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2015
09.30

母屋北側の倉庫解体終了 (blog,274p)

『マンガのある農園』完成への道程(工事の過程)がこのところ少し迷走気味になっている感じです。今回の滞在中は台風や雨の影響で合併浄化槽が埋設・設置できないことが工事の遅延の原因になっていました。

ギャラリーの建物が完成してくれないと母屋から荷物を移動するスペースが確保できず、その分余計に母屋の改築工事開始が遅れてしまいます。さすがにノンビリ屋のぼくもこの頃ではかなり焦りが出て来ていますがどうにもしようが無い状態です。

さて、今回行って目にした一番大きい変化は母屋の北側(山側)に建っていた重量鉄骨の大きい倉庫2棟(併せ棟)が解体撤去されていたことでした。
     2014_09 10_北側倉庫解体・1
上の写真は2年前にこの家を譲り受けた時、母屋北側空間をすっかり塞いで埋める形で建っていた倉庫の姿です。

当初の改築計画ではこの大きい倉庫を使って室内空間の大きいギャラリーとカフェを作って貰おうとしていたのですが、よくよく考えている内にどうもこの一番奥まった場所でまるで閉じ籠るような毎日を送るのはせっかくの環境、ロケーションと自分の生涯が勿体無いと思い直して面積、容積は小さくなるけれど表の野外の風景が見える軽量鉄骨の農業倉庫の方を改築して使うことにしたのでした。
     2015_08 29_北側倉庫解体・2
この上の写真が前回8月末に村の家から町へ帰る前の段階でした。(いよいよ解体が始まって太い大きい重量鉄骨の骨組みだけになっていた)
     2015_09 11_北側倉庫解体・3
それが今回行くとこの上、下2枚の写真のようにすっかり建物が取り払われてかなり広い空き地が出現していました。この選択は正解だったと思います。
なぜなら母屋の周囲に空間を作った方が風通しがよくなって湿気が減り、建物の保全のためにもそこに住むぼくたち自身の健康にも今後いい影響があるでしょう。何より日常的に家の中へ明るさが確保できることになります。
     2015_09 11_北側倉庫解体・4
空き地となって増えた空間は母屋の軒先から裏山まで約10メートル位の奥行きがありますが真ん中5メートルあたりで1メートル以上の高い段差が出来ています。(ブロックが積んである地点が高低差の境界線になっている)
近日中に家に近い低い方の空地の隅にコンテナを一台『物置き』として設置する予定ですがそれ以外の建物などは作らないで広い空き地のままにしておこうと思います。
何か野外工作などをやるスペースにしてもいいし、暮らし始めてからゆっくり考えることにしましょう。

  ( 2015・9/30 )
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2015
09.28

ホワイトサブマリン?! (blog,273p)

ちょっとしばらく『マンガのある農園』についての記事が遠のいてしまいました。
工事の進捗状況が滞りがちなのであまり明るい現場ルポが書けない状況だったからです。

今回9月中旬の11日間の滞在初日は台風18号の雨の影響で大きい作業が中断している光景を目撃するところから始まりました。
    2015_09 11_合併浄化槽・1
村の家へ到着すると三つある畑の内、一番小さい畑(表道路に面した20坪位の現在は空き地にしてある場所)の半分程が、土が掘り削られたり重機と合併浄化槽本体が置かれて作業が中断された状態になっていました。
写真に見える白い大きいサブマリーン(潜水艦)のような物が合併浄化槽本体、つまり汚水の溜池であり浄化作業をするためのバイオ・ワークタンクです。
大きさはだいたい断面の縦横がそれぞれ2メートル前後で長さが3メートル前後かと思います。これをすっぽり土中に埋めてこれからギャラリー・カフェで使う上下水道の全ての汚水排水を衛生バイオ処理して浄水化して自然環境の中へ還元して行く装置です。
    2015_09 11_合併浄化槽・2
この装置が保障する生活雑排水の処理能力は毎日14人の人間がこの建物で使う全ての上下排水が年間を通じて無理なくきれいな水に還元される容積であるとのことです。
その「毎日14人の人々が利用する」と看做された根拠は建物内の【接客に供する面積】というものが実測の上で算出認定され食品衛生法の定めるところによって係数値として適用された数字の合計算定値なのです。
    2015_09 14_合併浄化槽・3
実際にはおそらく1日平均ぼくたち主催者を含めてもほんの数人の利用者しかないだろうと思います。ギャラリー・カフェを開館するのは毎週末、金、土、日、の3日間だけの予定だし、その日の気象の条件やぼくたちに別の用事や予定があれば休館することもあるでしょうから年間の開館日数は多分150日もないだろうと思います。
だから本当なら法律の定める大きさの浄化施設の半分のスケールで十分やって行けると思えるのですが法律は線引きしかできないのでこの建物が集客施設である限りは法律をクリアーするしかありません。
    2015_09 14_合併浄化槽・5
決められた法に則って施設を作るしかなければ後は粛々と工事が進むのを待つしかないのですが、畑の水は何日経っても引きません。地面が一定乾いてくれなければ中身が空っぽで浮力の大きい「まるで潜水艦の様なタンク」を土中深く埋めることはできません。(写真に見える茶色い鉄板の囲いの内側が浄化槽タンクを埋設するスペース)

ぼくが行って3,4日位経って少し水が引いてきたかなと思えた頃にまた本降りの雨が2日間、ほぼ48時間ぶっ通しで降り続き、現場はまたすっかり池のような状態になってしまいました。

      2015_09 11_合併浄化槽・4
畑の土が軟らかくて雨に弱いのは勿論ですが、恐ろしいのはギャラリー建物本体の地下の土がたっぷり水分を吸って崩れて削り落ちて建物の土台地盤が一気に脆弱になってしまうことです。
それは何としても防がなければなりません。
ぼくが行った時には実際にそうした状況が部分的に起きていて土嚢を積んで応急処置がしてありましたが、21日に一旦町の家へ帰ってくるまで現場はそのままに放置されていましたので心配で仕方が無かったのですがその後どうなったことでしょうかね。

今回は町の家でもう幾つか大事な用事があるので、明日、明後日でその用件が片付き次第また急いで村の家へ行きたいと思っています。

  ( 2015・9/28 )
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2015
09.26

戦争する国になるのはご免だ (blog,272p)

Category: 町の家にて
〔 たぶん今日のブログが、今までで最も長い書き込みになってしまったかと思います。読み進むのが面倒になりましたらどうぞ途中で他のネットへサーフィンして下さいね。よろしく!〕

20世紀の天才芸術家と言われたパブロ・ピカソの有名なエピソードがあります。
この話はもう今から75年も前のことになりますが、ドイツのアドルフ・ヒットラー率いる「ナチス軍国主義政権」がユダヤ人撲滅(民族浄化原理主義)を戦闘理由にして全ヨーロッパを恐怖と混乱に巻き込んだ第二次世界大戦ドイツ占領下のフランス、パリでのことです。
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当時既に世界的に有名であった画家のパブロ・ピカソはある日、アトリエに踏み込んできたナチスドイツ軍から、彼の描いた『ゲルニカ』(ナチス軍による1937年のスペイン・ゲルニカ無差別空爆を非難する作品と言われている)について「これはあなたの仕業ですな!?」と詰問されました。(その時既にアトリエにその作品はなく、アメリカ・ニューヨーク近代美術館が保管または米国内を巡回展示中だった)
問われたピカソは毅然として「それはあなた方の仕業だ!」と言い返したそうです。

