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2015
12.29

冬の果樹たち (blog,315p)

Category: 村の家にて
今年もいよいよ年末がやってきました。
ぼくだけがそういう感覚を持っているわけではないと思いますが何だかここ数十年、生活次元でハッキリした季節感を感じ難くなって久しいですよね。

その大きな理由はテレビ、パソコン、スマホなど、どんどん情報伝達手段とツール(道具)が拡大発達して世界中のニュースや話題や自然風景や人間の活動状況などが過剰に伝えられるようになって一年中、夏に冬の話や映像を見聞きしたり冬に暖かい部屋の中でアイスクリームを食べながら南の島の映像を見たりしていることにあるのだと思います。
その上日本列島全国津々浦々どこまで行っても同じ商品が並ぶコンビニや自動車ディーラーや大型店舗があり、地方の役所が率先して似たような建物建設に予算を注ぎ込む【箱物行政】が進められてとにかく季節や地方ごとの生活や地形の変化、特色が消され続けてきた結果なのでしょうね。
         2015_12 18_冬の果樹・1
そういえばぼくが通っている村の家の庭の作物にもこんな↑30年前なら自宅で栽培収穫することなど思いも依らなかった『キウイフルーツ』があります。
この木がいつここに植えられたものかはお訊きしませんでしたが相当しっかり地面に根を張った2本の蔓木が並んで育っています。その形状から推察しておそらく5年や6年の栽培経過ではないと思います。(多分短くても10年は超えているだろうと思う)
年中たくさんの外国由来の果物や野菜などを栽培したり食べたりするようになったこともぼくたちの生活から季節感が消えた大きな理由に違いありません。

     2015_12 22_冬の果樹・2
でもこちらの上下2枚の写真はこの村の家がある地方の特産品目でもあって季節感をもたらしてくれる柑橘類になります。
先ず上の写真は左側にミカンがたくさん生っている方が『夏ミカン』です。(夏ミカンの木は奥に隠れているけれどもう一本ある)その右側の小振りな木にも小さな柑橘が生っているのですがこれは『キンカン』の木です。

そして下の写真のミカンは『八朔柑』です。
夏ミカンも八朔柑もこれから年を越して来年の春が過ぎる頃までぼくと家人が交代で煮込んでつくり続ける『マーマレード・ジャム』になります。
そしてキンカンはお正月のおせち料理のお重に詰める美味しい色どり用の蜜煮つくりに間に合うかどうかギリギリの育ち加減です。
      2015_12 22_冬の果樹・3
おととしも去年も、夏ミカン類は何者かに一気に取り去られた経験がありますので段々きれいに色付いてきて美味しく食べられる時期が近付いて来た今頃からは、人間が相手なのか野生動物などが相手なのか分かりませんが警戒(と言ってもぼくは一ヶ月の半分しか滞在していないので今はまだ何の対処も出来ないけれど)気分だけは忘れないように滞在中は出来るだけ頻繁に見回ったりしようと心しています。

  ( 2015・12/29 )
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2015
12.28

マイ・シンプルライフ〔3〕 (blog,314p)

Category: 村の家にて
先週『シンプルライフ〔2〕』で書き込んだ時には写真が間に合わなかったぼくの村の家滞在時の朝食(というよりブランチ)はこんな感じです。毎回同じというわけではありませんが大体こんな風です。質素ですが多分、必要な栄養とカロリーはこれで摂れているでしょう。

パンはスーパーの8枚切りの薄い食パンを2枚トーストして食べています。一枚は何か載せて焼いたり挟んで食べて、もう一枚はバターを塗ってジャムを塗ります。ジャムは何種類もありますが、みんな自家製か知人からいただいた手作りジャムです。
パンも町の家では家人が焼いてくれる手づくりパンや町のユニークなパン屋さんの独特の手づくりパンを厚切りにして食べたりしているのですが村の家ではまだ地域のおもしろいパン屋さんの存在を知りません。
      2015_12 19_ブランチ・1
フルーツヨーグルトも今では欠かしませんが、じつはぼくは子どもが生まれた後までずっと長年『発酵食品』が苦手で殆ど全く食べれませんでした。それが何と今では納豆も平気で食べますし、ヨーグルトはどんどん食べるようになりました。
じゃが芋とミックスレタスのサラダはもちろん畑の自家作物です。
(無農薬で80%有機肥料の畑耕作「勝手に農業見習い」暮らしも丸2年3ヶ月になった)

何度も書いているように村で暮らし始める時には自分で石窯を築く予定なので、週に一回位は自分でパンも焼くようになるでしょう。
ぼくとしては信州の “カナディアン・ファーム” のハセヤンが焼いているようなごっつい黒っぽいクルミやブドウやクミンシードなんかをいっぱい入れたパンを焼きたいと思っています。(でもハセヤンの所みたいな大きい窯は築けないだろうしパンも “ハセパン” より小振りな物が一回に3,4個だけでも焼ければ充分と思う)

さて、下の写真は毎回村の家滞在中に恒例となった「焚き火で焼き芋」の『おやつ』ですが、今回は立派に育ってくれた里芋を一個フォイルで包んでさつま芋と並べて置いてみました。

 2015_12 19_里芋焼き・1 2015_12 19_里芋焼き・2
結果はご覧の通り、大成功!でした。
今回はまだ熱い内に皮を剥きながらパクついてしまったので調理という程には味付けも考えずちょっとだけ塩を付けて食べてしまいました。
これはイケる感じでした。次回は夕飯に添えてポン酢やワサビ醤油や甘い練り味噌などで食べてみます。素朴で美味しいおかずの一品になるだろうと思います。

ぼくは酒飲みではありませんが左党の人たちには肴にもいいでしょう。とくに日本酒の熱燗や焼酎のお湯割りなどに合いそうですね。

  ( 2015・12/28 )
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2015
12.26

クリスマスの願い (blog,313p)

子どもの頃、ぼくが生まれ育った旧・東海道宿場町のK市は戦争の空襲も受けず江戸時代から在ったらしい軒の低い家々が昭和30年代か40年代初頭?まで残っていて、石灯籠や常夜燈なども町の辻に建っていました。
つまりどちらかと言うと【純日本風】の風情があって町外れには『時代劇映画』のロケ撮影に使われてもおかしくないような藁葺きの家や松並木の街道風景が残る田舎でしたが『クリスマス・シーズン』になると “サンタクロース” が何人か現われるのでした。

ぼくが毎年見ていたサンタクロースはだいたい町なかの二軒の商店からやって来てそこ此処の子どもたちの居る家へ『プレゼント』を運んでいました。
その一軒は『パン屋さん』でした。そのパン屋さんはクリスマスだけは普段はパンが置かれているショーケースにたくさんのデコレーションケーキが並んでそれらは四角い厚紙箱に詰められて赤いきれいな包装紙で包まれ金色のリボンをかけられて注文を受けた家に12月23日頃からサンタクロースの扮装をしたお店の人たちによって配達されていました。

