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2018
07.30

雑草、スイカ、キューリ (blog,635p)

Category: 畑のあれこれ
大雨が降り続き、西日本の広範囲な地域で甚大な被災、被害者(死亡者数だけでも二百人以上)を出し、中部地方、関東以北にまで至る大洪水の、被害実態(全貌)が、まだはっきりしなかった7月11日から、22日まで、村の家へ行ってきた。

目的はいつものように『物置用コンテナ置き場所作り』と『畑の世話』がメインだった。

今の時期、畑の世話は、一言で言えば『雑草の刈り取り作業』に尽きる。

       畑と雑草・3
今回、下準備として、母屋の(修築以前に在った和室の)古畳の一部を保管している中から、畳の中身である『古くなった麦わら』をカッターナイフで切り出して、プラスチック笊箕で何杯分かを『敷き藁』として廃材利用する。

        畑と雑草・4
先ず初めに雑草を刈ったのは『スイカ畑』だったが、この写真(草刈り前)の段階ではどこにスイカの蔓があるのか、皆目見当もつかない。
                ↓        ↓
      畑と雑草・1
その雑草を少しづつ、手探りで丁寧にスイカの蔓を見つけて残しながら、不要な雑草やツルを刈り取ったり引き抜いたりして行くと、こんな感じになる。(この段階ではすでに、遠くまで伸びすぎた孫蔓を剪定したり、蔓返しをして畝の内側へ向きを変えたりが済ませてある。)
                ↓        ↓
        畑と雑草・5
                ↑        ↑
写真ではちゃんと見定めることが難しいが、スイカの蔓の下には一面、一番上の写真にある『古い畳から切り出したワラ』が敷き詰めてある。
こうすることで、作物や蔓草が直接土に触れて土中のウイルスや菌に感染するのを防げるし、カタツムリや昆虫の食害からもある程度は作物を守ることができる。そして、日照りや多湿の悪影響からもある程度は守れるはずなのだが、あまりの酷暑や、あまりの大雨にはどこまで通用するのか、、、経験の少ないぼくには、確かなことは分からない。

でも、人生、無駄かもしれない努力でも、可能性があることは一応、少しでも希望を持てるように、やっておこうと思っている。
ということで、同じようにこちらはキューリの苗を定植した広畝。
                ↓        ↓
      畑と雑草・2
この写真で、手前の中央左側に大きい葉っぱの蔓が伸びてきているのが見える。それが下の写真でも同じ位置に見えるキューリの葉っぱと蔓だった。(ちょっとアップにトリミングしてある。)             ↓        ↓
        畑と雑草・6
                ↑        ↑
この写真ならば、蔓草の下に敷いてある古畳のワラが、ちゃんと確認できると思う。
麦わらはこうして畑の作物を、土中の菌や害虫や乾燥や多湿から保護してくれるうえ、作物の収穫時期を過ぎる頃には、耕運機で再び土を耕す時に、土中に鋤き込むことで堆肥となって、次の作付けのために大事な土の栄養になってくれる、ありがたい存在だ。

「自然には無駄なものはない」とは、よく言われることだが、こうして畑で労働をしていることそれ自体も、もしかすると人間の生き方として(たいした生産性はないけれど)無駄なことではないのかもしれない。と思うと嬉しくなる。

 ( 2018・7/25記、7/30,up )
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2018
07.27

小さな映画館で (blog,634p)

Category: 町の家にて
今、準備中の三重県の農村部への移住が、やっとこさ実現しそうなところまできている。
(次回の村の家滞在中に、母屋のエアコン取付工事が施工される予定)

いよいよ引越しが近い実感が湧いてくると、逆に長年暮らしてきた京都の生活環境が、どれほど素晴らしいものだったかが、ジワジワと心に沁みわたってくる。
京都はぼくにとってすでに、第二の故郷だが、ぼくたちが暮らしてきた地域は、市街中心部から自転車やバスで15分ばかり離れただけの、交通も便利な住宅地で、まだある程度、昔からの居住民構成や人情も維持されている住宅通りの一角にある。

