2018
01.31

インフルエンザでした。 (blog,586p)

Category: 町の家にて
古(いにしえ)のメガロポリス・キョートシティーから、三重県伊勢地方への引っ越し作業の最中ですが、障害が立ちはだかるのを如何ともしがたい日々です。

今回有無を言わせず襲ってきたのは「インフルエンザ」でした。
ひどい咳と体中の筋肉や関節の痛み、そして38.8℃の熱。頭痛!
引っ越し作業中断、解熱剤とタミフルを服用して寝ているしかありませんでした。

残念でしたが今日はもう1月31日です。
これでもう1月中の引越し完了は出来なくなりました。

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今日でインフルエンザ(B型)が判明してから6日間が過ぎました。(多分罹病してから少なくとも10日間は経っているだろうと思われます。)
『タミフル』の服用を始めて3日目の28日午後辺りから新たな発熱はなく(体温は平熱を維持)咳込みの激しさも収まってきましたが、胃袋とその周辺に火傷のようなカッターで切り傷をたくさん負っているようなヒリヒリする痛みが残っていて、胃腸の内壁にウイルスが生き残ろうとしているのか、それとも薬の副作用や病状による身体組織や神経の変調なのか分からないまま安静に過ごしていました。

もう病院で処方された薬も5日間分すべての服用は昨日で終わったので今日からは平常時の生活に戻りたいところですが、今日の今すぐ10日以前の状態で動けるかというと、まだちょっと現在の胃腸のダメージ状態などでは万全の自信というわけには行きそうもありません。
せっかくここまで頑張ってきた引っ越し作業にも最低2週間以上の大幅な遅れが生じてしまいそうです。
我が家では自動車の運転ができる者がぼく一人しか居ないことや、工事や手続きをめぐる現場立ち合いにも出席できるのがぼく一人しか居ないので気持ちはかなり焦っているのですが体調に従って計画を少しでも実行して行くしかありません。
(ぼくと家人はこれまでの人生、ほぼ2人3脚のような歩みを進めてきたし、時々の決断においてはぼくよりも家人の方が判断力や実行力を大きく発揮してくれることが多かったのですが、90歳過ぎの年老いた母を町の家でサポートしている暮らしなので彼女は家を空けることができません。それでここから引っ越しが完了するまでの日程も臨機応変で臨むしかありません)

とにかく一日も早く新しい生活を始めたいものです。
それにしてもインフルエンザは苦しかったです。

( 2018・1/31 )
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2018
01.26

ぼくの方丈記〔3〕 (blog,585p)

今日は前回ブログに引き続いてぼく自身の「マンガに関するあれこれ」をもう少しだけ書いておきたいと思います。
ぼくは22歳で描いたマンガ(劇画)が出版社(編集者)に認められて漫画(劇画)の月間雑誌に掲載されてデビューしました。
(そのデビュー時の思い出は近日中に刊行する自分の別の出版物で書く予定です)

さて最初の2枚の写真にあるマンガ原稿(画稿)は23歳の時に画いた作品で、プロデビューした後たった2年足らずの間に描いた僅かな本数の作品の内の一つです。

        マンガ原稿など・6
このマンガ(劇画)は当時としては自分では少々斬新なテーマだと自負して描きました。
世間一般に喧伝されていた『劇画』は【本当の劇画ではない!】という思いがぼくにはありました。

小さなプロダクションとの契約に縛られて地方回りをするロックバンドの若者たちが作品の主人公です。そして実は作中にぼく自身が作詞作曲した楽曲が描きこんであります。
でも今のようにYouTubeなどがあるわけでもなく、誰の注目も浴びずに消え去りました。
(おそらく当時、無名の若者たちのロックバンドや地方のホールのライブの光景や自分で作詞作曲した楽曲を描いたマンガなどは他には全くなかったと思います)

