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2017
01.31

村の家、工事状況 (blog,466p)

Category: 村の家にて
ここから村の家の改修工事の進捗状況を書こうと思います。
ただ、家の内部工事についてはこれまで随分たくさん写真も載せて、柱や梁が造り変えられたり床や壁や天井が出来て行く様子を記述してきましたので、今回は建物の外回り(環境)の状況変化を載せて見ます。

一昨年2015年2月から始まったギャラリーの改築工事が一段落して母屋の改修改築工事が始まったのがちょうど一年前2016年の1月でした。

     2016_04 27_ビフォー・1
           ( ↑ 南側から見た母屋の前の廃材の山 ↑ )

先ず古い家の構造材を確認して使える材は残し、劣化が激しい木材は入れ換えながら家の内部の間取りデザインを変更して行きましたが、その際に夥しい廃材が発生しました。

     2016_04 27_ビフォー・2
           ( ↑ 南東側から見た母屋の横の廃材の山 ↑ )

1本で100キロ以上重さがある巨大な梁(太さ45センチ、長さ6メートルの松材)を始めとして、天井も壁も床も全ての木骨材を剥がして造り直してもらったので大小の木廃材が家の周り一杯に積み重ねられて当面放置されて行きました。

     2016_10 14_ビフォー・3
           ( ↑ 北東側から見た母屋の横の廃材の山 ↑ )

普通は工事現場では工事作業や生活スペースの邪魔になる廃材は逐一リアルタイムで廃棄処分されて片付けながら現場作業スペースが維持されるわけですが、今回の工事ではぼくが要望して完全に虫食いや腐れで再利用しようがない木材だけは廃棄しましたが、まだ木材として少しでも頑丈さや大きさが維持されている分については全て敷地内に残すことにしました。

     2016_04 11_ビフォー・4
           ( ↑ 北側から見た母屋の裏の廃材の山 ↑ )

その結果、一年間近くに渡ってゴミなのか古材木なのか判然としないモノがどんどん溜まり続けましたので棟梁も建築作業がやりにくかったことと思います。

昨年の秋の終りになってそれらの廃材を種分けして、必要な分は裏山の下へ移動して二つの木材置き場を指定して保管してもらうことになりました。

     2016_11 10_アフター・材木1
          ( ↑ 再利用目的で集めた廃材の山 ↑ その1 )

     2016_11 10_アフター・材木2
      ( 同所の廃材の山 ↑ 左側はその1、右側に見えるのが ↑ その2 )

この二つの材木の山はそれぞれ長さ4メートル前後、奥行き2メートル前後、高さが1,5メートル前後もある大きな置き場(ぼくにとっては廃材ではなくて再利用目的の『資材』になる。)

それからこちらは一旦「廃棄処分」することにしていたアルミサッシの窓枠やガラス戸や雨戸類ですが、もしかしたらやっぱり再利用して自分で小屋作りなどができるのではないかと思い直して、処分品を集合してあったエリアから母屋裏手の空地へ運んで保管することにしたまだ綺麗なサッシ類です。(建築部材として新品を買おうとすればこれだけでも何十万円という高価な部品とのことだった。)  ↓           ↓
     2017_01 24_アフター・サッシ
そんなこんなしながら一応母屋の周りがスッキリと片付いて来ると、元々住宅としては敷地に余裕があるのでこんな感じで古家がリペアーされた雰囲気が一目で分かるようになりました。
             ↓             ↓
    2017_01 20_村の家と畑・1
元は日本民家(農家)の典型的な建て方でいわゆる『田の字型』の部屋割が基本になった家だったのが、今や家の中身は典型的な『和洋折衷』の家に生まれ変りました。

    2017_01 24_アフター・2
後、残りの工事が完成すると家の前面部分も一目で和洋折衷だなあと分かる造りになります。
そうなったらいよいよ引っ越しが日程にのぼってくるのも間近です。

 ( 2017・1/31,up )
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2017
01.28

今年こそ畑に情熱を! (blog,465p)

Category: 畑のあれこれ
1月19日から一昨夜26日に帰宅するまで1週間、今年初めての村の家往復をしてきました。

年末26日から3週間以上間が空いてしまっていたので【母屋建物の改修工事】(進捗状況)がどうなっているのかが最大の気がかりでしたが、家の工事については後日追々と書くことにして、先ず畑のあれこれから書き始めようと思います。
去年はほとんどまともに農作業ができなかった畑に今年はしっかり取り組む決意を自分で自分に表明したいと思って行ったからです。(つまり新年の畑開きをしに行ったというわけ)

      2017_01 20_今年初めての畑・1
ですがその畑はまだ、去年の秋の終り(初冬)になって「さつま芋」と「里芋」と「山芋」を掘り上げた後がそのままで手入れもそこそこに放置してある状態だったので、なにはともあれ蔓草や雑草の長い枯れ草や庭木を伐採した枯れ枝などを片付けて耕運機をかけられる状態にする必要がありました。

それでともかく畑を歩いてみると、足元にたくさんの土刳れができていました。
畑中いたるところに地面の内側から一塊づつ土を掘って地上へ押し出してあるのです。
まるで子供が泥砂遊びをして洗面器にいっぱい掘った土を次々に伏せ置いたような形の土刳れが何十個もできていました。