歩いて行ける範囲に、戦前から続く商店街(通り)や、公園や、北部の山間から流れてきて大阪湾までつながって行く、鴨川や高野川という眺めの良い、心安らぐ河川がある。

           出町・2の1
日本中が高度経済成長期(1960年代~’70年代初期)以降『スクラップ・アンド・ビルド』の強風、強震に押し潰され、押し流されて、その土地独自の生活形態も生活環境も失ってしまった中で、京都の町にはそこここで、それぞれの地域独自のライフスタイルとライフサイクルを、ギリギリ消滅させないで生き延びてきた人々の頑張りがあった。(その基盤は、中央の政権に反旗を翻して、京都の地域の独自性を守る地方自治政策を、27年間にわたって実行し続けた蜷川虎三という、国家の経済官僚出身ながら地域住民サイドに身を置いた、稀有の京都府知事が居てくれたおかげだった。)

ぼくたちが毎日のように買い物に行く『桝形通り商店街』の、一時はシャッターが閉まったままの店が増えて、このまま寂れて行くのかと心配だった通りに、一昨年『どれでも一冊百円!』と謳った激安古本屋さんが一軒開店し、去年、また新たに美術書などをたくさん揃えたユニークな古本屋さんが開店したと思ったら、年末にはついに、小さな映画館とカフェと本屋さんがシンクロした施設までオープンして、なんとも楽しい商店街になってきた。

その、新しくできた映画館『出町座』で、ぼくは今日(7月25日)の昼間に、何年振りかで【映画館で映画を】観てきた。

            出町・2の2
その映画は、1980年に、お隣の韓国で起きた軍事独裁政権による「民主化要求市民、学生運動に対する無差別弾圧・虐殺事件」(いわゆる『光州事件』)を描いた『タクシー運転手』(2017年韓国映画、チャン・フン監督作品)という作品だ。

      映画・タクシー運転手、1
一言で言って「素晴らしい!」映画だった。たいへん映画らしい映画だった。

出演者たちが素晴らしい!監督が素晴らしい!描かれた背景の、厳しい社会に生きる庶民の生き方が素晴らしい!
人間はきっと誰でも素晴らしい生き方を探すことができるんだと思えて感動しながら(何度も泣きながら)観賞した。

      映画・タクシー運転手、2
現代の日本の、ぼくたち庶民にもこんな生き方がきっと選べるはずだと思う。(とくに、人間として生まれたのに、なんでそんなつまらない、もったいない生き方しか見つけられないのかと気の毒でもあり、その愚劣な思想を軽蔑したくもあり、その残虐な悪意の心情に対しては強い憤怒を感じる、いわゆる「ネトウヨ」や「政治、宗教カルト」の人々にこの映画を観てもらいたいと心から思い願う。)

      映画・タクシー運転手、3
人間が、人間として、人間らしく(プライドを捨てずに)信頼し合って生きて行こうとすれば、国籍も職業も、立場もすべてを互いに乗り越えて行ける!に違いないと確信させてくれる素晴らしい映画だった。
まだ若い監督たちが、こんな映画を作る、韓国の社会が生み育む創造的可能性には大いに期待がふくらむ。日本の映画人たちも頑張って素晴らしい映画を創り出してほしいものだ。

いつも通っている商店街に、こんな映画館ができてくれたことはとても嬉しい。
この町から引っ越して行く日が近いのは残念な気持ちにもなるが、引っ越した先にはまた新しい世界が開けるだろうと、期待と希望を胸に抱いて行こう。

 ( 2018・7/25記、7/27,up )
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2018
07.25

身辺変遷情況 (blog,633p)

二週間前、村の家へ行く少し前に、東京の(若い頃から)仲の良い友人から、突然、
「腎臓を患ってステロイド治療のために向う一ヵ月間の予定で入院中」という連絡を受けて、取敢えずお見舞いのメールを返信してから村の家へ向かった。