ナチスはピカソがヒットラーやスペインの独裁者フランコに抗議し非難する作品を描いた行為を(お前の仕業だな!?)と追及したのでしたが、ピカソはその作品に描かれた無差別爆撃の悲惨な被害結果そのものについて【それはお前たちナチスのやった犯罪行為だ!】と指摘し糾弾したというわけです。
         No War & Peace Music Fes in 左京・2-1
ただ、この話はあくまで1945年5月にナチスドイツが完全敗北し消滅した後のフランス解放後のエピソードで、どこまでが事実なのかぼくには分かりません。
100%事実であれば大変な勇気と言動であり彼の栄光の輝きは永遠不滅を約束されるべきですし、少なくとも描かれた作品に籠められたピカソの意志と行為をクローズアップして讃えることで独裁国家、軍国主義の犯した罪を弾劾する大いなる効果が果されただろうとは思えます。こういう文学的思想的表現については【詩と真実】に属する論理ですが。

ピカソは1973年に亡くなりました。(しかしピカソの母国スペインではその2年後の1975年にフランコ総統が死亡するまで独裁政権国家が続いた。ピカソは『ゲルニカ』がフランコ独裁政権下のスペインで保管されることを拒否していたので生涯自分の祖国で『ゲルニカ』に対面することはなかった)

文芸や美術や音楽、映画や演劇などの表現活動が【真実や事実ではない宣伝やウソを伝えたり広めたりする】道具にされる場合にはぼくらはそれをプロパガンダと呼んで注意と警戒と批判を以て対処する必要があります。
一方で人間の真摯な訴えや要求や願いを籠めた美術や音楽、文芸、芸能には出来るだけ多くの触れ得る機会が欲しいと思います。

 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-2 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-3 
9月22日、ぼくの住む都市のある施設を会場にしてたくさんの出演者と講演者による『反戦平和音楽フェスティバル』が開催されたので行ってきました。

主催者の開会挨拶に引き続いて最初のシンガーは前日の夜にライブハウスで聴いたばかりの『中川五郎さん』でした。(写真上・左)
彼は15日、16日、17日と3日間連日、東京で国会前の『戦争法案反対集会』会場で歌い、20日はここの隣の県にある「 I 吹山」の麓で開催された『 I 吹山音楽祭』に出演して21日夜にはぼくが観たライブハウスのステージがあって、この日22日は昼間この会場で演奏して夜はこの町から数十キロ離れた隣の大都市の外れにある町へ行ってライブ公演をするというお話でした。
長年に亘ってこうしたハードスケジュールで歌い演奏し飛び歩く暮らしを続けているのは大変な精神力と体力の要る生き方に違いありません。しかも歌には精いっぱいのメッセージを籠めているのですから適当ないい加減な心構えではステージに立てません。
そこに真実の人間味がなければやりきれるものではないだろうと思うし実際いつ聴いても彼の歌、パフォーマンスには非常に強い人間解放の要求と願いを感じます。

そうした人間解放の願いと要求という意味では在日韓国人の『裵梨花(ペイファ)さん』(上の写真・右)ぼくは初めて拝見しましたがこの方の韓国舞踊にもそういう気持ちが込められていると伺いました。東京から参加されたダンサー・シンガーの息子さんのパフォーマンスもよかったのですが、ブログのページ当り容量の関係で写真が載せられませんでした。

 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-11 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-10
ミュージシャンや踊りの方々の歌と演奏の間に直接『反戦平和』メッセージを発するためにステージに立たれた各分野の方々が居られました。

先ず上の写真・左はフリーライターで反原発活動家の『守田敏也さん』です。お名前のnet検索で彼の数々の活動内容と経歴がよく分かります。ぼくはこの方と直接の知り合いではありませんがじつは2011・3・11以降、ブログ発信されたご意見に対してコメントして何度か遣り取りをしたことがあったのでこの日初めて直接ご挨拶を交わしました。

同じく上の写真右側の人は日本で初の宇宙飛行士『秋山豊寛さん』です。
なぜだか政府は日本人最初の宇宙飛行士は毛利衛氏だと記録に残したがっている(誰が最初だっていいじゃないかとぼくは思う)が実際の最初の宇宙飛行士は紛れもなくこちらの秋山さんなのです(1990年12月2日打ち上げの「ソユーズTM11」に搭乗)
ぼくが思うには「科学技術庁がアメリカの宇宙船で行く手はずで公認した毛利さんより先に民間人の秋山さんがソ連の船で宇宙へ行っちゃったのが政府としては気に入らないんだろうな」というところですが、彼は宇宙から無事に帰還して職場(TBS放送)へ復帰して退職後、福島でシイタケ栽培農家になり、原発放射能拡散事件(福島第一原発事故)で被曝して農業を断念
自ら福島難民と名乗り、現在は大学の教員で反原発活動でも知られています。

こうして自分の暮らしをかけて日常的に【原発を無くそう!】という活動をしている方々はごくあたり前の平和な社会を希求している人々で、昨今の安倍政権が狂信的にがむしゃらに押し進めて来た戦争法案(安保法制)に対しても強い憤りと反対の意思表示をしています。
それで【戦争法案が国会でデタラメな採決によって成立しようがそんな暴挙は許さないぞ!】というメッセージを伝えるためにこの日はご両人とも主催者『戦争をさせない1000人委員会』の一人として参加したということでした。

      2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-5
一人でギターを弾き、歌う出演者が多かった中でジャグバンドも2組出ていました。上の写真はその一つ『おもちゃ楽団さん』なんでもこうした市民運動の中から生まれ出て来たバンドなのだそうです。
本当にたくさんの出演者が入れ替わり立ち替わりステージに立ち歌い、話し、訴えて、自分の出番が終っても普通のライブショーの時のように楽屋へ引っ込んだり退出したりせず、聴衆の中の一人になっておられました。

 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-4 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-6
次の方(上の写真・左)のお名前は『米澤鐡志さん』です。
12歳の時に広島で(爆心地から750メートルの近距離を走行中の満員電車の中で)被曝して地獄のような光景を潜り抜けて同乗者中たった一人だけ生存し生き延びてこられた過酷な体験、人生経験を以て【戦争反対の語り部】になって生涯を送って来られた方です。

その右側の写真のお二人はここ数年あちこちのライブ会場で時々お会いしている『長野たかしさん&森川あやこさん』(ご夫妻)です。長野たかしさんは古くからのフォークソングが好きな人たちにはおなじみの名前だと思います。40数年前の日本のフォークソングの黎明期には彼のいた『五つの赤い風船』と言うバンドは大スターでした。(現在の同名バンドは何度かの再編成をして変わっている)
彼が数年前から再びライブ活動を始めたのは原発問題やどう見ても戦争へ向かっているとしか見えない今の社会、政治状況に「じっとしていられない気持ちになったから」と2年程前にお聞きしました。(普段はご夫妻で子どもたちのための人形劇団をやっておられる)

 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-9 2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-8
そして上の写真・左のギターを弾いて歌っている人は一人バンド『ジェロニモ・レーベル(ヒデヨビッチ上杉)さん』です。彼とは直接親しく会話をしたことはなかったのですが、10年以上前から何度も出合ったりすれ違ったりして来た人で、今までしゃべらなかったのが不思議な程あちこちのライブ会場や(最近ではデモや集会でも)お互いに姿を認めていました。そして今回初めてちゃんと挨拶を交わして会話が弾みました。
写真の中で座って太鼓を叩いている人はいずみ君と紹介されていましたがぼくは初めて見るミュージシャンでした。