       2017_01 20_今年初めての畑・2
これはモグラの仕業です。この土の塊のことを昔から「モグラ塚」と呼んでいます。
モグラは元気に生きている間は一生、一日中土の中でミミズや大型昆虫の幼虫やオケラなどの土中生物を餌として食べ続けていないと飢えて死んでしまうのだそうですね。
ぼくたち人間のように一日の3分の1は眠って過ごして食料が無い時には2日や3日位なら何も食べなくても生きていられる、という生物ではないそうです。
何種類かいる日本モグラはどれも半日(12時間)何も食べないと死んでしまうようです。
なんと厳しい暮らしでしょう。ぼくがモグラだったらそんなことを考えただけでショック死してしまうに違いありません。

2017_01 20_今年初めての畑・3 2017_01 20_今年初めての畑・4
  ( ↑すごくたくさんのモグラ塚↑ )    ( ↑左の写真中央部分をアップ↑ )
上から1枚目と2枚目の写真にも「モグラ塚」は写っているのですが、土が乾いていると余程近付いてよく見ないと判別できません。それに対してこちらの、多分まだ掘り上げられてからあまり時間が経っていない新しいモグラ塚の方は一目でそれと分かります。

しかしこのモグラ塚の数の多さから想像して、いったい我が村の家の畑にはどれくらいの数のモグラが生息しているのだろうか?と思いながら写真を撮りました。
ぼくはまだ畑で直接モグラと対面したことがありません。しかしこれだけたくさんのモグラ塚が作られてきたところを見ると、おそらく相当に生息数が増えてきているだろうと予想されます。

モグラが増えているということは餌である土中生物、とくにミミズなどが増えてきたことを意味すると考えられます。仮にミミズが増えて来たとすれば、それは土壌から農薬成分が抜けてきたということであろうと思います。
だとしたらぼくが畑を譲り受けて4年目、この間一度も農薬(除草剤や殺虫剤)を全く使わずに作物を育てている効果が歴然と顕われてきたのだと思います。

とすれば本来の趣旨から言うと喜ぶべきことなわけですが、実は複雑です。
あまりにモグラが大発生して多数生息することになれば当然モグラを襲う生き物、蛇なども増えるだろうし、なんと言っても土が絶えず掘り返されては作物の種や苗の成育が阻害されてしまいます。

今年はそんな悩み多き『無農薬半有機農業・見習い』の一年になりそうです。

 ( 2017・1/28 )
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2017
01.25

古い古いマンガ本 (blog,464p)

今日のブログ記事がアップされる頃は、ぼくは村の家でちょうど一週間位滞在している時だと思います。

今年は正月前後をずっと長く家で過ごしていましたので、いつもの年明け時期よりのんびりと好きなマンガ本を手に取って眺め(一応ぼくの人生「選択」はマンガなので)いろいろ楽しみながら考察を巡らせていました。

マンガと名がつくものなら大方は好きで、それなりに広く目を凝らして眺めてきたものですが、自分で買って保管してきた種類(コレクション)には一定の傾向があって、その最も大きい特徴はなんといっても【古いマンガ本】だと言えるところです。

今日はそんなぼくのマンガ・コレクションの中の4冊の『赤本マンガ』と『おもちゃマンガ本』を紹介してみようと思います。(どれも今から60年~70年前1940年代~’50年代に製造販売されたもの)

2017_01 19_赤本マンガ・1 2017_01 19_赤本マンガ・2
上の写真に写っている4冊のマンガ本(写真左側は表紙で右側は同じ本の裏表紙)の内、上に並べた2冊は『おもちゃマンガ本』で下に並べた2冊が『赤本マンガ』と呼ばれたものです。

『赤本マンガ』と『おもちゃマンガ本』なんて言ってもぼくのようなマンガ好きででもなければ何のことか分からないに決まっていますが、ここではあまり詳しい説明は省きます。
近い内に別の媒体でマンガに関するいろいろなことを書いて徐々に発表して行く予定です。

まあ簡単に言うと『赤本マンガ』は本の体裁は現在の一般書籍に近い製本で、小さな出版社や個人商店などが事業として出版して一般書店や露天営業の古本・ゾッキ本商人、そして貸本屋さんなどに販売されて流通した子供向けのマンガ単行本で、店頭や露天に並べて販売する際に少しでも人目を引くようにと【表紙の印刷に赤色を多用してあった】ことから業者間で通称『赤本』と呼ばれていたものでした。
(赤本マンガは別名『お土産マンガ』とも呼ばれたがそれについては既に当ブログで書いたことがある。)
       2017_01 19_赤本マンガ・3
         ( ↑ こちらの2冊が『おもちゃマンガ本』 ↑ )
おもちゃマンガは赤本マンガと同じ小さな出版社や、その他にも地方の印刷屋、駄菓子製造業者やおもちゃ製造業者などによって雑多に制作され、一部は赤本としても流通しましたが殆どは出版事業(流通販売)とは言えない製造販売経路で駄菓子屋に集まる幼児や少年少女がくじ引きの景品として手にしたり、町の商店や薬売りなどの巡回商人が今でいうプレゼンテーションに供したおまけ玩具として扱われた相当いい加減(粗製乱造)な品々でした。

