2017
11.24

思い出の場所へ (blog,561p)

今回、一年振りで帰省して小学校3,4年生時の同窓会に出席した翌日『ねむの木村』で『ねむの木美術館』と『吉行淳之介文学館』を見物してから次に、小雨のけぶる中をぼくの実家から8キロか9キロほど離れた町外れの山間の集落を訪ねて行きました。

そこは東海道『日坂宿』というエリアで、ぼくはまさに同窓会で集まった「小学校3年生の時」(50数年昔)週に2回か3回づつ自分の家から町の中心街まで歩き、駅近くからバスに乗って町の東の外れに位置するこの集落『日坂』まで一人で病院(医院)通いをしていたのでした。

   日坂宿・1
ぼくは生後すぐから虚弱な体質で、小学校の上級生になる頃まで高熱を出したり身体のあちこちが痛んだりして学校を休むことが多い子供でした。(小学一年生の時には年間90日間欠席児童で、このまま2年生に進級しても勉学について行けないだろうから留年させませんか?と学校から提案されたが、ぼくがクラスのみんなと一緒に2年生になりたいと泣いて頼んで進級したということがあった)

それで物心ついた時には絶えずあちこちの病院や開業医院へ受診して注射を打たれたり薬を服用し続けていたものでした。
当時のぼくはすぐに熱が出て扁桃腺炎を起こし、腹痛も伴う症状に度々悩まされていたのですが、8歳の時に「県立病院を退職していいお医者さんが来てくれた」という町の人々の噂を聞き付けた母親に連れられてこの町外れの集落に開業された『T耳鼻咽喉科医院』へ通い始め、9歳の時にその医院で扁桃腺及びアデノイド切除摘出手術を受けたのでした。

    日坂宿・2
そこは今でも雰囲気は残っていますが、半世紀以上昔には現在よりもっと細くて古い村の一本道で、これが旧・東海道でした。(今回行って見ると、現在は上の写真の家々の上に見えるバイパス道路が国道1号線になっていた)

ぼくは一人で医院を受信して帰りのバス停の前にあった駄菓子屋で5円だけお小遣いを使っていいよと母親に言われていたので、痛い注射も我慢して帰りにその駄菓子屋さんで安価な玩具かお菓子を買うのが楽しみでした。

じつはかつて30年ほど前にも一度だけこの場所を家族と一緒に訪ねたことがあったのですが、その時には「もう先生は亡くなられて居られない」と地元の方から聞かされて医院があった場所も探さずに帰りました。
ところが今回、道の脇で地元の方にちょっとお尋ねしてみたところ「その医院があったT先生のお宅はここですよ」と親切に教えてくれる方があって、なんと現在でも所縁の方がお住まいだという家に行くことができたのです。

   日坂宿・3
上の写真がその元T耳鼻咽喉科医院だったお宅です。
今ではブロック塀が建てられている内側の一階部分が医院玄関と待合室と治療室でした。その頃のことを微かに思い出しているのですが、畳一畳か二畳分位の三和土(たたき)の玄関が受付で、その隣が三畳分ほどの待合室で、さらにその奥が六畳二間位の板床張りの治療室だったような気がしますが、もうとても定かには思い出せません。(あちこちの個人開業医院を受診していたので記憶そのものも混乱している)

その扁桃腺摘出手術の後ぼくは段々丈夫になって、中学生では地域の10数校が参加する中学対抗駅伝(中距離走)の選手に選ばれるほどになりました。(ただそれがその時の手術結果による健康獲得だったのか、或いは幼年期から少年期に至って体力的な成長に伴って体質も改善したためなのかは今でも分からない)

さて、ここまで来たのですぐ近くにもう一ヵ所、行って見たいところがありました。(次回に!)

( 2017・11/24 )
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