのギラギラ・キラキラ美しいのと唄う歌のオリジナリティーと声の良さ!でファンになったのですが、遠い所の人でなかなか出演情報も伝わってこないのでまだこの20年間位で4回しかライブステージは観ていません。

今まではライブの後、ほんの二言三言しかお話しすることも無かったのですが(だから彼は覚えておられなかった)昨夜は聴衆も少なかったし出演者も楽器片付けなどがスムーズに終ったので結構長くおしゃべりをしてきました。
        2015_08 07_風太郎ライブ・2
昨夜のライブ・イベントのタイトルは『風とサーカス』というもので、出演者は「風太郎」さんと「せいかつサーカス」というバンドの共演でした。(まんまじゃねーか・笑・という感じで両者は元々親しい間柄とのことだった)

ライブが終った後の出演者の方々との会話の中でぼくが今『マンガのある農園』を準備中で今年一杯か遅くとも来年の早い時期には施設が完成することを言うと彼らは「イベントでお呼びすれば」必ず来て歌ってくれるということでした。
先月からぼくもこのブログのアドレスをプリントして自分で手づくりした名刺の大きさのカードを持ち歩くようになったので段々と(というか急に)来てくれそうな方々が増えて来ました。(でもライブイベントをやるためには観客や聴衆が来てくれなければ出来ない)

しかしもう大都市を離れて村の家で自分の終生を過ごすことに決めたのですから焦ることはありません。
先ず何か自分にできることを企画して、ぼくたち自身にとってしっかりした意味があり、なおかつ友人知人やこれから住民としてお付き合いいただくことになる地域の方々とも互いに理解の幅が広げられるような『面白い!楽しい!一癖あるイベント!』でオープニング出来るように可能性を探って行こうと思います。

  ( 2015・8/9 )
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2015
08.07

倉庫改造記録帳〔27〕 (blog,246p)

今回は8月2日から6日(昨夜)帰宅するまで4泊5日の日程で村の家へ行ってきました。
ついにギャラリー・カフェスペース(兼、マンガ関連資料室)の建物増改築工事最後の工程になりました。
   2015_08 02_テラス工事・1
ギャラリーの出入り口ドアのある壁面は真西の方角に向いています。
それで出入り口正面に大きなヒサシ屋根を作ってもらうことにしていました。その工事がいよいよ始まりました。これだけ大きいヒサシ屋根が付いていれば連日暑い西日が差し込んで来ても毎年幾つもの台風の強い雨風の影響を受けるこの土地でも建物本体の内側まで太陽が照りつけたり大雨が降り込んだりする心配はなくなるでしょう。
     2015_08 02_テラス工事・2
現在、工事の実行に関しては建築会社からの指示で大工棟梁のTさんとぼくが相談しながら進めている状態です。といってもぼくが造作をしているわけではありませんから実際の工事については全て棟梁にお任せする形になっています。
ぼくは構造的に心配だと思ったり最終的にこんな風に仕上げてもらえたらといった疑問や心配や希望を直接棟梁に伝えて話し合ってはいますが、材料の選定や工法などについては既にぼくの素人考えなどとても及ばない段階にあってぼくはただ「あー、こういう風になったんだ!」と驚き喜んでいるばかりです。
     2015_08 02_テラス工事・3
今回のヒサシ延長工事に使われた材木は当初のぼくの案では杉の木の育成途中で樹相を整えるために間引きされる間伐材丸太で組み上げてもらうだけでもいいと思って話したところ、間伐材では細過ぎてとても建築資材として一定のスケールと強度が確保できないことと、思うほど簡単に直ぐに集められる物でもないことをお聞きして結局またお任せしてぼくはできあがりを楽しみにしていたのでした。

今回現場へ行って最初に見た瞬間の印象では「あれっ?!正面の太い軒梁の下の柱が一本足りないのかな?」というのが正直な感想でした。

正面左半分の中間位置に太い軒垂木?があってその下に支え柱が無いぞと思ったのです。でもその代わりに中央部分のヒサシの構造材が無い場所に一本支柱があってこれはなかなか面白いデザインなんだなと感心しました。
何度も眺めている内に、これで強度的に構造上問題がなければ完全なシンメトリーよりずっとオリジナリティーが在っていいようにも思えて来ました。さすが現場で工夫する棟梁の仕事!と思えるのです。
将来誰かにこの部分が面白いねえ、とか言われたら「棟梁とぼくが相談して決めたんだ!」と、少し脚色して話そうかなあ(^-^)でもそれはズルイかなあ、、、



