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2017
11.28

駐車場工事完了 (blog,563p)

前回まで、郷里での同窓会や、ついでに訪ねてみた場所のことを書いてきました。
いつも帰省するとだいたい兄の家へ顔を出したり家族の墓参りをしたり、高校時代の友人たちと一緒に昼飯を食べたりしてから自分の生活圏へ戻ってくるのですが、短い滞在時間で同窓会に出席して『ねむの木村』を訪ねて『東海道日坂宿』と『小夜の中山』を少しだけ歩いたりしていたら時間が足りなくて、その後の予定が迫っていたので夕方になって自動車で村の家へ向かいました。

というわけで一年振りに帰省した故郷から【近日中に新しいぼくの生活が始まる村の家】へ話題を移します。

今日のご報告は先日のブログ(555p;11月6日付)の続きになります。
村の家の南面の道路に面した小さい畑を整地して『マンガのある農園』へ来訪してくださるお客さん方のための駐車場作りが始まっていたのですが、その工事が済んで駐車場が完成しました。
   駐車場完成・1
工事の下準備、整地は11月初めにできていました。
その駐車場スペース全面をコンクリートで舗装する工事でした。

第一日目に先ず全体の半分に生コンを流し込んで3人がかりで大まかな水準を合わせ、その後から左官職人さんが一人で表面を均し、何度も大きな鏝(コテ)で均し作業を重ねて段々きれいに仕上がって行きました。
    駐車場完成・4
職人さんの作業は夕暮れ方まで続き、すっかりきれいになった表面を写真に撮りながら、このセメントの表面が固まってくれるまでタヌキやアライグマが歩かなければいいのだがとぼくは心配していました。
作業の人たちが「だいたい猫が来るんですよねえ、どういうわけか猫やカラスがこの軟らかいセメント表面が好きなんです」というので猫も心配でした。
そうしたら夜中になって本当にギャラリーのドアのすぐ横まで猫が来ていたので慌てて駐車場の方向の反対へ追い払いました。

   駐車場完成・2
翌日になりました。
幸い心配していた野生動物や猫などはセメント表面を歩かなかったようで、一日経てば体重の軽い動物たちが歩いてももう足跡はつかないそうで一安心でした。
それどころか残りの半分の面積を生コン流し込み作業する時に昨日張ったばかりのコンクリートの上を作業員さんたちが静かに乗って歩いていて、ぼくは「えっ大丈夫なの?!」と、ちょっとびっくりしましたが気をつければ大丈夫なのだそうです。
そして最初の日と同じ作業が繰り返されて夕闇が迫る頃には全体がほぼ均一化したコンクリート張りの駐車場スペースが完成しました。

   駐車場完成・3
ところがその日の夜になって雨が降り出して、大雨にはならなかったのですが朝になっても止まず、結局24時間小雨が降り続き、ぼくは時々現場を見に行っては水溜りができている場所が心配で写真に撮ったり眺めたりしていました。

その翌日になって左官屋さんが養生を見に来てくれて「もう大丈夫です。ちゃんと固まってきています」と言ってくれたのでやっと安心しました。

ということで来客用駐車場が出来上がりました!(軽自動車2台 + 普通自動車3台、計5台分位)
さあ、残りの工事も何とか早く完了してもらいたいものです。

( 2017・11/28 )
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2017
11.26

故郷の伝説 (blog,562p)

人が生まれて育った故郷を離れて暮らす場合、いつどういう形でその土地を離れたかによって郷里への思いはいろいろだと思います。

ぼくの場合は18歳で高校を卒業してすぐに当時の国鉄(現在のJR)東海道線普通列車で約5時間ほどかかる東京へ出て行きましたので、自分が生まれて育った町や土地についての歴史や風俗(民俗)などをあまりたくさん経験も知識もせず、僅かばかりの伝説やお祭りなどを知っていただけでした。
その少ない知識の中の故郷の伝説の一つが今度訪ねてみた『東海道日坂宿』の地域にありました。
    東海道・日坂・2
上の写真の『浮世絵風看板絵』は下の実際の風景の辺りを描いたもののようで、前のブログにも記しましたが日坂宿界隈です。