         2015_12 22_クリスマス2015・1
現在我家では毎年、家人がケーキを焼いたり数年前からは甘過ぎないシュトレン(上の写真)を焼いたりしてくれて、家族内で互いに心通い合う晩さん会をしています。
幸い我家では今年も家族全員無事健康でクリスマスを迎えることができました。

幼年時代の故郷の町でリヤカーにケーキを積んで町を往くパン屋のサンタさんと、もう一軒のサンタが来るお店は『本屋さん』でした。
その頃ぼくの生まれた町には新刊書店が2軒ありましたがその内の古い方の一軒からサンタさんがやってくるのです。自転車の後ろに括りつけた大きい荷物籠にやっぱり赤い包装紙に包んだ本をいっぱい積んでサンタクロースの格好をしたお店の人がパン屋さんのケーキと同じように『クリスマスプレゼントの本』を配達して歩くのでした。

ぼくはサンタさんからケーキや絵本を受け取った覚えはありません。ぼくの家だけではなく、子どもたちに華やかなクリスマスを催してやれない貧しい庶民の家はたくさんありました。
でもぼくも(働いていた姉から)ジュールベルヌの冒険小説(偕成社版)をプレゼントしてもらったことや、ある年に当時8人だった家族全員で小さなデコレーションケーキを人数分に切り分けてもらって食べて、もの凄くうれしかったこともありました。
      2015_12 24_クリスマス2015・2
        (今年の我家のクリスマスメニュー、美味しかった!)

ぼくの農作業で米や小麦を栽培したり鶏やヤギを飼えたりしたら自給自足の素晴らしい食卓を演出できるのですが2~300坪の畑では今後も叶わない夢が多いとは思います。
それでも例えば野菜サラダは時々の収穫物で彩れるしジャムや煮物などにも自分で育てた野菜や採った果物が素材の一部になったりしています。ささやかながらそんな楽しみをクリスマスの夜にも味わえて自分が今幸せを得ていることを実感して喜んでいます。

世界中でたくさんの人々がクリスマスを祝う宗教を持つ国や地域に生まれ育ちながら、戦争や民族紛争や経済格差や人種差別やありとあらゆる危険、貧窮、困難に晒されて住居や仕事や生命や健康が保障されない日常を過ごしている人々が地上に増え続け、本来太陽を神とあがめて人間の平等と助け合いを教義の中心に持つイスラムの民が、戦争商人が仕組む理不尽な動乱の中で生活環境を奪われ命を奪われ国境を越えて溢れ出し逃げ場を探して居ます。

ぼくたちの日本列島でも今や頭と性格が悪い欲望むき出しの政治経済界のほんの一握りの狂った支配者たちが無法に勢いを得て、まるで独裁国家の様な残虐でオゾマシイ日本社会が姿を現してきました。
ぼくたち庶民は生活の隅々まで規制され、労働収入を税金で奪い尽され、すっかり自由を奪われ縛り上げられてしまいそうな怖ろしさをぼくはひしひしと感じています。

ぼくは無神論者ですが幼年時からクリスマスの日に特別な感情を持っていました。

どんな場所に生まれた人にもどんな環境で育った人にも夢や希望や願いがあります。
宗教にも政治にも強欲な資本にも戦争犯罪にも人間の尊厳を奪われず誰にでも願いが叶う特別の日があったらどんなに素晴らしいことでしょう。
不自由で不平等で非平和な現実の世界がぼくたちの夢や希望や願いの力によって変革出来て、地上に生まれたすべての人間が等しく自由に健康に生きて学び、働き、喜び合える人間の権利が保障される社会 “ワンダフル・ワールド” を実現できますように!!

  ( 2015・12/25~26 )
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2015
12.25

初めての遭遇者? (blog,312p)

Category: 町の家にて
昨夜はクリスマスイヴでしたが昨日と今日のクリスマスのことは次に書くことにしようと思います。

目下我家は家人の母とぼくたち夫婦と娘の4人暮らしで、息子は今年の春に東京から「二人連れ」になってこちらへ戻ってきましたが独立して小さな貸家に暮らしています。
娘は二つのアルバイトを掛け持ちして深夜まで働きながら自分がやりたい表現活動をやっていて普段から家には睡眠のために帰ってくるだけというような生活をしていますし、ぼくも家から道路距離で130キロ以上離れた村の家の改造計画実現と畑で野菜を作る労働のために一ヶ月の半分位は(行ったり来たりしながら)村に滞在していますので一昨年来、我が家で家族全員がそろって過ごせる日は殆どありません。

家人は老齢の母の傍を離れないようにしているし家族の食事の世話や家の中の仕事を一人で受け持っていて本当にたいへんなことだと感謝していますが、当人は若い頃から時間の遣り繰りが上手で自転車で走って街角散歩をしたり図書館通いをしたりたまには自分の知人友人たちと自然観察や科学的な読み物の読書会などもやっていて、あっぱれな庶民だと敬服します。

       2015_11 10_カボスマン・1
そんな家人の親しい知人の一人に『植物の専門家のMさんという人』が居て、その人はとてもシャイな感じで一見不愛想ですが親切で優しい人です。
樹木や草や茸やその効能や毒性などのことをいろいろよく知っていて、ぼくも子どもたちが小さかった頃には時々一緒に山の中を何人かの親子連れで歩いたりして山の植生について教えてもらったり楽しんだことがありました。

その人は植物に関する学問と実習をする大学を出てからずっと役所勤めで植物に関する仕事をして来て数年前に退職後もやはり樹木や植物に関係ある仕事を続けておられて、先月のことでしたが現在の職場で育てている柑橘類のカボスを一袋届けて下さりました。
          そのカボスの中にこの『カボス人』がいたのです。
                 ↓\(^-^)/↓
       2015_11 10_カボスマン・2
  (ぼくが初めて出遭ったカボス人は目と耳が緑色で大きくて鼻も緑色で尖っていた)

、、、と、えー、いつもぼくのブログはダラダラと長話をするように取り留めないことを書き連ねてしまって、読んでいただく方々にしばしばウンザリされていることと思います。
それで今日はいつもとはちょっと異質な書き込みにしてみました。(じつはこういうのが本来のぼくの性格の半分を占めている)
世界はクリスマスなので本当ならば『フェアリィテール』を書き込めたらよかったのですが『ファニィテール』になってしまいました。
お粗末!またあした。

  ( 2015・12/25 )
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2015
12.23

軒下へ生コンが敷かれた (blog,311p)