ぼくの作画表現力は凡庸だし、短いページ数の中であまり掘り下げてはいませんが、その若者たちが【今日と明日をどう生きるかというのがテーマ】のつもりでした。

        マンガ原稿など・7
そして物語の終りには草原(荒地)の見開きページに自分の詩のような短文モノローグだけを載せてあって、その出版社からは「もっと派手なマンガを画いてほしい」と言われたのにこんなラストにしたのでそれきり仕事が打ち切られました。

ぼくは市井の本屋さんや駅の販売スタンドに並ぶ『コミック誌』に読み切り作品を画いて持ち込んで気に入ってもらえれば買取りで使ってもらうという自由契約で「自分で描きたい作品をアシスタントも使わず全て独りで画き上げて(ここなら自分の作品を掲載してくれそうかなという出版社に)持ち込んでいました。
幸いなことにその時期にぼくが描いた作品は一つ残らず全部掲載してくれる雑誌(編集者)がありました。
漫画を描くといっても出版社を相手にした行商人のような毎日ですから、失業手当ても健康保険も何の保証もない暮らしでしたが自分の作品が雑誌に載っていくらかのお金にもなったので、ぼくは創作の喜び(苦悩も含む)を味わっていました。
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さて、ここから下に載せた写真はまだ一度も本原稿(ペン画を描き込んだ画稿)にしたことがない下書き原稿です。
ぼくは10代の半ばから学校新聞や一般雑誌に四コマ漫画や小さなカットなどを採用されてはいましたが、全国販売される雑誌などにカットを画き始めたのは18歳の時からでした。

それから更に数年後に初めてちゃんと仕上げた27ページのマンガ(劇画)が一般雑誌に掲載されたわけですが、その間、様々なアルバイトで生活費を賄っていました。

        マンガ原稿など・8
その中の一つに当時テレビ映画と劇場用に特撮場面を制作、撮影していた『円谷プロダクション』で1年と少しの間、美術スタッフとして働いた経験がありました。

        マンガ原稿など・9
この下描きしかできていないマンガはその円谷プロダクション時代の自分が接した人々や目にした光景、付き合いの中に感じた情景を前編、後編の2回に分けて60~70ページ位で描こうとしたものですが、半分位で手が止まったままもう40年近い月日が過ぎ去りました。
この作品ももし続きを画き起こせたら描き切ってみたいと思っています。

        マンガ原稿など・10
というような感じでぼくのマンガ経歴について綴ってきましたが、こういう次第でまだ完成しなかった作品についてはほとんどの描きかけ画稿や下画きが今もぼくの手元に残っています。

しかし今になって考えると非常に残念なことですが、現在ぼくの手元には当時発表した全作品(雑誌掲載分)の半分程の10数作品分しか『完成原稿(画稿)』は残っていません。
これについては事情があるのですが、それもまた時と場所を改めて書こうと思っています。

( 2018・1/22記、1/26,up )
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2018
01.23

ぼくの方丈記〔2〕 (blog,584p)

ぼくはたぶん今月いっぱいで家族で三重の農村部の新しい環境の中へ移って行きます。(ちょっと希望通りに工事の段取りが進捗していないのが気にかかりますが)

今後の予定としては準備が整い次第 Homepage も立ち上げるしBlog や Facebook でも報告して行きます。もちろん当初の計画通り出版物の発行も開始します。
『出版物』といっても大層なことを目論んでいるわけではありません。
ぼくは若い頃、ほんの一時、一般の漫画雑誌にいわゆる『劇画』というジャンルのマンガを画いて暮らしました。
でもマンガだけを画いて暮らしたのはたった2年足らずで、すぐに生活に行き詰まり、いろいろなアルバイトや自分で仕事を創り出したりしながら暮らしてきました。
その間にもマンガのことは一日も忘れたことはありません。

  (下の写真は今までにマンガを発表してきた雑誌や自分の作品の切り抜きファイルの
   一部、もっとあるのだが他の発表誌などは既に引っ越し荷物で箱詰めにしてある)