7月初旬の大雨洪水災害で、全国的に甚大な被害がもたらされた直後の、一転して一滴の雨も降らない酷暑の中、村の家の畑作業と土木作業を続けていた。

日昼だけでなく、深夜になっても夜明け近くになっても、ぼくが暮らすエアコンのない部屋は、温度が33℃以下に下がらない猛暑が10日間以上続いていた。(今もきっと、村の家のギャラリー棟資料室では同じ暑さが続いているだろう。)
食欲が湧かず、お茶やソーダ系の飲料を毎日3リットル以上飲みながら、何とか少しでも作業の進捗をはかっておきたいという思いだけで労働を続けていた。
そうしてちょうど十日目に、町の家で過ごしている家人(伴侶)が体調を崩してしまったと電話で聞き、予定より一日早く労働を切り上げて町の家へ帰宅した方がいいかなと思案していたら、翌日の朝になって、90歳を超えている家人の母が部屋で転倒して、救急車で去年(同じ大けがで)手術を受けた病院へ入院、再び手術を受けることになったと知らされた。

それでもう、猶予無し!
すぐに作業に一段落付けて、夜中に町の家へ帰ってきた。
それが7月22日未明のこと、そして仮眠して、昼には息子たちとみんなで病院へお見舞いに行き、今日は家人と二人で手術の前からまた病院に詰めていた。
「右大腿骨裂骨折。人工関節骨(チタン金属製)埋め込み手術」は去年の左側に引き続いて幸い成功した。(手術後、直ちに執刀医師からレントゲン写真を前に経過の説明を聞いて、一安心できた。)

そのあと少しの間(ICU室で)家人と二人、経過観察中の看護師さんの横で、義母の現状を見ていて、看護師さんから「今日はもう自分たちがお世話するから心配しないで、明日になったらまた来てあげてください」と言われて帰宅した。(それが一昨日7月23日のこと)

そして昨日24日も、家人と一緒に1時間程、病室を見舞ってしばらく話し込んで帰ってきた。
今のところ術後の経過は順調が維持されていて、体力的にも精神的にも気力が持続しているので、また自力で立って歩けるところまで回復してくれる希望が持てて喜ばしい。

東京の友人の治療状況が気になっているけれど、まだその後の経過を訊ねてもいない。
元気でいてもらいたい。
みなさーん、お互いに心身を大切に毎日を暮らしましょうねえー!

 ( 2018・7/25 )
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2018
07.20

畑はどうなったかな? (blog,632p)

Category: 畑のあれこれ
数回前のブログ(6月30日付=626p)に『ブラックベリー』が、今度行く時にはきっと、収穫時期になっているだろう。と思いながら、町の家へ帰宅したのが6月26日だったことを書いた。
          ブラックベリー
そのページで、『今年は、村の家へもうすぐに引っ越せるだろうと予測して、春に冷蔵庫を購入設置してあるので、採集したブラックベリーの実をそのまま保存することもできるし、煮込んで保存しておくこともできるのが嬉しい。もうじき、またおいしいジャム・ソースが一つ増えるぞ (^^♪ 』 というようなことも記述して、さあ、今度はいつ村の家へ行こうか、、、と思っていたのだが、、、

当初の予定通りなら、遅くとも7月2日か3日にはまた村の家へ行っていたはずだった。
それが、降り続いた長雨と、音楽関連の諸般の事情で、村の家へ行きそびれていて、この調子だと、今度行ったらまた空地も畑も、もの凄い雑草に占拠されているに違いないと思う。
だから作業を始めるにあたって、先ず最低でも2,3日間は雑草刈りをしないと、石垣積み工事も畑作業も、できなくなっていることだろう。
また、せっかくうまく生育していたブラックベリーの実も、既に爛熟して落下してしまったり、或いは野鳥に食べ尽くされてしまって、まったく収穫できない可能性が高い。そんな予感がしてきている。

畑にはあちこち広い範囲に、たくさんの苗を植えてきたばかりだったので、畑の様子も気にかかる。
だから、一日も早く雨がやんで欲しい、水が引いて欲しいと思い続けてきた。
それが、二週間振りでやっと、これから向う一週間は天気が続きそうだ、という予報になったようなので、明日(9日)にでもまた村の家へ行こうと思っている。
村の家の周囲と、畑の風景は、どうなっていることだろう、、、大きいダメージを受けていないことを願っている。