上の写真の2冊『幻の怪ロボット』(左)と『洞窟の悪魔』(右)を並べて写しましたが、じつはこの2冊のマンガ本の中身(本編)は全く同じものです。
         ( ↓ ここから下の2枚の写真がその内容部分 ↓ )
       2017_01 19_赤本マンガ・4
こうした『水増し本』作りは赤本マンガでもおもちゃマンガ本でも頻繁に行われた文字通り粗製乱造の商品製作形態で、これはその後の貸本マンガ出版に於いてもちょくちょく行われた杜撰な営利追求手段の現れでした。

しかしそのいい加減なマンガ本作りと頒布形態のおかげでぼくのような田舎の子供がマンガに接することができて僅かな小遣い銭で自分だけのマンガ冊子を手に入れボロボロになるまで読み返し、自分の感性や思考の表現手段としてのマンガ世界への夢と希望を抱くことができたのは幸せなことでした。

この2冊のマンガ冊子の片方『洞窟の悪魔』の方は随分前に入手していましたが、最後の方の39頁から46頁までが損失していて話の結末へ至る筋が不明でした。
それでこれまでぼくは勝手に抜け落ちた8ページ分のドラマを想像して楽しみ、いつか自分の想像を付け足してこの作品をリペア、リメークしてみたいと思ってきました。
それが最近になってネットオークションで『幻の怪ロボット』というタイトルの同じ中身らしい本を見つけて少々高価になりましたが競争入札の結果、落札することができました。

       2017_01 19_赤本マンガ・5
先日手元に届いたその本を確認すると、昔手に入れた本の不明部分はちゃんと揃っていてやっと作品として読了できたのですが、第一ページの左上角が少し破損していました。(つまり2冊合わせると完全なマンガ本になる。)
こういうことは今までにも何度かありました。
もっと大掛かりに自分で欠損部分を補修したものもいくつかあります。古本に限らず、骨董とまでは行かなくても古物を集めたり眺めたりする人の楽しみはそんなところにも愛着を籠めることだと思います。

20年30年前の若い頃には古書籍や古マンガ本を探して遠くの町まで出掛けて古本屋さんや貸本屋さんを彷徨したこともありましたが、ここ10数年はもっぱらネット・オークションで掘り出し物を探すことが九割方になっています。(今でもよく古本市や古書店に行くがマンガのビンテージ物はもうほぼ絶望的に出なくなって久しい。)

いつも書いていますがぼくはマンガのことになると三日三晩位ならおしゃべりし続けることができます。(それほどマンガが好きだし少なからずコレクションもしてきた。)
近い将来、村の家で、訪ね来てくれる方たちとマンガ談義を交わすのもこれからの楽しみです。

 ( 2017・1/25,up )
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2017
01.23

雪だるまパン? (blog,463p)

Category: 町の家にて
ぼくが今年初めての村の家行きの準備をしていた時、家人はいつものように家族が食べるパンを焼いていました。
この頃は忙しく家を出入りしていてあまりゆっくりすることのない我家の娘が、家人が調合したパン種で雪だるまパン?を作っていました。(ここ数日、家の外には雪が積もっている)

         2017_01 17_蕗ちゃんとパン・3
                 ↑     ↑
最初、成形したばかりの柔らかい状態の時は確かに白くて雪だるまを連想させるものでした。

ところが焼き上がってみると顔やお腹がうっすら色付いて、雪だるまというよりは人間の赤ちゃんのような生き生きとした可愛さになりました。
2017_01 15_蕗ちゃんとパン・1 2017_01 17_蕗ちゃんとパン・2
そこで早速、我家の新人類ちゃんの写真と並べてみました。(心なしかよく似ているように見えるのだが、ぼくの勝手な思い過ごしかもしれない。)

 ( 2017・1/23,up )
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2017
01.21

昔なら【分不相応】かと、 (blog,462p)

Category: 町の家にて
ちょうど一年前のことでした。
現在ぼくたちが居住している家でかつて家人の祖母が営んでいた「下宿屋」に何年か暮らしていた人の中のお一人で、今は東京で弁護士になっている人が大学時代の学部仲間との新年会に出席するために遠いこの町までやってきて、懐かしいからと遊びに来てくれました。

彼が下宿していた頃には元気だった家人の祖母は既に世を去っていて、しばらく下宿を受け継いでいた家人の母も90歳を超える高齢になっていますが、たった数年をこの屋根の下で暮らした方々が、彼ら自身の青春時代の記憶を頼りに思わぬ頃に訪ねて来てくれるのは義母にとってもぼくたちにとってもたいへん嬉しいことで、家族みんなで喜んで迎え、暫し歓談をしたのでした。

        【以下はその一年前のブログの一部の再録になります。】
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            ↓       ↓       ↓
また何人かの人たちとは彼らが学校を卒業した後になっても親交が続き、今でも時々遊びに来てくれる人たちがあります。
そうした人の一人が昨日9日に家人の母を訪ねて寄ってくれたのですが、その人のお土産がもの凄い豪奢なものでした。それは見るからに美味しそうな上等な牛肉のズッシリと重い包みでした。
そういう高級品をぼくのブログで嬉しそうに載せるのはどうかと悩んだのですが御礼の意味を籠めて、ただしあまり派手にひけらかすような写真にならないよう気を付けながらやはり掲載だけはしておこうと思いました。(もうこういうことはぼくの生涯に二度とないだろうと思うから)
         2016_01 09_一週間で2回目のすき焼き・1
正直に言ってぼくはこんな高級上等な牛肉は生れてこの方店頭で見たことはあっても自分で買ったこともなければもちろんどこかで食べたということもありませんでした。
販売店の名前もM亭という超有名な高級牛肉店ですからぼくの働いて得た収入で買いに行くことなど考えたこともありません。
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            ↑       ↑       ↑
と、ここまでが去年のブログのページの一部です。(記述も写真もそのまま)

