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2017
12.29

もう一度町で歳末を過ごす (blog,575p)

Category: 町の家にて
歳の瀬も押し詰まりました。
2013年9月にこの『マンガのある農園』のブログを開設して以来、予想をはるかに越える長い年月に亘って村の生活を始めるための環境整備【準備中】の模様をご報告してきました。

今日のブログ写真は全て「ぼくの最良の相棒であり理解者であり助け人である」家人が最近撮った町の家の周辺の晩秋から初冬の景色です。(ぼくたち家族は今までこういう町の環境の中で暮らしてきたのだった)

      京都・1
大幅に遅れた「村の家で暮らすための古い農家のリペアー工事」も完了が近付いてきましたが、年内の完成は無理になり、もう一回だけは長年住み馴れた大都市の住宅地にある町の家でお正月を迎えることになりました。

ぼくはこの町に住みたいと希求してこの町へ来たわけではなかったので、いつかこの町の暮らしに区切りをつけたかったはずなのに「村へ引っ越す」と決めてからは却ってこの大きいけれど巨大過ぎず歴史がある町の規模と形態と風景が自分の生きる過程にどんなに素晴らしい日常を与えてくれていたのかをしみじみと感知感得、反芻するようになりました。

      京都・2
くっきりと春夏秋冬の景色が顕現し、月日の移ろいが多くの祭りや風物詩で彩られて行くこの町の仕組みと構造が、そして人々のいわゆる【かしこさ】がぼくにとっては自分の自由を束縛する重圧であったり好きになれない生き方であったりしたことも多々ありました。

だからぼくはこの町へ来てから40数年間の中のたぶん十分の一位の年月、家族を町の家に置いたまま独りで信州や飛騨などへ出かけて働いて暮らしを支えながら、いくらかは遊行の精神も抱いて生きてきました。

      京都・3
それでもやはりいつでも家人と家族がいるこの町へ帰ってくるしかありませんでした。
ぼくは凡人ですからどんなに憧れていてもとても西行や一遍や芭蕉や出雲のお国や良寛のような人々にはなれません。
それどころか無名の庶民大衆の中から絶えず生まれ出ている「お遍路さん」のような遊行無宿の旅人にもなれませんでした。

ただ、心の中のどこかにはそうした人々の生き方の中にある絶望的に純粋な消滅願望のような根本哲学を(宗教的感覚や倫理観ではなくそれぞれの時代に関わる人々の物理的思考、思索の行き着く果ての虚無的な世界観として)ぼくも理解、醸成してきました。

         京都・4
しかし一方でぼくの心(脳)は徹底的に唯物的な歴史観や世界観、人間解放主義を指向していて、一遍や芭蕉の生き方に思いを馳せながら同時に秩父困民党などの自由民権、一揆、革命運動や現代の反原発、反戦運動などへの興味と共感も募るばかりです。

      京都・5
そして実はぼくのそんな純粋且つカオス的哲学のバックボーンはこの町へ来て暮らすようになってから蓄積された自分なりの知識と経験、思索、研鑽に依るところが大きかったのです。

      京都・6
この町は人口百数十万人が暮らし、日本列島の中心都市であった長い歴史と無意味なプライドにがんじがらめにされている割にどこに居てもいつでもたくさんの木々の緑や黄葉、紅葉にも或いは流れる川の水にも直接触れることができるし、多くの神社仏閣が身近に存在しているし、大学と若者が多く、本屋さんや喫茶店や美術館や図書館、病院や公園がそこここに点在していてたしかに【人の住む町】ではありました。

      京都・7
でもぼくにはそれが自分を必要以上に卑下させる要因となり、ずっとこの町から離れて生きる道を探していました。
それはぼくが生来の田舎者だからなのかもしれませんし、エリートの多い社会環境に対するルサンチマンである自分の強いコンプレックスが反抗心を発揮させてきたからなのかもしれません。

何十年にも亘ってずっとこんなぼくの不安定な生き方と暮らしを支えてくれている家人に感謝をこめて、今日のブログ写真は全て彼女が撮影したぼくたちの町の家のすぐ手が届く範囲の光景で構成しました。
ぼくは複雑な気持ちで暮らしたこの町から、来年2018年の初めにほとんど知る人もいない村の家へ引っ越して行きます。
そこでどんな風に生きて行けるのか、不安と楽しみでいっぱいです。

( 2017・12/24記、12/29,up )
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2017
12.27

来年からは村の住人に (blog,574p)

Category: 畑のあれこれ
元々作業が鈍い(のろい)ぼくでしたが、今年は中でも秋植え野菜の世話ができず、9月末から10月頃が蒔き時植え時の種や苗などがいつまでも手元で眠っていて、やっとその内の半分の種類を畑に蒔いたり植えたりできたのはもう霜がおり始める11月の半ばになってしまいました。