それから右側の写真に写っている金髪ロン毛の人は『ジョセフさん』彼とは町のビルの地下にあるライブハウスで2度ほど遭っていて一回はぼくが英語の曲を歌った後「自分が働いているアイリッシュ・パブへ歌いに来ないか」と誘ってくれたことがあったけれどぼくは村の家へ行く予定だったのでパブへ歌いには行けませんでした。
このステージで彼が歌ったラストの曲はボブ・ディランの最初期の名曲『The Time They are A Changin'』(時代は変わる)でした。
それは<<♪♪若い人たちが已むに止まれず行動を起こすのを、応援してやってくれ、一緒に行動することが出来ないのならせめて邪魔をしないでいてくれ、今、頂点にいて偉いと思っている連中もやがてはドン尻になることもあるんだ。そうさ今や時代は変わりつつあるんだから♪♪>> と言う曲です。ぼくも高校生の頃から『Blowing in The Wind』(風に吹かれて)とともによく口ずさんだ曲でした。
            2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-12
さて段々お終いが近付きました。本当はもう数人出演者があったのですがこのブログにアップ出来る写真容量が限界なので残念ですが数人分だけ未掲載にさせてもらいます。

上の写真の人は『砂布均さん』一応(スナフヒトシ)と読むのですが当然「スナフキン」以外の何者でもありません。この人は20数年来のライブハウス仲間、友達シンガーです。最近は彼とも時々お互いにデモ参加者の一人として遭うことがあります。いい歌唄いです(この日も存在感があってよかった)
それから彼のギターはもの凄くいい音がします。素晴らしいギターです。
ぼくが今までライブハウスで聴いてきたアコースティック・ギターの中ではダントツ・No,1 のいい音です。うらやましい楽器です。けれどもそれは彼が弾くからいい音なので、どんなにいい楽器でも弾く人と合っていなければいい音が出るとは限りません。
まあしかしこのギターは本当に素晴らしい。(値段も今じゃ高くて簡単には買えない。よく彼が若い頃に思い切ってこのギターを買ったものだと感心する)
      2015_09 22_No War & Peace Music Fes 2-13
スナフさんの次に『大城敏信さん』というオキナワン・ミュージック弾き語りの方が会場を和やかに湧かせてくれた後、フィナーレは『満月兄弟さん』というジャグバンドが無国籍チンドン系ミュージックで会場を踊り歌い空間にして聴衆も出演者も一緒になって楽しみながら終演となりました。

昼の2時過ぎに始まって終ったのは8時過ぎだったでしょうか、丸6時間位の長時間のライブ・ミュージック・フェスだったことになります。
この日の主催者は上にも書きましたが『戦争をさせない1000人委員会』
『 No Base!沖縄とつながるK町の会』と言うどちらも一般市民の団体。
それと協力が今をときめく『 SEALDs(KANSAI)』でした。

ぼくはこのブログでもいつも書いているように、普通に生れて育って働いて人間として自由で平等で平和な社会で多くの人たちと仲良く生きてゆきたいと願っています。
そのためにたくさんのことを経験しながら自分の夢を実現したいと思ってこの社会の片隅で自分なりに努力もして働き、伴侶と出会い子どもを育て、暮らしてきました。

人と人が普通に付き合って普通に生きて生涯を送ることが大事なことだと思っていますので、その大切なことを根底から押し潰したり奪い盗ろうという政治や権力の横暴に対しては自分の生き方をかけて抗議し抵抗して人間の人間らしい世界を守ろうと決意しています。
けれども若かった頃のように無駄な苦しみの中へ自分の身を置こうとは思わなくなりました。
ぼくはもうずいぶん歳をとってきましたが、今でもなお新しい知り合いが増え世界が広がり知識も深まっていることを確認し続ける日々です。

マンガ!音楽!野良作業!!日常を楽しみながらその交歓の中に喜びも怒りも感受し表現する面白い人生を過ごして行こうと思っています。

  ( 2015・9/26 )
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2015
09.23

昼まで村の家、夜には町の家 (blog,271p)

9月10日深夜(11日未明)から村の家へ向かいました。帰宅したのが21日の夕方になりましたので今回も11日間の長い滞在になりました。
出掛ける時には17日か18日頃には町の家へ戻るつもりでしたが途中13日の午前中に強い雨が降ったり、16日17日丸二昼夜降り続いた雨のために畑が雨水を吸い過ぎて土が乾かず畑作業が遅れてその分滞在が長引いてしまったのです。(畑仕事は雨が止んだらすぐに再開できるものではなくて、ある程度土が乾いてくれないとベチャベチャの泥土は長靴にも鍬や鋤にも耕運機のローター刃にも重くべッタリくっ付いてしまって作業できない)
ともあれ18日、19日にはよく晴れて、18日夕方から積極的に野良仕事に励んだけれど土作りの工程は段々ズレて遅れて予定していた作業を全部終了するのには21日の午前中一杯掛りました。
       2015_09 21_9月21日帰宅・1
そしてちょっと一休みしてちょうどお昼時刻に出発して帰路につきました。
村の家近くの田んぼの水路の土手に300メートル位の長さに亘って彼岸花が咲いているのがとてもきれいです。

その田んぼの向こうには中小の建築会社や工務店が建てて販売する住宅団地がいくつも出来ています。ぼくたちが移り住む決心をした村の家から幹線道路へ出るまでの中間、家から700、800メートルの距離にそれらの家々が並んでいます。
数十軒のそうした家々の中の10軒位はぼくたちが元の地主さんから村の家を譲り受けた後のこの2年数カ月間に完成して人々が住み始めた家です。
       2015_09 21_9月21日帰宅・2
今はこうして他所の田んぼを眺め、畑を耕し「勝手に農業見習い」生活を楽しんでいますが、10年か15年後には(世の中が平和であればですが)ぼくたちの家の周りまで新しい住宅が立ち並ぶような変化が起こるかもしれません。
そうなってしまうとせっかく大都市の生活に区切りをつけて農村部へ移住する意味が半減してしまいますが、まあ多分ぼくの寿命は今後15年も20年も先までは続かないでしょう。

131キロの走行距離を4時間弱かかって運転して帰宅し、遅い昼ご飯を食べてネットで確認すると今夜のライブに行けそうだと分かりましたので(間に合えば行きますと予約を入れてあった)慌てて身支度をして自転車に乗って行こうとしたら後ろのタイヤがパンク?!
うわぁ…こんな時に、と思いましたがちょうど娘の自転車があったのでそれを借りてよく行くライブハウスへ出掛けました。

今夜のライブは還暦過ぎても若い頃からの熱意を忘れず捨てずにプロテストソングを唄い続けている3人のフォークシンガーの共演です。(何を隠そうぼくも彼らとほぼ同世代!)
        2015_09 21_9月21日帰宅・3
                 ↑ 北村謙さん ↑

        2015_09 21_9月21日帰宅・4
                ↑ いとうたかおさん ↑

        2015_09 21_9月21日帰宅・5
                ↑ 中川五郎さん ↑

       2015_09 21_9月21日帰宅・6
最初に一曲、3人で演奏してその後(年の若い順にと北村氏が言いながら)北村謙、いとうたかお、中川五郎、それぞれが数曲づつソロで歌い、後半にまた数曲を3人で演奏し歌うステージでした。

今回、村の家滞在中の9月17日に日本の国会(参議院委員会審議)でついに『戦争法案(安保関連法案)』が強行採決され、日本政府自身の手で『法の基の法』である日本国憲法の非戦条項が勝手に破棄されるまさしく憲法違反の異常事態(国家犯罪)が発生しました。(参議院本会議強行採決は19日未明)

日本国憲法を遵守できない日本国政府・安倍晋三政権は立法府・政治組織ではなく下劣な犯罪者集団になったということです。やがていつの日か必ず彼らは弾劾され罪を償わされる日が来るでしょう。ぼくたちは憲法違反の政令や法律を守る必要はありません。
      2015_09 21_9月21日帰宅・7
ぼくはもう老人の入口にいます。けれども自分の人生が終る瞬間まで日本国憲法が掲げている【自由と平等と平和】の理想の実現を『人間の権利』として希求して生きて行く決心をしています。

ぼくの大好きなマンガも学問も造形も音楽も、全ての創造表現は【人間の自由と平等と平和】の理想と思想の社会的実現が『究極の到達世界』であることを共通の認識とするものです。
だから当然、その理想を踏みにじる者や権力に対しては抗議と抵抗と反逆をします。