 ( 2018・7/8記、7/20,up )
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2018
07.16

サツマイモ・定植 (blog,631p)

Category: 畑のあれこれ
物置スペース用の整地作業(石垣積みとコンクリート打ち)が全く進められなくて、心は焦りまくっているのに、畑には待ったなしの栽培期限が、次々に迫ってきていた。

そんな中で、あれもこれも、どんどん時間の制約を後へ後へと繰り下げながら、一つ一つ、できることをやって行くしかない。という6月の滞在だった。
今年のサツマイモ定植時期が、既に遅過ぎるかもしれないというところまで、手が付けられずに過ぎてきてしまっていた。

6月中旬になって、村の家から半径20キロ範囲の、農業関連のお店を、あちこち5,6ヶ所探し回ったのだが、もう今年のサツマイモの苗を、たくさん揃えている店はなかった。

      2018サツマイモ・1
ぼくが植えたいと思っているのとは違う種類の苗なら、まだあったのだが、ぼくは、最初の年においしいお芋がたくさん穫れた『紅あずま』という種類の苗が欲しかった。

それで、あるホームセンターの農業コーナーで、すっかり萎びて、甦生するのは難しいのではないかと思われる、カサカサになった『紅あずま』の「不良苗」を見つけて、50本分(25本束を二つ)15%引き価格の、1500円弱で購入して帰り、大事に水耕して一週間様子を観察していた。
        2018サツマイモ・2
そうしたら嬉しいことに、かなりの苗が生きかえってきてくれて、これなら地面に植えても、うまくゆけば八割位は根が張ってくれるのではないか、という感触を得られるところまで勢いが回復してくれた。

      2018サツマイモ・3
それで、また農業の店へ行って、土作りのために不足していた、有機系肥料や土壌改良材を追加購入してきた。

        2018サツマイモ・4
そして、約三週間前に耕運機をかけて、苦土石灰を鋤き込んで、サツマイモ用の畑の準備をしておいた場所に、畝を立てて、苗を定植することにした。

野菜作りでは、土作りの段階から、育てる野菜によって、窒素、リン酸、カリ、全ての栄養がたくさん必要なものと、栄養バランスを変化させた方がよく生育する種類がある。
『サツマイモ』の場合には、いわゆる窒素成分が少な目の方が、土中のお芋の育ちが良く、大きくなるということなので、カリウムが強めの栄養構成を心掛けるとともに、土中の空気流通と水切れをよくする畝作りをしようと考えた。

     2018サツマイモ・6
               ↑          ↑
   (前回の滞在時に耕しておいた地面には、また雑草が発芽生育してしまっていた)

畝は三本にした。(約10メートル長さの畝を二本と、それより少しだけ短い畝を一本立てた。)今年は一昨年から二年振りに、畝にマルチ(雑草防御ビニールシート)を張った。

     2018サツマイモ・5
この程度の面積なので、頑張って、夏草を二度ぐらい除草する手間をかけることができれば、マルチ無しでもいいのだが、今年は今後もまだ当分、物置スペースを整地する作業も続けなければならないし、それができても、空地の草刈りや材木ストックの整理など、かなり時間と体力を使う作業が、次から次へと切迫するのが分かっている。
それで、取敢えず、少しでも労力をセーブできる道を選んだ。
とにかく何とか早く引っ越して、この村の畑の家で、ちゃんと家族で暮らすようになりたいものだ。


 ( 2018・7/8記、7/16,up )
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2018
07.12

音楽三昧 (blog,630p)

ぼくは1960年代のイギリスのロックバンド『スモールフェイセス(The Smoll Faces)』が大好きだった。
ロニー・レーン(Ronnie Lane, ベースギター、ボーカル)が大好きだった。スティーブ・マリオット(Steve Marriott, リードギター、ボーカル)が大好きだった。イアン・マクレガン(Ian Mclagan, キーボード、ボーカル)が大好きだった。
もうみんな居なくなった。
でもぼくが生きている限り、彼らの音楽はぼくの中で生きている。いつ聴いても彼らの音楽はぼくの心に響いてくる。