  (上の絵とよく似た風景を写してみたが、似たような場所は他にも何ヵ所もあった)
    東海道・日坂・4
現在ではもうこの厳しい坂道の途中には宿屋も人家もありませんが、この一帯はぼくが子供の頃からよく聞いた『小夜の中山・夜泣き石伝説』の舞台として有名な、旧東海道の最大の難所の一つだったそうです。

この坂道部分は一般道ですが、あまりの急阪で道幅が狭く、つづら折れの険しさでとても気軽に自動車で走行することはできないようです。(ぼくは今回、敢えて自分の4輪駆動車で挑戦してみたが50メートル先で立ち往生して貫走を断念した)こうして写真を見てもそれほど急な坂のようにも狭い道のようにも見えませんが、ものすごい急坂で自動車はすれ違えませんし上に行くとカーブも切り切れない感じです。

 東海道・日坂宿・1
こちら(写真・上 ↑ )が歌川(安藤)広重が画いた『東海道五十三次浮世絵版画』の中の『日坂』の光景です。
ぼくの郷里からはあちこちで富士山が遠望できるのですが、この辺りからどういう角度で富士が望めるのかはちょっと分かりません。(絵の中の道の真ん中に大きい丸い石が見えるのがたぶん伝説にある『小夜の中山の夜泣き石』ではないかと思う。その右手の道の急勾配はもちろんデフォルメだろうが、当時の人々には実感が伴っていたに違いないと思われる)

    東海道・日坂・5
じつは面白いことに伝説の『夜泣き石』と言われているよく似た大石が地元には二つ現存しています。
その一つはこの急な坂道を登って上方方面から江戸方面へしばらく歩いた先の久延寺(くおんじ=上の写真が山門)というお寺の境内に祀られています。(下の写真が境内に祀られている夜泣き石)
       東海道・日坂・6
そしてそれぞれの夜泣き石には微妙に違った伝説の解説書きが添えられています。
久延寺は初代創建は平安時代と伝えられる古刹ですが、度々の焼失などがあって現在の建物は江戸時代の何回目かの再建後の姿ということでした。(下の写真がお寺にある解説書き)

    東海道・日坂・3
ぼくが訪ねた日、小夜の中山は東海道の難所だった歴史に相応しい突然の深い霧に覆われて行き、ぼくはなんとなくここが自分の郷里の町の外れではなくてどこか全く知らない土地を旅しているような幻想的な気分を味わいました。

    東海道・日坂・7
(茶畑の上を深い霧が覆ってゆく。↑ ↑ ぼくの故郷は日本最大の緑茶の生産地でもあり、上等の深蒸し茶を生み出すためにこの霧が必要で「寒暖差や湿気がいい茶葉を育てる条件」と言われている)

さて、久延寺の夜泣き石がある場所から数百メートル北方へ離れた峠の辺り、新しい国道近くに「明治時代に旧東海道小夜の中山から移転させた夜泣き石」が祀られていて、地元ではこちらが本物の夜泣き石だと言われています。(下の写真)
            ↓     ↓
    東海道・日坂・8
そしてこの下の写真2枚に分割して載せた説明書きがこちらの夜泣き石伝説です。
内容はよく似てはいるのですが、お寺の夜泣き石に出てくる子供は因縁の結末を親の仇討ちで晴らし、こちらの伝説にある子供は親の仇である者を許して一緒に自分の母親の魂(菩提)を弔う話になっています。

       東海道・日坂・10
        東海道・日坂・11
その説明文を読んで知ったのですが、非常に長い歴史年代(数百年間、あるいは一千年以上?)に亘って東海道の難所だった『小夜の中山、日坂宿』が、いつまで実際に難所だったかというと、明治13年(1880年)に明治政府が日本で初めての有料道路として5キロ間の新道を開通するまで続いていたのだそうです。

この細い狭い急阪の道を古代の奈良まほろば万葉人や九州地方から東国へ送り込まれた防人や上方人(京都や大阪の都会人)や戦国の動乱に群雄割拠した武士(もののふ)や戦乱に追われた庶民大衆や松尾芭蕉のような旅人や、本当にたくさんの人々が行き交ったのだろうと思うと大きな感慨を持ちました。

今は通う人もない田舎の山坂道ですが、ここに確かに千数百年の人の営みを支えた街道の名残りが残っていることをぼくは何か自分の心の奥深くにある記憶の淵で噛みしめたいと思いながら、夕暮れが迫る郷里の町から270キロほど遠方のいつもの村の畑のある家へ向かって帰路に着きました。