       西の畑・1
前後して畑には雨が一日中降り続く日もあって、発芽するまでは土に水分が十分に含まれている必要があるので助かったのですが、あまり低温では野菜の芽が伸びてくれません。
せめてもう2,3週間早く種蒔きや定植ができていたらよかったのにと悔やまれます。

                〔 ↓ 大根 ↓ 〕
西の畑・2 西の畑・7
去年も大根の種蒔きは遅かったのですが、それでも今年ほどの時季遅れではなくて、今頃は細い大根をたくさん間引きして美味しく食べていました。
正月のお雑煮も自家製大根で食べたのですが今年はまだやっと数本の芽(双葉)が土の表面に顔を出してきたばかりでこの先ちゃんと育ってくれるかどうか心配です。(上の写真左右2枚)

               〔 ↓ ホーレン草 ↓ 〕
西の畑・3 西の畑・6
ホーレン草も大根も去年蒔き残した古い種と、新しい袋を開封して新しい種と2種類の種を蒔きました。(野菜の種は古いものほど発芽率が低下してうまく育ってくれない。去年も一昨年も全く芽が出ないものもあった)

               〔 ↓ ニンニク ↓ 〕
西の畑・5 西の畑・8
ニンニクの種実を植えたのは3回目です。
スーパーの種売り場で花の球根などと並んで売られていた中国輸入品の『食べてもいいし植えてもいい白ニンニク』というのを買ってバラバラにほぐして一切れづつにした大小取り混ぜて約70粒ほどを25センチか30センチ間隔で一畝半に2列植えしました。

ぼくは若い頃にはあまりキツイ香辛料が使われた食べ物は苦手でしたが中年になって以降は段々カレーやスパゲッティーでも辛口で香辛料がしっかり効いたものが好きになりました。
そうなると現金なものでニンニクは多くの料理に必要不可欠な香辛料の主役になって、それを自分で栽培して用に供することができるのは嬉しいし楽しみになっています。

さて、このブログ記事がアップされる頃ぼくは今年最終の村の家滞在をしているはずで、29日か30日には町の家へ帰って年越しをするのですが、新年あけて1月中にはぼくたちは家族でここへ引っ越してきていよいよこの土地の住人になります。

そうしたら『マンガのある農園』(準備中)というブログ・タイトルから(準備中)が外れることになります。
その時にはタイトルも表記スタイルも変えて新しいブログまたはホームページに移行するかもしれません。

( 2017・12/24記、12/27,up )
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2017
12.25

Y コンビナート (blog,573p)

前回の記事でちょっと遠くまで『福祉車輌』を探しに行ったことを書きましたが、その往復で走行した国道沿いに以前にも書いたことがある日本有数の沿岸工業地帯『Y コンビナート』があります。
        四日市・5
田舎の【身近に田園風景が広がる古い小さい町】で生まれたぼくは『工業地帯』の姿や機能や在り様がどういうものなのかを実際には知らずに育ちました。

小学6年生になった時、それまでは社会科の授業で習って教科書に載っていた小さな写真でしか知識が無かった遠い町、その『Y工業地帯』のY市から一人の女子生徒が転校してきて、ぼくはすぐにその生徒と打ち解けて友達になりました。

        四日市・4
それは1960年代前半のことです。Y田 三重子さんというその人はしっかりした人でした。
授業中は勉学に勤しみ、休み時間はちゃんと遊び、学力で他人を分け隔てすることもない穏やかな性格の人でした。
目立たず騒がず、しかし決して自己主張がないわけではなく、パターン化して言うことはできませんが敢えて言うとすれば誠実な「研究者タイプ」とでもいう感じの人でした。

同じ小学校のクラスメートでも中学校は学校区が違っていたので、その人は東中学へ行きぼくは西中学へ行き、その後ただ一度だけ高校進学後に別の友達を訪ねて行った(ぼくの行けなかった)進学校で、そこの高校生になっていた彼女とバッタリ顔を合わせて短い言葉を交わして以降その人とは会うこともなく過ぎました。(彼女はその後どういう人生を送っておられるのだろうか)
        四日市・3
彼女がどうしてぼくたちの小学校へ転校して来たのか、その理由は知りませんでした。(当時聞いたのかもしれないが今思い出しても分からないまま)ただ、二,三度『Y コンビナート』とY市のことをその人から何か聞いたことがあったような気がします。

ちょうどその頃から地域住民に【喘息症状】をもたらす『公害』という概念が社会的関心を呼ぶ『事件』になりつつありました。
ぼくたちの田舎の町から200キロも離れたY市は、その『公害の町』の代表として時々ニュースにも名前が出るようになっていたのです。
ぼくは子ども心にも「Y田さんがその町から引っ越して、つまり『脱出』してこれてよかったなあ」と思ったことを覚えています。(でも今になって考えれば、その考え方はあまりにも自分勝手で卑近な思いだったと反省せざるを得ない)とはいえ当時のぼくにはとてもY田さん以外に「膨大に存在する公害環境下の住民」のことまで思いが及ぶのは無理だったのですが、、、