スティーブ・マリオット(1947~1991)〔今日の写真は全てGoogle画像の中のノンライセンス素材から借用転載したものです。〕
 images[2] 4121836484_a7a351e0b1_z[1]
       ↑     ↑              ↑     ↑
   (スモールフェイセス時代、20代) (その後、ハンブルパイを経てソロになってから)

この人のボーカルは、60年代70年代ロックシーンの中で、最高の声質と声量と唱法の一人だと思っている。そしてギターの演奏も、亡くなるまでどんどん進歩して行った。

こっち(下の写真2枚)はロニー・レーン(1946~1997)
  images6IUHNIQS.jpg   imagesEKZJ6S83.jpg
        ↑     ↑              ↑     ↑
    (スモールフェイセス時代、20代)  (1980年代後半から進行性筋萎縮症で車椅子
                       生活になってからも歌ったロニー)

1990年(亡くなる7年前)彼が最初で最後の来日公演をした時、ステージの中央で車椅子で歌う姿を見て、ぼくの大好きな『One for the rord』も聴くことができたのは、ぼくの思い出の宝物になっている。
興味のある方は、この二人が一緒の音源(スモール・フェイセス時代)や、それぞれの音源(ロニー・レーン&スリムチャンス、他、スティーブ・マリオットのハンブルパイ、その後のソロ時代)を、ぜひ聴いていただきたい。

『スモールフェイセス』のことを書いて、スティーブ・マリオットと、ロニー・レーンのことを載せたのだから、もう一人、この人も載せないわけには行かないね、やっぱり。
この人がイアン・マクレガン!(1945~2014)
   images98ZMAQMZ.jpg   imagesR9EWV11K.jpg
      ↑     ↑            ↑     ↑
 (スモールフェイセス時代、20代)  (60歳を過ぎても温かいステージ・ライブを
                     続けたマクレガン)

ぼくは二回だけ、生でマクレガンのキーボード演奏を聴いたことがある。
みんな、ぼくにとってはスーパースターだ。(実際に欧米のロックフリークにとっては全員スーパースターだけど)日本ではそこまでの評判も評価もされなかった。
けれどそれは、ぼくらが英語を理解できないからで(それはそれでいい)同じ言語で聴いていたら、この声と音楽の楽しさ、すばらしさを知らなかったらもったいない、と思う人がきっと日本にもいっぱいいたに違いない。
(残るもう一人のメンバー、ドラムのケニー・ジョーンズのことはまたいつか書こうと思う。彼は現在も元気で暮らしているとのこと。)

スティーブ・マリオットもロニー・レーンも、居なくなるのが早過ぎた。
イアン・マクレガンは、今でもどこかで、楽しいピアノを弾いてくれているような気がする。

〔 スモールフェイセス・補足 〕
スティーブ・マリオットは残念ながら、ライブで聴く(観る)機会はなかった。
ロニー・レーンは前述の通り、一度だけ観ることができた。(その時、ほんの瞬間、ステージ上の彼と仲間を通じた会話ができた。嬉しかった。)
イアン・マクレガンは二回観た(聴いた)。一回は1972年、東京で『 The Faces(with Rod Stewart) 』(武道館公演)、もう一回は京都で1990年に『 Ronnie Rane's Special Band =Voxホール・ライブ』だった。(満員だったが、小さいホールで気の毒だった。)

『フリー』のポール・ロジャースも大好きなボーカリストだし、若い頃のロッド・スチュアートも嫌いじゃないし、他にも山ほど好きな人たちがいるけれど、ロック・ボーカリストで最高のグルーブ感といえば、ジャニス・ジョプリンとスティーブ・マリオットがぼくのフェバリットだ。

ロニー・レーンとイアン・マクレガンは、いつでも、すごく親近感がわく音楽活動と、人生を送ってくれた(見せてくれた)人たちだったように思える。(実際には彼らはスターであり、ぼくらと同じ暮らし方ではなかったのだろうけれど)少なくとも、彼らの音楽を聴く限り、彼らの優しさがウソではなかったことを信じたい。