前回の滞在中でしたが12月9日に生コン・ミキサー車がやってきました。
軒庇(ノキビサシ)を建物正面前に長く伸ばした部分の地面をコンクリート敷きにするための工事です。
       2015_12 09_テラス・コンクリート、1
極めて子供っぽい嗜好ですが、いろいろな自動車がある中でぼくはいわゆる『働く車』が好きです。
道路を普通に走っている働く自動車の中でいうとタクシーよりバスの方が好きでワゴン車よりライトバンの方が好きで、ライトバンよりトラックの方が好きで、まあ要するに世間の金持ちが欲しがるようなベンツだのポルシェだのという自動車には縁もないし魅力も感じません。
それよりこうした特殊車輛などが仕事をしているところを間近で見ている方がずっと興味が持てるし第一見ていて飽きません。
       2015_12 09_テラス・コンクリート、2
若い頃からぼくは【DIY】が好きで自分独りで小さい山小屋のようなものを建てたり物置小屋を作ったりキオスクのような物売りのための小屋を作ったりしてきたので基礎工事部分では結構セメント仕事もやってきましたが、コンクリート・ミキサー車の仕事量のもの凄さを見ていると人間一人の力の何百倍もの仕事を短い時間で簡単にやってしまうことに感嘆します。

こういうパワーが使えるのであれば建物や施設や何かを設計する仕事とか実際に建築作業をする人とかが何かいいものを作ろうと工夫したり斬新な形や構造を考えたり建築をしたくなったりするのは当然だろうなあと思います。
        2015_12 09_テラス・コンクリート、3
ぼくも今回の計画で総予算が3倍位あったらきっと家の裏山の地形も考えて相当面白い展覧会場を考え出したに違いないと思います。(というかそういうアイデアは30年以上前からいつも信州で実現したいんだと友人知人に伝えてきたしデザインもたくさんしてきた。問題は予算規模ではなくて今となっては自分の体力と年齢にあるだけなのだと分かっている)

また話が横道にそれてしまいました。セメント工事は通称メッシュ(鉄筋の網)を敷き詰めた上から凡そ厚さ10センチ前後で軒庇の下部分の面積全体に生コンを流してこれが下地になるものです。そしてこの下地がしっかり固まったらもう一段上にセメントと表面の仕上げ材を載せてもらいます。
       2015_12 09_テラス・コンクリート、4
コンクリートミキサー車はセメントの硬軟の練り加減や流す分量やスピードを調整することで現場の条件に合わせること臨機応変のようでした。
       2015_12 09_テラス・コンクリート、5
どんどんミキサー車から流し出されるコンクリートをプロの人たちが手際よくほぼ水平に圧延して行きます。それはすべて手作業でした。
ぼくはこの時自分もちょっとだけ作業を手伝いたくて仕方がありませんでしたがきっと邪魔になるだけだと思って黙って写真を撮りながら見学していただけでした。(それが正解だったと思うがやっぱり自分でも何かしたくてウズウズしていた)
      2015_12 09_テラス・コンクリート、6
朝から来ていた最初のミキサー車は途中でコンクリートが空っぽになって帰って行き、それから20分かもう少し経った頃に2台目のミキサー車がやって来て追加の生コンが全体に行き渡る分量流し込まれ、それを作業する人たちが全体に均してお昼過ぎに見事に生コン打ち作業が終了した状態がこの写真です。

  ( 2015・12/23 )
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2015
12.21

マイ・シンプルライフ〔2〕 (blog,310p)

Category: 村の家にて
古い建物を幾つも取り壊しながら改築工事をしてもらっていますので今まで相当すごい分量の鉄や木材の廃材が出ていました。
それらは建築会社さんが契約している産業廃棄物処理業者のトラックで搬出されたり、工事を一人でやってくれている棟梁大工さんが片付けてくれているのが現状です。

一方ぼくは来年この『マンガのある農園』を始めるまでに庭のどこかに自家製のパンやピッツァを焼くための石窯を作ろうと思っていますので、これからは廃材の中の小屋作りに使えそうなしっかりした物や将来の薪作りに役に立つような木材などは敷地のどこかに保管して行きたいと考えています。
      2015_12 01_薪作り・1
今回滞在中にぼくは古い釘やネジが一杯打ち込まれた廃棄木材の一部を自分で釘を抜き、短く切断して直ぐに燃やせる薪にしてみました。

このブログでも度々信州のことをいろいろ書き込んで信州が好きだと表明していますが、ぼくの好きな信州暮らしというのは基本的に戦後の開拓農業者たちの入植開墾に関わる土地と人の歴史がある環境の中での暮らしでした。
      2015_12 02_薪作り・2
信州は山国で誰でもご存知のごとく、殆どの地域が高地で寒冷地です。
その厳しい自然環境の中で生きて来た人々の暮らしにはいつも開拓者精神と新規の外来者を仲間として迎えてくれる優しさが通低していて、しかしそのためには新しい入植者自身にもその日から直ぐにでも地元の人々と同じ労働を受け持ち自給自足的の生活を立てて行くことが要求されるし素朴で偽りのない暮らし方をする覚悟が必要なのです。

ぼくが来年から暮らしを立てて行こうとしているこの村の家ではとても信州の仲間のような厳しい生活を創り出すことは無理だと思いますがあれこれ工夫したり働いたりすることで憧れの信州暮らしに繋がる生活実感を得られるように頑張るつもりです。

  ( 2015・12/21 )
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2015
12.19

マイ・シンプルライフ〔1〕 (blog,309p)

Category: 村の家にて
村の家にいる間は畑仕事をちょっとやって工事現場をうろついて夜になれば朝までずっとだいたい本を読んで過ごします。(何十年間も生活リズムが昼夜逆転しているので朝にならないと眠れなくて、昼にならないと起きられない。だから大体いつも寝不足状態で思考力もきっと鈍いんだろうなあと思っている)
          2015_12 08_シンプルな食事
食事もちゃんと食べるのはだいたい2食です。(ブランチと夕食の2回)
ブランチは厚切り食パン1枚か薄い食パンを2枚と自家製ジャム、たっぷりの熱いミルクと紅茶、たまにコーヒーを淹れる。それとフルーツヨーグルトも欠かさない。(今回もリンゴ、バナナ、ナシ、がメインだった)それから一日置き位でソーセージかハムとチーズ、鶏卵も組み合わせてピッツァ風に焼いたりハムエッグにしたりして食べています。自分で育てたホーレン草やジャガイモは結構いろいろに調理しています。それとレタス類などをちぎってムシャムシャと食べます。

半自炊の夕食は上の写真のようなごくシンプルで安上がりで手間のかからないものが殆どです。
昔全国の国道沿いによくあった『ドライブ・イン』の朝ご飯のような感じです。卵納豆かけご飯とフライドチキンスライスとホーレン草入り湯豆腐とリーフレタスと茹でジャガイモ(ジャガイモが見えないのは写真を撮る前にジャガイモとフライドチキンスライスを少し食べてしまったから)で、今のところ卓上ガスコンロが一台だけのキャンプ暮らしなのであまり凝った料理は作れません。
でもぼくにはこれで十分です。