21日夜、街の小さなライブハウスでの3人のミュージシャンの演奏と歌の表現も人格を逸した(人間性を失した)政権と政治屋どもへの激しい怒りと抗議と批判に満ちたものでした。
とはいえ『歌が自由を目指す』証明である彼らのステージはけっして暴力的な活動に訴える闘争やアジテーションではなく、あくまで歌と演奏を通じてこの戦争が近付いている政治状況、社会状況を変革するにはどうしたらいいのだろう、何が出来るのだろうかという思索の共有時間、共有空間でした。
この夜聴いた曲で印象的だった2曲を youtube から選び出してこの下にURLをコピー貼り付けしておきます。(興味のある方は https:部分全体をコピーして検索してぜひご覧ください)

中川五郎バージョン『時代は変わって行く』(原曲・ボブ・ディラン)
       ↓        ↓
https://www.youtube.com/watch?v=yDy7kMxwszw

本家Bob Dylan The Times They Are A Changin' ≪ボブ・ディラン『時代は変わる』≫
       ↓        ↓
https://www.youtube.com/watch?v=e7qQ6_RV4VQ
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Marc Robine - Le Déserteur≪マーク・ロビン『脱走兵』シャンソン、ボリス・ビアンの詩
       ↓        ↓
https://www.youtube.com/watch?v=DTfh2sMUWfg&list=PL5013977AE2CD5F83&index=15

この夜には同曲を いとうたかおさん が弾き語りしたのですが youtube にはいとうたかおバージョンが無いので今より若い頃のジュリー(沢田研二)が歌った同曲を載せておきます。
       ↓        ↓
沢田研二バージョン ACT 『脱走兵 (Boris Vian詩)日本語』
       ↓        ↓
https://www.youtube.com/watch?v=wkn8mbTju7U&index=7&list=PL5013977AE2CD5F83


  ( 2015・9/23 )
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2015
09.17

季節が変わる (blog,270p)

Category: 畑のあれこれ
全く今年は夏中非常に雨降りの日が多くて台風も来てすっきりした日が少なかったように思います。
ぼくが村の家に滞在中とくに悪天候の日が多かったのかもしれませんが、小雨や夕立も数えると7月から8月にかけて滞在していた全体の日数の約半分は雨が降っていた計算です。

7月中旬に梅雨が晴れてほんの暫く後はずっと戻り梅雨だったような、そして8月後半からはまるで秋の長雨が続いているような(泉鏡花の戯曲や小説が現実世界にやって来たような)空気が重い感じの日々が過ぎて来ました。
       2015_08 02_夏の終わり・1
長期に亘る悪天候のおかげで畑の作業は去年よりだいぶ進展がよくない状況です。
ただし先日(11日付)のブログでも書いたように庭木でもある果樹たちはちゃんと季節を感じ取って各々の領分でしっかり成長してきていることに感心させられます。
上の写真は今年もそこそこの結実をしてくれている温州ミカンです。

こちら下の写真に一つだけ青い実が写っているのはレモンです。ぼくは未だこのレモンの木がたくさんの実をつけたところは見たことがありませんが、数えてみたら今年は何とか10数個は生っているようです。それがみんな収穫できる時までうまく育ってくれると嬉しいのですがどうなるでしょうかね。(皮はカミキリムシやカメムシやバッタなどの昆虫に齧られて傷だらけにされているのが多い)
       2015_08 02_夏の終わり・2
去年は全部で4個か5個しか育たなくて、数が少ないので収穫せずに大事に眺めていたら今年の初夏だったかのある日、姿形と色合いのきれいだった3個が何者かにもぎ取られて消えてしまいました。(残っていた2個を先日イチジクジャムを作る時に絞って使った)
今は今年の冬から来年の春まで、このレモンの味と香りが楽しめることを願いながら見守っています。
       2015_08 02_夏の終わり・3
今年の冬から来年にかけてと言えばこちらのキウイもまさにレモンと同じ位の季節感で食べられる果実になるようです。
レモンは色が変わるから分かりやすいけれどキウイはこの色だけでは判断できないし触って見てもいつまでも固いので食べ時がどうもよく分かりません。(その上、おととし去年は気が付いたら数が半分に減ってしまっていたのだが理由は分からないままになった)

レモンやキウイなんかも野鳥や野生動物が食べるのかもしれないしそうではない他の理由があるのかもしれないのですが、まだこの家で暮らしているわけではないので本当に次々起きてくるそうした変化事態の確かな理由は分かりません。

  ( 2015・9/9記、9/17,UP )
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2015
09.16

生き物たち (blog,269p)

Category: 村の家にて
村の家に滞在中はパソコンがありませんしテレビもありません。(町の家でもテレビはあってもぼくは観ないのですが)新聞もありません。携帯ツールも一切持っていません。ラジオはありますが通常はラジカセかCDプレーヤーとしてしか使わず、台風など余程の気象変化が無い限りニュースも聴きません。(見るに堪えないTVのバカ騒ぎ番組や聞くに堪えない愚劣で怖ろしい戦争法案のニュースなど気分が悪くなるだけなのでお断り!)

それで暇な時間はもっぱら好きな本を読んで過ごしています。先日もウトウトしながら本を読んでいて夜中になって朝が近付いてしまったので布団を敷いて、枕元の蛍光灯スタンドを点けようとしたら「レレッ?!」でありました。
 2015_08 27_生き物たち・3 2015_08 27_生き物たち・4
身の丈わずかに1.5センチ位の小さい蓑虫(みのむし)が蛍光灯スタンドの横長の傘の端からススーッと降りて来ました。
おおっと思って慌てて何枚か写真に写したのですが、ぼくの自動焦点カメラ(いわゆるバカちょんカメラ)では空中にブランとぶら下がっている小さな蓑虫にほとんど焦点が合いません。
         2015_08 27_生き物たち・5
それで右手でカメラのシャッターを抑えながら左手を蓑虫の近くへ伸ばして焦点を当てようとしたりいろいろやってみたのですが撮れた写真はこんなものでした。

こうして見ていると『古事記』や『日本書紀』に記された国作り神話の中の最初の方で出現している「少彦名命(すくなひこなのみこと)」のことが思い浮かびます。

この頃は農薬散布の影響なのか(かつてぼくらが子どもの頃は)町の街路樹などにもたくさんぶら下がっていた(どこにでも居た)蓑虫の姿を見ることも珍しくなりました。それがさすがに村の家です。家の中のぼくが寝起きしている部屋の蛍光灯の傘からぶら下がってくるのです。楽しい環境です。
           2015_08 20_生き物たち・1
次はまたなんともユーモラスな写真が撮れました。さつま芋の畝の周りの雑草を刈っていてふと見るとお芋の蔓の葉っぱの上にバッタとアマガエルがちょこんと乗っていました。

バッタの方が大きかったのですがそれでも5センチあるかなしの体長の、多分イナゴだと思います。アマガエルの方はバッタより小さくて3,4センチばかりでした。
両者が何を考えていたのか分かりませんが見たところアマガエルが目の先のバッタの動向を観察しているように見えました。
しかしどちらもじっとしていて動かなかったのでぼくは少し腕を伸ばしたり自分が動いたりしながらアングルを変えて数枚の写真を撮りました。
       2015_08 20_生き物たち・2
そして町の家へ帰ってパソコンにデータを移して一枚づつ大きく画面に映していた時初めて気が付いて思わず笑ってしまいました。
もうお気づきのことと思います。そうです。バッタもアマガエルもなんとこの時ウンチをしていたのでした。それで両者ともジッとしていて普段ならぼくがこんなに近付いたら逃げ出すのにずっとその場に留まっていたんだなと分かったのです。