( 2017・11/26 )
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2017
11.24

思い出の場所へ (blog,561p)

今回、一年振りで帰省して小学校3,4年生時の同窓会に出席した翌日『ねむの木村』で『ねむの木美術館』と『吉行淳之介文学館』を見物してから次に、小雨のけぶる中をぼくの実家から8キロか9キロほど離れた町外れの山間の集落を訪ねて行きました。

そこは東海道『日坂宿』というエリアで、ぼくはまさに同窓会で集まった「小学校3年生の時」(50数年昔)週に2回か3回づつ自分の家から町の中心街まで歩き、駅近くからバスに乗って町の東の外れに位置するこの集落『日坂』まで一人で病院(医院)通いをしていたのでした。

   日坂宿・1
ぼくは生後すぐから虚弱な体質で、小学校の上級生になる頃まで高熱を出したり身体のあちこちが痛んだりして学校を休むことが多い子供でした。(小学一年生の時には年間90日間欠席児童で、このまま2年生に進級しても勉学について行けないだろうから留年させませんか?と学校から提案されたが、ぼくがクラスのみんなと一緒に2年生になりたいと泣いて頼んで進級したということがあった)

それで物心ついた時には絶えずあちこちの病院や開業医院へ受診して注射を打たれたり薬を服用し続けていたものでした。
当時のぼくはすぐに熱が出て扁桃腺炎を起こし、腹痛も伴う症状に度々悩まされていたのですが、8歳の時に「県立病院を退職していいお医者さんが来てくれた」という町の人々の噂を聞き付けた母親に連れられてこの町外れの集落に開業された『T耳鼻咽喉科医院』へ通い始め、9歳の時にその医院で扁桃腺及びアデノイド切除摘出手術を受けたのでした。

    日坂宿・2
そこは今でも雰囲気は残っていますが、半世紀以上昔には現在よりもっと細くて古い村の一本道で、これが旧・東海道でした。(今回行って見ると、現在は上の写真の家々の上に見えるバイパス道路が国道1号線になっていた)

ぼくは一人で医院を受信して帰りのバス停の前にあった駄菓子屋で5円だけお小遣いを使っていいよと母親に言われていたので、痛い注射も我慢して帰りにその駄菓子屋さんで安価な玩具かお菓子を買うのが楽しみでした。

じつはかつて30年ほど前にも一度だけこの場所を家族と一緒に訪ねたことがあったのですが、その時には「もう先生は亡くなられて居られない」と地元の方から聞かされて医院があった場所も探さずに帰りました。
ところが今回、道の脇で地元の方にちょっとお尋ねしてみたところ「その医院があったT先生のお宅はここですよ」と親切に教えてくれる方があって、なんと現在でも所縁の方がお住まいだという家に行くことができたのです。

   日坂宿・3
上の写真がその元T耳鼻咽喉科医院だったお宅です。
今ではブロック塀が建てられている内側の一階部分が医院玄関と待合室と治療室でした。その頃のことを微かに思い出しているのですが、畳一畳か二畳分位の三和土(たたき)の玄関が受付で、その隣が三畳分ほどの待合室で、さらにその奥が六畳二間位の板床張りの治療室だったような気がしますが、もうとても定かには思い出せません。(あちこちの個人開業医院を受診していたので記憶そのものも混乱している)

その扁桃腺摘出手術の後ぼくは段々丈夫になって、中学生では地域の10数校が参加する中学対抗駅伝(中距離走)の選手に選ばれるほどになりました。(ただそれがその時の手術結果による健康獲得だったのか、或いは幼年期から少年期に至って体力的な成長に伴って体質も改善したためなのかは今でも分からない)

さて、ここまで来たのですぐ近くにもう一ヵ所、行って見たいところがありました。(次回に!)