 ( 2018・7/8記、7/12,up )
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2018
07.10

下劣な政権と自然災害 (blog,629p)

6月は、11日から村の家へ行って、物置のコンテナを置く場所の土地造成工事と、畑の世話をやってきた。(26日夜中に町の家へ帰宅)
しかし、なんといっても梅雨時なので、雨が多くて畑も土木工事も、作業はなかなか捗らなかった。

そして、町の家へ帰ってきてから12日間が過ぎたが、その間ほとんど雨続きで、しかも、九州、四国、本州の中国地方、近畿、中部地方から関東まで、全国的に豪雨による災害が続出していて、その被害は甚大で、人々の生命と暮らしが惨状を呈している。
身近な地域でも、猛烈な降雨によって、かなりの被害が出ているニュースをネットで見聞きしながら、なんともやるせない気持ちに苛まれる気分になる。

それなのに、日本政府のバカな首相、安倍晋三は連日料亭通いを続け、閣僚や芸能人たちと飲めや歌えの狂乱を繰り広げて、災害の被災者に対する思いやりなどみじんもないようだ。
我が世の春を享楽しているつもりなのか、行政の責任を果たそうともしない。
奴は戦後最悪の、腐敗堕落した政治権力者の、腐れきった姿を世界中に曝している。
これほど低脳愚劣な、恥知らずの安倍晋三など、とっとと権力の座から転げ落ちて、逮捕されるなり死んでしまうなりすればいいと、ぼくは本気で、怒りを以て願っている。

人々がだれもかれも、他人の不幸に関心や同情を寄せることもなく、社会の歪みを正そうという声に耳を貸さず、自分さえよければ世の中で何が起きようが関係ない、という薄情で残虐な時代を望んで受け入れているように感じられて恐ろしい。
本当に、なんというオゾマシイ社会になってしまったのだろう。

今や、日本列島と、そこに暮らすぼくたち庶民大衆の命運は、文字通り「破滅のふち」に追い込まれているのだが、愚かなぼくたち庶民は、迫りくる自分たちの絶対的危機に対して『見ざる、聞かざる、言わざる』の姿勢で、狭い精神の牢獄に、自ら閉じ籠っているのではないか?!

 ( 2018・7/8記、7/10,up )
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2018
07.08

七夕の夜 (blog,628p)

7月7日、七夕の昨夜も雨になった。
夕べは、市内の3ヶ所のライブハウスで別々に、友人知人たちが、七夕の宵のライブを開催していた。

どこへ行こうか少し悩んだが、多分一番来客数が少ないであろう、と思われたお店へ行くことにした。
そこでは、つい最近、新作の小説で『丸山健二文学賞』をとった知人のミュージシャンと、ぼくの娘がライブステージで共演するというので、久し振りに、彼に渡そうと思い、畑で収穫したジャガイモを持って聴きに行ってきた。
それぞれにバンド活動もやっているミュージシャンたちの、弾き語り三人の対バンライブだったが、みんなそれぞれ個性があってよかった。(残念ながらデジカメが電池切れして、ちょっとしか写真が撮れなかった。)

         スローハンド、7月7日・1の2

          スローハンド、7月7日・2
さて、ぼくは今回、町の家へ帰ってきてから12日間が過ぎたが、その間ほとんど雨続きで、しかも全国的に大雨の被害が甚大で、人々の生命と暮らしに惨状を呈している。
身近な地域でも、猛烈な降雨によってかなりの被害が出ている。
ネットで水害のニュースを見聞きして、本当に、日本列島は大変な自然災害が、絶えず発生しているところだと実感している。

こんな土地柄の日本列島で、2011年3月11日の悲惨な大地震、大津波による『福島第一原発・原子炉建屋爆発、放射能拡散漏洩事件』の後始末が、安全な放射能防御処置も、被災者への完全な補償も、政府と原発企業集団(電事連)の責任追及、断罪も、何一つちゃんとできない現状で、ただ金儲けと核兵器製造技術の維持のために、次々に原発を再稼働しようなどとする、日本政府と電力大資本のオゾマシさは、とても人の心を持つ人間たちのやることとは思えない。(強烈な怒りを以て糾弾したい!)