子どもの頃から昆虫や幼虫の青虫などがフンをする所は数え切れないほど見て来ました。
カエルにオシッコをかけられたことも度々ありました。けれどもこんな光景に出遭ったのは初めての様に思います。(写真を見るまで気付かなかったわけだが)

ぼくはそれからまた草刈りを続けたのでこの連中がその後どういう行動をとったのかは知りません。ただ後でこの写真を見ながらもしぼくがこのバッタやアマガエルだったらどうしただろうかと思いました。
そしておそらくこの連中と同じようにじっと自分の用事を済ませただろうと考えたのでした。
つまり、ぼくは人間ですが生理的にはこのバッタやカエルと全く同じ生き物なんだと思ったのです。
    2015_08 26_生き物たち・6
雨の合間に少しの時間づつ何日もかけて雑草を刈り、土を耕して何とか雑草の海から畑全体の約半分の面積の土を甦らせて町の家へ帰ってきました。
しかしそれからもう一週間になります。今度村へ行ったらまた畑に耕運機をかけて雑草の新しい芽を摘んでからでないと秋蒔き野菜の種付け定植は出来ないことでしょう。

ではまたぼつぼつ出かける支度を始めましょう。

  ( 2015・9/7記、9/16,UP )
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2015
09.14

内部、外部の塗装始まる (blog,268p)

ギャラリー棟の改築工事は完成が近付きました。
今年、村の家のある地域は大変雨が多い天候続きでこの夏は去年と比べても更に雨降りの日が多かったのですが、そんな悪天候の合間を縫うようにいよいよ建物内外の塗装工事が始まりました。
     2015_08 22_色塗り始まる・1
外壁はもう何ヶ月かの自然の風雨に晒されてきたので杉の厚い板壁が日に焼けて新鮮な柾目の色も褪め加減で汚れも付着して来ていたところを、一度洗い拭きをしてから外壁用の品質の良い塗料で丁寧に手塗りされて行きます。(この塗料は日照への遮蔽性も高くて良いのだが他の塗料より高価なのが問題だとお聞きした)
ぼくには色合いの指定が難しいことが悩みでした。資料室の外壁材選考の時もそうでしたが、見本で選んだ色と実際に使われた結果とは感じがかなり違ってきます。
でも限定的な予算の中での遣り繰りなのでいったん決めたものを新たにやり直す余力はありません。塗料の場合も何色かの調合でなるべく希望に近い色を実現するしかありません。

       (先ず最初に日照時間の長い南壁面から塗装が始まった)
                   ↓        ↓
     2015_08 28_色塗り始まる・2
こちら(下の写真)は内部塗装の工程です。〔1〕、資料室内部写真、大工さんの建築工事はほぼ98%完成段階。(左側壁面最上部に太い垂木と梁を仕舞う細工が残っているだけ)
まだこの時点では古材を使った太い梁以外は杉板の未塗装のままです。
              ↓             ↓
       2015_08 04_色塗り始まる・3
写真・下〔2〕、その部屋が吸い込みの良いワックス系塗料で色に濃い薄いの変化をつけて塗られて行く過程です。(右側の本棚と正面奥と左側の壁、それから天井部分が塗装済みになっている。床面は今から塗装するために養生板を剥がしたところ)
              ↓             ↓
       2015_08 28_色塗り始まる・4
最下段の写真〔3〕、床板の塗装も完了。これでほぼ完成!写真を上下に並べてみて本棚の塗装の色合いがもの凄く違っているので驚いたのですが、自動カメラで撮っているので撮影状況によってこういうことがよく起きます。本棚の実物の塗装色は下の写真に近くてもう少し濃い目の色合いです。
             ↓        ↓        ↓
       2015_08 29_色塗り始まる・5
まだ改築前の母屋にあるアルミサッシのドアをこちらへ移設することなどが残っているので完全に出来上がったわけではありませんが、もう程無くしてこの部屋へ適選、荷物を運び込むことになりそうです。

  ( 2015・9/14 )
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2015
09.13

シンプルな朝食 (blog,267p)

Category: 村の家にて
現在村の家の改築工事をしてくれている棟梁大工さんは、この地域、地方だけではなくて随分広い範囲で家を建てたり昔の建物を修理したりのお仕事を30年位やって来られた熟練の職人さんであることが最初の2ヶ月位の間に段々分って来ました。
そういう人の技能技術は横から素人のぼくなんかが何のかんの言うより自分の希望やプランを伝えてお願いして、あとは余程の変更や違いが無い限り工事の進行具合を見物させてもらっていればいいのだということがこの半年間でしみじみ納得出来ました。

そんな技能のある大工さんなのでぼくは初めの頃てっきり親の代かその前から何代目かの職人さんの家系かと思っていたのですが、ご実家はパン屋さんなのだそうです。

      2015_08 25_ジャムのある朝食・1
先日、お母さんが家で焼いている大きい食パンを一本ドーンと持って来てくれました。
上の写真がそのパンですが、長さは既に短くなっています。写真を撮る前に厚切りしてトーストしてしまったからです。その切った分が下の写真の2枚のトーストの上の大きい方です。

これが前のブログでお知らせした通り、今回の村の家滞在中で最もシンプルな朝食風景です。(実際にはこの日も起きるのが遅かったのでブランチになった)

      2015_08 25_ジャムのある朝食・2
普段は自分でハムエッグなどを焼いたり、欠かさず果物ヨーグルトを食べたりスーパーで買って来た野菜サラダを付け合わせたりしていろいろ食べるのですが、この日は前夜(夜中)にイチジクジャムが完成したので棟梁のお母さんが作られた食パンと自家製のイチジクジャム(大きい方の瓶)と今年の春に作った夏ミカンのマーマレードジャム(小さい方の瓶)とそれから畑で採りたてのトマトを並べていつもの熱い紅茶で素朴な食事を楽しみました。

でも実は写真には撮らなかったけれどバターも塗ったしチーズも食べました。それから後で蜂蜜いっぱいかけたイチジクの実3個分で新鮮なフルーツヨーグルトも食べてしまいました。

というわけで写真にはこの時に食べたもの全てが写っているわけではありませんが先ずはこういうシンプルなセットでジャムとパンを楽しみましたというところをレポートしてみました。

  ( 2015・9/13 )
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2015
09.11

イチジクジャム作り (blog,266p)

Category: 村の家にて
種を蒔いたり苗を植えたりして栽培している野菜は手入れから手入れまでの感覚が1週間とか10日間も空いてしまうのでその間に雑草が育ってしまったり、虫や鳥や動物に食われたり、気象の影響や、収穫時を逸してしまったりでなかなか難しい思いをしています。
一方、既に長年この家の敷地内で育てられている果実類(夏ミカン、ハッサク、栗、柿、レモン、イチジク、キンカン等々)は数量の多い年少ない年はあるのでしょうがどうやら毎年収穫出来るようです。(ただしこれも多くは虫やとくに野鳥の食害がひどい)

今はその中のイチジクが採れ始めています。一昨年の秋、ぼくたちがこの家を譲り受けた年にはもの凄く美味しそうなたくさんのイチジクの実が次々になっていました。
       2015_08 20_イチジクジャム作り・1
ところがその年は怖ろしいことに裏山にも母屋の周りにも何種類もの巨大なスズメバチが数百匹の群れを為して縦横無尽、我物顔で飛び回り、熟したイチジクの実の全てに2匹3匹のスズメバチがたかって果肉を食い尽し、野鳥なども来るのですがスズメバチがスクランブルして追い払う光景を毎日見ました。

そこでぼくはペットボトルを使ったスズメバチトラップをたくさん作り、裏山の栗の木にかけて巨大なスズメバチを短期間に1千匹単位で補殺しました。しかしそれでも毎日数十匹単位のスズメバチがイチジクを巡って飛び回りぼくはほとんどイチジクを食べることはできませんでした。