( 2017・11/24 )
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2017
11.21

『ねむの木村』へ (blog,560p)

前回のブログでビジネスホテルに宿泊した翌日、行ってみたかった2,3の場所を訪ねる予定だったことを書きました。
その一つが下の写真の建物(美術館)に象徴される施設のあるエリアでした。

       2017掛川・4
そこは『ねむの木学園』と言う障がいを持つ子どもたちを受け入れて寝起きを共にしながら育て生活する学校を中心とした障碍者自立支援施設です。(現在は子供から老人まで何十人もの障がいを持つ人々が暮らしているとのことだった)

この施設『ねむの木村』の創立者は歌手で女優の宮城まり子さんで、今から49年前に最初はぼくの郷里の隣町にある海辺の砂丘地帯の一角に同名の施設を建設して長い間自立支援施設園長として奮闘してこられました。
あれはたぶん30年位前のいつだったか、ぼくは水上勉氏(当時は健在だった小説家)と宮城さんの対談を読んだか聞いたかして、ぜひ一度見学に行きたいと思ったのでした。

          2017掛川・3
  (上は美術館の壁にもかけられているまり子氏の写真と決意宣言。ぼくは今回この
   写真と文言に触れただけで不覚にも目頭が熱くなってしまった)

        2017掛川・6
美術館の中はシンプルですがとても暖かい印象が漂う展示形態とスペースで、障がいを持って生きる子供たちが描いたたくさんの絵が展示され、宮城まり子さんご自身のガラス造形作品なども控えめに並べられていました。

 2017掛川・7
ここに載せた絵はその展示作品の中のものですが、残念ながら直接の写真撮影はご遠慮くださいということだったので『画集』からの自宅コピー転写です。

     2017掛川・8
美術館は二階建ての二階スペースに在って、一階はミュージアムショップでした。
ぼくはそのショップで家族へのお土産と後でもう一度ゆっくり展示作品を思い出せるように『画集と本とイラストマグネット』(上の写真)を購入して、その後、同じ『ねむの木村』内にあるもう一つの建物を見学に行きました。

それがこの下に載せてある2枚の写真の『吉行淳之介文学館』です。
吉行淳之介は戦後最初のスター小説家たちの代表的な一人で、生涯身体的な病弱体質と若い頃の手術が原因とされた病気に苦しめられながら命が続く限り創作活動をつづけた自由律の作品を書く作家でした。(ぼくは彼が現役だった青年時代から雑誌掲載作品や単行本や文庫本、ほかの作家たちとの短編アンソロジーなど、10冊前後の吉行本を読んできた)

     2017掛川・9
東京の作家・吉行淳之介を記念する『文学館』がなぜこの『ねむの木村』のメインストリート(と言ってもかろうじて自動車がすれ違える程度の山中の道)沿いに建っているのかと言えば、それは宮城まり子さんと吉行淳之介氏は昭和30年頃から吉行氏が逝去するまでずっと長年連れ添われた「実際上のご夫婦」(吉行淳之介には法律上の妻も子供もいる)だったからです。

建物内には吉行作品に関連した本や絵や原稿や写真や所持品などの一部が展示されていて、とくに前期、中期の作家活動に関わるリアリティーをぼくは感じました。

     2017掛川・10
しかし何と言ってもそれらの資料の中でひときわ温かい光彩を放っているのは若い日に吉行淳之介が宮城まり子に宛てて書き送ったラブレターの数々が、ある時代の時系列で展示されているコーナーでした。
ラブレターと言ってもただ「愛しい人よ」とか「愛しています」とか「好きだ好きだ」と書きなぐられた手紙ではなくて人気歌手で女優である宮城まり子という若い女性に対する「彼女の人間的な独立と自由」を尊重しながら尚且つ自分の我儘な希望を織り込んだ「作家になった青年」のナイーブな文面と文言でした。(ぼくが初めて吉行作品を読むより15年以上前の時代の手紙ということになるだろうか?)
ただしこの二人の絆も、一般的に言えば妻子ある作家と女優でもある有名歌手との長年の不倫関係という生臭い扱いにならざるを得ない一面も持っていることになります。

『ねむの木美術館』も『吉行淳之介文学館』も、ぼくがこの町で生まれて育ち、高校を卒業して上京して行くまではぼくの郷里の訪ねるべき場所ではありませんでした。(つまり存在していなかった)時代は変わり歴史は積み重なって行くのですね。

この日、ぼくはもう一、二ヵ所、古い記憶に残っている場所を訪ねて車を走らせました。(以下、次回へ続く)

( 2017・11/21 )
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2017
11.19

年に一度の同窓会 (blog,559p)