そして、ここからはリアルタイムの記述、今年のことです。
            ↓       ↓
じつは去年我が家を訪ねてくれた同じ人が、今年もまた遊びに来てくれたのでした。
それも、なんとまた去年のように【上等の牛肉を、食べきれないほどたくさんの分量】お土産に携えて来てくれたのです。(ぼくは去年も今年も彼が帰ろうとした時に家人からお土産をいただいたと聞かされるまで知らなかった。2年連続のサプライズだった。)

今までもささやかながら自分たちの収入でまかなえるすき焼き肉を自前で調達して、年に数回ですが楽しく美味しく家族で『すき焼きパーティー』をしては来ましたが、去年も記した通り「今まで食べたことがない高級なブランド牛肉」を腹いっぱい食べきれないほどいただき味わったのは(ぼくにとっては)去年が初めてのことで、従って今年は2回目のことになりました。

去年もずっしりと重い包みで客人のご厚意はたいへん嬉しかったのですが、彼より20年も社会人を長くやっていてもとても友人知人をお訪ねする時にこんなお金のかかるお土産を持参することなどできないぼくとしては、彼の懐は大丈夫なのだろうかと要らぬ心配をしてしまいます。
        2017_01 15_今年も牛肉が、、、
                 ↑       ↑
    (去年も今年も、我家の台所の1kgの電子計量機の上限をオーバーした牛肉)

彼はそんなぼくの余計な心配症を察してでしょうか「大丈夫です。めったにお会いできないのですからこれ位のことは、それに今、弁護士の仕事もなかなか大変ですが私はちゃんと仕事をしていますから心配しないでください。」と言うのでした。
また昨年は消費者問題に関する法律の本も書いたことや現在法律家として取り組んでいる社会的テーマと事例についても少し話を聞いて、ぼくなどが思っているよりずっと逞しく頑張っているのだろうなーと彼が(去年と同じ同窓生たちとの新年会へ行くために)我家を発ったあとで家人と話したことでした。

さてこの大量の美味しい牛肉はいただいた2日後の日曜日の夜に、同じ町の少し離れたところに住む息子とパートナーと彼らの赤ちゃんの3人を呼んで拡大家族みんなで文字通り美味しく腹いっぱいいただきました。(その上まだもう一度夕食でいただく分が残してあるらしい)

というわけで、高級すき焼き肉の感想です。

まず上の写真にある去年の高級牛肉は本当に生まれて初めて食べた食感と味でした。(ぼくは噛み千切る必要がない牛肉というものを初めて食べた。)まさにぼくにとっては【未知との遭遇】だった。あまりに口当たりが良過ぎたのでそのことだけが頭に残って一年経った今、細かい味がどうだったかということまで思い出せない。それほどにソフトな食べ心地の霜降り肉だった。

それに対して今年の同じく高級牛肉!(創業・明治二年、のM屋のすき焼き肉)は必要な噛み応えがあり、なお且つ割り下もよく染みてしっかり味わえ(それでいて十分に柔らかい)なんというか通の食人でないぼくのような庶民にとっては今年いただいた肉の方が【牛肉の中の牛肉!】という印象で満足度が高く感じました。(写真では肉が赤っぽく写っているが、実際はもう少し白っぽく脂が全体に行き渡った見事な霜降りだった。)

いやさて、こうしてブログを書きながら、我ながら「いつまで贅沢な正月気分に浸っているのか!」と自分を叱咤せざるを得ない気分になってきました。
どうやら昨日までの厳しい寒波も緩んできそうです。
ネットで村の家への道中の中間地点にある昔からの旅人の難所、有名なS峠のこちら側と向こう側の定点観測(ライブカメラ)を視ているのですが、たぶんもう明日になれば普通タイヤでも(昼間の穏やかな気温の時間に限れば)安全に通行できると思います。

明日は村の家へ出発しようと思います。

 ( 2017・1/17 記、21,up )
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2017
01.19

この冬初めての寒波襲来 (blog,461p)

Category: 町の家にて
そんなこんなで、いつものぼくのライフサイクルでダラダラと過ごしてきた年明け前後の長い日々でしたが、やっと13日までかかって取敢えず一区切りつけたので遅くなった村の家行きを実行しようとしたところ、今年最初の日本列島広範囲寒波が襲来してきました。

         2017_01 15_寒波襲来・1
上の写真は15日の早朝に撮った町の我家の道を挟んだ向かい側にある建設会社のビル、駐車場、それに隣接するアパートなどです。
昔まだこのビルが建つ以前には我家の二階の窓からその方角にある大きい有名な神社の巨木が鬱蒼と立ち並ぶ森が見えましたが今はもう近くまで行かないと見えません。(といっても徒歩数分で行ける場所だが)