                 ↓       ↓
       マンガ雑誌・表紙
しかしあまりに少ない発表点数と経歴のため、ぼくの劇画、漫画、カット、絵などはついに他者によって一冊の本にまとめられることはありませんでした。

それでこれから自分で自分の本を作って出版して行こうとしています。
マンガの原稿(画稿)やカットイラストや油絵や作文は、完成したものも途中のものもアイデアだけのプロットや下書きも、今も日々に手元に溜まり続けています。
                ↓        ↓
       マンガ原稿など・1
   (上の写真は14,15歳の中学、高校生時代から23,24歳頃までに画いた作品の
    ストックや書きかけ原稿、創作メモなどの一部)


今日はそういう諸々を少し並べて写真に撮って掲載してみようと思います。
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この下2枚の写真は17歳の時に画き始めて22歳になるまで描き続けたのに遂に完成できずに40年以上が経ってしまった『蝉』というマンガです。
                ↓        ↓
        マンガ原稿など・3
                ↑        ↑
上の写真で左側半分に見える10枚ほどの「小さな紙に書いてある鉛筆画き」は清書原稿に画き写す前の下画き(草稿)段階の原稿で、右側に4,5枚大きめの紙に画いてあるのが印刷寸法より20%拡大した画面で画き上げた本原稿(画稿)です。

        マンガ原稿など・2
上の写真に写っている8枚の画稿 ↑ ↑ も同じ作品の出来上がり分です。
このマンガは30数ページで描く予定でしたが画いている内に違う表現の場面を次々に思いついて画き直し、その上プロデビューをした後にこのマンガの一部を別の雑誌発表用原稿のプロットに使ったりしたので行き詰まってしまって完成できませんでした。(でもまだ諦めてはいません。自分としては大事なテーマの作品なので、これからもう一度画き続けてぜひ完成させたいと思っています。)
(でもこうやって画稿を見返してみると、自分の漫画表現の技能が10代後半か20代前半から
 あまり進歩してこなかったことが一目瞭然!分かってしまうなあ、、、)

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そしてこの下の2枚の写真は高校卒業直前の冬から上京するまでの2か月間掛かって完成した『無言劇画』(サイレントマンガ)の原稿(画稿)です。
                ↓        ↓
        マンガ原稿など・4
        マンガ原稿など・5
                ↑        ↑
ぼくは幼少時から単純な正義感を胸の奥に宿してきました。(今もそのままです)
その感覚で描いた「反戦、プロテスト」テーマのこのマンガについては当時あこがれのマンガ家だったつげ義春氏と会って話した思い出が絡んでいるのでそのことは別の機会に書こうと思います。


( 2018・1/23 )
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2018
01.21

ぼくの方丈記〔1〕 (blog,583p)

毎日毎日、政府や大企業や芸人の成り上がりのようなくだらない権力を持つといわれる人間たちによって弱い者いじめが繰り返されています。

誰かしら弱い立場に立たされた人たちの心や身体を傷つける出来事やスキャンダル報道がこれでもかというほど続けられ、本当ならもっとずっと知らされるべき大事なことが隠されています。
ニュースを見聞きするのが嫌になることも度々ですが、こんな社会状況の中でぼくは今までよりもさらに自分の思うところに正直に生きる暮らしがしたくて関西の大都市である京都から中部地方の西南端(三重県)伊勢湾沿いの小さな農村集落へと家族で引っ越して行きます。

      池村の家・1

          池村の家・2
ぼくは生まれ育った郷里の町から高校卒業と同時に上京して、働いて、短い期間美術学校へ通い、マンガ家になり、落ちこぼれてその日暮らしをしながら7年間の東京暮らしの後、今住んでいる京都へやってきました。
ここ京都で40年以上暮らして二人の子どもも育ってくれて、自分の仕事もあり、仕事場も確保できていて文句を言う筋合いもない良い町だったのですが、それでもなぜだかぼくの生涯が終るまでこの都市で暮らすのは何か自分の心の中に不協和音を抱えたままになりそうな忸怩たる思いが常にありました。