もうじきギャラリー・カフェの方の厨房が完成したらガスコンロが2口に増えて、大きい冷蔵庫も使えるようになるのでもう少し本格的な調理をするようになるかもしれませんが、、、

  ( 2015・12/19 )
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2015
12.17

劇画家・辰巳ヨシヒロ氏のこと (blog,308p)

一昨日、水木しげる氏のことを書き込みました。
その時ぼくのアルバムの中から水木先生と一緒に写った写真を一枚掲載しましたが、その中にご一緒に写って居られた劇画家のパイオニア辰巳ヨシヒロ氏とも随分長いおつきあいをさせていただきました。

割合最近まで時々お会いする機会があって何枚か写真がありますので、水木先生に引けを取らないキャリアをお持ちの貸本【劇画】の名付け親であられる辰巳ヨシヒロ氏のことも少しだけ書いておきたいと思います。
         2009_04 18_辰巳ヨシヒロ氏と並んで
        (写真右側・辰巳ヨシヒロ氏と左側がぼく、2009年4月)

知る人ぞ知る!辰巳氏は1950年代前半に東京と大阪の『貸本マンガ専門の出版社』から高校生でデビューした若くて才能に溢れた漫画家でした。(もちろん1970年代以降の氏は一般マンガ雑誌を発表舞台にして来られたので貸本作家時代以降のファンも多い)
ぼくが彼の作品を初めて読んだのは1962年、中学2年の冬休みに故郷の田舎町で生まれて初めてアルバイトをした時のことでした。(既にデビュー当時とは絵柄がすっかり変わった後)

アルバイト先は町の『江戸前にぎり寿司屋さん』でした。
そのお寿司屋さんの隣りの家が『貸本屋さん』だったのでぼくは忙しいアルバイトの仕事の合間に必死で貸本漫画(劇画)を読んだものでした。(お寿司屋さんへはその後も高校を卒業するまでアルバイトなのか居候なのか分からないような出入りをし続けた)

その貸本屋さんの棚に並ぶマンガ本は常に中身が少しづつ入れ替わって行くので寿司屋の主人(親方と呼んだ)に30円か50円無心をしては一回に3,4冊づつ漫画、劇画本を借りて来て夜9時10時の閉店後に店内の食器やゴミ片付けを終えてから夜遅くまでかかって読み終わり、翌日にはその本を返しながらまた次の本を借りるというエンドレス貸本漫画(劇画)中毒状態になっていました。
その時期に読んだ膨大な数量(5年間で1千冊は読んだだろうと思う)の貸本マンガの中に『影』とか『街』とか『摩天楼』というようなタイトルのそれぞれ数本の作品が載っている漫画(劇画)短編集があって、その作家の中の一人が辰巳ヨシヒロ氏でした。

貸本マンガは幼年期に夢中になって読んでいた少年マンガ雑誌の物語内容や作画表現とはかなり異質なものでした。
どういうことかと言うと、いわゆる子供マンガ(児童マンガ)という範疇には収まらないリアリズムを感じられる内容を持つ作品があったり編集姿勢にも作家自身が直接読者と会話や手紙の遣り取りをするような感じのいわばライブ感があったのです。
ぼくはその頃には自分も大人になったら漫画家になりたいと強い希望を抱いていましたからそうした手づくり感溢れた素朴(粗雑?)な感じのする貸本マンガの数々はぼくにとってはより漫画作家への親近感がわくものでした。
        辰巳氏を囲んで
実際に貸本漫画作家になって行った人たちの多くがそうした同じような感覚を持つ人々だったのだろうと思います。
こちらの写真に写っている方々もまさにそうしてマンガ家になった人たちで、真ん中にいる方が1960年前後の貸本漫画世界のトップランナーのお一人だった辰巳ヨシヒロ氏、辰巳氏を囲む向かって左側がみやわき心太郎氏、辰巳氏の後ろに立っておられるのが下元克巳氏、お二人とも同時代の貸本マンガ家で辰巳氏の7,8年後輩になります。
右端に写っているぼくはみやわき氏や下元氏よりも更に7,8歳年下で、残念ながら貸本マンガ家の道は通らず直接一般の商業漫画雑誌でデビューしました。(1972年、ぼくが初めていわゆる『劇画』作品を描いた時には既に商業ベースの貸本業界は瀕死の状態で貸本出版社がどんどん消滅して行く時期だった)

今日の記事はよほど『貸本マンガ(劇画)』という世界についてお好きな方や詳しくご存知の方以外には何を書いてあるのかご理解いただけないと思います。
辰巳ヨシヒロ氏の実績、経歴や作品についても一枚の絵も提示してありませんので読まれた方が想像することも出来ないと思います。もちろんぼくは辰巳氏の珍しいレアな作品も上記の『影』などの作品集も自分の資料として収集して持っているのですが、他の多くの貸本マンガと一緒に数十個の段ボール箱にしまってあって直ぐには探し出せず今日は作品の写真無しで書きました。

来年になってしまいますが『マンガのある農園』を実際に始めてからこうした作家の方々や作品についてはもっと詳しく分かり易くギャラリーで展示、解説などをするのと並行して新たにホームページを立ち上げてネット公開もして行く予定です。
漫画・劇画のお好きな方はどうぞご期待下さい。

  ( 2015・12/17 )
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2015
12.15

水木しげる氏のこと (blog,307p)

今日は畑や工事の話題から離れて久し振りにマンガのことを書きたいと思います。

今回村の家へ行った翌日の11月30日に家人との電話で漫画家の水木しげる氏が亡くなられたと聞きました。
もうずいぶん昔のことになりますが漫画(劇画)家になりたくて10代で上京した1960年代、ぼくの憧れの漫画家は白土三平、水木しげる、つげ義春という特別に個性的な作品を発表していた3人の方々でした。
4,5年かかってぼくも何とか漫画家になれたのですが中途半端な漫画世界との付き合いをしただけで(漫画家をやっていた期間も短かった)ズルズルと漫画から落ちこぼれて暮らして来てしまいました。
しかし上京して暫くの年月は当時の最もコアな漫画世界の端に身を置いて明けても暮れてもマンガ(劇画)のことばかりに夢中になって生きていました。

その頃に水木先生の仕事場(ご自宅)へも出入りしました。そして時々は当時ぼくが働いていた出版社へ先生が来られていました。何回か先生のマンガのための資料本集めをお手伝いしたこともありました。いつでも先生のお話はちょっと現実離れしていて話す姿そのものも表情もまるで芝居を見ているように面白かったことを覚えています。