        四日市・2
あれから50年以上経った現在の『Y工業地帯・Y コンビナート』のY市をぼくはたまに通過することがある暮らし方になって、今回もまた小学生時代の自分の身の回りのことをいろいろ思い出しながら運転を続けました。

いつの頃からか、この町を走り抜ける度にぼくはこの町のイメージとY田三重子さんと、今現実にぼくが見ているこの町の風景を背景にしたマンガを描きたいと思うようになりました。

来年の1月中には村の家へ引っ越してそこで久しぶりにマンガを画き始める予定ですが、その最初の3本か5本の作品の一つがこのY市の話になるだろうと思います。

( 2017・12/24記、12/25,up )
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2017
12.23

自動車探し (blog,572p)

Category: 村の家にて
先日、村の家から120キロ以上離れた町まで日帰りで、ある自動車を見に行ってきました。
畑仕事は一日休みました。
なぜ自動車を見に行ったかというと、それはいよいよ家族で村の家へ引っ越してくる日程が近付いたからです。

         福祉車輌・1
ぼくの連れ合いの母は90歳を過ぎて、幸い今も意識がしっかりしているし社会情勢にも関心を持つ元気な老人ですが、今年の春に大けがをして大腿骨を金属(チタン)の人工骨に置換手術をして長い入院生活の後、現在もずっと自宅でリハビリ生活をしています。(いわゆる「要介護老人」になった)
それで残念ながらもう以前のように長い距離を自分の足で歩行することができなくなり、現在ぼくが運転している自動車の後部座席への乗り降りも大変困難になってしまいました。
だからせっかく村の家へ引っ越して今までと違う環境の中で海や山のある場所へ連れて行ってあげたくても、電車を乗り換えたり自動車を乗り降りするのがうまく行きません。

         福祉車輌・2
そこで家族で相談して、座席が自動車から降りてきて乗り降りが楽になる『福祉車輌』を探そうということになり、同居の家族の中で唯一運転免許を持つぼくがその役目を負うことになったというわけです。

出掛けて行った先の中古車販売店で見せていただいた自動車はこういうものでした。
店長さんは大変明るくハッキリ応対してくれる方で、こうした車に知識のなかったぼくの希望を聞いてすぐに実際に動かしたりご親切に仮ナンバーで公道の試走もしてくれました。

ぼくはその応対に感心して、町の家に帰ってからこの写真を見せながら家人と購入を前提に話し合いをしたのですが、最終的に車体の色が濃過ぎて夜間走行中に他の自動車から見え難いのではないかという家人の心配が払拭できなかったので残念でしたが後日、店長さんにお電話をしてこの車の購入は見合わせることをお伝えしました。

         福祉車輌・3
できるだけ低い予算で賄いたいのでとても新車は買えませんが、そうかといってこれから乗るのにすぐに故障しそうなガタピシのボロ自動車でもまずいのでネットなどでいろいろ検索した結果、車体に大きなダメージや事故歴が無く、走行距離が年間平均1万キロ以下で新車登録から10年以内の福祉車輌を目安に探すことにしたのでした。

この自動車はそれらの条件に合致していましたので大変有力な候補だったのですが、家族全員の意見が一致したものに決めたいので今回はやむなく他の車輌をまた新たに探すことになりました。(車体の色が白系かベージュ系だったらなあと思う)

( 2017・12/23 )
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2017
12.21

畑は生きている (blog,571p)

Category: 畑のあれこれ
思いもかけなかった縁によってこの村の畑で野菜を育てることができるようになって足掛け5年目になりました。

これまでの年月、段々土や雑草や野生動物や昆虫などに日常的に馴染むようになるにしたがってしみじみと「畑は生きているんだなあ」「大地は偉大だなあ」と改めて心に覚え感ずることが連続する楽しい日々になっています。

       南の畑・1
                 ↑        ↑
これは今年の11月11日に南側の畑を耕運機で耕した時の写真です。畑といっても作物を育てていない時には『ただの荒地』にすぎません。
だからその荒れ地の本当の主たちである草や虫やネズミや蛇たちの暮らしが営まれている期間はそこはいわば『神々の土地』(ぼくは信仰心からそういう表現をしていいるわけではない)と化しているわけです。