大雨の話題から連想して、少しだけ、日頃思っていることで怒りの発露になったが、もう一度、雨降りが続いている話題に戻って、ぼくは個人的に、たくさんの苗を植えてきたばかりだったので、村の家の畑の様子が気にかかっている。
いい加減に日本列島から雨雲が消えて、水害被災地域の大水が引いて欲しい。

ぼくは今日か明日中に、通行に危険が無くなり次第、また村の家へ行こうと思っている。
村の家にも畑にも、大きな変化や被害が出ていなければいいが、、、と思いながら。

 ( 2018・7/8 )
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2018
07.03

今年の『ジャガイモ』総括 (blog,627p)

Category: 畑のあれこれ
野菜にはそれぞれ【収穫時期】があることを、この5年間の体験で実地に学んできた。
しかし、出荷目的の作物ではないので、収穫も厳格な管理農法で対処しているわけではない。
というよりも農作業全般を「アバウト」でしか、やってきていない。

作物の状態(茎や葉っぱや根の周りの変化と雰囲気等々)を「適当」に、見たり触ったりしながら「ぼつぼつ食べられるかな?」という感触を得たら、ちょっとだけ採取して食べてみる。

      2018ジャガイモ・1
             ↑       ↑
ジャガイモの場合だと、上の写真の中央やや左部分のようになって(ちょっと見難いけれど)茎葉の全体が、およそ60%以上、枯れかかってきた辺りが、まあだいたい掘り出し時、食べ頃かな、という感じで掘っている。(今のところそれでほぼ間違いなさそうだ。)

         2018ジャガイモ・2
収穫時期は、作付けした種イモの種類によって少しづつ違ってくる。
今年の場合、一番最初に収穫できた『男爵芋』と、一番最後に収穫した『北海コガネ』という種類では、二週間の前後があった。

今日の写真で載せているのは、中間時期に収穫した『インカのめざめ』という種類のお芋で、種イモの数は、最も多く植えたものだった。(この芋は、種イモの値段が高くて、イモが小さくて、収穫量も、個体が小さい分だけ少な目になる傾向がある。)

        2018ジャガイモ・3
のではあるが、今年はうまく生育してくれて、大きさも立派な個体がたくさん収穫できた。
それは嬉しかったのだが、今年のジャガイモには大きな問題が起きていた。それは、三種類の種イモから育て上げて、収穫できた全ての種類の、立派なお芋も小振りなお芋も、全体の平均で七、八割方が【食虫害】を受けてしまったことだ。

それで、虫に食べられて穴が開いた部分を、包丁で丁寧に取り除き、皮をむいて茹でてから、フライパンでバター焼きしたり、オリーブオイルと塩で炒めるだけのシンプルな調理をして、美味しく食べられるかどうか、自分で確かめてみた。(先日のブログにも載せた)

         2018ジャガイモ・4
           (インカのめざめ=黄色、と、男爵芋=白色)

結果は、虫に食われていても、十分においしく食べることができると分かったので一安心した。(もしもおいしく食べられなかったら、こんなに豊作だったジャガイモを、友人知人にお分けするのが憚られることを危惧していた。)

除草剤や、防虫剤や、殺虫剤などの農薬を一切使わずに、この5年間、ぼくは『勝手に農業見習い中』といって、畑作業を続けてきた。
その5年間で、畑にも屋敷内の空き地にも、猛烈に雑草が蔓延るようになったし、小さな昆虫(そのほとんどは作物にとっての害虫)が、年々増えてきたように思う。(作物の種類によって大発生する虫の種類も違ったりする。)そうした虫たちを捕食する、カマキリや、クモや、カエルなども結構現れるし、野鳥もよく来る。ミミズも増えた。(たぶん、モグラや蛇も増えているだろう。)

何十年か昔、まだ今のように強烈な効果の農薬が出現する前の、日本の農村で、あたり前に馴染んでいた生態系が、ほんの少しだけ、この家に甦っているのかもしれない。
もしも、そうだとすれば嬉しい。

 ( 2018・7/3 )
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