ここに2冊の本を並べて写しました。今では誰でも知っている漫画やアニーメーション『ゲゲゲの鬼太郎』の前身で2冊ともまだタイトルが【墓場の鬼太郎】だった頃の本です。
表紙カバーの絵は同じ構図でどちらも鬼太郎が描かれていますが絵柄は全く異なっています。
  2015_12 14_鬼太郎本、2冊
右側に写っている本は今から60年近く前に水木先生が紙芝居のグロテスク作品だった鬼太郎シリーズを原作者の許可を得てリメークして『貸本屋さん専門のマンガ本』で発表した水木版『墓場鬼太郎』のシリーズ第一巻『怪奇一番勝負』(もちろん初版・原本)です。

そして左側にある少し小型の同じ『墓場の鬼太郎』タイトルの本は漫画週刊誌『少年マガジン』に連載して水木マンガが一気に人気者になって行く最初のいわゆるコミックス本です。
2冊ともぼくのコレクションですが左側のコミックス本は1967年5月に水木先生の仕事場をお訪ねした時、出版されたばかりのこの本を直接プレゼントしていただいたものです。
       ↓   ↓ 
鬼太郎・週刊誌版  鬼太郎・貸本版
                             ↑     ↑
本の内容は古い貸本バージョンの方(右側)はアメリカンコミックスの影響やモンスター映画の様な陰影描写が多用され、それでいて中世の絵巻などの日本的なユーモアセンスに溢れた絵柄で人間の生活感覚と異界異形の生き物との生き方、存在、認識のギャップを縦横に織り成した物語展開になっていて「良い子のマンガとは無縁の結末」を迎えます。

それに比べると少年雑誌連載の左側(墓場の鬼太郎:ゆうれい電車)の鬼太郎の顔はまるで整形手術のビフォー・アフターの広告写真のように全く別人(お坊っちゃま)になってしまって、これじゃもう正義の味方になるしかない【良い子の鬼太郎】の誕生でした。そして程無く全国に大ブームを巻き起こす『ゲゲゲの鬼太郎』へと更に変身して行ったわけです。

さて水木先生がどんどん人気作家になって行く過程をリアルタイムに見ていた1960~70年代でしたが度々お会いしたりお話ししたわけではありません。その上ぼくは1970年代半ばに東京を離れて暮らすようになったのでその後はもうめったにお会いする機会もありませんでした。

10年に一回位、マンガに関係する誰かのパーティーに呼んでもらったりした会場などで偶然お会いした時にご挨拶すると「あんた誰だっけ?」と言われて説明すると「あ~そうだ、う~ん、なかなか印象がこう、ビビンとコンノデスヨ」などと言われていたものでした。
下の写真は多分ぼくが最後に水木先生とお会いした(久し振りに漫画家の方々とご一緒させてもらった)今となっては貴重な思い出の一枚です。
         池上、水木、辰巳、各氏と僕・2
ここに写っておられる方々は一番右のソファーに腰掛けておられるのがご存知水木しげる先生(当時80歳位)そのお隣りで手前に写っておられるのが池上遼一先生。そのまたお隣り、ソファーにかけて居られるのが『劇画』の名付け親として知られた辰巳ヨシヒロ先生です。(一番左がぼく、10年ちょっと前はまだ白髪じゃ無かった)
これは【池上遼一氏の小学館漫画賞・受賞記念パーティー】に呼んでもらって参加した時のスナップです。この方々はぼくにとっては10代からお付き合いがある大先輩の方々です。

池上氏とぼくは年齢も何歳かしか違わず、若い頃ぼくは生活費が無くなると時々押し掛けでアシスタントをさせてもらってアパート代や食費の一部を助けてもらいました。
辰巳氏の仕事場へもよくおじゃましていろいろお話をさせてもらいました。(残念ながら辰巳氏も今年逝去された)
水木先生はひょっとすると100歳まで現役漫画家を続けられるのではないかと思える程のバイタリティーでしたがいつかは誰にでもこういう時が訪れるものですね。心からご冥福をお祈りします。

というわけで漫画世界は今もぼくにとって憧れと自分自身の存在の基盤になっています。
その漫画世界に自分の生涯の最終盤でもう一度還り住もうと決心して『マンガのある農園』計画を進めているのです。
水木先生と同じ歳までやりたいことが出来ればもの凄いことですが(あと30年近く生きなくちゃならない)とてもそれは望むべくもありません。その半分14,15年とまでも欲張らずせめて1/3か1/4の期間だけでもいいから【これがやりたかったんだ】というマンガの仕事を目指して努力したいと思っています。

  ( 2015・12/15 )
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2015
12.14

木工用ヤスリで小細工を (blog,306p)

建物の周りでは床部分のコンクリート敷行の準備作業が進められて行きましたが、その時ぼくはギャラリースペースになる室内で梁の木材の角を削り取る作業をしていました。

この梁は元々鉄骨の構造材があった上に板を貼り合わせて囲ってゆき、仕上がった段階ではまるで太い梁材や柱材で作ったように見える細工がしてくれてあるのですが、その細工の都合上合わせ張った板の角が削り取られていないので全体として角ばったやや堅い印象を受けるものでした。
       2015_12 06_梁にヤスリかけ・1
そこでぼくが自分でだいたいこんな感じで良いかなと思う程度に面取り(角を削り落すこと)をすることにして、カッター刃のついた小型のコーナー・カンナとか大きい電動サンダ―とか紙ヤスリとかいろいろの道具を使って作業をしてきました。
       2015_12 06_梁にヤスリかけ・2
しかしこれまでなかなかうまく用途に合わせて作業を進められる良い道具が使えなくて労働の割には成果が芳しくありませんでした。
それでホームセンターへ行って「これはどうかな?」と思って『木工用鉄ヤスリ』を一本買って来て使ってみたところ大成功!
杉板は軟らかい材質の木ですから粗目の紙ヤスリでもある程度は削ることができますが今度の木工用鉄ヤスリの仕事効率は電動サンダ―やプラスチックヤスリや砂ヤスリなんかの比ではありません。短時間でバリバリと貼り合せてある板の角を削り取ることができます。
       2015_12 06_梁にヤスリかけ・3
ただこの作業は素人のぼくが脚立に登って慣れない姿勢で利き腕の右手だけで材木をこすって削り落しているので一回に2時間位作業を続けていると首と肩が凝って痛んで来て一気に仕事を完了するわけには行きませんでした。
それで目下2日間=合計5時間ばかり作業しただけでしたが途中で町の家へ帰ってきました。

次に行ったらこの作業を終了して紙ヤスリで角の削り痕を滑らかに仕上げ磨きをしてから現在塗られている赤味掛った色をペイント薄め液で薄めて洗い落とせないかと思っています。