       南の畑・2
                 ↑        ↑
一番上の写真を撮ってから約一か月後の先日12月12日には畑はこうなっていました。
さすがの生命力旺盛な雑草たちも、冬場の今は地表にショボショボと小さな草の芽を出すのがやっとその存在の証しになる程度です。(ただし土中深くにはスギナの根などがしぶとく越冬している)
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でもこれが夏の間は全く違う姿でぼくの目に『自然界の生命力』の逞しさを見せつけてくれていました。
下の写真は今年の夏、7月17日に撮影した(そのつい一週間か十日前に雑草を刈り取っておいた)畑の光景です。
                 ↓        ↓
       南の畑・3
それからたった25日後の8月11日に撮影した同じ畑はこういう光景に変わっていました。(文字通り『雑草の海』の中へ作物の茎も枝も葉っぱも埋もれてしまっている)
                 ↓        ↓
       南の畑・4
この雑草の海(緑の海)の中にはとても数え切れないおびただしい草や虫や微生物、菌やウイルスや蛇やカエルやモグラが暮らし、曼荼羅世界(重ねて言うが、むろんぼくは信仰心からそういう表現をしていいるわけではない)を創り出し編み出しているに違いありません。

元々田舎育ちのぼくは幼少時には田んぼや畑や池や川や山や雑木林や原っぱが子供同士の遊び場だったし『虫採り』や『雑魚獲り』や『野草摘み』や『木登り、木の実摘み』などが遊びの半分を占め、その中で自然環境から教えられた知恵や記憶がたくさんありました。

でもマンガに夢中になり、出版社があり漫画家が住んでいる東京に憧れて上京してから40数年心のどこかにいつも自分の成長の原点として大事に抱えていながら「再び還ることはないかもしれない」と思っていた【自然環境の中で過ごす毎日】が人生の終盤を迎える今(5年前から)この村の家で実現できることになりました。
この土地で、ぼくの生涯にとっても家族の暮らしにとっても素晴らしい楽しみと喜びに満ちた日々を得られるように努力して行こうと思っています。

( 2017・12/21 )
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2017
12.19

収穫終了 (blog,570p)

Category: 畑のあれこれ
前回村の家に滞在中(11月28~12月1日)に畑のサツマイモ全部とサトイモを半分ぐらい掘り起こして収穫した時点で一旦町の家へ帰りました。

        里芋掘り起し・6
                  ↑    ↑
      (この1枚目と2枚目の写真はその時のサトイモの畝を写したもの)
                  ↓    ↓
        里芋掘り起し・7
その畑の里芋が、今回(12月11日~17日まで滞在)行って見ると、すっかり葉も枯れて萎れてこういう風になっていました。
             ↓    ↓    ↓
       里芋掘り起し・1
それで今回滞在中の12日、14日、15日と一日3時間位づつかけて残ったサトイモ掘りをしたのですが、10日から14日までは急激な冷え込みになって1時間畑で泥土を軍手で揉み解すような作業していたら身体が冷えて凍えてきてしまいました。

そこで12日と14日はサトイモの畝のすぐ横で焚火をしながら収穫作業を続けました。
背丈が伸びるたくさんの雑草は刈り取って2,3週間経つと完全な枯草になって焚火にもってこいの焚き付けになるし、燃やした後の灰は畑の土のPH調整の役に立ってくれます。
サツマイモの茎はなかなか水分が乾燥し切らないので燃やすと煙が出ますが、同じく焼却灰は良い土の構成材料になります。
        焚火里芋・1
この他、大量の建築廃材(母屋の改築で取り換えられて不要になった古い木材)も確保してあるので焚火には困りません。
しかし只の焚火だけではなくて、近い将来には薪でご飯を炊いてみたり小さな石窯を作ってパンやピザを焼いてみたりできるといいなあと思っています。

       焚火里芋・2
取敢えずは例年のごとく、この焚火の中に(今年は少ししか収穫できなかった)サツマイモを3個アルミフォイルにくるんで入れておきました。(おやつに焼き芋を食べられる楽しみ!)

ところが焚火の灯が絶えないようにどんどん草と薪を追加しながらサトイモ掘りに熱心になっていて、2時間以上経ってから思い出して慌てて熱い燠(おき)の中からお芋を取り出してみると残念無念!!
もう焼け過ぎてすっかり炭化してしまって一割か二割ほどしか食べられる部分が残っていませんでした。
          焚火里芋・3
                  ↑     ↑
(土から掘り起こしたサトイモの株。太い茎の根に親芋があってその親芋から子芋や孫芋が育って着いている)

ということで今年自分で栽培して土から恵まれた野菜の収穫は全て終了しました。

いつもの年ならもう今頃は大根の畝が間引き収穫の時期になっているし数種類の菜っ葉類(葉物野菜)もかなり採れる時期なのですが、今年は種蒔きが一ヵ月前後遅くなってしまったのでまだ何も地上に育ってくれていません。(最近になって種を蒔いた野菜はもう寒さが厳しくなってきたのでどれも育ってくれないかもしれない)

来年こそはこれまで4年3ヵ月間独りで続けてきた【勝手に農業見習い生活】の経験を生かして野良仕事に勤しんで栽培品種も収穫量も増やせるように楽しみながら頑張りたいと希望を抱いています。

( 2017・12/19 )
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2017
12.16

今度こそ、ここで! (blog,569p)