それで昨年は夏前からトラップを仕掛けてスズメバチの数を減らし、それで成功したので今年は更に早く4月下旬~5月からトラップで数十匹から百匹単位の初期発生スズメバチを補殺駆除してきました。その結果、今までのところ幸いにして数匹を越える多数のスズメバチは襲来してきていません。
 2015_08 23_イチジクジャム作り・2 2015_08 23_イチジクジャム作り・3
ということで現在、天敵は野鳥だけです。しかしこれが手ごわい!
イチジクを観察していて「この実は明日位にはきっとおいしく食べられるようになるだろう」というのを翌日早朝に見に行くと、既に殆ど食べられてしまっているのです。
それで悔しいのでまだ食べるにはほんの少し早過ぎる未熟な分と、少し位野鳥にかじられた分でもカナブンが食べていても(蜂もちょっとはいる)採って来て食べられそうな部分を使って今年は初めて自分でジャムを作ってみることにしました。
        2015_08 23_イチジクジャム作り・4
流水できれいに洗って、小さいスプーンで柔らかくて甘味のありそうな果肉の部分だけを刳り出して、果肉の総量の半分位の三温糖をかけてしばらくの時間「浸透圧」で果肉の水分を砂糖の方へ移します。

それをホースノン卓上ガスコンロ(ずっとこれで暮らしている)で最初沸騰するまで強火で炊く。次に全体が煮詰まり始めるまで中火で炊く。仕上げは焦げ付かないように様子を見ながら弱火で煮詰めて行くだけ。最後に自家製レモンを一個絞って香りと色を仕上げる。味見をして完成!(下拵えした後の調理時間は30分かそこらで簡単に美味しいジャムが出来上がる)水は一切入れないでできます。
       2015_08 22_イチジクジャム作り・5
今回の滞在中は半分の日程が雨と台風で潰れました。それで野良仕事ができず、ぼくは家の中でこのイチジクジャムを3回作りました。持って行ってあった耐熱瓶は大きくて蓋もかっちり出来ない物しかなかったので町の家へ全量(2瓶)持ち帰り、家で合わせて軽く炊き直して小瓶に詰め替えておいてもらいました。
        2015_08 22_イチジクジャム作り・6
こんなに簡単に美味しいジャムが出来ると分かったのでまた次に行ったら作ろうと目論んでいますが、まだイチジクの実が残っているかしらん。それからスズメバチが来ていないかしらん。とちょっと不安な気分です。

次のブログではこのジャムがある素朴なぼくの食卓をご覧に入れます。

  ( 2015・9/11 )
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2015
09.10

ささやかな収穫 (blog,265p)

Category: 畑のあれこれ
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ただ今2015年9月10日の午後8時16分です。
関東地方(特に栃木県から群馬県にかけての)鬼怒川、利根川水系の広範なエリアにおける本日の台風18号由来の大水害の影響、被害を受けてしまわれた皆様方に心よりお見舞い申し上げます。
今日付けのブログは去る9月7日に原稿を記録し、編集機能を使って投稿日時を10日早朝に予約設定してあったものです。

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前の二回のブログで今年の作物の収穫がうまく出来ないことを書きました。
素人のぼくですが春から夏前までに種を蒔いたり苗を植えて大切に育てた野菜全体の半分がついに収穫できなかったことは非常に残念です。落胆します。

けれども全く何も採れず食べられないわけではありません。次の3枚の写真は7月下旬から8月末まで3回の村の家滞在中に収穫出来た物たちです。
       2015_08 02_ささやかな収穫・1
これらは一応すべて自分で土を耕し、石灰や肥料を入れて土作りをしてから種を蒔いたり苗を定植したりして虫や鳥に盗られないように用心し雑草と格闘しながら何とか収穫出来た「労働と汗と忍耐と思考錯誤の結晶」です。
       2015_08 06_ささやかな収穫・2
しかし分量も種類もご覧の通りごく僅かなものです。頑張って育てたのに結実しなかったり、実が盗られてしまったりしたトウモロコシやナスやカボチャやインゲン豆や三度豆やいろいろが収穫出来ていたらどんなに豊かな夏の収穫だっただろうかと考えると何とも悲しくなります。
それでも季節はどんどん移り行き、新たな作物の栽培をしなければ冬に収穫する野菜が育ちません。泣きたい気分も胸の奥へしまって次に村の家へ行ったらいよいよまた畑作りを再開しなければと思っています。
       2015_08 20_ささやかな収穫・3
最後の写真の赤い葉っぱは「赤紫蘇」です。去年、赤シソの葉をたくさん持ち帰って町の家で家人が煮出して作ってくれた『自家製赤紫蘇ジュース』の美味しさに惚れ込んで、今年もぜひ一瓶だけでもと思って先月末、町の家へ帰る前日に刈り取り、写真の2倍ほどの量をまとめて段ボール箱に詰め込んだまま村の家の玄関先に置き忘れて帰って来てしまいました。

という訳でたいへん残念ですが今年は幻の赤紫蘇ジュースになりました。(去年の残りがほんの少しだけ残っているのを大事に飲もう)

  ( 2015・9/10 )
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2015
09.08

収穫なしの作物たち (blog,264p)

Category: 畑のあれこれ
今年は春から育てて来た野菜の半分以上の種類が「全滅」か「ほぼ全滅」のどちらかで全く収穫できませんでした。(あるいは採れても食べられないものだった)

         (食べられなかった野菜 ↓ 最初の写真はナス↓ )
       2015_08 02_失敗作物・6
苗屋さんで10株ほど入手して定植したナスでしたが初夏の葉が出て茎が伸びる時期に徹底的に28星テントウ虫(天敵)やマメコガネムシやカメムシに食い荒らされて、何度かコーヒー抽出液を薄めてかけてみたり手で虫を払ったり潰したりしたのですが結局全く効果無しで一時は100%葉を食われてその段階で3本の苗が死滅してしまいました。
その後も絶えず手をかけ虫を追い、雑草を半分残してカムフラージュしたりいろいろやってみましたがついに食べられる実は育ちませんでした。(上の写真に見えるナスは直径3センチ位のこの段階で既に全体が虫の食害で人が食べられるものではない)

 下は↓トウモロコシの2畝↓(写真左)と、 たった1本育った ↓ ↓ オクラの茎(写真右)
 2015_08 06_失敗作物・2 2015_08 23_失敗作物・3
先月レポを書きましたがトウモロコシはもう後2~3週間位で食べられそうだという頃になって防鳥用の網を地面から潜り抜けて侵入した何者か(狸かハトかカラスだろうと思う)に16本の茎を引きずり倒され、若い全ての実を食い荒らされて育成の努力が一日にして無に帰してしまいました。今、こうして写真を見返して思い出してもガックリきます。
オクラの写真はつい先日のものです。数本の莢が付いたので一応持ち帰って町の家で食べようとしたのですが、既に育ち過ぎていてまるで春の青竹の若い竿のようで包丁で切ることも困難でした。(とても噛んで食べることは敵わなかった)