母屋から荷物を運び込む前にまだ他にももう少し自分でやっておきたいことがありますので出来るだけ早くまた村の家へ行きたいとは思いますが、頻繁に行ったり来たりをするのは結構体力と経済的負担が大きいのでたいへんなことでもあります。

  ( 2015・12/14 )
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2015
12.12

床の生コン打ち準備 (blog,305p)

最近は建物工事の進捗状況も、ぼくが予想しているようには進展が見られませんでした。
村の家へ行く度にだいたいこれ位は進んだかなと思いながら楽しみにしていた施設完成への段取りに大きな前進が無いような状態が続いていて、ぼくの気持はかなりメゲそうになって来ていました。

家人からも『今のままではいつになったら引っ越して暮らせるようになるのか(工事がちゃんと完成してもらえるのか)心配だし母には日一日と高齢による足腰の衰えも見られるので何とか母が元気な間に田舎の暮らしを楽しませてやりたい。だからできるだけスムーズに工事を進めてもらいたい旨しっかり建築会社さんに伝えてほしい』と言われて来ましたので今回滞在中に思い切って当方の希望と事情を建築会社さんに強く訴えることにしました。

そう決心して到着してみるとギャラリー建物周囲の床部分に生コンクリートを流し敷く工事の準備が始まっていました。そして生コン打ち工事が実施される日程が決まり、それが今月9日ということだったのでぼくは3,4日滞在を延ばすことにしたのでした。
 2015_12 06_生コン打ち・準備1 2015_12 06_生コン打ち・準備2
家全体の敷地が丘のような小さい山を削って傾斜を穏やかにした斜面地になっていてギャラリー建物の周囲で最も高低差が大きいのは村の公道から直接見える南壁面部分になります。
その南側地面には仕上がり寸法で80センチ前後?の段差がつくことになります。
       2015_12 06_生コン打ち・準備3
ぼくたちの幼少年時代ならばどこかの施設や遊び場にこの程度の段差があって仮に子どもたちが遊んで落ちて小さいケガをすることがあっても何も問題にはなりませんでした。
しかし現代は異常に利己的で非常識な世知辛い社会になってしまいました。
【児童公園の遊具で子どもが遊んでいてケガをしたのは公園に遊具を設置した管理者の責任だ】などと言いがかりをつける保護者が続出する時代です。

ぼくがこれから運営するマンガ・ギャラリーでは当然そんな来訪者や保護者はお断りですが、それでも無施策というわけにはゆかないのでこの段差部分に児童が乗り出せない程度の柵を付けてもらうことにしました。(立ち位置足元から高さ1メートル少々あれば十分だと思う)
     2015_12 06_生コン打ち・準備4
表の通りの方から見ると写真のパネル程度 ↑ ↑ の高低差です。本来ならば子どもはこの位の段差は飛び降りたりよじ登ったりして遊ぶのが当たり前なので本当につまらない社会、つまらない時代だなあと思いますね。
       2015_12 06_生コン打ち・準備5
こちらは北側から見た庇屋根の床部分です。↑ ↑ 今回は先ずこの庇屋根の下部分にだけ生コンクリートを流して床の基層を構成するのだそうです。(仕上げには出来れば石をアトランダムに並べてセメントで固定するやり方をしたいのだがどのような結果になるかまだ分からない)
   2015_12 07_生コン打ち・準備7
建物を正面(西側)から見ると屋根の金属瓦の色が赤茶色になっている部分がヒサシ部分ということになります。この部分全体に生コンが敷かれて仮の床が乾燥したら現在母屋にしまってある相当量の荷物を順次ギャラリー建物内へ移動していよいよ母屋の改築に工事を進めてもらえると思います。やっとまた少し期待が膨らんできました。

  ( 2015・12/12 )
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2015
12.11

往き還る事々 (blog,304p)

Category: 畑のあれこれ
今回の村の家行きは先月末(11月29日)から昨夜(12月10日)遅くに帰宅するまでの12日間滞在になりました。
当初の予定では1週間ほど畑仕事をして工事の記録を撮って先週の土曜日5日頃に一旦町の家へ戻ろうと考えていました。しかし今までもそうでしたがなかなか自分が立てた予定通りに物事は運びません。(その辺の事情は今週のブログでゆっくりご報告を)

前回往復した時、畑の2本の温州ミカンの木に合計10数個のミカンを残したままにして置いたところ、今回行って見るとその内の幾つかが何者かに食い荒らされていました。
                ↓        ↓
         2015_11 29_温州ミカン終って・3
この噛み痕から見るとどうもカラスやヒヨドリやカケスなどの野鳥の仕業には見えません。(この他に地面に皮だけが剥いて捨ててある物もあった)これはおそらく最近何度も見かけるアライグマの食べた跡ではなかろうかと思います。

家の改築が完了してこの土地で暮らし始める時には役場へ住所移転の届けも出しますので、その際にはこの農作物に被害を及ぼすアライグマの対策を申し込む必要があると考えています。(アライグマは全国的に生息域を拡大中の外来野生動物で農作物に与える被害は年々甚大の度を増している。と農水省の統計発表にもあるけれど、その割には対策といってもあまり効果的なものが無いらしい)

温州ミカンは今回の滞在中に野生動物の食害を免れた10個ばかりを自分で食べて今年の収穫が終りました。
そしてこちら(下の写真)は夏ミカンの現状です。以前から書いていますが夏ミカンの木は3本あって、その内1本は八朔柑です。今年も段々黄色くなり始めました。来年のお正月が過ぎる頃にはまた恒例の「マーマレード・ジャム作り」を始められるでしょう。
      2015_11 29_温州ミカン終って・1
畑の雑草や農作物、虫や土を見ていると飽きません。今なら午前4時過ぎの夜空の星々(星座)も素晴らしい眺めです。そしてあの有名な文節が心に浮かびます。

『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず
 よどみにうかぶうたかたはかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし
 世の中にある人と栖(すみか)とまたかくのごとし』

誰でも一度は教科書等で目にして口に出して読んだことがあるでしょうが、ぼくがこの文章の一行に初めて触れたのは小学生時代の終り頃に町の貸本屋さんに並んでいたマンガ本『忍者武芸帳・影丸伝』(白土三平・作画、三洋社)の中の登場人物の独白としてでした。

言うまでも無く原典は鎌倉時代の歌人で随筆家で琵琶の演奏家としても優れた人であった鴨長明(かものちょうめい、またはながあきら)による日本中世文学の代表的な随筆『方丈記』の書き出し部分です。
鴨 長明が生きた時代は今から800~850年も昔の平安時代末期から鎌倉時代にかけての日々でした。彼が人生終焉の4年前、58歳(満57歳)になって世に出した随想随筆がこの『方丈記』でした。