ぼくは高学歴もなく、家柄もコネもなく、長い年月を社会の底辺(というか「片隅」)で自分にできる仕事を自分で創り出して働くことでその日暮らしをしてきました。

それで「人間健康で働けさえすればどこで何をやっていても何とか生きて行けるだろう」というあいまいな人生哲学を身につけてしまいました。

        今日の畑・2
そのくせ実際には「何をやってもまともに食べられず生活も困窮、貧窮するばかり」で、思い出せば本当にたくさんの友人、知人、家族、親族の人々に世話になり、迷惑をかけ、未だにちゃんとしたご恩返しすらできないまま生きています。

        今日の畑・3
それで何か新しい生活を始める時には毎回「今度こそあの人たちに恩返しをするんだ!」と思って始めるのですが、しばらくしてそんな新しい生活にもマンネリを感じるようになると【ああ、やっぱりこれはぼくが心から望んだ生き方ではなかった】と思い始めて何とかその生活から逃げ出したいと自分で自分の精神を圧迫して気持ちが塞がって行くのでした。

       今日の畑・1
でも、今度の『マンガのある農園』計画はどうやら、やっと【今までの生涯で最も自分の望む生き方に近づいた】のだと思われます。
と同時におそらく今回の引っ越しと新しい生活がぼくにとって自分がなりたかった人間になる【最後のチャンス】なのだと思っています。

       今日の畑・4
ぼくはここ2,3年、自分が年老いてきたことを自覚することが多くなりました。
若い日は二度と帰ってくることはありません。 後悔が先に立つことはありません。
つまり、もう今ここで自分の求めてきた生き方を実現しなかったら【その次はない】という切迫した認識と覚悟を持っています。

それで一年でも一ヵ月でも一日でも残りの時間を大事に過ごしたいと思っていますが、先ずこの村の家で暮らすための環境作りで2年間以上も計画のタイムスケジュールが延び延びになってしまいました。(時間の浪費は今現在も続いている)

近いうちに家族で話し合って具体的な引っ越しの予定を立てます。
そして引っ越し業者さんと契約します。
もうその時になって工事現場が未完成であっても日程を変えることはしません。

( 2017・12/10記、12/16,up )
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2017
12.14

シンプルライフ (blog,568p)

Category: 村の家にて
村の家にいる間、一人で食べ物を準備して食べ、天気が良ければ野良仕事や敷地内の片付けなどに時間を費やし、少しだけ工事の打ち合わせや現場で写真記録を取りながら職人さんたちの作業に立ち会うという様な変り映えのしない日常を過ごしています。

     村にいる時・2
食事はだいたい滞在最初の2日か3日分は町の家で家人がたくさん作ってくれた煮物などを持参して、それに簡単な汁や豆腐などを追加して食べます。

そして後の3,4日間乃至4,5日間は上の写真のようなごくシンプルな『ドライブイン食堂の朝飯メニュー』みたいなものを夕食として食べて過ごしています。

よくスーパーの夜8時以降のプライスダウン半額弁当も買ってきて食べます。だからあまりお金はかかりません。(でも家人には「しっかり栄養バランスが摂れない食生活をしていると健康が心配だ」と言われている)
だからといって家で家族と一緒に食べているような食事は自分一人分では作れないし、家庭料理のような恵まれた内容を外食で賄おうとすれば大変高価になるし、元々外食があまり好きでもないので自分ではこういう生活で十分満足しています。

       村に居る時・1
連日夜の10時か11時位になる遅い夕食の後はだいたい夜中から朝方まで(形としては徹夜で)本を読んだり、マンガや詩のことを考えたり書き留めたりしながらほとんど毎日長い日録を書きます。
ぼくの日録は世間一般の日記のようなものですが、綴じた日記帳を使うことはなくて有り合わせの紙やコピー用の安い白紙などに書き綴る過去何十年も続けてきたぼくが家から離れている間の日々の習慣です。(家にいる時はあまり日録は書かない。とはいえこうしてブログや他のSNS各種は書いている)

時々は一晩中、自分がこれまで40数年間で作詞作曲して歌ってきた曲の歌詞の推敲や手直し、メロディーラインのアレンジや全く違う曲への変更などをやって過ごします。(下の写真の光景)
最近になって自分の曲で今すぐ歌える(演奏は下手だが)曲はどれだけ作ったのかファイルを整理してリストアップしてみたら104曲か105曲になっていました。
たぶんもう少しどこかに紛れ込んでいる曲もあると思いますので全て探し出したら110曲かそれ位はありそうです。
これらの音楽のことも『マンガのある農園』生活では今までと違う表現、発信の仕方を考えています。実現できるといいのですが、、、

( 2017・12/10記、12/14,up )
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2017
12.11

まだ間に合うかな? (blog,567p)