そして下の写真は我家の玄関先から写した家の前の通り。
多くても年に数回あるかないかの積雪で日曜日のためもあり、通行する自動車もほとんど無いので普段見慣れた風景がなんだか映画の中の一カットの情景のように見える。

        2017_01 15_寒波襲来・2
ぼくが現在住んでいる家は、家人の父方の祖父母やその先代の人々が何代にも亘って維持し続けて来てくれた「こんな大都市の町中の住宅としては比較的大きい敷地」に建つ築100年オーバーのいわゆる民家(町屋と農家の折衷家屋)でした。
それをぼくの暮らし方のために半分弱の60数坪を削って処分してもらって10数年が経過しました。

それでも何とか家の裏手にまだ10数坪の庭も残っていて、周囲は建物に囲まれていますが、家人が小さい畑を作ったりぼくがスモーク窯を作ったり燻煙材の材木置き場にしたり、もう家の中に置き切れなくなってしまったマンガ本コレクションを厚い段ボール箱に押し込み、ブルーシートに包みこんで半ば放置しておく雑然とした場所になって久しい年月が経っています。

2017_01 15_寒波襲来・3 2017_01 15_寒波襲来・4
そうした諸々も、雪が降り積もると不思議なほどに静かになって普段と違った物語的な光景を出現させてくれるように思います。(雪国に住む人々はどんな受け止め方で観ているのだろう)
雪景色を見るとぼくは「人間が地上でどれほど身勝手な振る舞いに及んだところで決して自然界が人間の横暴に屈することはないだろう。ウイルスやバクテリアよりも下等な存在の人類なんかがいくら思いあがって乱暴狼藉を重ねようが未来永劫、宇宙に冠たる存在になど成り得ようはずがないし、地上の摂理を外れては生き残ることさえもできるはずがない。」という思いを強くします。

またぼくは相当本気で【こんな非合理で醜悪な人間社界しかつくれないのであれば、早く人間どもの時代なんか終焉してしまえばいいだけだ!】と思って暮らしています。
こういう考えは、多くの人たちが、子どもの頃から思春期にかけて精神的に壁や障害に突き当たる度に思い詰めて行き当った(行き着いた)経験があるだろうと思います。
ぼくはどうもその若い頃の物事の感じ方、判断の仕方、価値観の抱き方から脱皮できないまま年をとってしまった人間のようです。(つまり非常に幼稚な感性と思考で生きてきて、いわゆる【大人】になれなかった)

まあ、たぶん、だからこそ自分が幼年時代に身近な環境から刷り込みを受けた『マンガの世界』に魅入られて生涯一時もマンガのことを忘れることなく自身の表現手段としても創作世界としても持ち続けてきたのだろうとも思えます。

 ( 2017・1/16 記、19,up )
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2017
01.17

鮒(フナ)のこと (blog,460p)

Category: 町の家にて
前回のブログで【ぼくはまだ正月気分、思い返せば子どもの頃からいつでも正月気分で過ごしてきたようだ。】と書きました。

数日前に家人が長年参加している市井の読書グループの新年会に出掛けました。
普通の市民(庶民)が参加し合って合議して読書テーマを決め、毎月例会を持って必要に応じてテーマに沿った実地探訪や講師を招いての勉強会なども行い成果を共有し合う読書研究会です。
という風に文字で書くと堅苦しい感じですが話を聞く限りでは互いに打ち解けて和気あいあい、時々のテーマに沿って自分が好きに読んだ本の感想や学習内容をレジュメにしたり話し合ったりしていてけっこう楽しそうな集まりのようです。(『勉強・学習』が苦手なぼくには向いていないと思うけれど)

その新年会も例年、参加者同士が銘々に持ち寄ったお菓子や食料を食べたり飲んだりしながら新年の挨拶を交わし合う集まりだと聞いています。

         2017_01 11_鮒寿司
                ↑        ↑
帰宅した家人が仲間の一人が持って来てくれた近江地方の名物『鮒寿司(フナズシ)』の幾切れかをいただいて来て、夕食時に「美味しいから食べてご覧」と言って出してくれました。

家人と年老いた義母は美味しいと言って食べていましたが、ぼくはじつは子どもの頃からほとんどの発酵食品が苦手で大人になるまでほぼ全く食べられませんでした。
でもそれではせっかく家人が持ち帰ってくれたことに済まないので『ちょっとだけ(本当にちょっとだけ)いただきました』
どれ位ちょっとかというと、上の写真で左側のスライスにオレンジ色っぽく見えている胞卵部分の内の2,3ミリの欠片(かけら)を食べました。(味わいはよく分からなかったが一応ぼくもフナズシを食べました!という格好だけはつけた。)

鮒を食べるといえば、ぼくは子ども時代によく郷里の川や池へ度々鮒を釣りに行きました。
釣った魚は持ち帰るのが普通でした。そして20センチ以上の大振りの鮒が3,4匹以上揃えば『甘露煮』を作り、10センチ前後の小振りな鮒が10匹位いる時には母が『昆布巻き』にして素朴な夕食のおかずになったりしたものです。
魚釣りでは鮒の他にも「鮠(ハヤ、ハス、オイカワ)」や「赤鮠」や「ズンコ」や「ウナギ」がよく釣れました。(鮎や鯉やウグイやタナゴはあまり釣れなかった。)