      (↓ この下の2枚の写真は本日の記事と直接関係はありません。↓)
 池村の家・3 池村の家・4
           ↑                   ↑
  (先日お正月の丸餅をトースターで焼いたら球のように真ん丸になったのがあったので)

どこかへ引っ越して環境を変えたら心の中の忸怩たる思いが解消できるかどうかは分からないけれど、この5年の準備期間を通じて、少なくとも若い頃から漠然と理想空想して、いつかやってみたいと願っていた「土を耕して作物を得る生活」をしながらマンガと絵を画き、音楽や言葉で世の中に自分の思いを細やかに発信することは出来そうだと分かりました。

       池村の家・5
               ↑         ↑
(こちらは去年の暮れの収穫時に里芋の根茎がたくさん残ったので取敢えず畑の土に埋めておいた。春になったらどうなるだろう?土の中で消えて雑草や他の植物などの養分になるのか、もしかしてこの親芋からまた子芋が育つこともあるのだろうか?)

今回ぼくの身勝手を許してくれた家族、親族には心から感謝しています。
あとはぼく自身がマンガと絵をどれだけ画けるか、音楽が何か形になるか、自分の生き方が社会、世界と繋がれるか、そういう暮らし方がぼく自身と、ぼくと一緒に暮らしてくれる家族にとっても幸せだと実感できるものになるのかどうかが試されることになるだろうと思っています。

( 2018・1/21 )
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2018
01.19

世の中は、、、 (blog,582p)

ぼくのブログも公開を始めて5年目になりましたが、今日は【今までで最も社会的な書き込み】をしたいと思います。
理由は一つです。ぼくは自由で平等な精神が生きる社会で一生を送りたいからです。

今、世間では安倍首相を首領とする卑怯下劣な政治権力犯罪者集団が自己の欲望を満たすためだけの犯罪政治を繰り返しながら、責任逃れの策謀で国会を無視、ないがしろにして芸能人と会食したり外国へ遊びに行ったりやりたい放題のバカな祭りごとに明け暮れています。

        安倍友、別荘・1a

        安倍友・2a
本来なら(ヨーロッパの先進国は勿論、お隣の韓国でも)こんな犯罪行為を続ける政治権力者とその癒着人脈は国民の怒りを買って司直も動き、逮捕されたり投獄されて当たり前です。

         安倍友・3a
                 ↑      ↑
   (取り巻きの中には安倍首相の紹介本の著者でレイプ犯人の山口もいる。眼鏡をかけたヒゲの男)

それが安倍首相本人は言うに及ばず癒着業者さえ逮捕も責任追及もされないということは異常事態なのです。つまり現在の日本は民主主義国家の体をなしていないということです。

         トランプの奴隷、安倍・1

民主主義のない国が進む道は決まっています。それは独裁者を生み育てて、やがて戦争へと突き進む軍国主義への道です。
日本の戦後憲法を捨て去って本気で隣国とでも戦争をしようという国です。

         安倍ヒットラー・1a
           安倍ヒットラー・2a
これは現在の日本列島を覆っているぼくたち民衆の無気力で無責任で世の中の変化に対して無関心なままの【事なかれ主義的生き方】が権力者とその取り巻き共のデタラメを許してしまっている結果なのです。
         安倍・放射能拡散・1
                 ↑      ↑
 (福島原発から放散し続ける放射能が、今現在も子供たちの成長にとって危険だと告発している風刺イラスト)

こんな間違った社会の在り様に抗議の意思を持たず、疑問さえ持てずに黙認していることは「ぼくたち庶民自身が政治権力者や巨大資本の犯罪行為に加担しているのだ」と厳しく自分を戒めるべきだとぼくは日頃から思っています。
-------------- 今日、ここまでの写真とイラストはすべてネットの自由素材を使いました。----------------