鴨長明は京都下鴨神社ゆかりの禰宜・鴨長継の次男で位階は従五位下(つまり貴族社会の身分を持つ神人)であり音楽家として菊大夫とも号した芸術家でしたが、度重なる社会環境の激変と政治的不運によって出世街道から脱落してついに「一丈四方(畳2枚)」の住居に拠って文筆と琵琶演奏を伴侶にした世捨て人?なのだそうです。

ぼくは元々庶民であって貴族的社会など縁がありませんし一生を自分で働いて暮らすわけですから世の中の支配権力とも与することはありません。
だから勿論『方丈記』の書き出しの文言を印象深く暗誦しているといっても著作者と同じ気持ちになってというわけではありませんが、仮に世を捨てた鴨長明自身が抱いた心持、哲学にはぼくたち庶民の心情に通ずるものがあったのは確かだと思います。
      2015_11 29_温州ミカン終って・2
一昨年来自分の眼で直接一定の数量が結実する状態を見ることが無かった「レモン」が3年目のこの冬の入口になって、どうやら10個を超す実が生り、育ってくれています。
来春にはきっと美味しいレモネードやレモンティーやレモンをあしらった料理やケーキが楽しめると思います。

  ( 2015・12/11 )
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2015
12.07

信州、感謝編 (blog,303p)

Category: 町の家にて
また村の家の畑へ行く準備をしていた11月28日に、ぼくらが東京で暮らしていた時代から大変お世話になってきた親しい方からの嬉しい贈り物をいただきました。

それは信州産の大きなリンゴです。(本当に立派な果実!)それもこんなにたくさん!
早速家人と二人でいただきました。美味い!
この方たちは東京人ですが信州が大好きで毎年何回か季節ごとの風景や環境を愉しみに信州を訪ねておられます。
ぼくもいつもブログで書いている通り信州大好き人間の一人で、出来れば信州で人生の終りまで過ごしたいと思っていたほどなのでいつでも何かにつけて信州のことに目や耳が触れる度に「ああ、今頃の信州は良いだろうなあ」と思いを馳せています。
         2015_11 28_信州リンゴ・1
ぼくが暮らしたいと思ったのはどちらかと言えば信州でも南部に属する山梨県寄りの富士見高原から塩尻(桔梗平)、そこから木曽への中仙道の入口辺り、あるいは中央アルプスの南を静岡県まで天竜川が流れ下る伊那谷、または松本市の北隣りの安曇野のどこか、と考えているだけで直ぐにもまた行きたくなってしまいます。

太平洋岸に近い東海道沿いの小さな城下町がぼくの生まれ故郷ですが、どういう訳か中学生になった頃から何となくよく町の北の方の空を眺めては「いつか自分はあっちの方へ幾つも山を越えた先の町か村へ行って暮すようになるのだろう」と漠然と思いこんでいろいろなパターンの生活や自分の生き方を想像していました。
     2015_11 28_信州リンゴ・2
そんな大好きな信州から親しい方が送り届けて下さった大きい美味しいリンゴです。
何とかブログの画面でその大きさと美味しさを表わせないかといろいろ撮影してみたのですが、ちっとも雰囲気が醸し出される出来栄えになりません。
(ちなみにこのリンゴをを贈って下さった方はベテランのプロ・TVカメラマンの方)

     2015_11 28_信州リンゴ・3
それで已む無く最も平凡ないつもの手段『マッチ箱比較』になってしまいました。どうも詩的でなくて申し訳ありません。こういう物理的な物差し比較では味とか気分とかいう感覚的世界は伝わらないのですが、せめて喜びと感謝の気持ちが伝わればと思います。

  ( 2015・12/7 )
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2015
12.05

毎回小さな収穫祭 (blog,302p)

Category: 畑のあれこれ
11月も後半から末になって日本列島は大きく冬の天候へとシフトし始めましたが、前回ぼくが村の家に滞在中の11月中旬には温暖なこの村の地方はまだまだ暖かくて、毎晩夜中に部屋の中で蚊に襲われて眠りを邪魔されていました。

畑ではそろそろ夏の収穫物が終り、秋採りようの野菜が大きくなっていました。
これは苗から育てたリーフレタスです。昨年の経験で丸くなる本当のレタスはなかなかうまく育てられなかったので自家食用にはこの『掻きチシャ』でもいいやと思って育てたら大成功で、虫にも食われず柔らかい葉っぱが一杯伸びてくれました。(殺虫剤などの農薬を使わないために不織布でトンネルを被せて育てた)
 2015_11 18_11月の収穫・1 2015_11 18_11月の収穫・2
たった4株を収穫したら一輪車に一杯になりました。右側の写真はそのリーフレタスと先日のブログでも書いた『間引きしたホーレン草』です。
リーフレタス類はこの他に種から育てた分が数十株あってそれもこれから少しづつ成長してくるはずです。ホーレン草もレタスも今度のお正月までは楽しめるでしょう。

次は温州ミカンです。温州ミカンの木は2本ありますが、こちらはぼつぼつ今年の収穫が終ります。
ミカンも今年は昨年と比べてあまり豊作ではありませんでしたがそれでも何人かの友人知人に少しづつお分けして自分たち家族もたっぷり食べて、十分に感触と味覚を味わうことができました。
ミカンの味は皮がまだ緑色の時の酸っぱい硬い感じから段々色付いてくるに従って酸っぱ味が抜けて行き、すっかり熟したあとは早く食べないと実がじゅくじゅくになってしまったり皮が乾燥してミイラ化してしまったりとその変化も面白いものです。
        2015_11 18_11月の収穫・3
村の家の木にもう10数個だけミカンを採らずに残しておきましたがいろいろな採取者が来ているようなので次に行くまで残っているかどうか?分りませんね。

それから次はピーマンとしし唐(青唐)です。これも長期間たくさん出来て収穫してきましたが今回と次回位で終りになりそうです。しし唐は夏場はビールのつまみやおかずの一品に重宝しました。(ぼくは殆どお酒は飲まないけれど)
        2015_11 18_11月の収穫・4
ピーマンは和・洋・中華、どんな料理にも合うし必要な素晴らしい食材で、子どもの頃にはもっぱら味噌やしょうゆ味で炒めたピーマンがぼくの実家のご飯のおかずだったなあと思い出します。(もしかしたらあのピーマンは我家の裏の畑で母が育てていたのかもしれない)

    2015_11 18_11月の収穫・5
と、そんなわけでこちらが今回の収穫物一覧です。
ぼくの【勝手に農業・見習い生活】も丸2年2ヶ月が過ぎていよいよ3年目になりました。ぼくは毎回、村の家へ行く度に《 My little Harvest festival 》(造語)をやっています。

街の家へ持ち帰った野菜はこの写真の他にさつま芋とジャガイモがありますがそれらは今回の滞在中の収穫物ではなかったのでここには並べませんでした。

  ( 2015・12/5 )
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2015
12.03

生き物の営み (blog,301p)