Category: 畑のあれこれ
今年はこの畑で『勝手に農業見習い』をやるようになってからの4年半を通じて作物の栽培種類も収穫量も最も少ない一年でした。
理由はいろいろありましたが、それでも何とか少しでも畑を耕して「まだ真冬が来る前に植えておいたら育ってくれるかもしれない野菜の苗や種を植えたり蒔いたりしておきたい」と思っていました。

       西の畑・1
それで先月の中旬に村の家に滞在中に(まだひどく寒い日々ではなかったので)頑張って畑を耕し、少しづつ畝を立てることにしました。

はじめに雑草を刈り取っておいた畑に耕運機をかけ、苦土石灰を撒いてアバウトに土壌のPH調整をしておいた畑に牛糞や鶏糞などの堆肥を鋤き込んである程度軟らかくなった土を畝にして行きます。
最初の日は夕方陽が落ちるまで作業して4,5メートル長さの畝を4本ゆったり作りました。(青い草が数本見えるのは去年から勝手に生えて増えたり減ったりしている「小松菜」で、アブラナ科の植物はわりと生命力が強くて雑草化し易いように見える)

        西の畑・2
翌日はさらに畝数を増やして6メートル長さの畝を6本追加しました。 まあ、これだけ畝ができれば苗や種が少しづつなら十分5種類や10種類の作物が植えられます。

       西の畑・3
それでいよいよ11月13日から17日にかけてけっこうたくさんの種を蒔きました。

『玉ネギ』の苗を(ちょっと遅くなり過ぎたけど)定植して『ホーレン草』や『小松菜』や『春菊』の古い種が残っていた分を先に蒔いて『ニンニク』も種根を一粒づつにバラして植えて『グリーンピース』や『ホーレン草』や『ニンジン』の新しい種も蒔いて、畝は段々充実して行きました。
畑畝・野菜2 畑畝・野菜5
畑畝・野菜6 畑畝・野菜4
畑畝・野菜1 畑畝・野菜9
畑畝・野菜10 畑畝・野菜11
そうこうしていたら途中で畝が足りなくなり、もう2本追加の畝立てをして、この時点で種蒔き、苗植えが一段落したので作った畝は合計12本になりました。

       西の畑・4
これで、南の畑と西の畑を合わせた面積の約1/3か或いは1/4位の作付けをしたことになります。(南の畑はまだ里芋の掘り上げ作業が済んでいないが、里芋の掘り起こしが完了したらまた冬場でも栽培可能な何かを植えることを考えたい)

この冬にはいよいよ(というか、やっと!)ぼくたちは家族でこの畑のある村の家へ引っ越します。(年末までには引っ越すつもりでいたのが、都合で新年2018年が明けてから一ヵ月位の間に引っ越すことになりそうな状況)

引っ越しが無事に完了するまでもう一踏ん張りしなくちゃ!

( 2017・12/9記、12/11,up )
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2017
12.08

素朴な楽しみ (blog,566p)

この4年半以上に亘って『マンガのある農園』を作るために、ぼくは長年暮らした町の家とこれから残りの人生の全部を過ごそうとしている畑のある村の家との間を一人で一ヵ月に大体2往復(おおよそ一週間前後づつ行ったり来たり)して暮らしてきました。

往復する途中に美味しそうなウナギ屋さんがあったり超ブランドの牛肉の料理店があったり、ちょっと足を延ばせば有名なスピードサーキットがあったりするのですが、高価な食べ物や高級自動車などに全然興味を持たないぼくはそうしたお店や施設にまだ一度も行ったことがありません。
時間的にも経済的にも余裕がないのでもし興味があっても躊躇してしまうでしょうが、、、

          カニさん・1
それでぼくが自分で運転する小さい自動車の往復の時間に見ている景色や車内で聴いている音楽や考えていることなどにもあまり変化がありません。

そんなぼくの目にも時々ちょっと微笑みたくなるようなものが映ることがあります。
今回村の家へ行く過程で、短い区間ぼくの前を走っていた軽自動車の後ろパネルにそんな
(^-^)!を一つ見つけました。

最初は何だか前の自動車のエムブレムがいやにキラキラ光っているなあと思っていただけでしたが、信号機が赤になって前の自動車が停車し、ぼくの車も車間を詰めて停車したらそのキラキラしていたマークはこういうものでした。
                    ↓  ↓
       カニさん・2
                    ↑  ↑
MATSUDA自動車のMのマークの周りに、金属なのかプラスチックなのか銀色に光るパーツが張り付けてあって、みごとにカニさんエムブレムになっていたのでした。
ぼくはタイヤ交換の時ぐらいしかカーショップにも行かないので知らないのですが、こういう工作素材がもしかしたらカーショップなどに売られているのかもしれません。(知らなかったのはぼくだけだったりして…)

先にも書いた通り「経済的な余裕が無くて」高速道路通行料金を節約することと、ただ速く走るだけのドライブが好きではないことも相俟って、町の家から村の家までの走行距離約131キロ区間をぼくは普通、片道3時間から4時間かけて一般道で往復しています。