つい6,7年前まで、ぼくは今暮らしている町から自動車走行距離で260数キロ東へ離れた自分が生まれ育った町へは長い間帰郷することがない状態でした。
せいぜい数年に一度、実家の法事関連で帰る程度だったのですが、この頃は毎年この時期に帰郷するようになりました。
それはもう卒業から半世紀以上経った小学校の同窓会が毎年、担任の先生の誕生日に近いこの時期に開催されていることを友達から聞いて知ったからです。
     2017掛川・1
 (上の写真はまだ戦後たった十数年後の昭和30年代半ば、田舎の小学校3,4年生の時の
  クラス写真。前列から2段目の右から4人目に居られる周りの女子生徒より一回り大きい
  人が担任のN先生。ぼくは最上段、右から3人並んだ女子生徒の隣の長髪の男子生徒)

          2017掛川・2
 (そしてこちらは今年のクラス会写真。最大57人ものクラスメイトがいた「3,4年花組」
  前列の真ん中で花束を手にしておられるのが先生で、ぼくは後ろで立っているたまたま
  ここでも「右から4人目」に写っている赤いTシャツの人)

もう実年齢ではすべての参加者が老人に属するようになったわけですが、会って話をすると、多くの人たちが子供時代と現在の区別がつかない話題で打ち解けた話をしています。
ただ、ぼくはあまり孫自慢の会話には参加しません。
子供や孫に恵まれなかったり孤立した人生を歩いてきた人たちも世界にはたくさんいるということを身近に知っているからです。

ぼくの今まで3回(4回目かな?)の参加中、今年は初めて二次会にも行きました。
駅のすぐ近くのビジネスホテルに毎回宿泊するので夜遅くなってもいいぼくともう一人の友達と深夜になっても電車に乗れる人とタクシーですぐに帰宅できる人と合計4人だけの二次会でした。
         2017掛川・5
お店は深夜0時で閉店するまで、ぼくたち4人よりも先客だった10人位の団体と貸し切り状態でした。(つまり他には来客が無かった)
ぼくが高校を卒業して上京したころまでは国鉄駅(現在はJR)の南側には大きい建物はほとんど何もありませんでしたが、今では新幹線の駅や大小のホテルや企業ビルなどが並ぶ典型的な地方再開発計画に席巻された街の姿になりました。

そのいくつかのホテルの中でも最も安いビジネスホテル(上の写真)に泊まり、翌日は自分の車で市内の2,3箇所の行きたかった場所を訪ねてから村の家へ直行することにしました。

( 2017・11/19 )
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2017
11.14

耕してから町の家へ帰宅する (blog,558p)

Category: 畑のあれこれ
今年は村の家へ通い始めて最も少ししか通年での畑仕事がやれませんでした。
あれこれと次々にやらなくてはならないことがいつも自分のすぐ後ろから追いかけて来ていて、季節毎、サイクル毎の野菜がほとんど蒔いたり植えたりできなかったのです。

       南の畑・1
             ( ↑ 10月27日撮影 ↑ )

その一番大きい理由はやはり、この土地に住んで暮らしながら日常的に畑の世話をするという基本が成り立たないうえ、いつも改修改築工事が停滞している中でどこか少しでも作業を進行してもらいたくてあれこれ小間ごまと(しかし雑然と)工事に関することでぼく自身にできることを実行していて、全ての作業に身が入らず、捗らず内心イライラしながら工事を巡ってはもう喧嘩もしたくないので自分の要求も決して強くは主張せずに交渉し続けているからです。

       南の畑・2
             ( ↑ 11月02日撮影 ↑ )

しかしやはりもうぼくの方の辛度さも何度目かの限界に達していて、今回の滞在中は工事関連の作業はやらずに畑の雑草刈り、焼却、整地、耕作で一週間の中、台風21号の風雨が強かった2日間を除き毎日短い時間でしたが畑仕事を続けてきました。

今度行ったら玉ねぎやニンニクを定植しようと思っています。それからもう遅いかもしれませんが、サラダ菜類やダイコンやニンジンも種蒔きして育てられたらいいのですが、、、

( 2017・11/7記、11/14,up )
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2017
11.11

三代目は五代目 (blog,557p)

Category: 村の家にて
村の家へ通うようになって5年目に入っています。
当初の計画と予定ではもう3年前からぼくたち家族はこの村の住人になって暮らしているはずでしたが、まだ農業の真似事をしながら好きなマンガや絵や音楽を楽しむ暮らしは実現できていません。