( 2018・1/19 )
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2018
01.16

新年早々のトンボ返り (blog,581p)

Category: 村の家にて
先週末に2日間だけトンボ返りで村の家へ行ってきました。
目的は外構工事の現場立ち合いだったのですが、工事はまた遅れることになってせっかく行ったのが無駄足になってしまってガッカリしてちょっと怒れる気分でした。
(予定では一週間滞在して他の事務的な手続きや別の交渉事も済ませてくる予定でしたが、その基本条件である工事が進まないことには手続きができないのです)

しかしせっかく行ったのに何もしないで帰ってくるのが悔しかったので去年収穫した「不作だったさつま芋(あまり美味しくない)」を茹でて試験的に干し芋を作ってみました。

        干しさつま芋・1b
さつま芋の『干し芋』のことをぼくたちは子供の頃には『芋切り干し』と呼んでいました。

小学3年生位の頃に、近所の遊び仲間だった幼馴染の親戚の家へ何人かで連れ立って出かけて行ったことがありました。(ぼくが生まれ育った町は万葉集にも出てくるほど古い歴史がある地域の旧東海道の宿場町でしたが、住宅エリアを外れればすぐに田んぼや畑が広がり、農村部と隣接していて、町の住民でも両親や祖父母の実家、親戚が農村部にある家は多かったものです)
ぼくはその家で物置の屋根に干してあったたくさんの『芋切り干し』を自由に食べさせてもらった懐かしい思い出があります。

 干しさつま芋・2b 干しさつま芋・3b
欲し芋作りでは先ずさつま芋を蒸すか茹でるかして、それを冷まして皮剥きをした後、1センチ厚さ位にスライスして虫や野鳥に食べられないように干して、一日一回づつ裏返しながら一週間か十日ぐらい干し続けると出来上がるようです。(確実な作り方がわからなかったので、村の家から町の家人に電話してネットで調べてもらったこと)
でもぼくは適当に茹でてスライスして干した後でその返事を聞いたのでマニュアル通りには作ってありません。

結果はどうなるか、、、 次回行って食べてみて、美味しかったらたくさん作ろうと思っています。

( 2018・1/16 )
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2018
01.14

今年の目標・その1 (blog,580p)

なかなか世間のスピードについて行けないのは若い頃からぼくの習性なのですが、そうは言っても一年中動き出さないわけではないし何もしていないわけではありません。
今年も少しづつですが自分の目標や希望を実現すべくささやかながら活動を始めています。

今年は先ず引っ越しが最優先、最初の課題です。
荷物も人も移動が大変難しいのですが、何せ新たな生活環境となる三重の村の家の工事の残りがまだ完了していません。
それでも引っ越してぼくは今年から新しい仕事を始めます。

今年やっと始める新しい仕事の一つは『マンガ個人冊子』の出版活動です。

      自費出版本など
                ↑        ↑
             (自費出版マンガ作家たちの作品)

ぼくは若い頃にプロの漫画家になったのですが、たった2年足らずでマンガ世界から落ちこぼれてその後は自分で何かしら仕事を創り出して暮らしてきたので、今まで雑誌に発表出来た作品は数える程しかなくて友人知人以外の人々はぼくがマンガを画いていたことを知りません。

それでこれからぼくは自費出版で何冊か、あるいは何十冊か創作意欲と体力と印刷費用が続く限り、自分のマンガ作品や絵や作文を掲載する冊子を作って行くことにします。(基本的に個人誌なので同人マンガ誌とは違います)

        なるなる頁
                ↑        ↑
 (今日の写真はいずれもぼくの作品ではありません。これは「なるなる文庫」さんの作品)

独りで自分のマンガ作品を出版する人たちは昔からたくさんいました。
そのルーツは「貸本出版の歴史」にあるように思います。
現在では『貸本屋さん』は消滅しておよそ半世紀になりますから出版された冊子はイベントや小規模書店で頒布されたりネットで頒布、販売されるのが大半で、ぼくも流通経路はそうした方法を模索しようと思います。(そのシステムは同人誌と重複しています)