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2015
08.05

村の家への往復路 (blog,245p)

今回町の家へ帰って来ていた間にいろいろ用事がありましたがだいたいどれも何とかクリア―したり目途がついたりして、ぼつぼつまた村の家へ行かなくちゃと思います。

ところでぼくが村の家と町の家を往復するのはいつも自分で車を運転しているわけですが、乗っている自動車はもう購入後13年目になる古い自家用車です。(もうじき、9月か10月位には走行距離が10万キロになりそう)
買った当初からあまり調子がいい車ではなくて、車体はあちこち小さな傷だらけでそのほぼ98%がスーパーの駐車場で知らない間に誰かの車に掠られたもの、新車時に一度信号待ちで止まっていて後ろから来た前方無視のミニバイク(原チャリ)に突っ込まれてバックドアを壊されているし、アクセルワイヤーが突然切れたり高速道路でタイヤパンク(バースト)したりとすごい体験をしながらの13年というわけですがどうやら車というものはそういうものでもあるらしいのです。
         2015_07 11_村の家への往復路・1
ただこの車は今までぼくが運転した車の中では運転し易く、一定長距離の走行をする場合には普通エンジンの割にはかなり燃費もいいのでそれは助かります。(現在でも最高18,6km/L走る!)

町の家と村の家は地図の上で道路を無視して定規で直線を引いて距離を算定すると約100キロ、高速道路利用ではコースが大きく迂回しているために150キロを少し超えます。そしてこの頃ぼくが主として走っている一般国道と県道を乗り継いで行くと131キロ強の距離となります。

往復する時刻は決めていませんので朝走ったり夜走ったりマチマチで凡そ中間地点のエリアに小さいけれど山脈と呼ばれる山々が連なり長い峠道が続きその向こうとこちら側に二ヶ所の『道の駅』があります。
ぼくは時々そのどちらかで小休止して草臥れを解きほぐすのですが、今回7月11日の行き掛けに町の家から見て峠を越えた向う側にある道の駅へ停車して夜食に菓子パンを一つ食べて缶コーヒーを飲みながら、ふ、と見ると旅距離計がたまたま77,7kmでした。普段はこの辺りでだいたい75km前後のはずなのですが、この日は町の家を出発する時点でちょっと遠回りして生協マーケットへ寄ってお菓子と飲料を買って行ったのでいつもと距離が違ったのでした。
         2015_07 11_村の家への往復路・2
今、車の走行距離系は合計カウントが約9万8千km辺りです。もし見落とさなかったら99,999km時点の距離計の写真も撮ってみようかなと思っています。

さて、もうきっと前回台風11号の影響を受けて雨にぬれたり風に吹かれたりしながら(それなりに苦労して)畑の雑草を引いたり少し作物の世話をしたことが嘘のように再び畑は雑草に覆われていたり作物が成長し過ぎて食べられないものになっていたりするだろうと思います。
もうちょっと準備が整い次第、また村の家へ行ってきます。

  ( 2015・8/5 )
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2015
08.03

村の家から帰る日に (blog,244p)

Category: 畑を味わう
今回の村の家滞在の最終日7月21日はとにかく草引き(雑草刈り)をできるだけやって、次に来たときに新しい畝を作って種を蒔いたり苗を植えたりするための支度がスムーズに出来るようにしておこうとしました。