       カエデ紅葉
そういうわけで、カニさんマークの自動車がどこかの交差点で曲がって行ってからまた走ること約2時間後に、今回も無事に村の家へ到着してみると、ギャラリー建物南側の空き地に残したモミジが少しくすんだような赤色に紅葉していました。
ぼくはまだこのモミジの種類や名前を知りません。日本列島のあちこちで観光客に評判になるようなもの凄いきれいな赤や黄色や山吹色の紅葉、黄葉と違ってどことなく地味で古風な感じがします。(敢えて言えば何となく墨絵にでもありそうな風情)

もうじきこの村へ引っ越します。
引っ越したらいろいろな樹木を探してきて一年中楽しめるように植樹しましょう。

( 2017・12/8 )
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2017
12.06

日常を楽しむ (blog,565p)

先日、町の家に帰っていた時、よく行くライブハウスで
『中川五郎、歌い始めて50年ライブ』という企画があってそれを観に行きました。

日本のフォークソング・ライブシンガーの草分けの一人である中川五郎さんを聴いたことはもちろん以前から何度もあったのですが直接知り合いになってからはまだほんの10年ばかりにしかなりません。
でもチャレンジ人生を歩んできた彼は、ぼくが新しく始める『マンガのある農園』(仮称)が完成したら村のマンガ・ギャラリーまで歌いに来てくれると約束してくれています。

          五郎さんライブにて・2
五郎さんとの間には、いわゆる「ともだちのともだち」という言い方がピッタシの面白いご縁がありました。
それは26,27年位前にぼくが信州で一年の1/4か1/3の期間暮らしていた頃に、ある乗馬牧場で知り合った友達(女性)がピアノ弾き(ライブミュージシャン)で、東京へ帰った彼女は自分のバンド活動と併せて五郎さんのバックミュージシャン・キーボード奏者をやっていたのでした。
         五郎さんライブにて・3
その後、彼女は五郎さんと一緒にツアーにも出て、ぼくが暮らす街へ公演でやって来た時みんなで当時ぼくと家人がやっていたカフェ・ギャラリーへ訪ねて来てくれてワインを飲みながら紹介されたのが親しくなるきっかけでした。

         1、五郎さんライブにて
先日のライブではゲストミュージシャン3組の中の一人がたまたまぼくの30年近い旧知の歌唄い仲間だったこともあって楽しい音楽会の夜を過ごしてきました。
(上の写真、右からぼくの旧いライブハウス仲間で当夜のゲストだったスナフ、右から二人目の人が中川五郎さん、その左の女性もゲストのキーボード奏者、左端がぼく。ゲストの二人がかぶっている黒ヘルは出演者衣装)

ライブといえばもう長いことぼく自身の(入場料金をいただくような)ライブ活動は中断したままですが、今ではぼくの娘があちこちのライブ会場でソロ演奏の弾き語りやバンド活動をやるようになっています。
娘は先日福井県の鯖江市のミュージシャンに呼んでもらってその方の実家へ3泊もさせていただいて福井市と鯖江市の二ヵ所でライブをして帰って来たのですが「鯖江市といえば眼鏡の生産日本一!」というプライドの町なので「格好良くてあまり高価でないサングラスなどがあったら買ってくるね」と言って出発した娘が「時間が足りなくて眼鏡ウオッチングは出来なかったから」ということで買ってきたのがこの『メガネ型のお菓子(堅パン)』でした。
                  ↓    ↓
              3、メガネクッキー
   (このお菓子を買ってきた我が家の娘が眼鏡をかけても近眼にしか見えないが・・・)

              2、メガネクッキー
    (・・・今や老人の仲間入りしたぼくがかけると眼鏡菓子でも老眼だなと分かる)

          5、メガネ堅パン
、、、で、かわいい箱に詰められたこの『メガネ型堅パン(クッキー)』3枚は、じつはすごく硬い煎餅みたいなものでしたが「硬いけどうまい!」と言いながら家族でお茶菓子にして食べました。

前回ブログの内容がぼくにとっては深刻な話題で書いてしまいましたので、今日はいくらかでもユーモアのある書き込みにしたいと思いました。
そこでお菓子の眼鏡から続いてお菓子の眼を連想してみました。

          4、メガネどら焼き
これはこの前、生協のお店へ買い物に行った時、買ってきた安い和菓子の『栗入りどら焼き』を食べる段になって、家人が並べて作った「どら焼きの眼」です。
(誰だったかなあ、エルンストか誰か、シュールレアリズムの画家の絵にこういう顔が出て来たけど、定かに思い出せない、、、)

何をやっていても悩みが尽きませんが、どんな心情の時でも日常における楽しみは忘れずに日々を過ごして行きたいと思っています。

ではこの辺で本日のブログを終りにします。 次回もどうぞよろしく! \(^-^)/

( 2017・12/6)
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2017
12.03

工事に関して、苦渋あり (blog,564p)