        アニュウリズム頁
                ↑        ↑
           (こちらは「アニュウリズム」さんの作品)

実はこの計画はもう40年以上胸にしまっていました。それで参考資料として、小規模なマンガの同人誌や本や冊子をたくさん購入して集めています。(美術館やギャラリーの作品パンフレットやカタログなども同様に収集している)
                ↓        ↓
   (木口木版の版画家・二階武宏さんの版画作品、個展会場で販売のレゾネより)
        木口木版
その中に何人か注目している人たちがいるのですが、ぼくとしては当面、今日の写真に載せた『なるなる文庫』さんや『アニュウリズム』さんのようなやり方が出来たらいいなあと思っています。(なるなる文庫さん、アニュウリズムさんはぼくの好きなインディペンデントマンガ作家)

ぼくが始める個人マンガ誌の名称は10年以上前から決めてあります。(『創刊号』のデザインもしてあります)
掲載作品は多分、自分がかつて発表したマンガや作文と、未発表のいろいろを混載することになるでしょう。その仕事がきっと引っ越して最初の作業になると思っています。
もう直ぐです。

( 2018・1/14 )
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2018
01.11

さて、ぼつぼつと、、 (blog,579p)

Category: 町の家にて
もう2018年が開けて10日も経ってしまいました。
しかしぼくはまだいろいろなことをいろいろな意味で区切りをつけるための作業をダラダラと続けています。
それで何となく正月気分を脱して世間につながって行く決然とした意志や行動が表現しにくい精神状況にあります。

なので今日のブログの写真も過ぎた正月三箇日の記録で賄うことにします。

         2018酒正月・2
前のブログにも書きましたがこのお正月休みの間は家人の弟君の家族とぼくたちの家族だけが集まってきて顔を合わせて久しぶりに団欒の時を過ごしました。
一時に全員が集まることはできませんでしたが合計で11人が入れ代わり立ち代わり集まり、食べて飲んで談話して楽しみました。

家人の母は90歳を過ぎた今も精神は元気な人で、ぼくと家人は30数年間ずっと同居していて(子供たちも独立するまではずっと一緒に暮らしてきた)ここ16,17年位は家人が調理してくれる食事を一緒に食べて暮らしています。
この家にみんなが集まるのはその老齢の母を喜ばせたいというみんなの思いがある事が一番大きい理由です。
         2018酒正月・3
家人の弟君とぼくの息子と娘がどうやら酒好きのようでぼくを含めた他の人たちはあまり飲みません。(家人は自分もお酒が好きだと言いますが、量はほとんど飲めません)
それでもみんなでワイワイと楽しいお酒でありました。

まあ、誰が飲む、飲まないと言っても大人10人で3日間か4日間もかかって飲んだお酒がこれだけ(上の日本酒と焼酎の写真はまだ開栓して直ぐの状態)なので大したことはありません。(写真は撮らなかったけれどこの他に350mlの缶ビールをもう数本飲みました)

ぼくは今、個人的に少し気に病むところがあるのですがまあ何とか元気で行ければいいんだと思っています。
今夜辺りからまたしばらく「今年最初の三重の畑の家滞在」に行ってこようと思っています。

( 2018・1/11 )
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2018
01.08

七草粥も食べ終えて (blog,578p)

Category: 町の家にて
11月後半からぼくは体調がちょっとおかしくなっていて、何度か病院通いをしていました。
それで毎年年末には何ヵ所か顔を出すライブハウスや街中の絵画ギャラリー巡りなどは全て諦めました。(結果的にそうなっただけですが)
病院では生まれて初めてCTスキャナー(放射線による人体断層撮影)にかかったり何度目かのエコー検査を受けたり、他にもいろいろ検査があって年末近くまでバタバタしていました。