それと町の家へ帰ったら少し用事が重なるのでもしかすると間が空いて1週間以上も畑へ戻ってこられないかもしれないと思ったのでギリギリ食べられそうな野菜は収穫して持ち帰ろうと考えていました。
    2015_07 21_7月21日の収穫・1
ピーマン、しし唐、大根、これらは大きくはありませんがちゃんと食卓へ上ってくれるはずだと思いました。(大根はもう籐が経つ限界だった。全部引き抜いた)
ニンジンは度々ご報告の通りとても一本だけでは独立した野菜としての用途には適いませんが、それでもせっかく種を蒔き、せっかくここまで葉っぱも伸びて来てくれた物なので畑で枯らせてしまったり腐らせてしまうのは勿体無いし口惜しいので取敢えずもの凄い密度で生えている畝の10分の一か15分の一だけ掘り起こして抜いてきました。
         2015_07 23_7月21日の収穫・2
このニンジンの味が素晴らしく美味しいのは既に生で食べてみて自分で知っています。ただ本当に小さいのでどうやって調理に供することが出来るかがぼくには思案の他でした。

持ち帰ったニンジンを見た家人はそれを躊躇なく全部洗って皮を剥いて(合計分量はごく僅か)可愛いジャムの空き瓶に詰めて『無農薬半有機栽培ニンジンのピクルス』を作ってくれました。
暑さ厳しいこの季節にピッタリのピクルスは冷蔵庫の中で冷たく冷えていて家族は時々これをつまんで暑気払いに食べています。(もうこの写真の半分しかなくなっている)

  ( 2015・8/3 )
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2015
08.01

雑草引きに明け暮れる (blog,243p)

Category: 畑のあれこれ
台風に前後して少しでも天気が回復すれば畑へ出ました。
ぼくには野良仕事がおもしろいのです。この時期、畑作業のメインは何と言っても雑草引きです。でも真昼は日差しがきつくて長時間は野良仕事ができません。夕方には猛烈な数の蚊が出て来ます。蚊取り線香必須で畑にいます。

雑草は1ヶ月以上放置すると地上に長く伸びて茎は太く硬くなり、2ヶ月3ヶ月と手を加えないまま置くと『野生の根っこ』はすっかり地下に蔓延(はびこ)って根網を形成し土を大量に抱き込んで大変処置し難い強敵に育ちますが、若い内なら野草も比較的簡単に鎌でも切れるし手で直接根っこを引き抜くことも出来るのです。
      2015_07 21_しし唐、里芋の草引き・1
今回の村の家滞在中最後の雑草引きは「しし唐とピーマン」が一緒に植えてある畝(写真上)と「里芋」を植えた2本の畝の世話でした。(上の写真向こう側に里芋の大きい葉っぱが見えて、下の写真はもう一つ別の畝の里芋。両方とも今のところ順調に育ってくれている)
        2015_07 21_しし唐、里芋の草引き・2
草刈りをする前に少量でしたがまた収穫しました。やっと少し大きいトマトも2個だけ採れました。(食べた!やっぱりむっちゃ美味かった!)
お金で買える幸せと買えない幸せの話がよく話題になりますよね。
こうして畑で働いて自分で育てたわずかな野菜などを収穫して味わうぼくの感じる幸せなんかはお金さえあればいくらでも簡単に手に入る幸せの様でもあり、そうではなくてこれと同じ幸せはここでしか感じることが出来ないものだとも思えます。
         2015_07 14_しし唐、里芋草引き・3
幸せは人間にとっての絶対的価値観ではないし数値基準があるわけでもありません。(それは不幸についても同じかもしれないけれど)少なくとも幸せは全ての人間が等しく享受できる感覚でなければならないと思います。
どういうことかと言うと【誰かが他の誰かの幸せになる権利を奪って】自分や自分たちだけが幸せを得たり幸せを独占してはならないものだと考えるのです。

人間性というものは全ての人々が等しく持っているべきもので人間性を失えば病気か犯罪者にしかなれないものだと思います。
今、日本は精神の病気の首相が政権を私物化して憲法を無視して犯罪者と化し、日本列島とその住民であるぼくたち庶民を無理矢理戦争の道へ追い込もうとしています。

ぼくはこれから畑の作物を育てて身近な方々にも一緒に味わって楽しんでもらおうと思っているので戦争への動きなんか絶対許せませんし、自分の子どもたちの世代や将来生まれてくるであろう孫たちの世代に戦争の不条理を味あわせたり見せたりするのはご免です。それが人間として当たり前の理性であり感情であると思っています。
それで町ではたまにデモに行ったり署名に応じたりしていますが、村の家に引っ越したら何か人間の自由のための行動をしようと心に決めています。

  ( 2015・8/1 )
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