        2012_02 13_西郷川で魚釣り
                 ↑      ↑
     (2014年にも一度載せた絵。よく魚釣りをして遊んだ郷里の西郷川)

鮒も鮠もたくさん釣れることが多くて家で飼っていた鶏たちの餌にして食べさせることもよくありました。(半世紀以前、庶民の家では飼育している動物も飼い主の人間も同じようなものを食べて暮らしていた。)

郷里の実家から1キロか2キロ、遠くても3,4キロしか離れていない所にフナやハヤやウナギの釣れる川や池が何ヶ所もあったので夏は水泳もしたし危ないイカダ遊びをやったこともあり、思い出はたくさんありますが今日はこの辺で。

 ( 2017・1/16 記、17,up )
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2017
01.15

いつまでも正月気分 (blog,459p)

世間ではもう一週間も前にすっかり正月気分から日常の忙しい暮らしモードに切り替わっている(それが普通)わけですが、ぼくはあれこれ正月前からのやるべきことに区切りがつけられず、新年明けて二週間が過ぎた今日も脳内スタンスが正月の続きのままになっています。

ちょっと変わった表現をすれば【毎日がお正月】状態にあります。(たしかに自分自身でそう思っている)

それで、自分のライフサイクルをなんとか現実世界に合わせて調整しようとはしているのですが、本当にリズムもムードも世間と合っていません。(まあ昔からといえば昔からで、思い返せばたぶん子供の頃からこんな風だったようにも思う。)

        2016_12 17_年末のこと・1
とうに松の内を過ぎて、もう小正月が来ようとしているのにぼくは13日になってもまだ年賀状を書いていましたし、年を越した正月用食材(食料)もまだまだ食べきれていません。
食べきれない食材といえば、友達がお歳暮に贈ってくれた立派なエビ芋(里芋の一種)もまだたっぷり残っています。(上の写真。ぼくの友人の郷里のブランド品)

こちらも去年のことですが、村の畑の畝をほとんど放置状態にしたまま過ごしました。
それで畑地はほぼ全て雑草天国のまま3シーズンを経過してしまいましたが、冬になって、去年ホーレンソウや小松菜や春菊の種を蒔いて育てた後の古い畝から数株の小松菜が勝手に育って来ていました。
           2016_12 23_年末のこと・2
どうにも手が回らず世話をやくことができなかった畑ですから野菜が成熟して種を落し、自然に還ることは当然起きていたのですが、やはり元々自然界で輪廻を繰り返す雑草たちに対して栽培種の植物である野菜はその生命力という点ではとても及びません。

ではありますがちょっと注意して観察しているとやっぱり野菜も植物なんだぞ!というわけで、所々にごく僅かづつ、一本二本とささやかに根を張り、育つものもあるのが嬉しい光景です。
下の写真は小松菜の株の陰の雑草に混じって遠慮がちに育ってきていた、たぶんホーレン草だろうと思います。
           2016_12 23_年末のこと・3
小松菜もホーレン草も年末の畑で育って来たのをぼくが目撃して写真に撮ってから、もうぼつぼつ3週間経つ頃なので、この間には度々霜も降りたでしょうし雪が覆ったかもしれません。今はどうなっていることでしょう。

すっかり遅くなりましたが昨日位には久し振りで今年最初の村の家行きをする予定でした。
家人は肉じゃがなどの持参食料を用意しておいてくれて、さてぼつぼつ行こうか! と思っていたのですが、天侯が変転していてちょっと行きにくい状況になっています。

どうやら今日、明日、明後日位が今年最初の大寒波襲来になりそうです。
こういう状況はかなりジリジリとした気持ちにさせられますが焦って出発するのは交通も危険が増すし、第一吹雪や積雪の下では村の家へ着いても畑を耕すことも出来ません。
仕方がありません。2,3日天気の様子を見て、天候が回復してから行くことにしましょう。

 ( 2017・1/14 記、15,up )
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2017
01.11

七草も過ぎて未だ、、、(blog,458p)

Category: 町の家にて
1月3日から書き始めた今年の年賀状を、毎日少しづつ今日(10日)もまだ書いています。

年末に立てていた予定では、もう今頃は村の家へ行って今年最初の畑の鍬入れを行って(おこなって)いるはずでした。
でもまだもう少し頑張って新年のご挨拶をお出ししておきたい方々があります。
村の家へ引っ越して、働き始めたら必ず最初にやらなければならない(これまでの暮らし方を助けて下さった方々への)ご恩返しがあります。
それがまだ実行できていないお詫びを書いて投函した年賀状もあります。
今年こそぼくたちに関わりを持って下さった多くの方々へ新しい暮らしを見ていただけるようにしたいと念願しています。

7日には暦の歳時記通りに我家でも七草粥を食べました。
去年は自分で村の畑で育てた大根や青菜も七草粥に入れられたのですが、今年は収穫出来るものがなくて生協のお店で3,4人家庭で食べる分の七草粥セットになったパック野菜を買ってきました。
       2017_01 07_七草粥・1
 『 セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ “春の七草” 』