その合間を縫って三重の畑の家を3往復したり、イラストを画いたり何や寡やしている内に2018年になって郵便受けに年賀状が届けられて、ぼくも早く書かなくちゃ!というのが元日までの行動でした。
         2018年正月・5
年賀状もこの頃は一時より少なくなりましたが、それでもいただく枚数が50枚前後で、後出しですがぼくは百数十枚書いています。(仕事の関連もあって一番多かった数年間は毎年最大300枚前後の年賀状を、宛名とご芳名と2,3行の文言を全て手書きで出していました)

        2018年正月・4
だいたい昔から(ぼくたちが今住んでいる家人の実家に)家人の家族や親戚が集まって最小でも20数人から多い年は30人以上の多人数でにぎやかにお正月を楽しんでいました。
でも今ではぼくたちの家族と家人の弟とその家族が都合がつけば集まるというささやかなお正月になりました。
         2018年お正月、手巻き寿司
いつものお正月は年末の内から家人がしっかり手をかけて相当立派なおせち料理を作ってくれます。
しかし今年は既に我が家伝統の塗りの器(ぼくの実家で使っていた古くて素朴で懐かしい物)なども引っ越し荷物で片付けてしまったし、みんな忙しく過ごしているしということで、おせちは煮染めや芋栗きんとんや柚子入りなますなどの手料理を『お重』(重箱)ではなくて皿盛で並べ、息子の伴侶の実家から送っていただいた8種類ぐらいの日本海の魚とエビの数々を「ドーン!」と主役にした『手巻き寿司』で元日の晩餐会をしました。(名物・鏑ずしもあって結果的には非常に豪華な食事になりました)

         2018年正月・6
20年ほど前までの大人数の正月と比べると半分以下、3分の1位の人数で正月会は全部身内ばかりで合計11人の参加でした。
それでもやっぱりお正月はなぜだか気持ちのどこかが浮きウキするのは幼年時代に田舎で育った昔の記憶などがよみがえるからなのでしょうかね。

そしてあっという間に三箇日が過ぎ、昨日はもう7日、七草粥の日でした。

        2018年正月・2
七草粥はごくごくシンプルに、正月休みの間中「食って飲んで笑った」お腹を精進して落ち着けるのが目的だったようですが、我が家では薄塩の焼き鮭がついていましたのでお寺の精進メニューというほどではありませんでした。

         2018年正月・3
おかゆの中には1週間早く鏡餅をお供えから下ろして、水餅にした後、小切れにしたものを入れて家人が炊いてくれました。
お屠蘇の残りの日本酒も添えられて、これで我が家のお正月休みも終了です。明日(日付では今日)8日からはぼくたちの家族も世間に合わせて動き出します。(というか、息子や娘はもう通常通りに社会に出て働いていて、とくに娘は年末も年始も何日か働き通していたのですが)

       2018年正月・1
さてそれでぼくはというと、じつは未だ年賀状が書き終えてないのです。(あと30枚ほど)
毎年のことですがぼくは自分でこの仕事はこれ位で完了すると予測を立てても一度もピッタリできたことがありません。若い頃、マンガの原稿締め切り日もなかなか守れませんでした。

今年の年賀状は3日から書き出して7日の昼で終わる予定でしたが、今日か明日まで延びてしまいそうです。(今年は投函日が7日を過ぎると年賀はがきに10円切手を貼り足さないと配達されなくなっているので期日内に全て出したかったのですが)こうなったら仕方がありません。なるべく早く書き終えたいと思います。

( 2018・1/8 )
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2018
01.03

慌ただしく新年まで (blog,577p)

Category: 町の家にて
前の記事と内容が前後しますが、暮れの30日、31日になって家人と二人で餅つきをしました。

今は独立した息子と半分独立を始めた娘が小さかった頃までは家人の実家では家族親戚一同が集まって庭に石臼を置いて薪を焚いて、お釜と蒸籠(せいろ)で糯米を蒸かし、杵で参加者たちが大人も子供も代わるがわるペッタンペッタンと昔ながらの餅つきをしていました。