Category: 畑のあれこれ
子どもの頃(幼年時代)文字がたくさん書いてある本は苦手であまり読みませんでした。
家が貧乏で体も弱かったぼくは幼稚園にも行けませんでしたが家で『キンダ―ブック』を毎月買ってくれていました。1960年以前のことです。
小学校時代6年間は毎月、学習雑誌『○年の学習』というのを買ってもらっていました。以前にも書いたことがあったかと思いますがそんなものだけがぼくの絵本、読書本で、あとは全て漫画本と子ども漫画雑誌でした。
    2015_10 20_オクラ・カマキリ・1
つまり、ぼくの幼年時代の【知識】の大半はそれらの出版物から得たいわば【アカデミックとは言えない知識】でした。それでもまあ今日(こんにち)のテレビやネットプロバイダーが伝える情報もぼくの漫画知識と五十歩百歩の似たようなものとも言えますが。

そんな雑学知識でも興味をもったいろいろが印象に残っていますが、生物の『擬態と変身』(カムフラージュとメタモルフォーゼス)についても度々そうした雑誌や本で読みました。
カメレオンや魚のカレイや昆虫のナナフシなどのいろいろなイラストや写真付きのトピックスが何度も何度も掲載されていました。
 2015_11 04_オクラ・カマキリ・2 2015_11 04_オクラ・カマキリ・3
現在、わが村の家の畑や庭でもちょくちょくそうした光景に出遭いますが、なかなか写真を撮るタイミングが掴めなくてメモだけでは面白くないしブログに載せるようなものにはなりませんでした。

でも今回(それほど珍しいわけではありませんが)オクラの枝茎にカムフラージュして獲物を待っているカマキリを見つけたので写真を撮りました。
このカマキリ君はそれほど上手な擬態が出来ているとは言えませんが、それでも一応オクラの茎の色合いによく似た体色になっていて、翅の表面にはオクラの茎と葉っぱにあるシミのようなものがついているし、腹部にはやはり茎に出ている茶色い変色斑の雰囲気も出ているのでした。
 2015_11 04_オクラ・カマキリ・4 2015_11 04_オクラ・カマキリ・5
きっとこのカマキリにとってはここまで似せるのが精一杯だったのだろうと思って眺めました。じつはこの前の日だったか後だったか忘れましたが「アマガエル」が畑の土とよく似た色合いでもようになっていたのを見つけていたのですがカメラを取りに部屋へ行くより前にどこか叢へ入りこんでしまったのでここにカマキリとアマガエルの変身・擬態二つ並べることができなくて残念です。
これからきっとたくさんチャンスがあると思いますのでまた楽しい光景を探したり見つけたりして載せて行きたいと思います。

  ( 2015・12/3 )
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2015
12.01

畑の生き物たち (blog,300p)

Category: 畑のあれこれ
都市の町なかで暮らしていても少し注意を傾けて観察しているとぼくたち人間の経済生活や社会生活の中で必要で共生している動物や魚や虫などに出遭うことはそれほど難しいわけではありませんが、やはり村の暮らしともなると寝起きする家の内外を問わず過剰なほどの生命に溢れていることを意識するようになります。

300坪足らずのささやかな面積とは言え農薬を使わずに畑で野菜を育てている現在は、先ず何といっても野菜を食べる虫たちが目についたり家の周りに出没するアライグマやタヌキやカラス、他の野鳥たちなどもよく目にします。
そんな日々から今日は虫たちを3種選んでみました。

最初は『蜘蛛』です。クモは町でもたくさん見れますが、村の家では巨大な家蜘蛛が年中壁にも床にも天井にも現われます。庭へ出るとぼくはあちこちで自分の頭や顔や手などが蜘蛛の巣に引っ掛かります。
       2015_10 23_畑の生き物たち・1
写真の蜘蛛はごく一般的な『ジョロウグモ』のメスだと思いますが、この時は巣にかかったバッタを見る間に糸でグルグル巻きにしてしまいました。

蜘蛛は野菜の葉っぱや茎の隙間に巣を張ったりピョンピョン飛び跳ねている小さいのが居たりで相当たくさんの種類を観ることができますが、家の軒下でも果樹同志の枝の間にも強い糸で大きい巣を張るジョロウグモはぼくらには最も馴染みがある存在です。

次の写真はもちろん『赤蜻蛉』ですが、赤トンボはぼくのような素人にはちょっと種類の同定が難しいですね。ここに写したトンボの種類はよく分かりません。
       2015_10 25_畑の生き物たち・2
念のためにネットで画像検索して選んでみたら幾つかそれらしいのがありました。『ナツアカネ』か『ネキトンボ』か『ショウジョウトンボ』の中のどれかではないかと思いますがやっぱり定かではありません。翅(ハネ)が透明で足が黒っぽい色だった他は全身赤い色でした。眼は濃いえんじ色で、顔も赤色でした。このトンボには世界が何色に見えるのでしょうかね。

さて、今日のお終いはこちらの写真です。
じつはこの写真はちょっと異様なシチュエーションになります。写っているのは子どもの頃に昆虫採集をしたことがある人にはお馴染みの『ゴマダラカミキリ』です。(ぼくの幼年時代、ゴマダラカミキリは昆虫採集では8,9番目位の順位の獲物だった。つまり採れれば大きさや意匠や触角の長さ等で目立つのでそれなりに嬉しいが採れ過ぎると要らなくなる感じ)

ご存知の方も多いと思いますがカミキリムシは相当深刻な樹木被害をもたらす食害虫です。ゾウ虫や他の木食い虫などと同じように樹木の皮を食い破って樹幹を食べてしまったり幼虫が幹の中で育つために樹木を枯らしてしまうこともあるようです。
       2015_11 04_畑の生き物たち・3
でもこの写真のカミキリ虫はもうそんな悪さは出来ません。生きていないからです。
その理由(原因)は虫の全身に発生した『カビ』です。独特の長い触角も既に欠け落ちてありません。この木は家の西側の果樹園に在る温州ミカンの主幹ですが、2週間ほど前には家の前庭南側のレモンの木で見つけたカミキリムシを遠くへ放り投げていました。(昆虫には翅があるので放擲しただけでは全然退治たことにはならないけれど)

その後、家の玄関でも見つけてその時はちょっと長靴で軽く踏んづけてから庭の方へ追いやったのですが、この生きたままカビのシャーレ(培養容器)と化したカミキリムシがぼくと邂逅したものの中の一匹だったかどうかは分かりません。
生物は多種多様な生き方をしています。平穏無事にそれぞれの生涯を全うできる生物、生命の割合はどれほどなのでしょう。

  ( 2015・12/1 )
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