子どもの頃、毎年この季節に母から聞いて育っていつの間にか口癖のように言えるようになった七草の名前ですが、このうち【ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ】がよく分かりませんでした。
今ではハコベラ(ハコベ)が野原遊びで馴染みだった『ペンペン草』だったことは知っていますがゴギョウとホトケノザのことはやっぱり良く分かりません。
         2017_01 07_七草粥・2
毎年同じような話題を家族で話しつつ、次の年にはまた初めてのように同じ話題が食卓に上がる。歳時記というのはそういうもののようです。

七草粥の添え物(おかず)は、三が日のおせち料理の重箱に入りきらなかったものが並びます。
黒豆も昆布巻きも紅白のカマボコも、揃って食卓に並ぶと単品の時とは違う印象で、まだ新年のおめでたい気分が胸の内から消え遣らない、なんともいえない嬉しい感覚の余韻を味わいました。

さあ、一時も早く年賀状を書き尽して投函して、なるべく早く村の家へ行って来なくてはと気が急いて(せいて)います。

 ( 2017・1/11up )

追記(本文訂正)=『ハコベラ』(ハコベ)が「ペンペン草」だと後で知った、と書きましたが、家人から【それは間違いである!】ペンペン草は『ナズナ』のことである!との指摘を受けました。(^o^)
それで本文をアップしてから既に1日以上時間が経過していますので本文中で書き直すことはしないでここに訂正追記することにしました。
でもそうするとぼくはやっぱり『ハコベ』がどんな草なのかを知らないことになります。
(田舎育ちで随分【野原遊び】をした経験も豊富なのに、いつも書いているようにぼくはただ【ひたすら遊んでいただけ】で博物学的な知識を得る学習をしてこなかったんだなあと改めて自己認識、、、1月12日、記)
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2017
01.06

穏かに年末年始を (blog,457p)

Category: 町の家にて
2016年の大晦日から2017年の元旦にかけて(ぼくは相変わらずアタフタしているばかりだったけれど)我家では比較的穏やかな年越しをすることができました。

暮れの内に電気餅つき機で自前のお餅を二臼分ついて(もち米は山口県の知り合いの方が毎年たくさん贈って下さる)家人がいろいろな材料を工夫しておせち料理も作ってくれて、ぼくは数カ月間散らかしっぱなしにしていた居間の本や荷物をできるだけ片付けて、少しばかり使い走りと家の中の作業の手伝いをして、後は美味しいものを作ってもらって食べているだけの俗に言うぐうたら亭主でしたが、、、とにかく年は越せました。(^-^)

      2016_12 31_年末年始・1
大晦日の夕食は家人手づくりの4種類の具材をそれぞれトッピングした特製ピッツァ(大中4枚)を3人だけでいただきました。(娘はアルバイト先で徹夜で働いていて帰宅したのは朝だった)
深夜0時を挟んで除夜の鐘を聴きながら年越し蕎麦も食べました。(いつもなら裏戸を開けて耳を澄ますと幾つかのお寺の鐘が聞こえてくるのだが、なぜか今回はたった一つの種類の鐘の音が1分置き位にかすかに聞こえたり聞こえなかっりしただけだった。)

鏡餅はあまり大きいのは作らなくなりました。
大きい鏡餅は後で鏡開きで切る時になかなか切れず苦労するので段々小さくなって、今では二段だけで、土台餅が直径16センチ程、上の鏡餅が直径12センチ程の、スーパーやデパートで売っている位のコンパクトバージョンになりました。
         2017_01 02_年末年始・2
今年のデコレーションは例年とちょっと違います。
正面左右八の字に挟んだウラジロの葉の真ん中手前に黒い髪の毛の束のようなものがあります。
これは日本海の富山市を故郷にもつ身内から届いた『藻』(海藻)です。あちらではお正月飾りにこの海藻を稲穂やウラジロなどと一緒に添えているのだそうです。(我家では初めてのことですが、珍しくて楽しいので正月2日に息子たちが持ち帰ってくれたものを早速鏡餅に挟んで眺めている。)

暮れに家人が花屋さんで買ってきてあった柳の枝に搗きたての熱いお餅を小さくつまんでたくさん点じて『餅花』も作りました。
玄関内側の壁に息子の絵と並べてちょっと立体的な飾りつけにしました。
         2017_01 02_年末年始・3

おせち料理は家人の母が年老いて以来のここ10数年間は家人が一人で工夫して調理してくれています。
今年も見事なおせち料理が並びました。
最初テーブルに並べた段階で写真を撮るのを忘れて、ちょっと食べ始めてから撮っているので所々隙間が空いていますが、お重を開けて並べた時には圧倒的ボリュームでした。
(因みにこの三段重ねの大きい田舎風の重箱は、ぼくの実家が建て替える時に長兄夫婦が古いものは捨ててしまうというのでぼくが車で取りに行って運んで来たいろいろな生活雑器の中の一つ、もう多分80年か100年使い続けられてきたものであちこち破損もしているが大事に使っている。)
         2017_01 01_年末年始・4
2011年3月11日の東日本大震災で福島第一原発のウラン燃料格納容器(原子炉の心臓部)の燃料棒が溶融(メルトダウン)して、原発建屋4基が連続爆発の事態に至り、人体、生物の生命に直接間接に危害を及ぼす何百種類もの核種(放射能発生物質、原子)がほとんど無限に地上、地下、空中、水中へ垂れ流される人類存亡の危機事態が現在もずっと進行中となっています。