 そして次は下の写真 ↓ ↓ 左側のトンネルの中がブロッコリーで ↓ ↓ 右側はニンジン。
 2015_08 22_失敗作物・4 2015_08 18_失敗作物・5
ブロッコリーの方はキャベツの様な茎と葉ですからモンシロ蝶の幼虫や様々な青虫たちの大好物でずっと防虫網でトンネルをしていたにも拘らず梅雨前後の5~6週間ほど虫たちの大襲撃を受けてすっかり葉が無くなっていました。
またニンジンの方はうまく育っているように見えますが、これは前にも書いていますが一畝にたくさんの種を蒔き過ぎたために土中根であるニンジンの実が過密になり過ぎて全く育たないという現象になってしまいました。(ただし、今回のニンジンの失敗だけは今後忘れないし繰り返さないだろう)
      2015_08 22_失敗作物・1
畑は常に雑草の繁り過ぎでどうにもならない悲惨な状況が展開していて、これではとても植えたもの全部が食べられる野菜に育つことは無理だろうと思うしかありません。しかし、ぼくには今のところこういう状況を変えて行く手立てがありません。
この最後の写真の雑草の中には元々町の家で家人が種から育成した2種類の豆の苗を定植してあったのですが、何度か雑草を払い引き抜いていた労働も空しく豆の実はほんの10本か15本ばかりの収穫でその後は結実が続かず、再び三度雑草に覆われてついに作物としては成果を見ないままぼくの徒労に終わらざるを得ませんでした。

とは言え決して“I can't stand up”というわけではありません。
現状で作物の出来が低効率なのは何といってもぼくがまだこの畑仕事を通いでやっていて毎日の連続作業ではないということがかなり大きい失敗(収穫不得)の原因でしょう。
ということは近い将来この土地へ引っ越して農作業を継続的にやるだけで作物の収穫率はある程度向上するに違いありません。また食虫被害や鳥獣被害にももう少し機敏な対処が可能だと思います。

まだまだ引っ越すまでもう暫くの期間、ぼくにとっては【見習い農業人生】の、そのまた【ウォーミングアップ期間=アイドリング中】に過ぎないのです。愉しみはその先に待っているに違いありません。

  ( 2015・9/8 )
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2015
09.07

雨の合間に畑作業も少し (blog,263p)

Category: 畑のあれこれ
3日続けて倉庫改造の記事を載せましたのでまた畑のことを書きたいと思います。
いつも書いているようにとにかく春から秋が終るまでの畑は1~2週間放置しておくと雑草が生命力を回復して、3~4週間手をつけなければ前回草刈りをした時と全く変わらない状況(畑一面が草の海の光景)になってしまいます。
       2015_08 20_また草刈り、耕運・1
今回もまさに畑は草の海になって野菜や木の周辺が雑草で埋め尽くされていました。そこでまた草刈り機の出番です。
もちろんいつでも村の家へ行く度に手鎌や草刈り機で応急的な雑草刈り払いはしているのですが段々手が回らなくなって気がつけばあっちもこっちも雑草に押し寄せられてお手上げの状況になっているのです。
           2015_08 20_また草刈り、耕運・2
          この木は月桂樹(ローリエ=ベイリーフ)です。

この葉は家の料理にもぼくのスモーク作りにも欠かせない大事な香草です。2年前に町の家の庭から運んで移植したもので、ずっと土に馴染めなかったのか根を張る時間が必要だったのかなかなか成長が見られませんでした。
それで絶えず周囲の雑草に覆われてはその雑草をぼくが手鎌で切ったり手で引き抜いたりして来たのですが、今回行って見て初めて新しい葉先が伸びているのを確認しました。
これでやっとこの木が土地に根付いたのだと思います。これから順調に伸びてくれるよう期待します。
       2015_08 20_また草刈り、耕運・3
  (激しい雑草攻勢に曝されて今年のさつま芋がちゃんと育っているのかどうか心配)

これまで2回、最初は手で雑草を引き抜き次はざっと周辺を草刈り機で刈り払い今回が3度目の草刈りです。しかし去年一昨年と比べて格段に雑草の成長が早くて勢いがいいのです。
その理由としてはおそらくぼくが畑をやるようになって手入れが悪くなっていることと一切の農薬、中でも除草剤を使わなくなったことが大きいだろうと考えています。
       2015_08 22_また草刈り、耕運・4
        (さつま芋の畝2本を残して周囲の雑草を刈り払ったところ)

人間が食べ物を栽培して自給自足的に素朴に生きてゆくことは歴史的、根源的な至上の文明価値だというぼくの哲学からして農薬を使わないことは素晴らしいことだと思います。
けれども同時にぼくはこの僅か2年間の経験で、無農薬農業は労働を貨幣価値に転換する資本主義制度下の営農法としてはとても成り立ち得ない不経済な働き方、体力の消耗であることを日々に身に沁みて理解し始めています。
       2015_08 26_また草刈り、耕運・5
      (刈り払った後の雑草を集めて除けてから耕運機をかけたところ)

しかしそういう現実を理解、体得しながら「体力を消耗しても精神力を消耗しない限り」今後も暫くはこの農法で(さらにもう少し有機農法の比重を高めながら)【勝手に農業見習い】を続けていこうと決意しています。
その分せめて収穫量は少なくても美味しい野菜や果物が出来てくれると嬉しいのですが、今年の夏は虫に食われたり動物にやられたり雑草の威力に負けた?あるいは病気?に負けたり種蒔き時期と蒔き方を誤ったりで全滅野菜が多過ぎたのが残念で悲しいことでした。

  ( 2015・9/7 )
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2015
09.05

倉庫改造記録帳〔33〕 (blog,262p)

今日の写真は昨日掲載の分とよく似ていますが昨日の続きなので記事内容は違います。
昨日は2棟続きの重量鉄骨倉庫の内、写真右側奥に見える短い方(長さ約6.7メートル)の倉庫の屋根と壁が剥がされて骨だけになった所までご報告しました。

今日は左側手前に見える長い方(約13.5メートル)の倉庫のご報告です。
     (こっち側の建物 ↓     ↓ )
      2013_12 05_裏の倉庫解体・1
先ず始めに出入り口のドアとヒサシの木造部分が取り壊されて行きました。それから屋根材が壊されて地面に落されました。(じつはこの屋根材がたいへんな問題を抱えている)
      2015_08 29_裏の倉庫解体・2
そして次に壁張りしてあった波板トタンが剥がされて完全に鉄骨だけの構造に戻って行きました。屋根や壁が剥がされるのに従って家の北側がどんどん明るい広い空間になって行きます。
       2015_08 29_裏の倉庫解体・3
工事進行による状況変化への興味は尽きませんが今回の滞在中にぼくが観察できた解体工程はここまででした。
当初の滞在予定は1週間でしたが台風や雨の影響でずいぶん長引いてしまって時間的にも経費的にも余裕が無くなっていたのでどうしても一度町の家へ帰らなくてはなりませんでした。
       2015_08 29_裏の倉庫解体・4
倉庫の壁が母屋の北側を塞いでいたために今までずっと観ることが出来なかった母屋の家屋全体の姿が現われて来ました。
当面、ぼくたちが住むのにこの部分に大きい建物などを造る予定はありませんのでこれからは北側に空き地と小さな山を望むロケーションになるわけです。(山といっても敷地内標高差10数メートルばかりの丘の一部という感じだが、一応木も20本以上は生えているし竹はやたらに育ってくる)

さて、このたたき落とされた屋根材がたいへんな問題の物質で出来ているのです。
【アスベスト】というものです。アスベストのことを詳しくご存知の方には言うまでもないことですが世界中で非常に重大、深刻な環境汚染を引き起こし人間にひどい健康被害を引き起こしてきた物質で日本名【石綿】と呼ばれて来ました。
               ↓     ↓     ↓
       2015_08 29_裏の倉庫解体・5
世界中でも日本でも相当な昔から石綿=アスベストの発見はされていて大昔から『燃えない布』として有名だったり『燃えない壁』として土やセメントに混ぜ合わせて大量に使われてきた歴史があります。そしてまた100年以上前からこの物質が人体に有害らしいということも認識されて来ていたようです。