子どもたちが大きくなり大人たちは年老いて遠くの町からやってくる親戚の人数も減っていつかその楽しい行事も消えて行きました。
それでもぼくも家人もやはりお餅は今でも既製品を購入せず自分たちで搗いてお正月を迎えています。        
        お餅つき・1
ただし、ぼくも家人も時々、突然のギックリ腰に襲われたりするようになった今では二人だけで庭で臼と杵で餅つきを敢行する自信も体力もありません。

それでもう20年位前から電気餅つき機に活躍してもらっていますので正確には「餅搗きをした」のではなくて「餅つき機で餅を作った」ということになります。
ただし搗きあがった餅で『鏡餅』を作ったり『丸餅』や『餡餅』にしたり『ナマコ餅』にしたりするのは昔通りぼくたちが自分で作ります。

糯米は毎年、山口県の知人の家から自作米をたくさん送って来てくれますので助かっています。
お餅は餅つき機で搗いていても毎回味わいの違う物ができるものです。
搗きあがったばかりのお餅を丸める時には大変熱いので毎回、掌や指を少々火傷しながらも張りきって形が出来上がって行くのを楽しみながらの手作業をします。
そして庭でみんなで石臼と杵でお餅を搗いていた頃のことをちょっと懐かしく思い出します。
三重の村の家へ引っ越して落ち着いたらまた時々庭で臼と杵で餅つきを楽しめるといいなと思っています。

( 2018・1/3 )
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2018
01.01

2018年1月1日 (blog,576p)

Category: 町の家にて
2018年1月1日、新しい年の初めのご挨拶を申し上げます。

今年がぼくたちの日本列島から権力者共の犯罪政治や(普通に働いて生活する庶民大衆を苦しめる)企業の犯罪的な経営戦略にストップをかける一年になりますように新年の願い、希望を託して一年最初のブログを書き始めます。

さて、今年はついに町の家から村の家へ引っ越すことになります。(一応今月1月中の引っ越し完了を予定しています)
そして新しい生活を始めますので、今日から少しづつブログの中の記述の仕方も変えて行こうと思います。
まず今回の記事から、今までは「町の家」と「村の家」という書き方をしてきた部分を町=京都、村=三重(または多紀郡)などと必要に応じて実際の地名で書くことにします。

 清イラスト・ブログ用(555ps)
これは昨日12月31日に仕上げた去年最後に描いたイラストです。
元の絵は村の家で描きかけて途中のままになっている油絵で、これはちょっとアレンジして戌年の元日に公開するために画面中に犬のようなシルエットを画きこんで水彩で画きました。

ついに引っ越し、というより既にかなりの分量の荷物をぼくは自分の小さい自動車で何十回も往復する度に運び続けてきています。
それでこの頃では村の家のあちこちがもう大小の段ボールを所狭しと積み上げた物置状態になっていて、行く度に少しでも新しい生活にスムーズに移れるようにと整理をやっていますが、なかなか手強い状況です。

元々京都の家(二軒分)に置き切れなくなって家の外にまで保管してきたいろいろな道具類や40年以上に亘ってぼくの集めたマンガ関連の資料本などがもの凄くたくさん増え過ぎてしまっていたので、その全てを京都の家二軒分合計より小さい容積の三重の家へ詰め込むことには無理があります。
それでこれから新しく物置を作りつけたり臨時にビニールシートのテント小屋などを作ります。でも少しでも整理できることはと思って一人で頑張っていますがなかなか捗りません。
今日のイラストは資料室で片付け作業の合間に音楽を聴きながらティーブレイクをしている自分のイメージを描いたものです。

今年こそ、なるべく早いうちに皆様方にぼくたちの新しい仕事と所在地の詳しいご案内をお届けする予定です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

( 2018・1/1 )
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