我家では長年、家人の父方の祖母を通じて関西風のおせち料理を作ってもらい、ご馳走になってきて、家人もその伝統に教えられた料理を作ってくれるのですが、上記の原発放射能拡散状況が発生してからは、関西風おせち料理の主役の一つだった『棒鱈』(ボーダラ)は一切食べるのをやめました。(従来、ボーダラ原材料の魚・鱈は三陸産が圧倒的シェアなのでぼくらは自分たちの判断で食用を中止した。)
その代わりの食品は毎年違うのですが、今年は素晴らしい『大鮎の甘露煮』を作ってくれました。この大鮎はやはり毎年、家人が生まれた山口県の山間地域、玖珂郡という所に今も住んでおられる優しい知人が、夏から秋に捕獲して冷凍して食べきれないほど送って下さるものです。(お米を送ってくれる方とは別の山口県人)

写真では一番上の重箱に詰めてあるのでよく見えませんが、今年は何種類もの昆布ジメが並びました。
それも富山のローカル特製品です。ここ数年、富山との結びつきも段々深まっています。

さて最後の写真は元日の午後遅くなって起きてきたぼくに家人が出してくれた『毎年恒例のお雑煮』です。
白味噌仕立て、鶏肉、青菜、ニンジン、蒲鉾、里芋、大根、丸餅、付け添えは芋栗キントン、黒豆、ゴマメ、ニンジン・ダイコン・干し柿にレモン絞りのなます、そして数の子、いずれも我家の定番です。
      2017_01 01_年末年始・5
お屠蘇は夕食時に呑みました。
今年のお正月料理には残念ながらぼくが村の畑で育てた野菜はほんの少ししか使われませんでした。昨年はずっと村の家滞在中の活動が不安定で、畑の作業『勝手に農業見習い』が一昨年の3分の1位しかできませんでしたので、冬から春にかけて収穫出来る野菜が全くありません。

これはぼくにとって大変悲しい現実なので今年は来月2月になったら去年の忸怩たる思いも合わせて胸に期して大いに野良作業、畑仕事に精を出したいと思ってウズウズしています。

 ( 2017・1/6 )
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2017
01.03

2017年最初のご挨拶? (blog,456p)

Category: 町の家にて
2016年という年代区分の365日が過ぎ去って次の年限である2017年が始まりました。(もう今は3日の朝9時過ぎだ)

大晦日の夜から元日の朝9時までかかってぼくは部屋の中を片付け続けていました。
ここ数カ月で溜りに溜まった本や書類、その他の荷物あれこれを適当に種分けしながらまとめて段ボール13箱に詰めて別の部屋へ移動しました。
ここ数年間、それがぼくの年末年始の行動パターンになっています。

毎年読み切れないほどの書籍や論文雑誌を購入していて、だいたい読みますが整理しきれない古い時代のマンガ本も相変わらず集め続けています。(合計すると毎年およそ400~500冊前後入手する。)
それらは全てぼくにとっては大事な自分の創作用の資料です。
資料なので読了後も処分はしません。従って本や雑誌や書類は増える一方で10年位前からもう書架には並べ置くスペースが無くなってしまいました。この春、村の家へ運んで全部の本を書架や資料棚へ並べていつでも手にとって読んだり眺めたりできるようになるのが楽しみです。

その片付けが済んだら年賀状の絵を画かなくちゃと思っていました。 下の3枚の鉛筆スケッチは今年(酉年)の年賀状のためのイラスト下書きです。(一辺が7,8センチから10数センチの包装紙や封筒の裏紙に鉛筆で落書きのように画いたもの)
                ↓  (1)  ↓
         ニワトリ、カラス・1
ぼくはちゃんとした画用紙やキャンバスに絵画やイラストを描くのも好きですが、包装紙の裏側とかに文章や絵を画くのが子どものころから大好きで今でも裏が無地の紙類が捨てられず、家中のあちこちに紙の山ができて家人からちゃんと整理できないものなら捨てろと言われ続けています。
                   (2)
        ニワトリ、カラス・3
でも、もの凄い分量の包装紙や古い封筒やお菓子の空き箱の裏紙などにぜ~んぶ落書きや物語のプロットを画き込んで行きたいというのがぼくの夢の一つなので捨てられないばかりか、これまた増える一方のゴミに近い荷物になっています。
                   (3)
        ニワトリ、カラス・2
下書き段階ではまだ構図は決まらなくてテーマは仮に『空飛ぶニワトリ!』としていましたが、元日の夜から2日の朝までかかって上の(1)~(3)のラフを基になんとかやっと年賀状にプリントするための「鳥のイラスト」を画き上げました。
                ↓       ↓
        2017 酉年の年賀イラスト原画・清
                『二羽の鶏が見た夢』

これは書籍郵便物が入っていたボール紙封筒を切り開いた裏側に墨什とペンで画いたマンガ・イラストです。(21.5cm X 29.5cm、白色はポスカラで赤色はアクリル絵の具)

昨日2日にはこのイラストで年賀はがきを作りました。
今日から『マンガのある農園』の消息をお知らせしたいたくさんの方々と友人知人親戚へ年賀状を書きます。
投函するのは早くても明日4日か明後日になるだろうなあと思います。

というわけで今年も年賀状を出し了わるには7日か8日頃までかかりそうどすえ。(^0^)

 ( 2017・1/3 )
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