それでヤケ酒を飲むようになった、と言うわけではありませんが、ちょうど一年前の10月に、ぼくは生まれて初めて自分で飲むために焼酎を買ってきてごく少量(一回に30ml位)をデミタスコーヒーカップなどに注いでその上から熱いお湯を3,4倍注いで『薄~い焼酎お湯割り』を時々飲むようになりました。

      その初めて焼酎を飲みだした時点の記録がブログに載せてあります。
      http://manganoen2013.blog.fc2.com/blog-entry-467.html
      (上のURLをコピーして検索してもらうと去年の焼酎記述へ飛ぶ)

       焼酎・三代目
最近、村の家の長い夜に(ぼくは夕食時間が遅くてだいたい10時、11時位になる)ちょっと寒さを感じる日はまた思い出したように焼酎お湯割りを飲むようになりました。

この一年間で900ml入りの25度濃度の焼酎を2瓶飲み空けました。
それで今回滞在中に3本目の瓶焼酎を買ってきました。いわばぼくの焼酎お湯割り体験の三代目焼酎瓶です。
その銘柄はちょっとダジャレ感覚で選びました。『五代目』です。(左右の瓶は空瓶で埃が積っている)、、で、、 ⇒ 『三代目は五代目!』
(正確には3本目の焼酎の銘柄が『五代』というだけで、これでは楽しい話題にはなれない)

大昔の角川映画の薬師丸姫主演!のタイトルからはかなり離れているけれど、まあ井上ひさし(故人)か清水義範あたりの物書きだったらこんなタイトルからでも何か面白い作品を書いて笑わせてくれそうな気がします。

( 2017・11/7記、11/11,up )
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2017
11.08

天井の隙間が (blog,556p)

Category: 村の家にて
村の家の改修改築工事が2015年の2月23日に始まってから2年9か月目になりましたが、大変遺憾ながらまだ工事は完了せず、ぼくたち家族は引っ越すことができません。

今年の9月初旬に来襲した台風18号で庭の太い幹の大きな山桃の木が倒された被害のことを書きましたが、じつはその時母屋の家の中でも異変が起きていました。

       天井隙間・1
それまでも母屋の和室とリビングキッチン・ルーム(洋間)のカウンターテーブルや床が何か細かい木屑ゴミや泥や砂粒のようなものが溜って汚れてくるのを、一ヵ月に一回ぐらいの割で自分で電気掃除機や手帚や雑巾拭きなどをしてきれいにしてきたのですが、台風18号が去った後になって村の家へ行った時、そのゴミ汚れが相当ひどいことになっていました。

窓もドアもピッタリ閉めてあるし、いったいどこからこんなに泥汚れやゴミが吹き込むのかと思いながらフッと天井を見上げて「あっ!?」と気が付きました。

       天井隙間・3
この家はいつも書いている通り、建てられてから80年か90年か百年か経っている古い家をリペアー、リメイクしてぼくたちの生涯を過ごす住まいにしたいと思っている所です。

古い建物なのでそこら中の構造部位に現在の工法で合理的に囲ったり繋いだり切り離したりできない部分が多くありました。
天井の仕上げ部分にもそういう部所があったことに、迂闊にもぼくはこの9月まで気が付きませんでした。
天井が無かった部分には新たに写真のように天井を張ってもらったのですが、古い梁と天井板の間に一寸程の隙間ができた部分があってその構造がリビングルームと和室6畳間に続いていることが分かりました。

       天井隙間・2
それできっと強い風が庇屋根の裏などから家の中まで吹き込んだりすると、そのスキ間から天井裏や梁の上に積って付着している何十年来のゴミや泥埃が吹き落されてきていたのではないかと思われます。
そのことが分かってすぐに建築会社には早急にその隙間をしっかり大工工事をして修正してくださいとお願いしているのですが、まだそのままにされています。

ぼくたち家族はもう仕方がないのでそういう何ヵ所かの応急処置が完了次第、何とか年内に村の家へ引っ越そうとしています。

( 2017・11/6記、11/8,up )
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2017
11.06

合併浄化槽固定工事完了! (blog,555p)