Category: 村の家にて
前回の記事をアップした日付の11月28日(午後3時に到着)から昨日12月2日の午前0時過ぎに帰宅するまで、ごく短い村の家往復(3泊3日)をしてきました。

村の家の改築改修工事は『もの凄い工事の遅延』で一般の企業間契約などであればとっくの昔に契約履行に関わる根本的な係争事態になっているようなことでしたが、ぼくたち家族の側は最終的に争いを回避しようと決めていたので、業者さんの裁量に任せたままここまで時間がかかった建設工事でした。
それが本当にやっとのことで村の家への引っ越しが射程に入るところまできました。
(ぼくたちの家族は過去十数年の間に2回の土地をめぐる係争事を経験したので、こうした問題で法律的な争いを起こして例え実質的な勝利を確保できてもそのための精神的消耗感と時間の浪費が非常に大きいことを知っている。)

 手抜き工事?1
とはいえ、工事最終段階まで来た現在もまだぼくたちの側から見ればとても安心して任せきりにはできない不備があちこちの現場に露見します。
その一つが先日記載した屋敷前の南側道路に面した駐車スペースの【コンクリートの異常】です。
普通ならばセメントが乾いてコンクリート舗装が完成すれば工事が数日にわたっても完成した表面積全体はほぼ同じ仕上がりの色つやになるはずです。
ところがこの駐車場全体の床面積は半分が一般的な仕上がりになっていて、残り半分(上下の2枚の写真に見える手前の部分)は、いつまで経っても全体が均一に乾燥したようになっていません。
 手抜き工事?2
もう工事が終了してから3週間も経ったのですが、何というか表面の数センチ厚さが水分を含んだままのような、つまりしっかりした配分でコンクリートが練られていなかったような変な状態になっています。
今後の駐車場としての使用に耐えられず、短期間の経年変化で、この部分のセメントなどがボロボロと剥がれてくるのではないかと心配しています。(先日施工業者さんは「強度的には絶対大丈夫です」と言ったけれど、建築会社から引き渡しを受ける段階では何年間かの【経年劣化が異常だった場合の補償】が必要になると思っている。)

それからもう一つこれはいかにも杜撰(ずさん)な工事だと思わざるを得ないことがありました。
 手抜き工事?3
それは母屋の天井と梁の間にすき間が見つかって、その空間から古い建物に溜っていた泥埃(ドロホコリ)や天井裏工事に際して溜ったオガ屑などが(外で強い風の吹く日に)室内へ吹き落されていた問題を防ぐためにすき間を埋める工事がされていたのですが、それがぼくが事前に話し合って希望を伝えたもう少しましな工事になるかと思っていたところ、まるでぼくが自分でホームセンターで買ってきた安い木材を適当にのこぎりで切ってホッチキスで打ち付けただけというようなひどい工事になっていました。

ぼくは事前に、元の大工さんが工事に来れない場合でもくれぐれも素人のやっつけ仕事にはしないで下さいとお願いして了解を得ていたので、まさかこんないい加減な始末をされるとは思っていませんでした。

施工業者の方々はどう考えているか分かりませんがぼくたちの家族はこれからこの家で暮らして行くのです。
専門の建築会社にお願いしてお金を払ってプロの大工さんや職人さんの仕事をしてもらえると喜んでいたのです。それが工事も最終盤の土壇場まで来ているのにこういう仕上げとも言えない仕事をされることに辛い思いをしています。

〔 なお、ついでに書いて注意を喚起しておきたい重要な事実がある。
現場に入った人が誰か、ぼくは知らない。だがぼくが現地へ到着して母屋の様子を見に行った11月28日午後3時15分頃、母屋玄関の引き違い戸には施錠されていなかった。〕
工事の後、鍵を閉めてない現場の家屋!!(もう既に母屋へは本工事契約施主であるぼくたち家族の多くの大事な荷物が運び込んである!!いったいどういうことなのだろうか!?)

 手抜き工事?4
                     ↑   (憤怒!)   ↑
(これならぼくが自分で工事した方がずっとましな仕上げになる「ごまかし仕事」だ。
本来プロであればこういう造作は内側へ隠す構造部分でありいくらなんでも仕上げとして表面には出さないだろう。)


〔 このブログは建築会社の方々も読むだろうと思う。 いつもは自分の不満について、根拠があっても遠慮して記事を書いているし長いお付き合いの中で数々感謝もしてきている。
しかし近日中に引っ越してここで暮らすようになった後、こういう部分は自分で工事をやり直さざるを得ない。(ぼくにも多少の経験と評価能力とプライドはある!)
なのでこういう部分は我慢の限界を超えていると(いつもなら現地で滞在中に感想を直接伝えるのだが)一切連絡を取らずに町の家へ帰宅して不満と不安と憤怒を以てこのブログを書いている。〕

( 2017・12/3 )
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