現在では発癌性があり肺線維症、肺癌、悪性中皮腫の原因になるとされていて、ほぼ全世界で完全に製造も使用もそれぞれの国の法律で禁止されています。(日本では規制が緩く、実施も遅く2012年になってやっと完全禁止になった)
この物質は石綿の名の通り鉱物ですが直径たった0.02~0.35 μm(髪の毛の1/5,000程度)の目に見えない針のような繊維が集まって出来ています。
そしていったん環境中に粉じんとして放出されると風に乗って空気中を舞い、人は呼吸で簡単に吸い込んでしまいます。(そして肺に突き刺さったまま何十年もかけて肺組織を硬化壊死させてゆく怖ろしい存在)だからこのアスベスト屋根は厳重、厳密に処理してもらわなければ困るのです。

それが今回の改築工事全体の計画の基本相談でした。ぼくは殆ど建築会社さんの手順とアドバイスを受け入れて工事を進めてもらっていてそのことには何の異存もないし感謝していますが、このアスベスト処理についてだけは最終的にぼくの決意を変更することはありません。

次回、村の家へ行った時には先ずこの石綿がどのように処理されたかをしっかり確認して安心できない限り工事の進行に何らかの支障が出てもやむを得ないと考えています。

  ( 2015・9/5 )
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2015
09.04

倉庫改造記録帳〔32〕 (blog,261p)

昨日の記事の続きです。
新しく改造工事中のギャラリー舎が完成に近づいて、しかし必要な水道工事やコンクリート工事の手順がスムーズに進んでいないらしくて先に大きい鉄骨倉庫の解体撤去を始めることにしたいと前回滞在中に現場で打診されました。

ぼくとしては本当は先ずギャラリー舎の完成を望んでいるのですがそうすると大工さんの仕事の手が空いてしまうのでと言われて(工事全体の日程がこれ以上が遅れるよりはと思い)了承しました。
      2013_12 05_大きい倉庫解体・1
この敷地の中の母屋の北側に接して写真のように重量鉄骨の大きい倉庫が2棟繋げて建てられています。長い方は約13.5メートル、短い方は約6・7メートルの長さがあるガッシリした建物です。(幅は両方とも約4.8メートル)

     その2棟の内、最初に短い方の倉庫の屋根と壁が剥がされて行きました。
              (この部分 ↓  ↓ )
       2015_08 29_大きい倉庫解体・4
       こちらの写真は解体前に倉庫北側の裏山から観た写真です。
            ↓        ↓
       2013_12 05_大きい倉庫解体・3
       屋根と壁を剥がした段階で近くから写すとこういう感じです。
               ↓          ↓
       2015_08 29_大きい倉庫解体・5
2棟の内ではいわば小さい方ということになりますがこれでも物置きスペースとすれば十分な30㎡もあります。
そして引き続き長い方の倉庫の壁と屋根も剥がされて行きました。(続く)

  ( 2015・9/4 )
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2015
09.03

倉庫改造記録帳〔31〕 (blog,260p)

ギャラリー舎の西側正面に長い奥行き深いヒサシ屋根をつけてもらってそれが金属瓦葺き工事完了まで進んだことを書きました。
      2015_08 04_ギャラリー舎北側ヒサシ・1
その間にじつは同じギャラリー舎の北側に作り付けられた農業用倉庫の出入り口にもしっかりしたヒサシが取り付けられました。  ↓        ↓
      2015_08 23_ギャラリー舎北側のヒサシ・2
これは元々の計画には無かった増設です。
建築会社の方の現場事情により、工事の進行順序が変わることになって(後で取り壊す予定だった大きい鉄骨倉庫を先に解体撤去するために)そちらの倉庫内に保管してあった諸々の荷物をどこかに移動しなければならなくなり、急遽棟梁のアイデアで造られることになったヒサシです。
       2015_08 23_ギャラリー舎北側のヒサシ・3
その面積は畳の大きさで言うと川の字のようにIIIIと並べて凡そ4枚分(4畳位)です。

畳4畳というと思い出します。40数年前に漫画家になりたくて上京したのですが、最初の下宿先は練馬区の西武線豊島園駅から遊園地の裏側まで10数分歩いた所の粗雑に無計画に混み合った新興住宅地の中の小さな建売住宅の二階の畳4畳の細長い部屋でした。
それに畳1/2づつの湯沸かしスペースと押し入れがあるだけの本当にささやかな部屋でしたが田舎育ちで都会へ出たばかりのぼくにとっては生れて初めて得た個室で自分の未来が全てそこから始まるのだという希望と不安とで暫くはわくわくして過ごしました。

そんな個人的な感慨は多分自分以外の誰にも伝わりはしないと思いますが、考えてみると本当に感慨深いものがあります。
その下宿ではずいぶん色々なことがありました。2年後に新宿と渋谷の境目にある当時通っていた小さい美術学校の近くへ引っ越すまで、絶望も焦りも希望も一通りそこで経験したものでした。
       2015_08 27_ギャラリー舎北側のヒサシ・4
今回、突然作り付けられることになったそのヒサシ屋根スペースには直ぐに大きい倉庫から荷物を移動して雨風から護るためにブルーシートで囲い、それと同時に重量鉄骨倉庫の解体が始まりました。(続く)

  ( 2015・9/3 )
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2015
09.01

倉庫改造記録帳〔30〕 (blog,259p)

ギャラリー正面に屋根と同じ幅で奥行き約4メートル位のヒサシ屋根をつける工事が進んでいることを数回前のブログでご報告していましたが、今回の滞在12日間の最初の日18日に待っていた屋根屋さんがやって来てくれました。
       2015_08 18_屋根葺き工事・1
大工さんが張っておいてくれたルーフィングマット(防水敷材)の上に一部分雨養生のために二重にルーフィングして本屋根とヒサシ屋根の継ぎ目に雨が染み込まない処置をしているようでしたが、気がつくと職人さんはその作業を途中で放置して帰ってしまっていました。

これでは強い雨風が吹き荒れたら心配です。なるべく早く金属瓦を葺いてもらいたいと思ったのですが、さっそくその日の夕方から本降りの雨になりぼくは気が気ではありませんでした。

去年も夏に台風の大雨でこの地方は大分被害を受けたのですが、幸いぼくたちの家は大きい被害はありませんでした。しかし今年も既に合計降雨量は日本列島の平均降雨量の一年分をとっくに超えてしまっています。本当に雨の日が多い地方でビックリです。
       2015_08 22_屋根葺き工事・3
さて屋根屋さんは2日間降り続いた雨が小康状態になった3日目に今度は金属瓦を葺きに来てくれて、ぼくはてっきりその日の内に全ての作業が完了するだろうと思っていましたが案に謀らん也、途中で瓦材が足りなくなったということで現場をそのままにしてまた帰って行こうとするのでした。
いくらなんでもそれは無かろうとぼくは屋根屋さんたちに戻って来てもらい、とにかく瓦が足りない部分にはせめてビニールシートか何かでしっかり覆いをしておいてくれるように頼んで養生してもらいました。(屋根面積はきっちり寸法を計っているはずなのに毎回材料が足りなくなるとは、と何か腑に落ちない気分だった)
       2015_08 22_屋根葺き工事・4
それからまた2日後になって今度は親方さん一人でやって来られて残りの作業をするとのことでしたが、また少しジョイント部分の材が足りないと言って引きあげて行きました。
       2015_08 24_屋根葺き工事・5
翌日、またも親方さん一人だけでやって来て何とか午前中いっぱいで屋根葺き工事は完了してくれたようです。するとその頃から天侯が完全に崩れて来て午後になると凄い強い風雨になりました。
それが8月25日のことでした。村の家に滞在中、新聞テレビは無いしラジオも聴かず全くニュースに触れない暮らしをすることが多くて、町の家にいる家人から電話で『台風15号の影響で全国的に風雨が吹き荒れている』と聞くまで気象情報も知らずにいました。

強い風と大雨はそれから2日間吹き降り続きました。ヒサシの屋根が間一髪、台風の影響の雨風の直前に完成してくれてよかったです。

  ( 2015・9/1 )
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