また約一週間、村の家へ行ってきました。(10月27日~11月3日)
少し以前のブログで「やっと駐車場作りの工事(の準備)が始まった」ことをご報告しましたが、今回の滞在初日にまた作業の人たちが来てくれました。
 駐車場整備・1
そして順序として駐車場スペースを完成させるより先に完成して置く予定だった一段上のギャラリー建物と地面の間に埋設された『合併浄化槽』(上下水からの生活雑排水全体をきれいにして環境中へ放出するプラント)のコンクリート架装による固定化工事が施行されました。
          ↓                    ↓
 合併浄化槽コンクリート打ち・1 合併浄化槽コンクリート打ち・2
     (先月、10月27日撮影)           (10月30日撮影)
===================================================
このマンホール蓋の下がどうなっていたかと言うと下の写真にある白い大きいグラスファイバーのタンク(内部が浄化装置で人体に例えると腎臓のような役割と機能がある)が埋めてあるのです。
大きさは高さが約2メートル、見えている胴体の幅が約1.6メートル、縦の長さが3メートル弱だったと思います。(2015年9月撮影)
              ↓    ↓
   合併浄化槽タンク・外置き
 そのタンクを大きい穴を掘った中に埋設したのが下の写真です。(2015年11月17日撮影)
          ↓                    ↓
 合併浄化槽タンク埋設・1 合併浄化槽タンク埋設・2
この大きいタンクが大地震や水害などの被害を受けて地上へ飛び出してこないように上から全体にコンクリートで塗り固めて荷重をかけて安定させて置かれるというわけです。
===================================================
   駐車場整備・2
こうしてギャラリー用の合併浄化槽(17人槽=1日当たり17人分の飲食、風呂、トイレ、洗濯、等の生活に関わる上水道及び排水の処理をするための装置)工事は完成して、作業員さんたちは3台のトラックで会社へ帰って行きました。

 駐車場整備・2
そしてこの部分で残る工事は駐車場のコンクリート打ちだけとなりました。
駐車場が完成するといよいよギャラリー建物内外の仕上げ工事になる予定です。
もうぼくたちの家族全員、首が動物園のキリン位長くなるような思いで全体の工事が完了する日を待ち望んでいます。

( 2017・11/6 )
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2017
11.03

カボチャ3種類 (blog,554p)

Category: 畑を味わう
いろいろ慌ただしかった町の家の日々でしたが、そんな中でも村の畑の作物を味わう楽しさはしっかり確保できました。
去年ほどたくさんの収穫量はありませんでしたが、今年も自分たちで食べるには多すぎるカボチャが収穫出来ました。
収穫は全部でこれだけでした。(3種類、大小合わせて12個)

      カボチャの1
その中の写真左に見える長いカボチャ(なんか『ヘチマ』みたいな感じ)の名前は『飛騨カボチャ』と言うのだそうです。
ぼくは以前に飛騨地方にも何年か通って仕事をしていたことがあります。
それで春の作付時に苗を物色していた時、この名前に釣られて購入して植えてみました。

      カボチャの2
このユニークな形の飛騨カボチャはどんな食べ方がいいかなあと家人と相談して、まず『パエーリヤ(スペイン読みならパエージャ)』に使ってみようということになりました。
カボチャは皮が硬くて切り難いものが多いのですが、これは少し力を込めて圧し切りすると非常にうまく切れることが分かりました。

         カボチャの3
家人は暮らしに必要な各種の作業が非常に手際よくできる人で、家事労働でも趣味の手作り作業や読書などもぼくより5倍か10倍ぐらい効率よい上に食事でも相当美味しいものを作ってくれます。(ぼくもやらないことはないが、調理に手間はかかるし品目も少ないし、食材も既成加工品が多くなってしまう)
それなので家人が体調を崩した場合などの外にはあまりぼくが家族の食事作りはやらない方がいいと自覚している。(怠け者の言い訳含む)

というわけでこの日のパエーリヤも美味しくいただきました。
『飛騨カボチャ』の味はすごくシンプルで食感もさっぱりしていて甘味などがちょっと薄いなあ(ぼくはもっとしっかりした味わいの方がよりおいしいと感じる)と思いましたが皮まで軟らかくて(ペッチャリ軟らか過ぎたりはせず)食べやすい種類でした。

( 2017・10/25記、11/03,up )
注・今回のブログの前後数回分については書き溜めた原稿の掲載日時が前後する場合があり、時系列が順序を追っていません。
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